元勇者、悪役令嬢になる   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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動けない者(後半プラティー視点)

そう言うと私たち三人は歩き出す。

リンデンのいる広場の中心へと

 

 

「良いか?基本的に野生で生きている猫とはいえ、しっかりと世話をするとなれば色々とやらないといけないことがある。

入浴や爪切り、餌やり、ブラッシング、歯磨き、耳掃除、飲み水の水替えだな。

まぁ、水替えに関しては俺たちが用意した給水機から水を飲むか分からないが……それでも一応用意しておいた方が良い。

後、ブラッシングは基本的に週に1回でもいいが、毛の長い猫の場合は毎日で頼む。

 

他はそうだな。歯磨きは一日一回、餌やりは一日三回はやって欲しいな。まぁ、餌やりは昼に学園長がやっていると言う話を聞いているから一日二回でもいいか……

後1週間に1回やってほしいのが爪切り

2週間に1回やって欲しいのが耳掃除、といった感じだ」

「……いや、そこまでするならもう自分で飼ったらどうなの?」

 

リンデンは私たちも思ったことを口にした。

いや、そうなんだよね。

私たちもこの話を最初に聞いたときは同じように思った。

そこまでするんだったら、いっそのこと飼えば良いのにって……だけど、これには理由があるのだ。

 

「俺も本当はそうしたい。それこそ、全ての猫を王宮で飼いたいさ!だけど、国を背負うものとしてそんなことは出来ない!

……いや、国王になれば……いや、駄目だ駄目だ。」

「なんか、あなた国王になったら生類憐れみの令とか施行しそうね。」

「生類?なんだそれは?」

「いえ、滅びた文明にあったとされる法律の1つよ」

 

いや、確かに徳川幕府は滅びたけど文明自体は滅びてないでしょ。日本自体は存続しているわけだし……

それこそ、黄河文明は呼び方こそ、長江文明と統合されて中国文明って名称に変わってるけど今も存続しているわけだし……その間に王朝とかはコロコロ変わっても文明としては繁栄してるんだから、日本だって幕府が無くなったって文明レベルで滅びたって言うのは変じゃないかな。

それに日本の場合、帝の血を絶やすことなく脈々と受け継いでいるんだから、尚のこと滅びてなんていないよね。

 

まぁ、そんな話をした所で、このメンバーの中で通じるのはリンデンだけだろう。

むしろ、他のメンバーからすれば急に異世界だの何だの言われてもちんぷんかんぷんで私が変人扱いを受けかねないので言うつもりはないけど

 

「ふむ、古代文明か……非常に興味深いな。

だが!!今はそれよりも猫を世話するのが先決だ。

取りあえずリンデンは俺か……プラティーと一緒に行動して世話の仕方を教えて貰ってくれ」

「分かったわ、それじゃプラティー。頑張りましょ?」

「え?私ですか?」

「当然よ!」

 

おお!つまり消去法で私はケリア様と一緒に行動が出来る。

仲良く手を繋ぐリンデンとプラティーを横目に私は内心でガッツポーズをした。

 

「それではケリア様。私はケリア様と行動を共にしてもいいですか?」

「ああ、勿論だ。フリージア」

 

その後はケリア様が用意した猫用の給水機の水を変えて、毛の長い子のブラッシングをした。

後、私とケリア様はだけど、爪も切ってあげた。

慣れてなくて引っかき傷が出来てしまったけど、これもケリア様との思い出だと思うと、なんかいいなって思った。

 

☆☆☆

 

『プラティー!待ってたわよ!一緒にご飯食べましょ?』

 

『プラティー!今日も第三庭園に行くのよね?私もついて行ってもいい?』

 

『見て見て!これ、お揃いのブレスレットを作ったの!もし良かったらつけてくれないかしら?』

 

その人は怒ることが無かった。

その人は他人との距離感を測るのが苦手だった。

その人は躊躇うことなく私の手を握ってきた。

 

 

 

話しかけてなんて言っていないのに、話しかけてきて

顔を合わせては大輪の…いや太陽のように笑みを振りまく。

パーソナルスペースなんてあってないようなものでずかずかと私の心に踏み入ってくる。

その人はいつもそうだった。

 

……辞めて欲しかった。

あの人といると自分が惨めな気持ちになった。

いつも自由を謳歌する彼女は私には眩しすぎた。私に好意を向けてくるたびに罪悪感で息が苦しくなった。

彼女が作る陽だまりの中に入ることの出来ない私はただ薄っぺらい笑顔を張り付けて、あたかもあの人の隣に立っているふりをした。

本当は超えられない壁があるのに、そんなものを感じさせないように努力した。

 

それが本当に苦しかった。

目の前にあるのに、手が届きそうな程近くにある幸せを私は掴むことが出来なかった。

騙している自分にそんな資格がないから………いや、本当は仮に資格なんて無くても、恥ずかしげもなく彼女の手を私は取っていただろう。

ただ、私には権利が無かっただけだ。

 

そちら側に行く権利を有していないから行けないだけだ。

 

悲劇のヒロインですらない醜悪な家畜が、私だった。

だから、本当は彼女の声を聞くことすら嫌だった。

彼女が私と幸せを共有しようとするたびに私はどうしようもない自身の現状を再確認することになった。

もういっそのこと()()()()で欲しかった。

ずっとそう思っていた。

 

思っていただけなのだ。けれど…その気持ちがふとした瞬間山彦のように帰ってくる。彼女と一緒にいる訳でも無い時に、だ。

私自身、自覚はあって湧き出てくる気持ちと、心の中で木霊するようによみがえる気持ち。これらが私をより追い詰め心の中だけに留めようとしたその叫びが口から零れ落ちてしまうまでそれ程時間は掛からなかった。

 

「はなさないで」

 

話さないで、自然と口をついた言葉は決して大きな声量ではなかったけれど、しっかりと彼女の耳には届いていた。

…なんて言い訳すればいいんだろうか?

 

出来るだけ耳障りの良い言葉を…

 

「大丈夫、離さないわ」

 

私の内心の焦りをつゆ知らず彼女は笑みを浮かべると繋いでいた手の力を少しだけ強める。

 

違う、違う…!

 

私は彼女に手を握ってもらいたいなんて思っていない筈なんだ!!

だって、そんなことをすれば………私は余計に辛くなる。

 

だから離せ!離せ!!

 

彼女の手に爪を食い込ませると思いっきり力を込めた。

早く離せと気持ちを込めた。

 

この時の私はすっかりと自分が彼女に取り入らないといけない立場だということを忘れていた。

ただ、彼女との間に心の壁を作って気持ちを落ち着けたかった。いや、このまま永遠に距離を置けたら、なんて風に考えていたと、思う。

けれど、彼女は鈍感で私に爪を立てられているにも関わらず、笑みを浮かべると私の頭を空いている手で撫でて来た。

 

「ふふっ、そんな心配しなくても大丈夫よ。私はどこにも行かないし、この手も離さないから。だから、力を抜いて頂戴」

 

この人は何を言っているんだ?

余りにも斜め上の珍解答に私は手の力を緩めてしまう。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

何故、お礼なんて言う。

傷つけていた人間にお礼なんて言う必要がないだろう。

 

彼女のお礼は私にとって釈然としないものだった。

 

けれど、何に釈然としていないのかは分からなかった。

釈然としないという言葉自体に原因が特定できないという意味もあるのだから、当然と言えば当然なのだが、そういう言葉の使い方云々の話では無い奇妙な感覚が私の中には生まれていた。

 

むしろ、意味が重複しているこの使い方こそが私の心の内を表しているようなそんな確信があった。

 

この人といると良くこんな気持ちにさせられる。

自分でも気持ちの整理が追い付かなくなる。

やっぱり苦手だ。

 

「ねぇ、プラティー?実は私…あの野良猫をお世話する集まりに名前を付けようと思ってるの」

 

名前?考えたことも無かった。

いや、考える必要も無かった、か。

どうせ、私は目的が達成されればあの集まりを抜けることになるだろうし…。

けれど、けれど今は話を合わせて置いた方が良い。

円滑に話を進めるには必要なことだ。

 

「へぇ?なんて名前なんですか?」

「猫世話同盟よ!」

「ふふっ、なんですか?それ…そのまんまじゃないですか」

 

自然と口角が上がる。どうやらこの立ち位置にも随分と慣れてきたようだ。

じゃなければ、こんな風に笑顔を浮かべることは出来なかっただろう。

だって、私はそれどころじゃないんだから。

 

領地に住む皆のために、お父様とお母様のためにも私は目的を忠実に果たさないといけない。

 

だから、心からこの会話を楽しむことは出来なかった。

ちゃんと目的を果たさなければ、今度はどんな無茶を課されるか分かったものではない。

 

彼女の言葉に適切に相槌を打ちながら、自らの胸の内を再確認する。

そうしていると、彼女は話題を別のものへと変えた。

 

「そうだ!実は■■■がおやつと紅茶を用意してくれたのよ!後で一緒に食べましょ?」

「ありがとうございます。楽しみです。」

「ふふふ、そうでしょう。そうでしょう!■■■の料理は甘くて美味しいんだから!」

 

彼女はまるで自分の事のように胸を張る。

使用人を友のように大切にする彼女らしい言動だった。

 

けれど、彼女はその努力を100%分かっていないように思える。

彼女の使用人が作ったお菓子は流石金銭面に余裕のある家のお菓子というだけあって、砂糖をふんだんに使っているのか、確かに甘い。

ただ、口に入れれば甘さ以外にもハーブかお茶の葉かは分からないけれど、上品な味がした。

 

とても美味しいと思った。

だから、甘いという一言であの味を表わすのはどうなのだろうと私は首を傾げてしまう。

まぁ、彼女は上級貴族の出だし、美味しいものを食べ慣れているからあまりその辺に頓着をしないのかもしれない。

もしくは、味覚を感じる機能が著しく低いのだろうか?

 

彼女は何を食べても甘い、辛い、美味しい、塩っぱい、苦いくらいしか言わなかった。

それと味覚という話ではないけれど熱いスープを口に入れて、平然としていたりすることもあった。

何か疾病か障がいでも持っているのだろうか?

 

いつも笑顔の彼女から想像できないけれど……もしそうなら、何か……

いや!そんな筈はない!彼女はあれだけ…………元気な訳で、そんな筈ない、んだ。

 

私は自分の考えを心の中で頭を振って打ち消す。

知ったところでどうすることも出来ない。私は任務に集中しなくちゃ。

助けられるならとか、自分にも出来ることがないか、とかそんなことを考えている時間は私にはないのだ。

 

目線を合わせること無く、私は彼女の隣を歩く。

そ、それに以前、熱いスープを飲んだときに自分は熱に耐性を持っているって言っていたではないか、だから私には関係ないんだ。

大丈夫なんだ。私は私のすべきことに集中しよう。

 

彼女を裏切ることに?

そう裏切る……ことにだ。

 

「ねぇ、プラティー。貴女は一体何でそんなに辛そうな顔をしているの?」

「……辛そうな……?そんな顔はしていませんよぉ。

私はいたって元気です」

 

そうだ。そうだ。元気なのだ、元気じゃ無いといけないのだ。だって私は貴女を騙してるんだから、元気じゃ無いと駄目だろう。

貴女みたいな善人を騙している人間が、元気じゃ無くてなんだというのだ。はしゃげはしゃげはしゃげ!

今は馬鹿みたいにはしゃぐときだろう?

なんせ、アイリス・コリアンダーが地獄に落ちようとしているんだぞ?

 

これを笑わずに何を笑えばいいんだ!

再度彼女の手に爪を食い込ませる。

痛がれ痛がれ痛がれ!!!

離せ離せ離せ…………!!

 

ふと体がフワッと浮いたかと思うと、温かい何かに包まれる。

 

「貴女が何に悩んでいるかは分からないけれど、私が絶対貴女の力になるわ

それに、貴女と握ったこの手絶対に離さないから……大丈夫よ?

 

 

それと、そろそろ第三庭園につくのだけれどその調子で大丈夫そう?」

「……え、あ、へへへ、すいません~。もしかしたら、自分でも気付かないうちに思い悩んでいることがあったのかもです~

 

手、大丈夫ですか?」

「何のことかしら」

 

彼女は私と握っていた方の手を掲げてみせる。

そこには傷どころか血が出ていた跡すら無くなっていた。

私は確実に彼女の肉に爪を食い込ませてそのままえぐっていたはずなのに……

彼女は私の手を引いて第三庭園へと向かう。

 

私はそれにされるがままになっていた。

彼女の手をジッと見ていた。

 

白魚のように綺麗で、雲のように柔らかい手だった。

このまま、ずっとこうしていられるような……そんな幻想を抱いてしまった。

この傷1つない綺麗な手のように、私の過ちも全て消えて無くなればいいのに……。

 

そんな唾棄すべき思考を一瞬でも抱いた自分がとても恥ずかしかった。

 

その後は猫の世話に没頭した。

何故か体を動かしたくて仕方が無かった。

 

けれど、そんな私に彼女は口にクッキーを入れてきた。

そのクッキーは何故か前に食べたときよりも甘かった。

 

だけど、心には堪えようも無い苦味が走った。

一刻も早くここから離れないと、私のような人間がいるべき場所じゃ無い。

そう思いながらも私はその場を離れることが出来なかった。

主人の命に逆らうのが怖かった。

 

私のような人間を屑というのだろう。

私は結局なにも行動には移すことは出来なかったのだ。

 

ただ祈ることしか出来なかった。

 

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