元勇者、悪役令嬢になる   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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怪物の話術1

☆☆☆

 

あれから、トリトマちゃんが言うように大人しくそれまで通りの生活を送っていた。

授業が終わったら第三庭園に向かうという生活を。

 

初めのうちは打算もあった。

第三庭園に行けばプラティーやリンデンさんに敢えて今回の件について何か情報を得られるんじゃないかって……。

けれど、そんなことは全然無かった。

彼女たちはアイリスとのいざこざ以降第三庭園に顔を出すことが無くなってしまったのだ。

王子様も情報を持っている様子は無かった。

図らずも私はトリトマちゃんに言われたように何の情報も得ることが出来ず無為に時間を過ごすことになった。

 

だから、トリトマちゃんが情報収集と称して何度か私に接触してきても、事件に関することは答えることが出来なかった。プラティーとリンデンさんが顔を出さなくなったことと事件と関係のないごく平凡な日常生活についてしか答えることが出来なかった

 

私はその度に本当に手伝えることはないのか?と聞いたけれど、彼女は順調に情報は集まっているから焦らずに待っていてください、というばかり。

その進捗具合も全く共有しようとしない姿に私は段々と痺れを切らしていた。

 

だからこそ、今日私はあの隠し部屋へとトリトマちゃんを呼びつけた。

三人集まれば文殊の知恵、という言葉があるように私に情報を共有して貰えれば何か出来ることがきっと見つかるはずだ。

 

私は授業中であるにもかかわらず、隠し部屋の椅子に座ってトリトマちゃんが来るのを待つ。

これで来てくれなければ、約束を破り自分の力で情報を集めようと心に決めながら。

 

ただ、その心配はどうやら無用だったようだ。

隠し部屋の扉が開き、赤い髪の少女が姿を現す。

 

「ルビア様を通して私を呼びつけるなんて酷いじゃないですか。

ルビア様にフリージア様と一体何をしているのか、とか、どういう関係だとか凄い詰問されたんですからね!

後、さっきもルビア様につけられて撒くのに凄い苦労したんですから」

 

そう言いながら、腰に手を当て風船のように、或いは口に食べ物を一杯に詰めたリスのように頬を膨らませるトリトマちゃん。

普段なら可愛いと思うその姿。けれど、生憎今の私には余裕が無いのだ。

出来ることならその嘘くさい仮面を無理矢理にでも引き剥がしてやりたいくらいに。

 

「……それで?

そろそろ、私にも共有してくれないかな?アイリスさんの無罪の証拠

十分集まってるんでしょ?」

 

私は苛立ちを隠すこと無くトリトマちゃんを視線で貫く。

その視線にトリトマちゃんは作り物の飄々と……いや、どこまでも可愛らしい仮面を外すこと無くニッコリと笑顔を浮かべる。

彼女の本性を知らなければ守って上げたくなる。小動物のような愛くるしい笑み。

 

「情報が集まってきている、と言ったことはあっても十分といったことは無かったと思うんですけど……………。

…そうですね、恐らくこれ以上は集められないのでいいでしょう。

 

今日の放課後。

この隠し部屋へと繋がる教室の前で待っていてください。

そこで私がたどり着いた全てをお話ししましょう」

 

はぐらかして逃げるきか!?

私はその疑念を込めて、トリトマちゃんの手を掴む。

けれど、握った手は簡単に解けてしまう。

多分力で私の手を振りほどいたのでは無く、技術で優しく解いたのだろう。

私はあまりに非現実的な神業に一瞬思考が止まってしまう。

その間にもトリトマちゃんは隠し部屋の扉を開き、外に出て行こうとしていた。

 

「大丈夫。今日の内にはアイリス・コリアンダー公爵令嬢の身も解放して見せます。」

 

それだけ言い残して

 

☆☆☆

 

トリトマちゃんの話を信じて私は放課後、直ぐに隠し部屋へと向かった。

これで全てが解決するのか。

半信半疑ではあるけれど、私はそれを見届ける必要がある。別に彼女が解決できなくてもいい。

その時は私が自分で動いて必ずアイリスさん達を助けるのだ。

その思い……エゴを胸に抱く。

勿論、これでトリトマちゃんが丸く収めてくれるのが一番だが、流石にそこまで彼女を信用することは私には出来ない。

ポッと現われて、都合良く私たちを助けてくれる、というのは流石に虫が良すぎる話だとずっと前から思っていたのだ。

ただ、それでも願わくば彼女が私たちの幸せを少しでも運んできてくれれば、という思いはある。

 

私は彼女と待ち合わせた隠し部屋の扉に手をかけ目には見えない力を込める。願いという名の想いを乗せて扉を開く。

 

「待っていました」

 

そこには大きな鞄を肩に掛け、夕焼けに照らされるトリトマちゃんがいた。一種の神々しさをはらんだその姿に私は言いようのない妖しさを感じた。

まるで、あの少女の見た目が只のかぶり物であるかのような言いようのないズレを感じた。

 

そんな彼女は視線を私から外す。

どこを見ているのかと想い、彼女の視線を追うと、そこにはケリア王子とリンデンさん(とリンデンさんのメイドさん)が少し距離を置き立っていた。

何故彼女達がという疑問が脳裏に浮かぶが、直ぐにトリトマちゃんの言葉を思い出す。

『今日の内にはアイリス・コリアンダー公爵令嬢の身も解放して見せます。』

彼女は確かにそう言っていた。

それが恐らく本気であり、今回の事件に関わりのありそうなメンツを集めた、ということだろう。

 

パチン、この場にいるメンバーの意識を自分へと向けるために態と出したであろう手と手を打ち鳴らす音。

その音の主は今もまだ夕焼けの光を背にし、笑っていた。

そして、まるで私たちを品定めするように教室をぐるりと回り、先ほどと同様夕焼けが差し込む窓の前へと移動する。

 

「さて、貴方たちを呼んだ理由は他でもありません。アイリス・コリアンダ―公爵令嬢が平民生徒を虐めたという件についての誤解を解くために集まっていただきました。」

 

トリトマちゃんはチラリと横目にリンデンさんを見ながら、まるで神のお告げを広める敬虔な神父のように両手を広げ、声を大にして澱むことなく言い切った。

 

「……」

 

一瞬その場に沈黙が流れる。私は息を呑み、その行く末を彼女の言葉の先をただ黙って促す。いや、彼女の圧倒的な場の支配力、カリスマ…はたまた熟練の詐欺師のような見えない力、気迫とでも言えばいいのか……に支配されて何も言えなくなってしまっていた、というのが実際の所だと思う。

 

けれど、どうやら、それは私だけで他の二人は違ったようだ。

 

ケリア王子はトリトマちゃんの気迫に屈することなく、困惑しながらも手を挙げた。

トリトマちゃんはその様子に更に笑みを深める。まるで、自分の思ったとおりに事が運んだことを喜ぶ悪童のようだった。

 

「どうしましたか?ケリア・ブルーム王太子殿下?」

「ああ、さっきの話から察するに例の件においてアイリス・コリアンダ―公爵令嬢はあくまでも、冤罪または行き違いによって虐めの容疑をかけられているという風に聞こえたんだが……それを証明する証拠はあるのか?」

 

申し訳なさそうに、或いは自体を飲み込めていないように眉尻を下げ、言葉を選びながら言いたいことを紡いでいく。

その様子は王太子にしては気迫に欠けており、俄には信じがたいというような動揺が見て取れた。

挙げていた手も徐々に下がっていることからもそれは明白だろう。

 

それに対し、トリトマちゃんはその超常的な雰囲気を崩すこと無く、顎を引き首肯する。

 

「ええ、そうですとも王太子殿下。アイリス・コリアンダー公爵令嬢は行き違いによってか、或いは誰かに嵌められ、濡れ衣を着せられているのです。」

 

誰かと言いながら、リンデンさんに視線を向けるトリトマちゃん。

まさか?

いや、そんなはずはない。

私は自分の考えを否定する。

彼女ほど平民にも優しく、気さくに話しかける人もいない。

そんな彼女が誰かを嵌めるなんて到底考えられない。何よりも彼女もまた私の友人だ。

 

「……誰か、ね……そう言いながらあなた私を見ているようだけど、不快だから止めてくださらない?

使用人の分際で」

 

流石にいつもは身分など気にしないリンデンさんでも不快すぎたあまり差別するような言葉を使ってしまう。

私としても、あんなあからさまな視線は挑発以外の何ものでも無いと思うし、友人を疑われてあまりいい気はしなかった。

しかし、トリトマちゃんはそれに対して謝ることはせずに話を先に進める。

 

「では、先ず1つ。私がアイリス・コリアンダー公爵令嬢が濡れ衣を着せられたと考える証拠を提示しましょう。」

 

トリトマちゃんはそう言いながらポケットから録音機……元の世界の物とは仕組みが違うが……を取り出した。

 

そして、親指で録音機のスタートボタンを押すとトリトマちゃんの声と聞き覚えの無い女子生徒の声が聞こえてくる。

これは一体何なんだろうか?

 

そう感じたのはケリア王子とリンデンさんも同じで双方共に困惑したように首を傾げていた。

当然私もだ。

その中で調子を崩さないのはこの音声を流しているトリトマちゃんだけだ。

トリトマちゃんは録音機の音声を流したままの状態でケリア王子へと近づくと、手に持っていた録音機をケリア王子の手の上へと置いた。

 

それには先ほどまで困惑しながら成り行きを見守っていたケリア王子も疑問の声を上げる。

 

「これは一体何か…聞いても良いかな?」

「それは私がこの学校にいる全校生徒からアイリス・コリアンダー公爵令嬢とプラディー・コウドン男爵令嬢が共に行動していた際の時間帯と苛めの現場を見たかについての聞き取り調査をしたものです。

勿論今確認して貰う必要はありませんが、私が調べた結果によると、全校生徒の内、アイリス・コリアンダー公爵令嬢とプラディー・コウドン男爵令嬢が共に行動していた所を見た、と答えた生徒は615人中388人。

その中で苛めている場面を見たと言っていた人間は34人。

その凡そ9割がリンデン・ビバーナム伯爵令嬢…貴方の派閥の人間でした。」

 

9割という数に思わず圧倒されてしまう。

勿論、私はリンデンさんがアイリスを嵌めたとは微塵も思っていないけど、それでもその数は疑われても仕方がないと他人であれば思ってしまう程度には多い数だった。

 

けれど、リンデンさんとてやっていないことで態々臆した様子は見せずにむしろ余裕を持ってトリトマちゃんに反論する。

 

「…確かにそれは私に疑いの目を向ける材料としては十分ね。

ただし、プラティーもまた私の派閥の人間であり、私の派閥の人間が彼女を気にかけるのは当然じゃないかしら?

例えばアイリスに連れられる彼女を心配して彼女たちの後を付けたとしても何も可笑しなことは無いでしょう?

逆に言えば、他派閥の人間が態々コリアンダー公爵家に盾突く理由が無いもの、仮にプラティーが苛められていたとしてもそれを態々口にする筈が無い、と考えられないかしら。」

 

確かに!それはそうだ!

やっぱりリンデンさんが犯人では無かったみたいだ。

私はリンデンさんに掛けられた容疑が晴れたことにほっと胸を撫で下ろす。

彼女の堂々とした立ち振る舞い、そして悪意を感じられない真っすぐとした瞳、彼女も無実なのだろう。私は半ば確信していた。

 

しかし、ボイスレコーダーをケリア王子に手渡し、リンデンさんに向き直ったトリトマちゃんの顔には依然として笑みが張り付いており、トリトマちゃんのリンデンさんに向ける疑いが晴れていないことを如実に表していた。

更に目元には影が差しており、よく見えないながらもその反論までも予想していたということはつり上がる頬を見れば容易に想像できる。

むしろ、目元が良く見えないせいで余計に不気味な印象を受けた。

 

「ええ、そうでしょうね。貴方の言っていることは尤もです。

なんせ、貴方はビバーナム派閥の中でもプラティー・コウドン()()()()と特別仲が良かったですからね。他のビバーナム派閥の人間が気にかけても何も可笑しくない。

例えばそう、()()()()では特に仲良くしていたそうじゃないですか?」

「だったら、何?」

 

トリトマちゃんの言葉に困惑し怪訝そうな顔をしながらも僅かな棘が見えるような声で問いかけるリンデンさん。

棘のある言い方をしたリンデンさんの気持ちも分かる。トリトマちゃんの言い方が凄く小馬鹿にするようなものでその目には少なくない嘲りの感情が見て取れた。

リンデンさんがプラティーと仲良くしていることの一体何がそんなに可笑しいんだ!

同じ空間で聞いていた私も思わず声を上げたくなった。

そこをトリトマちゃんに眼で制されてしまったせいで出かけた言葉はそのまま引っ込んでしまったが…

 

そして、私を目で制したプラティーはそのままリンデンさんに近づいて行く。

その足取りは決して早いものでは無かったけれど、日差しに照らされてオレンジ色に染まるタイルと影ができ真っ黒に染まったタイルの真ん中を歩く姿はまるで死神の歩みのように見えて私たちは、特にリンデンさんは体を固くして身構える。

 

「私が聞き取り調査を行った結果、アイリス・コリアンダー公爵令嬢とプラティー・コウドン男爵令嬢を放課後に見たと言った方がいました。

それも、貴方とプラティー・コウドン男爵令嬢が第三庭園に着く少し前に…。

まぁ、これを話してくれたのは10人程度で…それもその殆どがコリアンダー派閥の人間だったんですけどね」

 

リンデンさんを覗き込むように見上げるトリトマちゃんは最後まで言い切ると頬に人差し指を当てながら小首を傾げる。

その様子は可愛いというよりも獲物を少しずつ追い詰める狡猾な肉食獣のように私には見えた。

 

けれど、リンデンさんも頬に汗を垂らしながらも両手を組み、キッとトリトマちゃんを睨みつけると毅然とした態度を保つ。

私ならもっと空気に呑まれてしまうだろう。

流石はリンデンさんだ。

 

「なら、それはコリアンダー派閥の人間が何かしらの策を巡らせていたという可能性があるのではないかしら?

そもそも、たかが10人の話が何かの効力を持つとは思えないわ。

それに付け加えるのであれば、その話が今回の一件に一体何の関係があるのか…甚だ疑問ね。」

「疑問じゃないですよ?

()()は第三庭園になんて足を踏み入れていないんですから」

 

リンデンさんから距離を置くと、トリトマちゃんは今までで一番冷えた、1℃すらも感じない絶対零度の瞳を目の前の人物に向けた。

 

あれに直接射抜かれたら、動きどころか呼吸すらも止まってしまうんじゃないかと感じる冷たく、根源的な恐怖を感じる瞳。

殺意はないけれど、社会的に、いやもっと単純に群れから邪魔者を…劣等種を追い出そうとする上位者の目。

 

余りの怖さに眼に涙が溜まっていくのが分かる。

声をかけて止めようとする。

けれど、まるで言葉の発し方を忘れてしまったように、いや、言葉を発することを生物としての本能が拒んでいるように私の口から言葉が、音が出ることは無かった。

そして、辛うじて伸ばせた手もまた彼女たちに届くことなく意味も無く伸ばされている。

 

足なんて以ての外だった。

 

そんな中でもリンデンさんはたった一人で彼女の前に立ち立ち向かっていた。

圧倒的上位者を前に毛を逆立て、牙を剥きだしに孤軍奮闘していた。いや、そんな姿を幻視した。

 

「一体何を根拠にそんなことを言っているのかしら?」

「何を根拠にですか?」

 

トリトマちゃんは再度首を傾げる。けれど、それは先程のものと違ってまるで壊れたブリキ人形のような、はたまた90度曲がるスポーツカーのコースの様な異常な曲がり方だった。

それに加え、丁度良く雲が太陽を隠したのか灯りを付けていなかった室内は一気に暗くなり、彼女の口元だけが辛うじで見える程度となった。

そして、その口元は今日一番という程につり上がっている。

思わず今から口が裂けるのではないかという不安すら感じた。

 

その不安の元凶たる少女は笑みを消すと、こう言った。

 

「だって、貴方野良猫触れないでしょう?」

「ニャァ!」

 

その言葉と同時、トリトマちゃんが持っていた鞄から一匹の猫が飛び出し、リンデンさんの元にダイブする。

それをリンデンさんは咄嗟に手で叩き落とした。

 

「きゃぁ!!!」

 

私とケリア王子はその言葉と行動に目を大きく開くことしか出来なかった。

だって、トリトマちゃんが猫を連れてきているとも思っていなかったし、何よりもリンデンさんがそんなことをするとは全く持って思っていなかったんだから…

 

 




因みにトリトマはこの会話において一部嘘をついています。
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