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フリージアと友誼を結んだ俺は特にやることも無かったので真っ直ぐ女子寮へと帰る。
この際、表情1つ動かさず平静を装っていたのだが、実は内心では今までの自分ではありえないくらい混乱していた。
初めに言っておこう。
俺は使用人であり、友であるノエルのことは好きだ。
けれど、それは俺の身の回りの世話をしてくれていることへの感謝と俺と彼女が他愛ない会話をすることが出来る関係性だからだ。むしろこの2つの要素があるのにどうすれば彼女を嫌いになれるのかと言う話だろう。
俺たちは……少なくとも俺は彼女の前では気を張らずにいれるのだ。
これは異性云々は関係ない。俺は一人の人間として彼女を好ましく思っている。
なにが言いたいかというとここまで良くして貰っていればその人のことを好きになるのが人間であり、当たり前に持つその気持ちを色恋に繋げるのは如何なものか、ということだ。
なんせ、結婚やお付き合いはたった1人の人間とだけするものだし、万人に向ける好きとは異なる特別な好きがあるんじゃ無かろうか?
少なくとも今の俺は友達と恋人の違いすらあまり分かっていない。
……いずれそう言う関係になるかもしれないが、少なくともそれは今ではない。もっと関係性を深めた後だと思っている。
仮にその間に彼女に憎からず思う相手が出来たのなら……………………それも仕方が無いと思っていた。
(なのに、あの瞬間。俺の心には自分でも分からない感情が溢れて……体も勝手に動いた)
これも呪いのせいなのだろうか?
自分で言うのもあれだが、勇者として永いこと自身を律してきた俺が理由も無く感情のままに動くなんてことがあるとは思えない。
色恋沙汰には疎いため絶対とはいえないが……。
ただ、仮に色恋が人を狂わせるのであれば恋人なども一定数いる街中はもっと混沌としている筈だ。
そう自身の胸に手を当てて頭の中を整理していく。
……何故か、この時の鼓動の音は速く、激しかった。
激しい運動はしていない筈なのに……。
「いやぁ、それにしてもお嬢様が私のことをあんな風に思ってくれていたなんて」
背後から聞こえてくるノエルの声。
振り返ってみると表情筋を緩め、これでもかという程の満面の笑みを浮かべていた。
その上若干、鼻息も荒く得意げなようにも見え、俺は何故だか思い切り否定したい感情に襲われた。
「ふんっ!勘違いしないで貰えるかしら?あれは別に貴女のことが好きとかではなくて、仮にフリージアが貴女とくっついたら、私の世話をしてくれる人がいなくなって困るから牽制しただけなのだけど!」
「……そうですか…普通に考えればフリージア様の狙いが私だとは思わないですけどね……ふふっ」
「なっ、そんなことは無いでしょう?そもそも私は婚約している殿方もいないのだから?状況的にノエルしかいないと言うだけの話じゃない!」
口からとめどなく言葉が流れ出してくる。まるで、決壊したダムのようだ。
自分では止めることが出来なかった。
そして、俺はノエルに対して、とても失礼なことを言ってしまった。
「言っておきますけど!あの教師が私に魔法を放とうとしたときだって別に庇わなくて良かったのよ!!私は寝てしまったお詫びに甘んじて受けようと思っていたのに!!貴女は直ぐに余計な事をする」
咄嗟に手を口に当てる。教師の攻撃を甘んじて受けようと思っていたのは事実だが、それを助けてくれた本人の前で言うべきではない。そんなことをしていれば、本当に助けて欲しいときに誰も助けてくれなくなる。心だって離れていってしまう。
そんな当たり前のこと、分かっている筈なのになんでこの口は好き勝手に動くのだろう。
俺は弁解しようと、呆然とこちらを向くノエルの手を掴む。
すると、ノエルは再度にんまりと笑う。
「え?どうしました?お嬢様?もしかして、私が傷ついたのかと思って焦ってるんですか?いや、傷つきましたよ?
ああ、まさかオジョウサマガワタシノコトソンナ風にオモッテイタナンテ……
うっうぅぅ」
手で顔を隠すノエル。
けれど、指の間からチラチラとこちらを見ている。全然涙は流れていない。
それどころか目を細め笑いジワを作っているのが分かった。笑っているのだ!
その瞬間俺の顔がカッと赤くなる。
「の、ノエルの馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!」
気づいたときにはそんな捨て台詞と友に走り出していた。
全部全部呪いが悪いんだ!!私は悪くない!!
「あぁ、お待ちください、お嬢様~」
後ろからそんな声が聞こえてきたが、私が歩を緩めることは無かった。
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癖の強い主従コンビと分かれた私はケリア様がいるであろう穴場スポットへと向かう。
因みにこの穴場スポットは魔法才華学園にある各種隠し部屋等とは違い誰でもいける上、校舎からも丸見えの場所となっている。
そのため、原作では偶々校舎にいたフリージアが猫を世話するケリア様を見つけ、会いに行くというのがこの場所での最初のイベントとなっている。
他にも人気なイベントとしては、この隠れスポットに行くまでの道には周りから見えない完全な死角があり、そこで貴族の生徒に絡まれるというものもある。まぁ、今は関係ないけれど
それでこの隠れスポットは公式資料集によると魔法才華学園第三庭園と呼ばれていて、非常に綺麗な場所なのだ。
だが、その場所に他の生徒は近づかない。
何故かと言えば、野良猫の溜まり場になっているからだ。
貴族の間では野良猫は不潔な生き物という認識を持たれていて、触れてしまえば三日間は獣臭が落ちず、着ていた衣服は猫の体毛が絡み取れなくなり、さらには病気が移ると言われている。まぁ……野良だし何の病気を持っているか分からないっていう不安を持つのは間違っていないと思う。
とはいえ、そこら辺は入学式の際に学園長がしっかりと検査をしていると言っているので心配はない(勿論公式資料集にも載っていた)のだが、一度ついたイメージというのは中々払拭されない。特に理由が無くても近づきたくないものは近づきたくないのだろう。
実際、洗ってあげないとダニとかがついている可能性もあるからね。
彼らからすれば魔法を使って排除していない時点で譲歩はしているんだろう。
そんな諸々の理由からゲーム内でもあの場所に訪れているのは王子とヒロイン、それと数名の生徒だけだった。
そして私は不人気な第三庭園に気負うことなく向かう。段々と花壇と花が増えていく、微かに鼻腔を擽る花の香り、草木で出来たアーチ。春先と言うこともあって、蝶が飛んでいる。
「お、おい!動くなよ、ちゃんと洗えないだろ!」
少し遠くで聞こえてくる入学式でも聞いた声。
どうやら、今日は当たりの日だったようだ。
そのことに気分が高揚し、いつの間に駆け足になっていた。
流石に走って庭園まで行けば怪訝な目を向けられてしまうだろうに、抑えるころが出来なかった。
だって、だって、この先には、この先には!ケリア様の猫洗いイベントのスチルが広がっているのだから!
そう思ったら、悠長に歩いてなんて居られなかった。
「はぁはぁ」
そして走った甲斐あって目の前に広がるスチル。
じゃなかった光景に、私は自然と涙を流していた。
生きてて、良かった。
私はその光景を瞳に宿るレンズで捉え、永久保存する。
「えっと、大丈夫かい?」
突然全速力で庭園内に駆け込んできた私に目を丸くしたケリア様。しかし、直ぐに自分に緊急の要件があるのではと思ったのか顔を引き締める。
面倒見が良い彼らしい対応だと思った。
けれど、私の場合は現状貴族にいじめられているということはないし、貴族のゴタゴタに巻き込まれたこともない。
私はキリッと表情筋を引き締めると胸を張る。第一印象は大事だからね。変な所は見せられないのだ!
「いえ、大丈夫です!」
「そ、そうかい?」
ケリア様は拍子抜けしたような、ならば何故そんなに急いでこの場所まで来たのかと心底不思議そうに首を傾げる。
その顔はイラストでは見られないとても複雑な表情で興奮したのだけれど、それ以上の衝撃が私を襲った。
本来ここには私とケリア様しかいないはずだ。少なくとも原作でケリア様が女生徒と仲が良いという情報はなかった。
しかし、現在ケリア様の後ろから顔を出す桃色の髪と黄色い瞳をした小さな少女がいた。
「王太子さま、そちらの方はどちら様でしょうか?」
何で他の女性徒がいるんだ?
というか、誰!?
またもや、シナリオブレイカーだろうか?
運命力とかシナリオの修正力とかはしっかりと機能していないのだろうか?
いや、十年近く生活していてここにいる人は皆生きているということは分かっていた。何かのボタンの掛け違いでこういう風に原作から乖離することもあるだろう。
問題は一体誰の手によって原作から乖離したか、だ。
少なくとも私は原作から大きく外れる動きはしていない。
となると、アイリスかルビアさんだろうか?
私がそんな風に現状の考察に没頭している間も二人は話をしていた。
「……実は私も彼女が誰か知らないんだ」
「えっそうなんですか?」
その言葉に無意識に顔を下げていた私は顔を上げて、満面の笑みを作る。
「私、フリージアって言います。よろしくお願いします!!」
「あ、ああ、これは丁寧にありがとう。私は、知っているかもしれないが、ケリア・ブルーム。この国の王太子だ。」
「あ、えっと、私はプラティー・コウドン。男爵家の令嬢です。」
プラティー・コウドンね。
原作では聞いたこと無いけど、可愛らしい女の子だ。
何でこの子がケリア様と一緒に居るのか聞かないと。原作から乖離している理由が分かるかもしれないし、何よりも場合によってはライバルになるわけだしね。
「それで、お二人は何故ここにいるので?因みに私は偶々猫ちゃんが歩いていくのを見かけてついてきました。」
「私も同じ理由だな。」
ふっふっふ、それはそうだろう。敢えてケリア様と同じ理由を語ったのだから。
まぁ、私の場合は騙った、という方が正しいかもしれ無いけどね。いや、まぁ名前や地位を偽ったわけでは無いから正確にはそれも少し違うか。
それで君は何の為に来ているんだいプラティーちゃん?
私はケリア様から視線を外し、プラティーちゃんを見る。
すると、プラティーちゃんは少し気まずそうに目を逸らし、人差し指同士をつんつんと合わせる。
可愛いな!おい
「えっと、私はその………………王太子とか、公爵の方に興味があって……。
だって、男爵程度の家格だと中々会うことも出来ないですし、上流階級の人達の暮らしに興味があったんです!」
「そんな訳で彼女は今、俺から王族や公爵家の話を聞きながら猫たちの世話を共にしてくれているんだ。」
「へぇ、具体的にはお世話とはどのようなことを?」
ある程度は想像出来るけれど、敢えて私は話を振るいつつ、ケリア様とプラティーちゃんの背後。猫の方に視線を向ける。
すると、原作では無かった土の桶。あの桶からは微かにだけど魔力の気配が残っている。十中八九魔法で作成されたものだろう。
ここに来る前の会話から猫を洗っていたんだと思うけどはたして
「ああ、実は今はプラティーと手分けして猫を洗ってるんだ。
清潔な方が病気にも罹りづらいと思ってな。
幸い私は火と水と土の三属性が使える」
やっぱり。
原作でもケリア様は同じ事をしていたからね。
「なら、是非私も加えて貰っても良いですか?
残念ながら、現状魔法はからっきしですが……猫は好きなので」
「勿論!!手はいくらあっても足りないくらいだ!!」
ケリア様は私の言葉に目を輝かせて歓迎してくれる。元々可愛いものが大好きだけれど、その立場上可愛いを共有できる同士がいない彼らしい反応だと思った。
「よろしくお願いします。それと……もしよければなんですけど私実は土属性の適性持ちなので、プラティーさんに色々と魔法のコツを教えて貰えると嬉しいです。」
本当は光属性もあるけれど、そちらはまだ覚醒していないし、この場でいうことではないだろう。
プラティーちゃんは私を見て一瞬だけ目を細めた、ような気がした。
本当に一瞬でもしかしたら見間違いかもしれ無い。
今はにっこりと笑顔を浮かべている。
「はい!大丈夫ですよ。けれど、その前に聞きたいことがあったんですけどフリージアさんってもしかしてアイリス・コリアンダー公爵令嬢と同じクラスじゃないですか?」
「は、はい。ですけど、なんでそれを?」
「自己紹介の時に家名を名乗っていなかったので平民さんということはわかりました。
それで平民さんは魔法を習う下地がないのでどれだけ優秀でも初めはEクラスからはじめることが多いです。それで……アイリス・コリアンダー公爵令嬢がEクラスなのは貴族の間では有名な話なので」
そうだったんだ。
いや、公爵令嬢がEクラスっていうのは貴族社会ではかなり衝撃的なニュースか……。
爵位が高い方が、優秀な魔法使いとは一概には言えないけど……それでも、この国では魔法能力が高いにこしたことはない。
当然政略結婚の際の要件にも互いの魔法能力が入っているし、魔法能力が低い家は平民から高い魔法能力を持つものを養子に迎えることも珍しくない。
それだけ重要な筈の魔法能力で公爵令嬢が劣っているとなったら公爵家だけじゃなく王家にも泥を塗ることになる。
でも、なんで私がアイリスと同じクラスか聞いたんだ?
……ってそうか、公爵家とかに興味があるって……
「もしかして、アイリス様が気になるんですか?」
「は、はい。公爵家のご令嬢に関してはどんな話でも聞きたいんです。どうですか?実際にあった印象とか!?」
印象……そう聞かれてここに来る前にアイリスに言われたことを思い出す。
『そんなことはどうでも良いわ!重要なのは貴女が私を助けてくれたということでしょ
う?』
「何というか、貴族らしくないって感じですね。
平民である私にも普通に接してくれるし、それに、友達になりたいと言われまして」
「そ、そうなんですか!?アイリス・コリアンダー公爵令嬢……噂とは別人ですね」
「噂?」
私は首を傾げる。
すると、プラティーちゃんが口を開けようとして、それよりも早くケリア様が言葉を発した。
「アイリスは元々わがまま令嬢として知られていたんだ。
噂には尾ひれと背びれがついていたのは否定しないが、実際わがままであったことには変わらない。そのアイリスが君を友達にしたいと言ったのか……何か心変わりでもあったのか?」
この様子だとアイリスが変わったのは最近の出来事?
最近前世の記憶を思い出したのか、もしくは誰かが彼女に接触した結果心変わりしたのか……。
「……いや、今は重要なことではないな。さっ、猫をさっさと洗ってしまおう」
ケリア様がかけてきた言葉に反応し、私とプラティーちゃんは頷く。
それからは引っかき傷などが出来ながらも何とか猫を洗い終えたのだった。