元勇者、悪役令嬢になる   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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吊り橋効果?

☆☆☆

 

ドンッと体を打ち付ける衝撃と空気が肺から抜ける感覚、そして骨まで響く鋭い痛みに反射的に目を開ける。

ここはどこなのか自分は何でこんな目に遭っているのか…回り始めていない頭と瞳をそれでも必死に動かす。

先ず目に入るのは体躯のいい男。息を荒げ下卑た目でこちらを見ている。

そのことに体が一瞬でフリーズし、折角動き始めていた頭は急ブレーキをかけた車よりも綺麗に急停止した。

自然と体が後退する。身を守るために胸の前に片手を当てる。

一体何が…鈍りに鈍った頭で浮かんだ思考はたったのそれだけ。

建設的なことは何一つとして浮かばない。

 

そんな中私の意識を男から移したのは高い、女性の声だった。聞き覚えのある女性の声

 

「そいつらに関してはさっき言ったように好きにしていいから

あ、最後はちゃんと跡形もなく磨り潰して土に埋めるのよ?」

 

鳥肌が立つ。

体の内に直接冷気を注入されたかのような不快感と共に、頭の天辺から重力に従い血が下がっていく感覚。

声も思考も儘ならない。目から熱いものが流れてきてそれだけが自分が生きているんだと、熱を持った一生物なんだと教えてくれる。

絶望とはこれほどまでに……死ぬよりも恐ろしく身の毛のよだつものなのかと実感する。

瞳からだけでなく、スカートの中からも熱いものが流れていく。

けれどそれは目から流れるものよりも幾分も汚く、己の心が折れてしまっている、屈服してしまっている証明のように感じて、羞恥の心が胸に広がる。

 

「きったね!確かお前あの漏らした方とヤリたいって言ってなかったか?」

「うぇっ、あの時は漏らすとは思ってなかったんだよ。チェンジだよ、チェンジ」

 

男は和気藹々と話す。

内容は聞くに堪えない、醜い獣の会話。むしろ喋ることが出来ることで余計にその醜さを曝け出している。

恥ずかしげもなく、欲望を吐き出す為だけの交尾について話しているさまは同じ人間だと思うことすら嫌悪感を抱いた。

 

そんな男たちの会話と失禁した私の姿をちらりと冷たい眼差しで確認したリンデンは直ぐに興味を無くしたように部屋の外へと出て行った。

 

最後につまらなそうに「私の邪魔をしたからこんなことになるのよ」と言った彼女の声には温度は籠っておらず、邪魔者を拘束し、好きに出来ることに対する嗜虐心も、逆にこんな状況になってしまったことに対する同情も籠ってはいなかった。

 

けれど、それよりも私が意識を持っていかれたのは隣にいたトリトマちゃんだった。

話の途中で私以外にも人がいると話題に出た時、そして男たちの視線を追ったことで彼女の存在に気が付くことが出来た。

けれど、彼女がいた所でこの状況は全くと言っていい程良くはならない。

むしろ、私だけでなくこのままだと幼い少女までもが獣の好きにされてしまうかもしれない、という状況に私は折れた心を何とか奮い立たせ男たちを睨みつける。

…けれど、それは何の意味も無い。

何の意味も無いのだ。

 

ならば………………私、私が彼女の代わりに男たちの責め苦を受ければ、トリトマちゃんは助かるのだろうか?

 

私は息を吸う。

覚悟を決め……きることは、やっぱり出来ない。

それでも……吐いた言葉は戻せないのなら、せめて勢いに任せて言ってしまえば…やけになって、絶望で周りが見えなくなって視野狭窄になった私はそんな短絡的思考に身を任せそうになる。

 

けれど、この絶望を振り払う救世主は突然に私たちの前に現れてくれた。

パチンとカスタネットのような音が鳴る。

 

それによって先程まで獣たちの鳴き声に満たされていた部屋は静かさを取り戻す。いや、それだけじゃない。

先程まで息を荒くし、発情していた獣たちがぐるんと白目を向き倒れ込んだ。

口からは蟹のようにブクブクと泡を出している。

 

突然の救いの手に私は体の力が抜けることはなくむしろ強張り辺りを見渡す。

もしかしてトリトマちゃんが?と思って隣を見てみるけど、どうやらそう言う訳でもないようだ。

彼女は私の隣から一歩たりとも動いてはいなかった。

 

ならば、誰が?と思っていると、男たちが立っていた場所のすぐ後ろにいつの間にかメイド姿の少女が立っている。少女と言っても今の私よりは年上の少女。

 

この少女に関しても私は知っていた。

「ノエル、さん?」

「はい、どうやら万事休す…この場合は危機一髪の方がいいでしょうか?

兎に角危ない所だったようですね?」

 

私に視線を向けながら、無表情の石像のように微動だにしない雰囲気を漂わせていた彼女、アイリス専属メイドのノエルさんは己の唇を解き、笑みを浮かべてくれた。

 

「はい!助けて頂きありがとうございます!」

 

心の底から、それこそじんわりと暖かくなる心から温もりの籠ったその言葉をノエルさんに送る。

漸く肩の力が抜け体に熱が少しずつ戻ってきた。部屋の温度は変わらない筈なのに世界が少しだけ暖かくなったような錯覚を起こす。

そして、体の力が抜けたことによってまたスカートの下からじんわりと体液が漏れ出し、温かくなる。

けれど、先ほどと違って羞恥の気持ちは少なくて不思議とドキドキとして、体の部位の中でも特に腹部よりも少し下が急激に熱くなった。

次いで顔も熱くなる。

瞳も安心からかじんわりと熱くなり、先ほどとは明確に違うと分かる涙が流れる。

 

「とても、怖い思いをされたんですね。もう大丈夫。

取り敢えず、お洋服を変えましょうか」

 

優しく、頬を撫でてくれる手がくすぐったくて身を捩ってしまう。

けれど手が離れると突然名残惜しさに縋りつきたくなる。それに不思議とスカートへと手が吸い寄せられてしまった。

 

それをノエルさんは私が失禁の汚れを気にしているのだといい方に解釈してくれて、胸の谷間から衣服を取り出してくれる。

そう、ノエルさんの谷間からまるでマジックのように衣服が取り出された。その摩訶不思議な光景に目を丸くしながらも、それよりも、あの服にはノエルさんの温もりと香りが染みついているのだろうかとそちらの方が気になってそんな不埒な考えが脳内を堂々巡りする。

 

そして、それを検証するために私に衣服が渡される。

いや、違った。

私が自身の衣服を汚してしまったから、ノエルさんが気を利かせて衣服を取り出してくれただけだった。

 

私はその衣服を手に持つと部屋の端っこへと移動する。

それにノエルさんは首を傾げているようだけど、そ、そんな、ことよりもノエルさんがずっとこちらを見ていることの方が問題だった。

 

だって、それって、ノエルさんに裸を見られるってことだし、まだ全然心の準備が出来てないし、ここはちょっとシチュエーション的に違うし、フカフカのベットの上でランタンのオレンジ色の明かりが淡く私たちの体を照らしているシチュエーションの方がいいし…いや、今は兎に角それどころじゃないから!!

 

「あ、あの、ノエルさんそんなにジロジロ見られたら着替えづらいですよぉ」

「えっ?ああ、すいません。

それでは私は扉の先を見てきますね。そこの男たちは一週間は起きませんので」

 

そう言うとリンデンが出て行った扉から部屋を退出するノエルさん。

違いますよ!何で部屋から出て行っちゃうんですか!女の子を置いて!

そこは後ろを向いてるだけで良いんですよ?

ちょっと気になってチラ見するくらいなら全然許しちゃうんですからね?

 

それなのに何で行っちゃったんですか~、全然女心を分かって無いです!!ノエルさんのイケず!

取り敢えず、今は急いで着替えてノエルさんを追わなくちゃ!私はそう思い急いで服を脱ぎ、着替えをしていく。

それをジッと見る視線に気が付き、私はそちらへと視線を向ける。

すると、案の定というか、この部屋には既に意識のある人は私とトリトマちゃんしかいないのだから、当然というか、兎にも角にもトリトマちゃんがこちらを見ていた。

 

「?

どうしましたか?」

「いえ…ただ、もしかしてフリージア様、あのメイドさんに惚れてしまったのでしょうか?」

 

恐る恐ると言うか、聞きたくない、けれど、聞かなくてはいけないというような微妙な表情をしたトリトマちゃん。

何故あんな表情をしているんだろうか?瞳に関してはハイライトを失って、先ほどよりも深刻そうに見える。

無事に助かったんだからもっと喜べばいいのに…

私は着替えの手は止めずにトリトマちゃんの心労の理由を問う。

すると、

 

「いえ、ただ、主の為にと方々を駆けずり回り、懸命に働いたら、思惑とは別の方向へと事態が進んでしまっただけです」とだけ伝えて来た。

 

非常に要領を得ない内容に私は内心首を傾げながらも、一応相槌はうっておく。

トリトマちゃんは小さいのにとても優秀だから要領を得ないあの言い方にもきっと深い意味があるんだろう。

 

そして、話がひと段落した所で暫く沈黙が流れた。

けれど、沈黙が流れたことで私の思考も幾分かクリアになっていく。

正確には先程まで滝のように様々な情報が取り入れられていたのが段々と処理されて事態が把握できるまで落ち着いてきたのだ。

そこで私はふと、ある疑問を口にする。

いや、本当なら一番初めに抱かなければいけない疑問だ。

 

「ねぇ、何で私達こんな所にいるの?」

 

洋服の上下ともに着替え終わったので靴下を履きながらトリトマちゃんに問うてみるとトリトマちゃんは目を丸くする。

それこそ満月のようにま~るくなるものだから何だかとっても面白くてクスリと笑ってしまう。

けれど、トリトマちゃんはそんな私の反応を気にした様子はなく、そんなことよりも心底驚いたというように口を開ける。

 

「もしかして、攫われた時のことを覚えていませんか?」

「え、うん」

「そうですか…。えっと、私がケリア王太子殿下とリンデン・ビバーナム伯爵令嬢を呼び出して話合いの場を設けたのは覚えていますか?」

「うん」

「その後私たちは人魚姫の涙(トラジックティア)という神具を探しにリンデンの部屋へと入ったのですが、待ち伏せをされていたようでそこに倒れている男たちに背後から襲われ意識を奪われてしまったんです。」

「そうだったんだ。」

「すいません。ケリア王太子殿下さえいれば暴力沙汰になっても対処できると踏んでいたんですがどうやら考えが甘かったようです」

 

深く頭を下げるトリトマちゃん。

けれど、リンデンがこんな力業に出るなんて想像できるわけがないし仕方が無い。

そもそも、女子寮に男…それもこんなどこの馬の骨かも分からない男が侵入するなんて普通はないんだから対処のしようもない。

 

靴下を履き終えた私は靴を履き、手をハンカチで拭くとトリトマちゃんの顔を両手でそっと挙げる。

その手つきたるや高級なお皿を持つ時と同じくらいだと言っても過言ではない。

 

そして、私はトリトマちゃんと額を合わせると笑みを浮かべる。

 

「こうして、二人とも無事だったんだから良いんだよ」

「そう、ですね」

 

トリトマちゃんも控えめにだけど笑ってくれる。

最初に会った時の無邪気なトリトマちゃんは演技だったのかもしれない。

けれど、やっぱり私はトリトマちゃんには笑顔でいて欲しいと思ってしまう。

これは単なるエゴなのかもしれないけれど、それでもいつかはあの無邪気な笑みが演技では無くて本物になればいいなって思ってしまう。

 

だって、子供は、それも苦労している子供にほど年長者と言う生き物は笑顔でいて欲しいと思ってしまうものなのだ。

 

けれど、年長者風を吹かせていられる時間も長くは無かった。

私たちのそのやり取りは空気の読まない誰かがドア開けたことで終わってしまう。

トリトマちゃんを後ろに隠し、ドアの方を睨みつける。私も少しは魔法が使えるから真正面からなら少しは抵抗が出来るだろう。

そう思っていたのだけど…

 

「着替えは終わったようですね。

けれど…もしかして私…お邪魔でしたか?」

「い、いえ!そんなことありません!そもそも私とトリトマちゃん姉妹、というか?ちょっと仲のいい近所の友達みたいなもので?私のタイプは年上で包容力のある方だから全然そういう関係とは違うっていうか?ですので!お気になさらず!!」

「はぁ、そうですか…。では行きましょう。

出口は見つかりましたので」

 

そう言うと、ノエルさんは私たちを気にしながらも先頭を歩いてくれる。

こういう時に率先して前を歩いてくれるところも素敵だ。

それでいて、後ろをチラチラと見て私たちの様子をつぶさに確認してくれるところも完璧すぎる!!

やっぱり好き。

それに、さっきも着替え終わって直ぐに部屋に入って来てくれたのも何だかんだで私たちのことを気にかけてくれてたってことだよね。

言葉にせずに気を利かせてくれる所も素敵。

 

欠点は一体どこなんだぁぁぁ!!!

 

私はノエルさんの魅力にあてられて混乱状態になってしまう。

 

そんな中、私の前を歩くトリトマちゃんが恐る恐る手を挙げる。

 

「あの…すいません。今更かもしれませんが、貴女のお名前とどこの家のメイドなのかお聞きしても宜しいでしょうか?」

「これは、挨拶が遅れて申し訳ありません。私はコリアンダー公爵家に仕えるアイリス・コリアンダー公爵令嬢専属メイドのノエルと申します。」

「あ、こ、これは丁寧にありがとうございます。私は隣国プラント帝国のティンクトラム辺境伯家に仕えるルビア・ティンクトラム辺境伯令嬢専属メイドのトリトマと言います。」

 

ノエルさんが自己紹介と共にトリトマちゃんにカーテシーをすると慌ててトリトマちゃんもカーテシーで返す。

むぅ、あそこだけ何だか通じ合ってるみたいで複雑なんですけど

 

私がジェラシーを感じていると、挨拶を終えたトリトマちゃんはノエルさんの顔色を伺いながら、言葉を紡ぐ。何かどうしても伝えたいことがあるように見える。

 

「あの…貴女はアイリス・コリアンダー公爵令嬢と共に捕まっていたのでは?」

「…私は何とか逃げ出すことが出来ました。

今はお嬢さまが脱出した後の為に行動を起こしている所です。」

「成程」

 

トリトマちゃんは聞きたいことは聞けたのかそれ以上ノエルさんに質問をすることは無かった。

そして、私たちはノエルさんに先導され、ついに外に繋がる扉を開ける。

 

しかし、そこには

 

「ッあなたたちどうやってあの場から抜け出したのかしら?

それに、そこのメイド……ケリア様を逃がしたのもあなたね?」

 

プラティーと共にリンデンが立っていた。

 

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