元勇者、悪役令嬢になる   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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ノエルのアイリスパパに対する呼び方を旦那様からご当主様に変更しました。


閑話 ターニングポイント

☆☆☆

 

私が罪を犯し専属使用人となったあの日から、私とお嬢様の関係は変わった。

専属使用人になったのだから、当然と言えば当然だけど……

それだけじゃないのかも?と思うことも多々ある。

 

今日もまたそう思うことがあった。

 

 

「そろそろ夕食ね!行くわよ」

 

コリアンダー公爵家では決まった時間、家族集まって食事を摂るという家族内ルールがある。

勿論それは一般家庭であれば当たり前ことだけど、先輩曰く貴族の中には個々人が好きな時間に好きな物を食べるという家も多いそうだ。

食べ物の嗜好や、活動時間、食事くらい一人で食べたいと考えている者。

 

……材料費や食器を洗う手間を考えれば非効率的。

平民の間では考えられない無駄の極み……だけど、一生遊んで暮らせるだけのお金とお金で買った人的資源、労働力がある貴族からすれば、その程度の出費はあってないようなものらしい。

 

コリアンダー公爵家、私からすればいつも美味しそうなものを食べているし、屋敷も大きくて、立派で、絵に描いたような貴族様という印象を受けるけど、他の貴族からすれば庶民的というか貴族らしくない部分というのも多いそうだ。

 

私は自室で木剣の素振りをしていたお嬢様にタオルを渡しながら返事をする。

 

 

「はい、お嬢様」

 

木剣をベッドの下に隠しお嬢様と共に、部屋を出る。

お嬢様は公爵令嬢、本来であれば剣を振るうべきではない身分の方。

だから、お嬢様が剣を振っているのは私たちだけの秘密。

 

幸いこの部屋の掃除は専属使用人である私の仕事、目の届かない場所に隠せば早々見つかることもない。

 

長い廊下を歩き、ご当主様と奥様がいらっしゃる食堂までお供する。

 

専属使用人となった私は、食事の時も付いていき、高貴な身分であるお嬢様のお世話をする。

 

そう、あくまでも食事の際、お嬢様が雑事に手間を取らなくてもいいように専属使用人はついて行く。

主人の代わりに水差しを取ったり、椅子を引いたり、主人が命を出した際に動く役回りだ。

 

その筈なのだが……

 

「ノエル!そこで何をしているの?席に座って」

 

確かに現在、奥様、ご当主様、お嬢様、とは別にあと一人分、食事が置かれている。

しかし、冷静に考えれば、これは長男であるハイドランジア様のもののはず

私も初めはそう思い、指摘した。

 

「お嬢様。それは長男であるハイドランジア様のものでは?」

「馬鹿ね!お兄様はいまコリアンダー領にいるわよ。その料理は私がシェフにお願いして用意させたものよ。

ノエルの為にね」

 

それは事実なのか、私は疑問に思いご当主様と奥様に目配せする。

すると、ご当主様は頬を掻き、困った者を見るような目でお嬢様を見つめる。

いつもであればお嬢様がどれだけわがままを言っても笑ってそのわがままを叶えて差し上げる子煩悩なご当主様にしては珍しい。

しかし、その反応こそ、お嬢様の発言が事実である何よりの証拠となった。

 

「では…………誠なのですか?」

「…ああ、まぁ…アイリスが君を食事に加えないと一緒に食事を摂らないと駄々をこねてね」

「ふふっ、アイリスにとって、貴方がそれだけ大きい存在ということね。」

 

ご当主様とは違い奥様は頬に手を当てコロコロと狐のような笑みを浮かべる。

本心を隠すような笑み。

外面は笑っているが、実際はどう思っているか分からない。正直、ご当主様よりも迷惑している可能性だってある。

あくまでも私は専属使用人。それに対してお嬢様は貴族、ましてやご当主様も含めた公爵家一同と一緒に食事など主の命であっても恐れ多い。

断るべきだろう。

私はあまり自慢できる物ではない自身の頭を必死に回転させ、どうしたらお嬢様を説得できるか、納得させられるかを考える。

 

だけど……納得させるための言葉は直ぐに見つかる。いや、初めから見つけていた。

何故なら、私が恐れ多いと感じたことこそが答えであり、一般常識なのだ。

 

私とお嬢様の間には覆すことの出来ない身分差が存在する。

それは……言葉以上に大きい、住む世界の違いを表わしている。

仮にここが王立才華学園であれば話は違ったかもしれない。

何故なら、王立才華学園では『魔法という才能の前では全ての者が皆平等』を謳っており、

校舎に敢えて1つしか食堂を作らないことで両者が一緒に食事を摂れる場を設けているのだ。

ただ、つまるところこの仕組みは、そうでもなければ彼ら貴族が平民と同じ場で食事など摂らないということも意味している。

言い方は良くないが、家畜と牧場主が同じ部屋で食事をするか、という問題だ。

 

少なくとも、貴族と平民の間にはそれだけ大きな、身分の壁が立ちはだかっている。

貴族と平民双方の共通認識だ。

 

そして、貴族として教育を施されているお嬢様にとってもそれが当たり前の筈。

そんな私の考えを、常識を、お嬢様は鼻で笑う

 

「良いかしら?ノエル。

相手が何を食べているとか、何をしているとか、そんなことを気にするのは下々の人間がすることなの。

特に中途半端に財を持っていたり、食事をすることが出来る程度には生活が成り立っているものがね。

 

例えば財を持たず、今日の食事にも困る者はそんな無駄なことよりも食べられる物を探すわ。

 

 

そして、私のように誰よりも富んでいる者は他人が何を食べていようが、一切気にならないわ」

 

他の人間が何を食べていようが自分が一番良い物を食べているのだから、とお嬢様は続けてそう述べた。

私は富めるものの気持ちは分からない。お嬢様風に言うのであれば、今の私は中途半端な者であり、飢饉の時の私は今日の食事に困る者だったからだ。経験が無いことは想像でしか語れない。

そして、想像で語れることはあくまでも自分の知識と想像力に依存する。

しかも、それすら経験したことと比べれば解像度は落ちる。

だから、多分だけど、私がお嬢様の言っていることを100パーセント理解することは難しい。

 

「…そういうものでしょうか?」

 

だから、つい聞いてしまった。

お嬢様、だけでなく、奥様ご当主様と視線を向けていく。

その視線に奥様は笑うだけ、ご当主様はなんと答えるべきかと曖昧に笑いながらお嬢様の方を向いている。

そして、お嬢様は満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

 

「ええ、そうよ。特に私ほどになれば、ノエルが私と同じ物を食べていようが、全く気にならないわ。

 

そして、仮にノエルが豚の餌と同じ物を食べていても一向に気にならないわ!!」

「いえ、それは流石に気にしてください!!!!」

 

一瞬ちょっとカッコいいな思ったのに!

お嬢様!私の気持ちを返してください!!そう言おうと口を開きかける。

開きかけたところでお嬢様の顔を見て、思いとどまる。

だって、お嬢様が私の顔を見て目尻を緩めて優しげに、鈴が鳴るように、蕾のように可憐に笑うものだから、毒気を抜かれてしまったのだ。

 

「ふふっ、冗談よ。あの時、からかわれた仕返しがしたかっただけ

……もし、貴方が大変な目に合っていたら、私が必ず助けてあげる。」

「……ふ~ん。ま、公爵令嬢の言うことですからね。

期待していますよ」

 

本来、ご当主様の前でこんなことを言ってしまえば鞭打ちに処されてもおかしくないのだけど、この時の私はそんなことを考えるよりも先に、お嬢様に悪態をついていた。

子どもの様に照れ隠しに棘のある言葉を使ってしまった。しまった!と思ってももう遅い。

私は顔から血の気が引いていくのを感じながら俯く。

 

「なに俯いているのよ」

 

そんな中、前からお嬢様の声が聞こえてくる。席に着きながらも、テーブルの上で頬杖を付きながらも先ほどよりも笑みを深めている。

 

それこそ、先ほどの笑みが蕾だとすると今の笑みは大輪の花のように非常に華やかでそれなのに幼子のように無邪気だった。

 

可憐さよりも活き活きとした快活さが表に出ており、私の一番好きな向日葵のような笑みだった。

 

「私はアイリス・コリアンダー公爵令嬢として貴方を助けたいんじゃ無いわ。

アイリスという一個人として貴方の力になりたいの

 

だから、助けるときは当然、私の腕っ節でよ!!」

 

筋肉がついているようには見えないプニッとした二の腕で力こぶを出そうと力みながらお嬢様はこちらを向く。

その姿はどこからどうみても、戦いとは無縁の深窓の令嬢にしか見えないけれど、私はお嬢様が途轍もない戦闘能力を持っていることを知っている。

彼女が本気になればどんな逆境からだって助けてくれる人だと知っている。

だから、私はお嬢様の発した言葉に自然と笑みを浮かべていた。

いや…………もしかしたら、それだけじゃ無いのかもしれない。

でも……なんでそれだけじゃ無いと思ったのか、それが分からなかった。

 

…………今はそれでもいいのかな

 

「なら、そのと時は頼らせていただきますね。」

「ええ、まっかっせなさい!」

 

お嬢様は椅子の上に立ち上がり、思い切り胸を張る。

貴族令嬢としてそれはどうなんだろう。

 

私はニッコリとした笑みを浮かべながらお嬢様をジッと見つめる奥様を見ながらそんな風に思った。

 

あれ?だけど、お嬢様がこんな態度を見せるのは多分だけど私だけ、だと思う。自惚れでなければだけど。

それを踏まえればもしかして、私、お嬢様に悪い影響を与えた使用として人クビになるのだろうか?

 

「アイリス?はしたないから止めなさい

 

それと、ノエルさん」

「は、はい!!」

 

やはり、クビ……そうでなくとも鞭打ち、だろうか?

私がそう思ったのも束の間、奥様は再度狐のような笑みを浮かべる。

だけど、その笑みは先ほどとは違い、獲物を狩る捕食者の笑みだった。

お嬢様に向ける母親の顔とは似ても似つかない。

その迫力、流石は貴族というべきか、私はうなじから氷を入れられるような悪寒を感じ、反射的に背筋を伸ばす。

 

「ありがとう。貴方のお陰でアイリスは良い方に変わった。

 

……だから、あの日の一件については聞かないであげる。

 

さっ、皆さん食事が冷めてしまうから早く食べてしまいましょう?」

 

私は奥様の言葉に唾を飲み込んでしまう。

あれは……薄々だけどお嬢様が毒で倒れたことと私に何らかの関係があると気づいている人の言葉だ。

一応、現在は暗殺者が逃げてしまった、とお嬢様が証言してくれたお陰で首の皮一枚繋がっている。

 

……だけど、奥様が私を追求し、真実にたどり着けばお嬢様が繋げてくれた薄皮一枚、簡単に断ち切られてしまうだろう。

 

お嬢様が庇ってくれても私は助からないと思う。

 

だけど、いや、だからこそ……

多分……奥様はお嬢様が私を庇ってくれていることも分かってる、分かっているから、聞かないでいてくれたのだろう。

 

娘が信じた人間を自分も信じてみようと思ったのだろう。

私は奥様と……お嬢様に頭を下げる。

 

「ありがとうございます。必ずこのご恩には報います。」

「当然でしょう?貴方はアイリスの専属使用人なんだから」

「あっ!!それ、私の台詞!!!!

 

…まぁ、貴女が私に報いるのは当然だけど……………その、あまり気負う必要はないわ。

なんせ私はハイパー強いのだからね!」

 

目を細める奥様と優しく語り掛けるお嬢様。

だけど、これに関しては奥様が正しい。いや、奥様ですら甘い。

自分の娘が殺されかけたのだ。普通の親なら怒りに任せて無理矢理にでも聞き出しても可笑しくはない。

 

これも貴族故の懐の深さ……いや、大局を見る視野の広さ、なのだろうか?

どちらにしても奥様もお嬢様同様私に機会をくれたのだ。私はそれに応えなければいけない。

 

そう覚悟を決めるものの私は直ぐに不安に駆られる。期待に応えられないのではないかという不安ではない。

……ただ、私に何が出来るだろう、と考えてしまうのだ。

一応、今も、専属使用人になってから使用人業務に関しては以前よりも真剣に取り組んでいるつもりだ。

…ただ、専属使用人は主の後ろに控える存在。

主を支える存在。

私は、専属使用人ノエルは使用人業務を磨くことだけがやるべきことなんだろうか?

深く深く、考えを巡らせようとして、ご当主様の声で現実に引き戻される。

 

「あの~、もしかして、僕だけ除け者にされていないかい?」

「そんなことはないわよ?私の愛しい旦那様」

「そうよ、お父様!それよりもご飯が覚めちゃうわ!早く食べて!」

「え、うん。そ、そうだね?」

「あ!ノエルもよ?」

「そうね。私もいろいろと話を聞きたいわ

 

 ノエルさん」

 

ご当主様は釈然としないようにしきりに首を傾げていたけど、奥様とお嬢様が食事に手を付け始めたので、二人に合わせるように食事を摂り始める。

声をかけられた私も恐れ多いとは思いつつ席に着き食事に参加する。

 

食事が始まってからは、奥様やご当主様にいくつか質問をされた。

 

とはいえ、内容の殆どは家族構成とか、ここに来る前は何をしていたのか、とか他愛のないものだった。

ただ、ご当主様はお嬢様といつ仲良くなったのか、という私的には少々答えづらい質問をされた。

 

その際は奥様も興味なさげを装って耳を傾けており、なんと応えるべきか言葉に窮してしまったのだが、そこはお嬢様がすかさずいい感じに誤魔化してくれた。

 

そうして、折角の食事も緊張で味がしないまま、だけど質問事態は不興を買うことなく乗り切り、私とお嬢様は食堂を退出する。いや、しようとした。

 

だけど、そこでご当主様が食堂を出ていこうとした私を呼び止める。

 

「待ってくれ、ノエル君」

「なにお父様!私のノエルなんだけど!!」

 

お嬢様はご当主様が何を言うのかと警戒して私の手を掴み直ぐにこの場から離れようとする。

だけど、私はご当主様の言葉に立ち止まってしまう。ここで逃げるように去ってはいけない気がしたのだ。

 

「どうされましたか?」

「……いや、ルナも言っていたけど……僕からもアイリスを頼む。きっとこれからは僕たちよりも君のほうがアイリスと一緒にいる時間が長い。

我儘な所もあるけれど、根はとってもいい子なんだ。

だから、友達として末永く仲良くしてやって欲しい」

 

友達…。

私とお嬢様はあくまでも主従関係、対等ではない。

だけど………そうか、お嬢様が『アイリス個人として私を助けたい』と言ってくれた時、嬉しかった。

多分それはお嬢様が強いからってだけじゃなくて…………いや、むしろお嬢様の強さなんて関係なくて対等の友達として助けたいと言ってくれたような気がしたから……その言葉が凄く嬉しかったんだ。

 

私は

 

私はご当主様の一人の父親としての頼みに対して…

 

「私は……私も……お嬢様の隣に立ち続けたいです」

 

…そうだ。

お嬢様はとても強いけど、子供だ。

私はあの時子供に助けられるのは恥ずかしいと思った筈……なのに、何が『彼女が本気になればどんな逆境からだって助けてくれる人だと知っている』、だ。

 

私は、私は。

 

「もう!ノエル!行くわよ!!」

 

私がある決意をすると共にお嬢様は腕を引っ張る。自分の行動に従わず、ご当主様の言葉に従ったのが気に食わないというように頬を膨らませているお嬢様はとても可愛かった。

 

☆☆☆

 

お嬢様のティーカップに紅茶を注ぐ。

お嬢様はカップを持ち上げると一度匂いを味わい、そして少しだけ口に含ませるように飲む。

現在、私は夕食から帰ってきたお嬢様のために夕食後の紅茶をだしていた。

 

「うん…前よりはマシになったわね!」

「…ま、マシですか?」

「ええ、専属使用人になる前に私に出していた紅茶だけど、あれ…下水で淹れているのかと思うくらいには不味かったわ」

 

お嬢様は顔を顰め、べぇと下を出しながら、如何に不味かったのかを伝えてくる

いくら何でも失礼じゃないだろうか?

私も流石にむっとして言い返す。

 

「そんなことしないですよ!」

「あらそう?それは良かったわ。………毒は盛られたけどね」

「うぐっ」

 

それを言われてしまっては何も言い返せない。

だけど、お嬢様はそんな私の反応なんて対して興味がないのか、話題を変える。

いつか名誉挽回してやる!

 

「メリアにでも習ったの?」

「え、ええ、はい、そうです」

「なるほどねぇ」

 

お嬢様が私の紅茶、というかメイド業務全般の師匠だけど……を当てたことに衝撃を受け、辿々しい返事になってしまう。だけどお嬢様はそれに気づいていないのか合点が言ったとばかりに仕切りに頷いている。

一体どういうことだろか?

何故分かったのだろうか、何に納得がいったのだろうか?

 

「えっと、どうかしましたか?」

「いや、この屋敷で平民である貴女にちゃんと仕事を教えたのは一体どこの物好きだろうと思っていたのよ」

「え……ど、どういうこと、ですか?」

 

いや、薄々気づいてはいた。

私に対して、聞こえるか聞こえないかという声量で聞こえてくるクスクスという笑い声。

時々見え隠れする先輩達の見下すような瞳。買い物にいく際に私だけ誘われないこと。

気づいていた…………だけど、気づかないようにしていた。

気づいたところで辛いだけだから。

だけど、お嬢様は私が見ないようにしていた事実を、多分、誰もが暗黙の了解として隠していた事実を白日の下に晒す。

私に突きつける

 

「貴族である他の使用人の子が態々貴女に仕事を教えるわけがないでしょう?

あの子たちが貴女に教えたこと、全部出鱈目だから忘れなさい。

あの子たちの言ったとおりにしてもメイド長に怒られていたでしょう?

 

つまり、そういうことよ」

 

…あくまでも、先輩たちも仕事の詰めが甘いだけだと思っていた、思いたかった。

だけど、そうだ。先輩達がメイド長に怒られる回数は私と比べて多くない。

 

そうか、そう、だよね…。

悔しいと思う気持ちと、悲しいという気持ちが綯い交ぜになる。

 

だけど、そこであることに気がついた。

そういえば……『あら、そこの使用人、私が廊下を歩いているのだから首を垂れるのが礼儀でしょう?全く貴方の教育係は一体何を教えていたんでしょうねぇ?』

当時は使用人をいびりに来ているとしか思えなかった言葉、だけど、仮にお嬢様が気づいていたのだとしたら……

 

「もしかしてお嬢様が、私の教育係について聞かれてたのって…」

「……ふんっ、下手な仕事をされると私が不味い紅茶を飲んだりしなくちゃいけなくて迷惑だっただけよ」

 

最近少しずつだけど、お嬢様のことが分かるようになってきた。

今のは…照れ隠し2割事実8割、だと思う。

 

……。

 

……お嬢様?少し事実の配分おかしくないですか?

もう少し、照れ隠ししてくれても良かったんですよ?

何故お嬢様はこんなにも上げて落とすのが上手いのだろう。最早、狙ってやっているのではないかとすら思ってしまう。

 

そんな私に対し、お嬢様は席から立ち上がると、私のおでこを指で弾く。

 

「言っておくけど、私の専属使用人になるからには貴女にはもっとスキルアップしてもらうわ。そのために、貴女に教育係をつけることにしたの!」

「教育係……メイド長ですか?」

 

教育係と言われてぱっと浮かぶ人はその位しかいない。

だけど、お嬢様はやれやれというように肩を竦めて首を振る。

 

「…残念だけどメイド長はそんなに暇じゃないわ

特に今の時期はね」

 

今の時期、確かハイドランジア様が学校を卒業され、次期当主として領地運営の仕事を執事長に教わっているのだったか、ならメイド長もハイドランジア様を補佐するために本邸とこちらを行き来することになるのだろうか?

 

他の使用人との関わりが薄く、そう言った情報が入ってこないから分からない。

だけど、メイド長でないのなら一体だれが私の指導に当たってくれるのだろ?

私がその疑問を感じたのも束の間お嬢様の部屋の扉、つまり今私たちがいる部屋の扉が開かれる。

 

「もぉ~、その言い方じゃ、私が暇人みたいじゃないですかぁ~お嬢様~。」

「あら?いつも余裕綽々と仕事をこなしているから業務量をもっと増やして欲しいのかと思っていたのだけど。ねぇ、メリア?」

「ぜ~んぜん!それどころかもっと仕事量を減らして欲しいくらいです~」

 

その言葉で誰が私の指導に当たってくれるのかが分かった。

それと同時に私は歓喜する。

だって彼女こそ、このお屋敷に来たときから色々とお世話になっている憧れの先輩だからだ。

 

「メリア先輩!?

もしかして、メリア先輩が私の教育係になってくれるんですか!」

「はい~、そうですよ。」

「やった!嬉しい!!!」

 

私は感極まってメリア先輩に抱きついてしまう。私の家は私が一番上の八人兄弟なのだが、メリア先輩は私にとってはお姉ちゃんのような存在だ、と勝手に思っている。

バランスの整った肢体、カールのかかったクリーム色の髪。

琥珀のような透き通る黄橙色の瞳。

 

後、なんか良い匂いがする。

 

「すぅ~」

 

おっといけない。あんまりにも良い匂いだから思わず、思いっきり吸い込んでしまった。

ただ、やっぱりノエル先輩は優しくて、そんな私に対しても「あはは~、ノエルちゃんは甘えん坊だな~」って言うだけだ。

メリア先輩も怒ってないし、もうちょっと甘えちゃおうかな?

私がそう思っていたとき、メリア先輩ではなく、お嬢様が突っかかってきた。

 

「ちょっとノエル!!貴女は私の専属使用人なんだから、そういう……その、はしたないのは禁止なんだから!!!

メリアも甘やかさにっで!!甘やかさないで!!ノエルが専属使用人になるってことはノエルの失敗は家の使用人全体の質の低さとして見られるんだから!!」

「あはは~、そうでしたね~。それと私自身お嬢様との個人的な契約もありますしね~」

 

契約?一体どんな契約があるんだろう。

聞いたら教えてくれるのかな?

まるで旧知の仲のように和気藹々と話す二人、私は一人だけ蚊帳の外にされたような疎外感からそんな考えが脳裏を掠める。

ただ、メリア先輩はそんな私の思考を読んだように、私が口を開く前に言葉を紡ぐ

 

「これは、私とお嬢様の問題だからノエルちゃんには~秘密です。ね、お嬢様」

 

メリア先輩はそういうと手でバッテンを作る。

いつもなら、のらりくらりと躱されることはあってもこんな明確に拒絶されることなんて無いのに……。

でも、それだけ聞かれたくないことなら、聞けない、よね。

そう思いつつも、やっぱりお嬢様とメリア先輩の契約について聞きたい。

 

そんな私にお嬢様は助け船を出す。

いや、雰囲気的には全然そんな風には見えないのだけど

 

「良いんじゃない?むしろ、ノエルにはもっと専属使用人しての自覚を持って貰いたいもの」

「え~、私は言いたくないですよ~」

 

な、なんだろう。私と関係がある内容なのか?

私は固唾をのむ。

多分だけど、聞いたら後悔する話な気がする。ただ、聞かないといけないことだとも思った。

いや、お嬢様の態度がそれを物語っている。

 

「なら、私が言ってあげるわ。ノエル、本来なら専属使用人は貴女ではなく、メリアだったのよ。その座を彼女は貴女に譲っただけでなく、教育係も請け負ってくれたわ。」

「それって……」

 

思わずメリア先輩の方を向く。

だって、今の話が本当なのだとしたら、私はメリア先輩が座るはずだった席を奪ったってことだ。

しかも、私の専属使用人としての地位は実力で勝ち取ったものじゃない。あの日の過ちを失態を取り返すためにお嬢様が用意してくださったもの。

忖度で得た地位に過ぎない。

体の血が急降下するように下がっていくのを感じる。

呼吸をしているのに、酸素がちゃんと供給されていないのでは、と思うくらいに生きている心地がしない。

どうすれば…。

私は、メリア先輩とどんな風に接すれば良いんだ。

 

先ほどまでは笑顔で、心の底から笑ってメリア先輩と話していたのに、今は顔を、目を合わせることが出来ない。

だけど、メリア先輩はまるで気にしていないというように明るい声で話し出す。

 

「も~う、そんな言い方無いと思います~。それに私もただで、専属使用人の座を譲ったわけではないんですから~

 

うちの復興の手伝いしてもらう約束をしたんですよ。

だから、ノエルちゃんはあまり気に病まないでください。」

 

先輩の温かい声に自然と先輩の方を向く。そこには先ほどと変わらない優しい笑みを浮かべたメリア先輩がいた。

……やっぱり凄いな。私が仮に同じ立場だったとしたら、メリア先輩のように出来ただろうか?

 

いや、出来なかったと思う。だって、先輩が専属使用人に選ばれたのはそれだけ毎日仕事を丁寧に取り組んでいる証だ。それを仕事の出来ない後輩に奪われる…………想像しただけで目頭が熱くなり、それと同時に足下から地面が崩れ奈落に落とされるような絶望感を抱く。

私はできる限り頭を深く、深く、下げる。

 

「……ありがとうございます。」

「そんなに畏まらなくても良いよ~」

 

メリア先輩は明るくそう言ってくれるが、私自身、専属という地位をどう考えても実力以外の部分で奪われたら悔しく思うため、そう言われても「はいそうですか」と頭を上げるわけにはいかなかった。

 

そう仮に家の復興がかかっているのだとしても……。

 

うん?家の復興?

私は顔だけ上げてメリア先輩を見つめてしまう。

 

「あら?ノエルのその感じ……メリア、もしかして話したこと無かったの?」

「ま~、話すほどのことでも無いですしね~」

 

本当にそう思っているように、軽い口調で返される言葉。家の復興……ただ事ではなさそうだけど……。

 

二人の間で交わされる会話。私はそれについて行けずに成り行きを見守る。

お嬢様はそんな私に説明してくれる

 

「メリアは元々、アルストロ伯爵家という古くから王家を支えてきた伝統ある貴族だったのよ。それこそ、コリアンダー公爵家とも交流があったわ」

「アルストロ……もしかして」

「うん、国家転覆容疑で爵位を剥奪された家だよ~。

……でも、お父様はそんなことはしていない

 

それは私が一番よく知っている。だから、私はアルストロ家にかけられた容疑を晴らして氷牢に閉じ込められているお父様を取り戻すの~」

 

メリア先輩はいつも通り間延びした口調で話しているのに、そこにはいつものふわふわとした印象はなくて、発される言葉からは一本の芯の通った力強さが宿っていた。

 

「だから~、明日から~びしばし教えていっちゃうよ~覚悟してね~。

 

言うこといったし~それじゃ~~お嬢様~私はもう帰りますね~」

「ええ、ありがと」

 

メリア先輩は伝えることは伝えたとばかりにお嬢様の部屋を退出していく。

私とお嬢様はそれを見送ったあと、どちらともなく視線を合わせる。

 

「それじゃあ、明日から頑張りなさい」

「はい、このような機会を設けていただきありがとうございます。

 

それと……1つお願いがあるのですが宜しいでしょうか?」

「何かしら?」

 

私は意を決してあるお願いをお嬢様にする。

緊張から口はパサつき、手足の指の感覚が鈍る。若干震えている気もする。

拒否されるのも怖いが、慣れないことに挑戦することへの、未知への恐怖それの方が大きい気がする

それでも……

 

「私に戦い方を教えてくださいませんか?」

 

私はお嬢様を支えていくための初めの一歩を踏み出した。

 




次の話で一気に学園編まで時間を飛ばすつもりなんですが、ノエルの成長をどうするかで迷ったのでアンケートを採ります!!
このアンケートの結果次第でルート分岐するので……皆さん自分の心に正直になって投票してください。
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