悪平等(ぼく)の箱庭アカデミア   作:小豆小路

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第五話「目指す場所を」

 

「切島ッ!」

 

 踏影と同じく廊下の影に潜んでいた善吉は、鋭次郎が殴り飛ばされたのを見るや否やめだかへ向けて走り出していた。

 

(クソッ、甘かった! あのめだかちゃん相手に、多少()()()()程度で隙を作ったつもりになるべきじゃなかった!)

 

 人吉善吉、“個性”「2cm」。「任意の物体を2cmだけ手で触れることなく動かすことができる」というこの“個性”は、物体の位置に直接作用するという珍しい特性を持つものでありながらその極端に短い移動距離のために本人からしてみれば使い勝手が著しく悪いものであった。善吉がこれまでに編み出した数少ない使い道の一つが、踏み出した足に重心が乗ったタイミングで相手の身体を2cm上方へ動かし転ばせる技(本人は内心「デビルフォール」と呼んでいる)であった。

 

 あの瞬間。善吉の“個性”によって足を地面から離されためだかは、自分が転倒を免れないと見るや自ら身体を折りたたみながら前傾させ、宙で前転するかのようにして地面に両手をつくと、そのまま横に回転することで鋭次郎と黒影(ダークシャドウ)の双方を蹴り飛ばしていた。

 

(考えろ、考えろ、考えろ! デビルフォールは通用しない、切島はどうなったかここからじゃ見えねーが少しの間は動けないと見るべきだ、黒影(ダークシャドウ)は健在、めだかちゃんは?)

 

 めだかはデビルフォールを喰らった後、『硬化』持ちの鋭次郎相手には効果が薄いとわかっていながら前後を同時に攻撃できる蹴りを選択した。囲まれるのを嫌ったと見るべき選択だ。

 

(なら!)

 

「囲んで拘束するぞ!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の強みの一つは、踏影本人が見えていない場所でも十全に戦えるという点である。それはつまり、頼れる前衛さえいれば正面にいながら相手を挟み撃ちにすることも可能であるということだった。

 

「聞いたな黒影(ダークシャドウ)!」

 

「マカセナッ!」

 

 めだかの蹴りをもろに喰らって若干ふらついていた黒影(ダークシャドウ)が、踏影の声に応じて気炎を上げる。

 

 鋭次郎を殴り飛ばした姿勢のまま背中を晒すめだかに、黒影(ダークシャドウ)が掴みかかる。打撃ではなく拘束を選んだのは、テープを巻き付ければ勝ちという条件があるからだった。

 

「ふっ」

 

 しかし、黒神めだかは揺るがない。

 

 突き出された黒影(ダークシャドウ)の右腕を背後も見ずに取った彼女は、そのままその腕を肩に引っ掛けると腰を跳ね上げて地面へと漆黒の怪鳥を叩きつける。

 

 変形の一本背負いである。

 

 こともなげに中距離戦闘において無類の強さを誇る黒影(ダークシャドウ)をいなしためだかは、ちらりと振り返ると走り寄ってきた善吉と目を合わせる。

 

「次は貴様か、善吉……。いいぞ、ちょうど()()()()()()ところだ」

 

 一歩、踏み出す。その瞬間、善吉は彼女を指差した。

 

「ッ、「2cm」!」

 

「それはもう見た」

 

 ふわり、と。再び地面から浮かされバランスを崩しためだかは両手を地面につき、まるで舞うようにそのまま側転に移行する。振り下ろされる両脚の先には、善吉の姿があった。

 

 回転の勢いを乗せた鋭い蹴りに、しかし善吉はにやりと笑む。脳裏によぎったのは、ルール説明を行ったオールマイトの言葉だった。

 

(確保テープは、「巻きつけた時点で」捕らえたことになる! つまり、)

 

「む」

 

「何でもいいから巻きつけりゃ勝ちってことだ!」

 

 善吉が左手に隠していた、確保証明のテープ。振り下ろされるめだかの左脚の先には、そのテープが広げられていて――

 

 ――ぴたり、とめだかの足が宙に止まる。

 

「な……」

 

 明らかに無理のある姿勢だった。体重を振り下ろすかのような蹴りだったから、それを止めるには腕だけで身体の勢いを制御しきるだけの膂力と、その膂力を安定して発揮するための握力が必要だったはずだ。床を()()()勢いを殺しためだかは、虚を突かれた善吉を残してそのままあっさりと飛び退いた。

 

「どうした善吉、そんなものか?」

 

 背後でダウンから復帰した黒影(ダークシャドウ)が確保テープを構える中、めだかは数の不利を感じさせない佇まいで悠然と笑った。

 

「まさか」

 

 対する善吉もまた笑う。

 

 じり、と二人の間の距離が詰まる。にらみ合った二人は、互いに視線を合わせたまま一歩ずつ近づく。

 

「シィッ!」

 

 先手を取ったのは善吉だった。蹴りの間合いに入った、と思うよりも早く、彼の右脚は回し蹴りの形で振り上げられていた。そこに加減の類は一切ない。全力で挑まねば勝てない相手であると、誰よりも自覚しているためである。

 

「ははッ、嬉しいぞ善吉!」

 

 そんな善吉の蹴りを、めだかはあっさりと片手で受け止めつつ笑った。せめぎ合いは一瞬、片足で重心を支えている善吉の姿勢が崩れ始める。

 

「貴様とこうやって戦うのはじつに1()()()()()か! 身体がなまっていないか心配していたぞ!」

 

「そりゃどう、も!」

 

 言いながら、善吉は左手でめだかを指して“個性”を発動させた。

 

(対象はめだかちゃんの身体、方向は……()!)

 

 めだかの怪力もあり、足を掴まれた状況は不利。それを打開するために使用された“個性”は、発動者の意志通りにめだかの身体を善吉から見て2cm右方に移動させようとし……すでにそこに存在する善吉の右脚の存在を前にして()()()。結果として、

 

「おっと」

 

 めだかの身体が弾き返されてその勢いのまま左方にあった窓に叩きつけられ、

 

「っぶね」

 

 善吉は蹴り脚を戻す猶予を与えられた。

 

 善吉には見えていた。善吉の右足を受け止めたあの瞬間、めだかは器用にも右手だけで確保テープを構えていた。

 

(あと一瞬でも遅れてたらマズかった、けどこっちには黒影(ダークシャドウ)もいる、こっから先は、)

 

「畳みかけるぞ!」

 

「オウサッ!」

 

 めだかは窓を背に体勢を崩している。今がチャンス、と迫る黒影(ダークシャドウ)と善吉を、突如として()()()()()()が襲う。

 

「なっ」

 

 衝撃自体は軽い。が、問題はそこではない。驚愕に目を見開いた善吉の視界に映ったのは、

 

「間一髪、ナイスアシスト()()()!」

 

 一人と一体に貼り付けたテープを今まさに窓の外から巻き取ろうとしている、瀬呂範太の姿であった。

 

*

 

 戦闘訓練第二セット、その開始前。屋外で行われていたのと同じような作戦会議が、(ヴィラン)が占拠したという設定の建物内部でも行われていた。

 

「俺は瀬呂範太、“個性”は見ての通りだ。肘のあたりから粘着質のテープを射出できる」

 

 ほら、と言って腕を掲げると、言葉の通り肘に存在する射出口から白いテープがぴょろっと飛び出した。

 

「切り離してトラップにしてもいいし、巻き取って自分を移動させてもいい。強度と粘着性はそこそこ、量については結構出せるつもりだ。少なくともこの部屋をテープまみれにして『核』を守るくらいはわけないし……」

 

「いいえ、それは得策ではありません」

 

 遮ったのは長い髪をポニーテールでまとめ、肌の露出が多いコスチュームに身を包む少女。

 

「失礼、八百万(やおよろず)(もも)と言いますわ。“個性”は『創造』、(わたくし)が構造と組成を把握している物ならおおよそなんでも肌から生成できます」

 

 このように、と小さなマトリョーシカを二の腕から生み出して見せる百。

 

「さて、先ほどの瀬呂さんの作戦ですが、2つほど欠点がございますわ」

 

 百はひとつめ、と人差し指を立てる。

 

「その“個性”でこの部屋を封鎖してしまうと、我々までこの部屋に入れなくなってしまいます」

 

「あ」

 

 単純な見落とし。呆気に取られた範太は、しかしすぐに首を振って反論する。

 

「い、いやいや、それは相手も一緒なんだから条件は平等だし、第一『核』を守ってさえいればあとは隠れてるだけでいい俺らはこの部屋にいる必要ないだろ」

 

「その認識が問題、ということだな八百万同級生」

 

 ここまで黙っていためだかが、ちらりと百のほうを見て言った。

 

「その通りですわ」

 

 これはひとつめからつながるのですが、と立てられる中指。

 

「瀬呂さんは先ほど『粘着性はそこそこ』と仰りましたね? この部屋をテープで埋めつくした場合、(わたくし)たちはこそこそと隠れている間に『捨て身のヒーロー一人』に防衛線を抜かれ、()()に『核』を奪われることになりかねません」

 

「そっか、相手はチームだから……」

 

「その通りだ瀬呂同級生」

 

 ぱちん、と指を鳴らしためだかが、自分を指さす。

 

「自己紹介が遅れた、黒神めだかだ。“個性”は『解析不能(アブノーマル)』、効果は……まあ身体能力と学習能力の恒常的な強化だと思ってもらえればよい。さて、相手方がチームであることを考慮に入れるべき、という話だが、これは捨て身を警戒するというだけの話ではない」

 

「どういうことだ?」

 

 首をかしげる範太に、めだかは自分のコスチュームを何やら検分しながら続ける。

 

「15分という制限時間の中で『核』を確保すればヒーロー側の勝ち、確保されなければ(ヴィラン)側の勝ち、双方に敵を無力化する手段ありというこのルール。一見すると、時間のないヒーロー側は分散して『核』を探すのが得策であるように思える。感知系統の“個性”を有しない、前衛(アタッカー)のみの相手チームにとってはなおさらだろう。しかし、真実はむしろ逆」

 

()()()()、ですわね」

 

 百が難しい顔で呟いた内容に、めだかが首肯する。

 

「ああ。ヒーロー側の勝利条件は『核』に触れることなのだから、建物内部に侵入された時点で我々は相手のワンチャンスを潰すために対応せざるを得ない。見取り図は双方に与えられているから、構造から『核』の置き場はある程度予想されるだろう。そして前衛(アタッカー)しかいないということは、翻って正面戦闘に強いことを意味する。『まっすぐ隠し場所に辿り着ければ問題なし、そうでなくとも動き回ることによって自分たちへの対応を強いられる(ヴィラン)を3人で各個撃破すればよし』と、()()()()()()()()()()()

 

 どこか得意げにそう締めくくっためだかに対して、百は顎に手を当てながら言葉を返す。

 

「しかし、それではどういたしましょうか? 相手方に3人で攻められた場合、こちらで接近戦において対抗し得るのは黒神さんだけになってしまいます。瀬呂さんも屋内では立ち回りづらいでしょうし、(わたくし)の“個性”は事前準備にこそ長けているものの瞬発力がありません」

 

 めだかがニッと笑う。

 

「そこで、私に考えがある。作戦はこうだ……」

 

*

 

 めだかによる作戦説明が終わり、範太は恥ずかし気に頬を搔いていた。

 

「いやあ、しっかし俺全然そこまで考えてなかったぜ。“個性”で部屋封鎖なんて単純な作戦、自分が情けないったら」

 

 範太の自分を卑下するそんな言葉に対し、しかしめだかは心外であると言わんばかりの顔をする。

 

「何を言う! そもそもこの作戦はだな、瀬呂同級生――」

 

*

 

 時は戻り、現在。いつの間にか割れていた窓からテープを建物内へ射出した姿勢の範太は、作戦会議の際にかけられた言葉を思い返していた。

 

(「貴様の頑張りにかかっているんだぞ」、かぁ。美人の同級生にそこまで言われちゃあ、)

 

「頑張らなきゃ男が廃る、ってなあ!」

 

 気合の声と同時、全力でテープを巻き取る。必然、テープが貼り付いたままの善吉は急にかかった横からの力に体勢を崩す。つんのめる身体を制御しなんとか窓側へ向けた善吉の思考は焦りで埋まっていた。

 

(マズッ、時間をかけすぎた! このままだと乱戦になる、黒影(ダークシャドウ)は、いや待て、めだかちゃんはどこだ!?)

 

 正面、すでにいない。右、いない。左、いない。範太との綱引きを続けながら必死に目を走らせる善吉の耳に、()()()()聞き慣れた声が届く。

 

「よくやった瀬呂同級生、そして!」

 

 窓側の壁を利用した背面三角飛び。その跳躍のまさに頂点に達していためだかは、確保証明テープを広げながら大きく笑っていた。

 

「観念しろヒーローよ!」

 

*

 

 戦闘訓練第二セット、終了。

 

 結果(リザルト)(ヴィラン)チームの勝利。

 

*

 

「いやァ、見事だったぞ黒神少女に瀬呂少年、それと八百万少女! 惜しくも敗北した人吉少年、常闇少年、切島少年もナイスチームワークだ!」

 

 がやがやと騒がしいモニタールームへ戻った6人を出迎えたオールマイトは、その笑顔を輝かせながらそう言った。

 

「あら、今回はMVPとかじゃないのね」

 

 蛙じみた少女、蛙吹梅雨がそう漏らすと、オールマイトは彼女に向けてにっこりと笑いサムズアップした。

 

その通り(Exactly)、今回は作戦とチームワークの対決だった! 作戦立案こそ個人によるものだったが、その後の判断力、行動力、そして団結力は両チームとも素晴らしいものがあったぞ!」

 

 ごほん、と咳払いを一つ挟み、オールマイトは生徒を見回す。

 

「それでは今回、(ヴィラン)チームの勝因は何だったでしょうか! わかる人ー!」

 

 はい、と控えめに挙げられた手は、先ほどまで吐き気で唸りながらも中継画面はしっかりと見ていた麗日お茶子のものだった。

 

「ハイ麗日少女速かった! どうぞ!」

 

「えと、八百万さんの戦況把握と黒神さんの状況判断かな、と思います」

 

 続けて続けて、と促すオールマイトに、お茶子は思い出すように顎に指を添える。

 

「ヒーローチームが3人でまとまって行動してたのに対して、(ヴィラン)チームは黒神さんを遊撃に当ててばらばらに動いてる……()()()()()()()。実際は違って、黒神さんのマフラーに隠した小型カメラと発信機、それとチームに配られたインカムで八百万さんは常に黒神さんの動向を把握してて、それを瀬呂さんに伝えてた、んだよね?」

 

 映像から音声は聞こえなかったために疑問形だったお茶子の問いかけに、百は頷いた。

 

「もっと時間があれば監視カメラシステムを構築できたのですが、5分で準備しなければならなかったのでそのような形になりました。音声については、ヒーローチームに傍受される心配があったので、黒神さんには事前に緊急時以外こちらに連絡を取らないよう伝えてありました」

 

 百の言葉に、瀬呂が続ける。

 

「んで、いい感じに黒神に注目が集まったタイミングで俺がテープで横槍を入れて乱戦に持ち込む、って寸法。相手の意識は建物内に向けられてるから建物外からなら不意打ちになるだろってね。2階とか3階でも俺の“個性”なら問題なく外からアクセスできるし」

 

「参考になるわ。それで、黒神ちゃんの状況判断、というのは?」

 

 訊いた梅雨に対し、お茶子は指を突合せながら答える。

 

「あんまり合ってる自信ないねんけどね。黒神さん、瀬呂くんが準備完了したタイミングで()()()()()()()()()()、まるで自然と窓が割れたかのように見せかけてたように見えた。瀬呂くんが室内にテープを飛ばすには窓を開けるワンアクションが必要になるからどうしてもタイムラグが生まれちゃうけど、それをカバーしながら相手に『攻める好機だ』って思わせる、っていうことをやってたんだと思う」

 

 お茶子の分析に対して、めだかはうむ、と頷いて見せる。

 

「その通りだ麗日同級生。加えて言うなら、あそこで伏兵である瀬呂同級生を使ったのは警戒対象が二人に絞れたからだ。切島同級生がダウンしていなければ危うかった、なにせ瀬呂同級生が同時に拘束できるのは二人までだからな」

 

 めだかがそう言うと、それまで見るからに落ち込んでいた鋭次郎がさら肩を落とした。

 

「悪ぃ二人とも……俺にもっと漢気があれば……」

 

 善吉と踏影は気にした様子もなく、それぞれ鋭次郎の肩を叩く。

 

「カッ! しょうがねえさ、めだかちゃんのパンチは一日二日で受けられるもんじゃねーからな」

 

「不問。そも俺の黒影(ダークシャドウ)も軽くいなされてしまった故」

 

 緊張がゆるみ、次第に私語が増えていくクラスへ、オールマイトがパン! と手を叩いて注目を集める。

 

「ハイそれじゃあ次、惜しくも敗れたヒーローチームの敗因は何でしょうか! これは自己分析の機会にもなるから、本人たちに答えてもらおうかな!」

 

 明るく笑うトップヒーローに促され、

 

「判断の遅れ」

 

 鋭次郎は悔し気に、

 

「地力、特に接近戦の経験不足」

 

 踏影はさらりと、

 

「想定の甘さ、総合力」

 

 そして善吉は苦い顔で、自分の欠点を分析した。

 

 3人の回答に、オールマイトはやはりにっこりと笑う。

 

「うん、3人とも正解だ! そこまでわかってるなら講評もいらないかもしれないけど、クラスメイトの参考にもなるから一応3人の動きの解説と評価をしていくね!」

 

 それは違うとかあったら遠慮なく止めてね、と新任教師らしく前置きしたオールマイトは、まず鋭次郎のほうを向いた。

 

「まずは切島少年の突入! 大きな音を立てて(ヴィラン)チームをそちらに向かわせる、一種の意識誘導だね! 同時に建物反対側から人吉少年と常闇少年が窓を開けて静かに突入していて、一つしかない階段で挟撃できればよし、できなければそのまま合流して上を目指す算段だったね?」

 

「あー、はい」

 

 頷く鋭次郎。目線で促された彼は、言いづらそうに言葉を続ける。

 

「そうなんですが、俺が判断ミスってやられちまいました。『硬化』のオンオフ連続切り替え、まだ咄嗟にできねーんですよね……」

 

 しょげきった鋭次郎の肩を、オールマイトがばしん! と叩く。

 

「まあ気にするな切島少年! “個性”も身体機能だ、いまは思うように動かせなくとも、身体が成長するにつれてどんどん伸びていくものさ!」

 

 さて次は、と踏影に向き直るオールマイト。

 

「常闇少年は自分で言っていた通り! あの局面、確かに黒影(ダークシャドウ)を黒神少女の背後に伸ばすのはいい一手だった。にもかかわらず有効打を与えられなかった、その原因はまさしく接近戦の経験値だろうね!」

 

 黒マントから涙目の黒影(ダークシャドウ)を覗かせた踏影は、自身の“個性”の頭をそっと撫でながらこともなげに首肯した。

 

「肯定。人吉が黒神と対峙していた数瞬、俺自身も馳せ参じるべきか少し迷った」

 

「そうだね、2対1よりも3対1のほうが有利ではある! ただし格闘戦の場合、常闇少年自身に何らかの強化が乗っていないと、黒神少女のような正面戦闘に向いた“個性”相手は厳しいかもな!」

 

 うんうん、と満足げに頷いたオールマイトは、最後に善吉のほうを向いた。

 

「人吉少年は今回本当によく頑張ったね! よく頑張ったからこそ、今の自分に何が足りないのかもきちんとわかったんじゃないかな!」

 

 そうですね、と善吉は自分の手のひらを見ながら答える。

 

「一番はやっぱり想定の甘さ、ですかね。俺は特に“個性”が戦闘向きじゃないから、その分何倍も想定を深くしなくちゃいけないんですが、今回はその想定が甘かった。めだかちゃんっていう脅威に目が眩んで、相手の作戦にまで頭が回りませんでした」

 

 俯いたままの善吉の肩を、がっしりとした手がとんと叩く。視線を上げると、白い歯を輝かせたオールマイトがサムズアップをしていた。

 

「そうだね、確かにヒーローたるもの幾重にも想定を重ねる必要がある。そこらへん相澤くんのほうが上手に教えられると思うから、戦闘スタイルを彼に相談してみるのもいいんじゃないかな! なんにせよ君はすでに()()()()()を見据えられているんだ、あとは一歩ずつ進んでいくだけだ! 以上、講評終わり!」

 

 そう言い放ったオールマイトは、脇に置いてあったくじの入った箱に再び手を突っ込む。

 

「さて、お次のチームアップは……」

 

*

 

  一日の授業が終了し、放課後。戦闘訓練の振り返りに始まり、高校生らしい他愛ない雑談に興じ始めるクラスメイトを横目に、人吉善吉は誰と話すでもなくぼんやり考え込んでいた。

 

 思い出すのはやはり戦闘訓練のこと。最後にオールマイトにかけられた激励の言葉。

 

「目指す場所、か……わかっちゃあいたんだがな」

 

 頬杖をついて呟いた善吉は、ふと視線を感じて振り返る。そこには、

 

「何をたそがれているのだ善吉」

 

 自分とまったく同じ姿勢を取りながらも心底不思議そうにしている、いつもの幼馴染がいた。

 

「はぁーーーーーあ、らしくねえ」

 

 ガシガシと頭を掻く。深く息を吸い込み、吐く。それでいつもの自分に戻る。黒神めだかの隣に立とうとする、どこまでも普通(ノーマル)に足掻き続ける人吉善吉に。

 

「カッ、なんでもねえよめだかちゃん。ちょっと気分転換におセンチになってみただけだ、すぐ戻る」

 

「それはよかった」

 

 善吉の自分自身を茶化した物言いにも、黒神めだかは至極真面目に答える。

 

「善吉が一緒じゃないなんて考えられないからな」

 

「…………」

 

 あまりにストレートな物言いに思わず押し黙る善吉。

 

 束の間の沈黙。目線を合わせたままの二人。

 

 そんな状況に、とうとう好奇心を抑えられなくなった芦戸(あしど)三奈(みな)が突撃する。

 

「ねえねえねえねえ、黒神さんと人吉くんってどういう間柄なの?」

 

 問いかけに対し、めだかはなんでもないことかのように返答する。

 

「うん? 善吉は私のプロポーズを蹴った男だぞ」

 

「「「えええええ!?」」」

 

 1-A、激震。

 

「オイどういうことだ人吉貴様ァ!」「おま、マジかよ人吉……」「でもでも、黒神さんのほうから告ったってこと?」「そうなるな」「えええ!? あ、めだかちゃんって呼んでいい?」「うむ、構わんぞ」「やったっ!」

 

 会話が混線し脱線し迷走し始め、ついに収拾がつかなくなり始めたころ。

 

()()()()()()()()()()()、か……」

 

 誰にも気づかれない声量で、めだかはそう呟いた。

 





戦闘訓練の組み合わせはランダムに決めました。

ヒロアカ世界の「普通(ノーマル)」は“個性”を持っていることですから、善吉くんは“無個性”ではありません。「2cm」に関しては、発展技がいろいろありそうではあるものの根本的に絵面が地味で善吉くんっぽいな、と一応満足しています。一応元ネタというかリスペクト先があります。気になるという方は「しいて言うならお前の横を歩いてるのが魔王」で調べてください。名作です。
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