悪平等(ぼく)の箱庭アカデミア   作:小豆小路

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第六話「貴様の“個性”の話だが」

 

 戦闘訓練が行われた、その翌日。

 

「あ、あの、黒神さん!」

 

 午前の授業を乗り切り、食堂へ向かうめだかを呼び止める声があった。振り返っためだかの視線の先にいたのは、緑谷出久。

 

「お、どうした緑谷。お前も一緒に食うか?」

 

 めだかと並んで食堂に向かおうとしていた善吉の誘いに、出久は慌てて首を振った。

 

「い、いや、その、できれば黒神さんと二人で話したいことがあって、あの、人吉くんには申し訳ないんだけど」

 

 申し訳なさそうに指を突き合わせる出久に、善吉はあっさり頷く。

 

「ああ、そういうことか。んじゃめだかちゃん、俺は先行ってるぜ」

 

「うむ。ランチラッシュのメニューを冷ますなど言語道断だからな、私の分を取っておく必要はないぞ」

 

 あいよ、と手をひらひら振って食堂へ歩く善吉。クラスルームにはまだ生徒がそこそこ残っていて、中には興味ありげにこちらを覗いている者もいる。そのことを確認しためだかは、さて、と出久に向き直る。

 

「それで、どうした緑谷同級生。それともここでは都合が悪いか?」

 

「あっ、そう、かも。できれば他の人に聞かれない場所がいい……かな」

 

  困った顔になった出久に、めだかは納得したように一つ頷く。

 

()()()()。それではついてこい、ちょうどいい場所がある」

 

「えっ、あ、待って!」

 

 いつも通りの凛とした姿勢で颯爽とクラスルームを出ていくめだかに、出久は慌ててついていく。その姿を見送った1-Aの面々の間に、ざわざわとした喧噪が広がる。

 

「なああれ、告白だと思うか?」

 

「あのおどおどした緑谷が? まさか。それに黒神って人吉のことが好きなんだろ?」

 

「くっ、あのナイスバディに好意を寄せられるとは、人吉善吉許すまじ……!」

 

 会話は姦しく。高校生たちの昼休みはまだまだこれからである。

 

*

 

 雄英高校、校舎屋上。ヘリポートが備えられたそこに、二つの人影があった。黒神めだかに先導されるがままここまで辿り着いた緑谷出久は、中天に達した太陽のまぶしさに思わず目を細めた。

 

「す、すごい……! こんな場所があったんだ……」

 

「それで、緑谷同級生。話とは?」

 

 腕を組んで問いかけためだかに、出久は今更ながらどこまで話したものか悩み始めた。

 

OFA(ワン・フォー・オール)の継承とオールマイトについては絶対に話せない、けど黒神さんが“個性”把握テストのときに言ってた「本来の使い方」は今の僕に必要なものだって気がするんだよな……うーん、どうやって話を切り出したらいいんだコレ……)

 

 なかなか話を始めない出久に、めだかはさらりと言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え」

 

 それは、誰にも漏らしてはいけない秘密のはずで。

 

「え、待って、黒神さん、どうしてそれを……あっ」

 

 だから、出久は思わず否定以外の言葉を口にしてしまっていた。

 

「やはりか……」

 

 めだかの顔にあるのは難しい表情。自分の返答で疑念を確信に変えてしまったと気づいた出久は、絶望的な顔になる。

 

「いや、その、違って、いまのは」

 

 何とか自分の失敗を挽回しようとする出久に、めだかは首を振る。

 

「隠さずともよい。が、貴様はもう少し用心深くなるべきだな」

 

「それは、どういう」

 

「私は他人より少しばかり感覚が鋭くてな。昨日は特に貴様が爆豪同級生を追って行ったのが気にかかり、耳を澄ませていたのだ」

 

 自分の耳をとんとん、と指で叩いためだかは、それから申し訳なさそうに続ける。

 

「貴様と爆豪同級生は因縁があるのだろう? だから喧嘩などあれば駆けつけるつもりで聞いていただけで、会話を盗み聞くつもりはなかったのだが……「人から授かった“個性”」、だったか。そのフレーズで腑に落ちたのだ」

 

 なにが、と声にならない声で訊いた出久に、めだかは当然のことのように答える。

 

「貴様の“個性”行使に伴う怪我についてだ。譲渡は最近行われたのだろう? だから貴様の“個性”は身体に馴染んでいない。オールマイトのパワーを急に振るうのだ、身体が壊れるのも当然といったところだろう」

 

「いや、いやいやいや、ちょっと待ってよ」

 

 オールマイト、という単語を耳にした出久は、どうにか動揺を抑えて反論する。師に対する申し訳なさでいっぱいになった頭で、めだかの話の粗を探す。

 

「か、仮にだよ。仮に僕の“個性”が人から授かったものだったとして、それがオールマイトだっていう証拠はあるの?」

 

「ない。が、もしそうであればオールマイトの()()姿()にも説明がつく」

 

 あっさり言うめだかに出久の焦りと絶望は深くなる。

 

(オールマイトのトゥルーフォームについても知られてる……まずいまずいまずい、これをバラされたらまずい、しかも全部僕のせいだ、どうしよう、どうすればいいんだろう、とにかくオールマイトに伝えないと)

 

「言っておくが」

 

 ぐるぐると螺旋状に混迷していく思考を遮っためだかの声に、いつの間にか俯いていた出久は視線を上げる。狭窄したままの視界に入っためだかの表情は、至極真剣なものだった。

 

「私は誰にもこのことを話していないし、この先そうするつもりもない。この黒神めだか、命に代えても秘密は守る」

 

「な、んで」

 

 訊いた出久に、めだかはおかしそうに笑った。

 

「不思議なことを訊くものだな緑谷同級生。私もオールマイトのファンだぞ? あの姿と貴様への継承のことをオールマイトが公表していないということは相応の理由があるのだろう。そんな重要な秘密を、そう簡単に暴きたてるファンがいるものか」

 

 出久は何と言えばいいかわからずに立ち尽くす。絶対に明かしてはならない秘密が自分の不注意でバレていて、しかしその相手は秘密を守ると言っているという状況は、弱冠15歳の出久があっさり飲み下すには複雑すぎた。そんな出久を横目に、めだかは話を続ける。

 

「それで、貴様の“個性”の話なのだが」

 

 ヴウーーーン、と。めだかの話を遮って、校舎全体にサイレンらしき音が鳴り響いた。びくり、と身を強張らせた出久の耳に、屋上のスピーカーから響く音声が届く。

 

「セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんは……」

 

「なにこれ!? セキュリティ3ってなに!?」

 

 警報に負けないように声を張り上げた出久に、めだかもまた大声で答える。

 

「誰かが防壁を破って校舎内に侵入したということだ! 話の続きは後だ、今は避難するぞ!」

 

 真っ先に非常階段へ向かうめだか。サイレンの音によってなんとか混乱を脱した出久もまた、彼女を追いかけて屋上を後にした。

 

*

 

 時は少し戻り、場面は食堂。一人で昼食をとっていた人吉善吉に、横合いから声がかかる。

 

「隣、座っていい?」

 

「ん? おう、いいぜ」

 

 誰だろうか、と声のした方を向いた善吉の視界に映ったのは、多種多様な食べ物の山。その横からひょこっと顔を出した、青色の髪と瞳をした小柄な女の子が、善吉の顔を見てにぱっと笑った。

 

「どーも、1-Bの不知火半袖でーす!」

 

「俺は1-Aの人吉善吉、よろしくな」

 

 半袖と名乗った少女は、両手で抱え持っていた配膳用のトレイを机に置いてから、ぽすっ、と善吉の隣に座った。

 

「あひゃ、それにしても席が空いててよかった! アタシは見ての通り大食いだからね、座れないと大変なの!」

 

「そりゃよかった。んで不知火、だったか。B組ってことはお前もヒーロー科なんだろ? そっちじゃどんな授業やってるんだ?」

 

 訊いた善吉に、半袖は片手に持った骨付き肉を食いちぎってから答える。

 

「んー、授業は別にフツーって感じ。“個性”アリの体力テストはちょっと驚いたけどね」

 

「ああ、アレやっぱクラス関係なくやったんだ」

 

「アタシはひ弱だから、大した結果は出なかったけどねー。そっちは?」

 

「俺も派手な“個性”じゃないからパッとしなかったな。いやー轟とか爆豪がうらやましいぜ」

 

 もぐもぐ、もぐもぐ。会話の合間に物凄い勢いで消費されていく食べ物の山。善吉は隣席をちらりと見る。

 

「なあ、訊いていいのかわからねーんだけどさ」

 

 話を切り出した善吉を、半袖は片手で制する。

 

「あっ、待って待って、当てるから! この大食いの話でしょ?」

 

「ん? いや違うけど」

 

 善吉は意外そうな表情で否定する。

 

「その頭のてっぺんのやつは何なんだ? “個性”か?」

 

 半袖の頭からぴょこっと飛び出した髪の毛のひと房を指しながらそんなどうでもいいことを訊く善吉の顔はいたって真面目なもので、誤魔化しじゃないって伝わったから。だから、半袖は応答に少しだけ詰まってしまった。

 

「……あひゃひゃ! それはね、」

 

 ヴウーーーン、と。半袖の声を遮って、校舎全体にサイレンらしき音が鳴り響いた。

 

「セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんは……」

 

*

 

 結局侵入者の正体がマスコミの強引な押し入りと判明したことで騒動は収束し、一件落着。そしてその日の放課後、雄英高校仮眠室。

 

「この姿では初めましてだな、黒神少女」

 

 長身瘦躯、骸骨のような印象を与えるその男が、静かに言った。

 

「信じられないかもしれないが、私はオールマイトだ」

 

「存じています」

 

 対面に座る少女、黒神めだかが答える。身を縮こませてオールマイトの隣に座っている出久を手で示した彼女は、あくまでいつもの調子で続けた。

 

「緑谷同級生からすでに聞いているかもしれませんが、私は先生のその姿のことも、“個性”の継承のことも知っています。そこで今後この秘密を、そしてそれを知ってしまった私をどうするかですが……」

 

 早速本題に入ろうとするめだかを、オールマイトは慌てて制止する。

 

「ちょちょ、ちょっと待ってくれ黒神少女。緑谷少年の発言から継承について推測できたのは理解できる。しかし、私のトゥルーフォームについてはどこで知ったんだ?」

 

「昨日です」

 

 昨日? と首を傾げるオールマイト。そんな彼に対して、めだかは静かに頷いた。

 

「はい。一昨日の“個性”把握テスト後と同様、午後の授業終了後緑谷同級生に会うために善吉と一緒に保健室を訪れた私は、そこでふと部屋の中からリカバリーガールとオールマイトが話す声を聞きました。しかし、“個性”に由来する私の感覚は、保健室の中にはリカバリーガールの他には現在の姿のオールマイトしかいないと告げていました」

 

 オールマイトが難しい顔で唸る。

 

「入試の際に見せていたエコーロケーションか」

 

「そうですね、それに近いです」

 

 こくり、と首を縦に振っためだかは続ける。

 

「私は昔から人一倍感覚が鋭敏で、そうしようと意識せずとも隣の部屋でどういう輪郭の人がどういう内容を話しているかくらいは手に取るようにわかってしまいます。そしてリカバリーガールと()()()()()()()()()会話を交わすそのオールマイトとは似ても似つかない姿の人物が実際のところ誰か、というところまで来てしまえば、あとは単なる推論です」

 

「原因は私の不注意、か」

 

 呟いたオールマイトに、めだかは気遣わしげに目線を向けた。

 

「もちろんそのことに気づいてすぐに善吉には適当な言い訳でごまかしてその場を引き上げました。しかしその姿は……一体どうされたのですかオールマイト先生。やはり緑谷同級生への“個性”継承が関係しているのでしょうか? それとも何らかの(ヴィラン)の個性によるものとか?」

 

 オールマイトは苦笑して、首を振りながら答える。

 

「いいや、これは私の本来の姿さ。呼吸器半壊、胃袋全摘、まァ要は負傷の影響で力を失い瘦せ細ってしまったというわけだ」

 

 ほら、と着ているシャツの裾をまくったオールマイトの腹部には、確かに放射状のひび割れのような痛々しい傷跡が残っていた。

 

「それは、つまり……」

 

「ああ。皆の前で見せている私の姿、マッスルフォームは一日あたり3時間弱しか維持できない。ヒーローとして活動できる時間も同じ。減りこそすれ増えることはないだろうね」

 

 憧れのヒーロー(オールマイト)からのその宣言は、覚悟していたとはいえめだかに衝撃を与えるものだった。だってそれは、一時的な弱体化などではなく、あの日画面の向こうで見たオールマイトが本当に目の前の脆弱な姿に変わってしまったということで。

 

「それで、どうするのです?」

 

 強引に思考を打ち切っためだかは訊く。

 

「どうする、とは?」

 

 面食らったように訊き返すオールマイトに、めだかはぱちくりと瞬きをした。

 

「いえ、ですから秘密を知ってしまった私をどうするのか、という話です。てっきりそういった内容の話をするためにここに呼ばれたのだと思っていたのですが……」

 

 首を傾げためだかに、オールマイトは愉快げに笑う。

 

「HAHAHA、まさか! 君をここに呼んだのはね、黒神少女。どこまで知っているのかの確認と、それから()()()()()のためだ」

 

「それは、つまり」

 

「ここまで知られてしまったのだ。憶測で噂をばら撒かれるよりも、いっそ秘密の共有者としてことの全貌とその重大さを知ってもらった方がいいかと思ってね」

 

 事実を伝えれば言いふらさないと信用している、という意味のその言葉に、めだかは微笑む。

 

「光栄です」

 

 ふう、と姿勢を崩して五指を合わせたオールマイトは、ゆっくりと話し始める。

 

「さて、どこから話したものか……。まずはそうだな、緑谷少年との出会いかな」

 

*

 

 オールマイトが話し終えたころには、日はすっかり傾いていた。窓から入ってくる夕日が部屋をオレンジ色に照らす。

 

「というわけで、いまOFA(ワン・フォー・オール)は緑谷少年の内にある。私がいま振るうことのできる力はその残滓、残り火と言ったところだね」

 

 そう話を結んだオールマイトに、めだかは神妙に頷く。

 

「事情は理解しました。この秘密の重大さについても。それで、緑谷同級生についてなのですが……」

 

「うん? 緑谷少年がどうかしたか?」

 

 部屋に入ってからというもの、自責の念のためか押し黙ったままの出久のほうをちらりと見ためだかは、そこで少し言い淀む。

 

「いえ、私はもともと緑谷同級生に「話がある」と言われ、こちらもオールマイトのことを訊きたかったために人のいない屋上に行ったのですが……」

 

 その話とはいったい、と言われたところで、出久はようやく思い出した。

 

(そういえばそうだ、オールマイトとの秘密を知られてた件ですっかり頭から吹き飛んでた! もともと僕のほうから黒神さんを呼び出したんだった!)

 

「あ、そ、それは、黒神さんが“個性”把握テストのときに言ってたことが気になって」

 

 若干どもりながら言った出久に、めだかは片眉を上げる。

 

「む? 私が何かおかしなことを言っていたか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……。ほら、僕がソフトボール投げをやる前に、黒神さんがかけてくれた言葉。あの中に、この“個性”の()()()使()()()っていうフレーズがあったでしょ? それが何なのか気になった、というか……」

 

 尻すぼみに消えていく出久の言葉に、めだかはああ、と得心が行ったように頷いた。

 

「そのことか。“個性”柄、観察は得意でな。故に気づいたのだが、緑谷同級生、貴様“個性”を使う際『オン』と『オフ』で切り替えているな?」

 

 確信めいためだかの問いかけに、出久は呆気に取られながらも正直に答える。

 

「え、うん」

 

「そこが誤りだ。私には、その“個性”(ちから)はどこか一点に集中させるのではなく、むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()真価を発揮するものであるように見える。オールマイトの“個性”だとすればなおさら納得がいく」

 

 めだかはちらりとオールマイトの方を見て、続ける。

 

「思い出してみろ、貴様の憧れたヒーロー(オールマイト)の姿を。常に力に満ち溢れていて、『特別な能力を発動する』動作などなかったであろう?」

 

 あ、と声が漏れる。出久の脳裏には、動画や写真を通して今までに何度も何度も見てきたオールマイトのヒーローとしての活躍がまざまざと蘇っていた。

 

(あ、あああ! そういえばその通りだ! 『オールマイトの“個性”(ちから)』だから、今の自分に振るえないのは、振るったら身体が壊れるのは当然だと思ってた。器としての強度の問題だから、仕方ないんだって。違ったんだ!)

 

 最後に思い出すのは、“個性”把握テストの際のめだかの言葉。

 

(「100%のパフォーマンスに縛られるな」……! オールマイトが常に彼に相応しい覇気を纏っていたように! 『僕の“個性”(ちから)』として振るうんだ! 身体を壊さない、()()()()()()()()で!)

 

「わかった、かも……」

 

 呟いて、開いた右手を見つめる出久。その身体を、バチバチと紫電が這っていく。指先から始まり、腕を伝い、一気に全身へ伸びる。わかりやすいOFA(ワン・フォー・オール)発動の兆しに、慌ててオールマイトが声をかけた。

 

「お、オイオイ緑谷少年、まさかとは思うがここで……」

 

「オールマイト先生、お静かに」

 

 しっ、と人差し指を口元に当てためだかは、ひとつウィンクをする。

 

「集中を乱してしまいます」

 

 もとより『抹消』の“個性”など持たず、出久の“個性”行使に手出しのできないオールマイトは、そう言われては黙るほかない。片方ははらはらと、片方は凛とした視線で、二人は静かに今や目を閉じている出久を見守る。当の出久はと言えば、

 

(集中、集中、集中……。落ち着けば大丈夫、少しずつ、少しずつ、レンジの電源をつけたまま、(ワット)数を0にする感覚で……。今は出力を高めなくても大丈夫だから、まずは全身に行き渡らせて……)

 

 師の声も届かないほどに。ただ、自らの“個性”と向き合っていた。

 

 強くイメージするのは、彼の原点(オリジン)。どんな時でも笑って人を救ける、最高のヒーロー。その姿から感じられる、絶大な安心感。

 

(今はまだオールマイトほど強くなくてもいい、ただ、『僕が来た』って、そう思わせられる覇気を纏うんだ)

 

 派手な爆発も、氷も炎も、そんなものはいらない。オールマイトのような超パワーも、今は振るわなくていい。強さは内に秘めつつも、あくまで自然体で、全身から力を立ち昇らせるだけ。そう意識すると、自然と肌の粟立ちは消えていた。

 

「……()()()

 

 出久はゆっくりと目を開く。

 

 果たして、そこには。

 

 紫電が這ったまま握り締められた、傷一つない右拳があった。

 

OFA(ワン・フォー・オール)()()()()()、出力0%……『ニュートラルオーラ』」

 

 それはまだ孵ったばかりの卵、飛ぶ力を持たない雛。しかし、力強く羽ばたく時を見据えた、そんな産声だった。

 

*

 その後。数秒して、出久の身体から紫電が消えた。

 

 そのことを確認したオールマイトが、恐る恐る出久に声をかける。

 

「お、おーい……? 緑谷少年、大丈夫かー……?」

 

 問いかけにぱちくりと目を瞬かせた出久は、今の出来事が何でもなかったかのように答える。

 

「あ、はい。大丈夫です、身体はどこも痛みません」

 

 その返答を聞いたオールマイトは、めだかに制されて以降緊張させ続けていた身体を大きく脱力し、ソファーに身を沈めた。

 

「はぁー、よかった……」

 

 師のその姿に、出久は申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「ご心配をおかけしてすみません」

 

「まったくだ! おかげで寿命が2年ほど縮んだ気がするよ! でも、これで」

 

「ええ、これで」

 

 にやり、と笑ったオールマイトに、出久もまた笑い返す。

 

OFA(ワン・フォー・オール)調整の準備ができた、というわけか。うむ、良き哉! ヒーローを目指す同輩の成長はいつでも喜ばしい!」

 

 懐から取り出した扇を広げ、これにて一件落着、などと快闊に笑うめだか。その声を耳にした出久はそこで初めて彼女の存在を思い出し、慌てて彼女へ向き直る。

 

「えっと、黒神さん、本当にありがとう。このお礼はどうすれば、というかオールマイトと僕の秘密を暴かないでいてくれたお礼もまだできてないし、その」

 

 そこまで出久が言うと、めだかはひらひらと手を振って彼の言葉を遮る。

 

「なに、礼などいいさ。先ほども言った通り同輩の成長は喜ばしいし、私は他人の役に立てればそれが最上の喜びなのだ。オールマイトの件についても同様。また“個性”について困ったことがあれば、いつでも頼ってくるといい。その“個性”(ちから)を背負った以上、貴様は次代の『平和の象徴』とならねばならないのだ。助力は多い方がよかろう?」

 

「っ、うん! 本当に、本当にありがとう!」

 

 うむ、と頷いためだかは、目を細めて二人のやりとりを眺めていたオールマイトに顔を向ける。

 

「オールマイト先生、どうか安心してください。この黒神めだか、ヒーローを目指す我が志に誓って秘密を明かしませんとも。心配でしたら私生活の隅から隅まで監視していただいてかまいませんが」

 

 平然ととんでもないことを言い始めるめだかに、オールマイトは苦笑して首を横に振った。

 

「いや、それには及ばんさ。もともと雄英の生徒がわざとこの秘密を暴露するということは心配していなかったし、不注意による漏洩もむしろこちらが窘められる始末だ。黒神少女、君を信頼することにするよ」

 

 トップヒーロー、そして『平和の象徴』からのその言葉に、めだかは嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとうございます、オールマイト。憧れのヒーローからそう言ってもらえるなど、ヒーロー志望生冥利に尽きます」

 

 さて、とオールマイトが立ち上がる。

 

「引き留めてしまった手前申し訳ないが、もう下校の時間だ! 帰ったらよく寝るんだぞ、特に緑谷少年! それでは緑谷少年、黒神少女、また明日!」

 

「「はい!」」

 

*

 

 同時刻、某所。陽の光の入らない、レンガ造りの密室。内装だけであればバーのように見えるそこに、その者たちはいた。

 

「それで……『先生』の言ってた『()()()』ってのは、お前のことか?」

 

 全身に人間の手らしきものを装着した、痩身猫背にして不気味な眼光の少年。

 

「ほっほ、そうであるとも言えますし、そうでないとも言えますな。お噂はかねがね伺っておりますよ、『死柄木弔』くん」

 

 好々爺然とした言動、白い髭に覆われた口元に微笑みを浮かべた和装の老人。

 

「…………」

 

 そして彼らをバーカウンターの向こうから見守る、スーツを着た黒い霧のような()()

 

 死柄木と呼ばれた猫背の少年は苛ついたかのように舌打ちする。

 

「チッ、はっきりものを言えよジジイ。お前一人なのか、それとも仲間がいてそいつらも協力するつもりなのか、どっちなんだ」

 

 老人はこの問いかけにゆっくりと訊き返す。

 

「仲間がいる、とお考えになった根拠は?」

 

 この返答に、死柄木は更に苛立った様子で答えた。

 

「『先生』に明日の件について『同盟者』の協力を得られる、と聞かされた。蓋を開けてみればジジイ一人しか来ないんだ、仲間がいてそいつが明日使えるって考えるのが自然だろうが」

 

 死柄木は一度言葉を切る。彼の目が大きく開かれた。

 

「これ以上こっちの質問に答えないなら、いくら『先生』の客人でも殺すぞ」

 

 老人は柔和な笑みを崩さないまま、その長い顎鬚を撫でる。

 

「失礼、教育者としての癖でしてな。()()()()()()()()()()にはついつい訊き返してしまうのです」

 

 さて、と一拍間をおいて、老人はちらりと後ろを見る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その直後だった。

 

 ずらり、と。()()()()()()()()()()()()()()老人の背後に、まるで最初からいたかのように6人の人間が『現れた』。

 

「なっ」

 

 死柄木は思わず椅子を蹴って立ち上がる。ちらりと目線を佇んだままの黒い霧の方に向けた少年は、動揺を抑えて訊いた。

 

「おい黒霧、お前の仕業か?」

 

 黒霧と呼ばれた存在は黙って首を振る。

 

「ってことはそいつらのうち誰かの“個性”か……。便利なモンだな」

 

 そう漏らした死柄木に、老人は笑んだまま目を細めた。

 

「ふふ、どうでしょうね。ともあれ、ご紹介しましょう。彼らが『13組の13人(サーティン・パーティ)』、我々()()()()()()の可愛い被検体たち、史上最強のモルモット集団です」

 

 言われた死柄木は、現れた6人を観察する。改めて見れば、ひどく異様な集団であった。

 

 浅黒い肌に円柱状に伸びる毛を後ろで括った髪型(コーンロウ)、両手にボクシンググローブを嵌めスポーツウェアに身を包んだ長身の青年。

 

 物静かな立ち姿に学生服、一見普通(ノーマル)な高校生のような雰囲気を纏っているものの、腰に提げた日本刀だけが異様に物々しい青年。

 

 くりくりとした大きな瞳と愛らしい溌溂な笑み、こちらも一見普通(ノーマル)に見える、しかし()()()()()()()()ぴたりと動かない少女。

 

 頭を覆い隠すように包帯を巻き、黒マントで身体を覆い、挙句の果てに右の額からナイフの柄らしきものが突き出ている少女。

 

 顔を仮面で隠し、マフラーと手袋を身に着けることで皮膚の露出を限りなく避け、箱のようなものを背負っている小柄な少年。

 

 金髪金眼、逆巻く髪の毛。他の全てを見下すその傲慢さが眼差し一つから伝わる、存在感に満ち溢れたあまりにも尊大な青年。

 

 服装から態度まで六者六様。てんで共通点のなさそうな立ち姿の6人は、しかしその圧倒的な異様(アブノーマル)さにおいては確かに似通っているように思えた。

 

「……ジジイ、『13人』って言ったよな。6人しかいないのは」

 

「おい、お前」

 

 気圧されそうな自分を無理やり否定するかのように老人に突っかかる死柄木を、一つの声が遮った。

 

「偉大なる俺の姿を目にしておきながら、いつまで立っているつもりだ?」

 

「あ? 何言ってやがんだ、殺すぞ?」

 

 ぎろり、と声のした方を向いた死柄木の視界にいたのは、先ほど現れた6人の中でもひときわ異様な存在感を放っていた金髪の青年。彼はポケットに入れた手を動かすこともしないまま、言った。

 

「不敬もここまでくるといっそ滑稽ではある。が、ひとまず―――跪け(ヒザマズケ)

 

 ズンッ、と。それまで両足で立っていた死柄木が、突然地面に片膝をついた。

 

「は?」

 

 突然のことに混乱の声を上げたのは()()()()()。彼は目を白黒させながらも頭を回す。

 

(何が起きた!? 俺はさっきまで立っていた。力が抜けたとかじゃない、現に今も何かに押さえつけられてるみたいに立ち上がれない。となると、)

 

「“個性”か!」

 

「不正解です、死柄木くん」

 

 答えたのは、跪く死柄木を前にしてもやはり微笑んだままの老人だった。彼は手元の湯呑からずず、と茶をすすると、言葉を続けた。

 

「この現象は“個性”によるものではありません。そこの都城(みやこのじょう)王土(おうど)くんは()()()()()()()()()()()()()()が、それは『こんなこと』を引き起こすようなものではない。『異常(アブノーマル)』、我々はこの現象をそう呼んでいます」

 

 異常(アブノーマル)。その言葉を反芻する死柄木の前で、これまで沈黙を保っていた面々のうち最も小柄な少年が首を振る。

 

「いやいや()()()()()()、誤解を招くこと言わないでほしいな。それだと王土の異常(アブノーマル)が、まるで“個性”と同列に扱えるただの超能力みたいじゃないか! いま振るわれている『言葉の重み』なんて、王土の異常性の『結果』ではあっても『本領』じゃあないっていうのに!」

 

「すみませんね行橋(ゆくはし)くん、しかし初学者に説明するにはこうやって言うのが一番わかりやすいのですよ」

 

 自分そっちのけで進んでいく会話に、死柄木の苛立ちは募っていく。しかし、依然として身体はぴくりとも動かせない。そんな死柄木の姿を見下して、都城は言う。

 

「死柄木、とか言ったか。その珍妙な格好といい、お前道化の才能があるようだな。どれ、ここはひとつ俺に仕えてみないか? その滑稽さで俺を笑わせてみろ。そうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あまりの屈辱、あまりの憎しみに、死柄木の視界が真っ赤に染まる。

 

「あ、あああああ!」

 

 身体が動く。そう認識するよりも先に、死柄木は目の前の男に飛びかかっていた。

 

「ほう、立ち向かってくるか。本来ならば万死に値する蛮行だが……」

 

 自分に迫る死柄木の掌を見てなお、都城の余裕は崩れない。それもそのはず――

 

 ――死柄木の身体は、空中に静止しているのだから。

 

「は?」

 

 今度こそ死柄木の思考が止まる。そんな彼の耳に届いた声は、5つ。

 

「おっと、動くんじゃねーぞ? ま、動けねーだろうがな」

 

 『棘毛布(ハードラッピング)』、高千穂(たかちほ)仕種(しぐさ)

 

「よかった。そうでないと、殺してしまいそうだ」

 

 『枯れた樹海(ラストカーペット)』、宗像(むなかた)(けい)

 

「まったく、油断も隙もあったもんじゃないんだから!」

 

 『骨折り指切り(ベストペイン)』、古賀(こが)いたみ。

 

「……やめておけ」

 

 『黒い包帯(ブラックホワイト)』、名瀬(なぜ)夭歌(ようか)

 

「ま、名瀬さんの言う通りだね! 無駄な革命はよしなよ!」

 

 『狭き門(ラビットラビリンス)』、行橋(ゆくはし)未造(みぞう)

 

 高千穂、古賀の両名により腕と胴部をそれぞれきつく掴まれ、宗像の持つ太刀を首元に突きつけられた死柄木は、なんとか拘束から脱しようともがく。黒霧も身体を広げ始め、両陣営が臨戦態勢に入った、そのときだった。

 

「そこまでにしてもらおうか、『不知火(はかま)』」

 

 バーカウンターに置かれた旧式のテレビから、そんな声が流れた。

 

「『先生』! 何なんだコイツら、本当に仲間なのか!」

 

 いち早く反応した死柄木へ返ってきたのは、窘めるような声だった。

 

「『仲間』だなどとは一言も言っていないよ、弔。彼ら、フラスコ機関はあくまで『同盟者』。関係が対等であること、ギブアンドテイクが成立することがその協力の条件だ。確かに私は彼らを君に紹介した。しかしそこから先、力を示すなり交渉するなりして協力を得るという段階(ステージ)は君自身の力で達成(クリア)すべきだろう?」

 

 わかるね、と言う『先生』の声に、死柄木は不承不承ながら頷く。

 

「ほっほ、ようやく『仕事の話』ができますな。ほれ、死柄木くんを解放してあげてください」

 

 不知火袴。そう呼ばれた老人が手を振ると、高千穂と古賀はあっさりと死柄木の身体を放し、宗像も太刀を収めた。

 

 咳き込む死柄木に、不知火は変わらず柔和な笑みを向けている。

 

「雄英高校、あれは被検体の宝庫でしてな……。少しばかり、その生徒に用があるのです」

 

 黒神めだかという異常(アブノーマル)にね、と。彼はまるで言葉の意味するところにそぐわない、軽い口調で告げた。

 





ちょっと長くなってしまいましたが、USJ前にここまで入れておきたかったので入れました。

黒神めだか四十七必殺技が一つ、黒神コーチングによって会得された『ニュートラルオーラ』ですが、これはそれ単体では有効な必殺技になりません。なりませんが、出久の「イメージを固めてそれを“個性”行使に反映する」というメソッドには欠かせないピースとなっていきます。詳しくは次回以降。
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