元勇者、悪役令嬢になる   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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鎖と絆

☆☆☆

 

「ッあなたたちどうやってあの場から抜け出したのかしら?

それに、そこのメイド……ケリア様を逃がしたのもあなたね?」

 

目の前では驚愕に顔を歪め、しかしどこか合点が言ったという様にこちらを睨みつけるリンデンの姿があった。その手には鞭が握られており、一体それで何をするつもりだったのか、嫌な妄想が膨らむ。

心臓が竦み上がる感覚があった。

先程陥った絶体絶命の状況が脳裏を過る。

思わず、一歩身を引いてしまう。

本当は背中を向けて逃げ出したい気持ちもあったのだが、ノエルさんとトリトマちゃんがいる所でそんなカッコ悪い姿を見せられないと思い、グッと堪える。

いや…ただ、単純に二人がいたから、心の支えになってくれていたから逃げ出さずに済んだだけだ。

 

そんな私とは対照的にノエルさんは一歩前に出ると、リンデンさんに指を向ける。

そう言えば、あの男たちもどうやったのかは分からないけど、一瞬で無力化していた。

また、あの不思議な力を使ってリンデンのことも無力化してくれるのかもしれない。

 

私は心の中でノエルさんのことを全力で応援する。

 

(頑張れ!ノエルさん!!)

 

けれど、現実は無常でノエルさんが何かするよりも早く突如、私たちとリンデンの間に巨大なモンスターが現れた。

黒い甲殻に鬼のような体、そして巨大な蝙蝠のような翼…間違いないこのモンスターは…

 

門番の悪魔(ガーディアンデーモン)

 

その言葉と共にリンデンは手に持っていた鞭を振るうとノエルさんの動きが止まる。

瞬きは愚か、呼吸によって胸やお腹が上下することも無い。

 

それもその筈で彼女は今動きを、いや、彼女の周りの空間を固定されてしまっているのだ。

あのままでは時期に呼吸が出来ずに死んでしまう。

思わず、ノエルさんに駆け寄ろうとする。

けれど、そんな私を後ろから引っ張る感覚があった。

 

「フリージアさん。私たちではノエルさんを救えません。ここは私達だけでも逃げましょう。」

 

その言葉に怒りを覚えつつも、頭の片隅では確かにと思う自分がいた。

今私たちは岐路に立たされている。

絶対に助からないノエルさんと共に死ぬか、それとも、ノエルさんを見捨てて自分達だけでも助かる道を選ぶのか…。

 

二つの天秤は徐々にではあるが、逃げる方へと傾いていく。

見捨てることへの罪悪感は確かにあるが、心のどこかで仕方が無いと思う自分がいた。

むしろ、絶対に助からないからこそ、逃げる方を選択できる。そのことに対し、感謝の念を抱いてすらいた。

 

私は薄情者だ。

いざ命の危機に瀕したら、淡い恋心を抱いていた人間を…それも命の恩人を見捨てて逃げることが出来るのだから…。

けれど、結果的にだが、私たちがノエルさんを置いて逃げ出すことは無かった。

逃げ出すことが出来なかった。

 

駆けだそうとするも直ぐ後ろに見えない壁があったのだ。

いや、冷静に考えればそうだ。

門番の悪魔は空間を操る能力を持っている。

それらを使って獲物が逃げ出さないようにするのは極極当たり前のことだった。

 

「ふふっ、あなた達自分達を助けてくれた人間を置いて自分達だけ逃げようとするなんてとっても薄情なのね?

…本当はこのメイドは死ぬよりも酷い目に遭わせてやろうと思っていたけど、あなた達のお陰で溜飲が下がったわ。ありがとう」

 

そう言うと、目の前にいたノエルさんがぐしゃっと潰れる。

トマトのように簡単に潰れるものだから、現実感が無くて、暫くぼうっとノエルさんがいた場所を眺めてしまう。

黒に緑を混ぜたような体液が頬や服に付着しているにも関わらず、それらを気にしている暇も無い。

 

「あ、え?」

 

言葉が出ない。私は意味も無い音を口から零し、脳にノエルさんが死んだという情報を入れるだけに留まる。

ストンと体が落ちて、地べたに座り込む。何で座り込んでいるんだろうと、冷静な頭は考えている。

けど、動かないのだから仕方がない。

 

門番の悪魔(ガーディアンデーモン)って実物で見るとこんなに大きいんだなぁ)

 

恐怖すら忘れて私はとても大きい悪魔を見上げていた。

掌で蚊のように叩かれるだけで私は簡単に死んでしまうだろう。

もしくは、人差し指と親指で掴まれただけで内臓が口から飛び出てしまうだろうか?

 

どちらにしろ、死ぬことには変わりがない。

どうせ死ぬなら、楽に死にたいなぁ

 

そんな現実逃避じみた思考だけが、海中から海面へと向かう水泡のようにふと思い浮かんだ。

 

「あら?

恐怖で感情が麻痺しているのかしら…。

困ったわね。あなた達にはもう少し、苦しんでから死んでもらおうと思っていたのだけど…

 

そうね…門番の悪魔(ガーディアンデーモン)

 

リンデンは手に持っていた鞭を振るう。

すると、リンデンの隣に長方形の檻が出現する。

しかも、只の檻じゃない。

中からモンスターが顔を覗かせていた。

今から、あのモンスターを解き放つつもりなのか?

けれど、そんなことをしなくても私たちを殺すことなんて簡単に出来る筈、一体何をするつもりなんだ?

 

「私はね。汚いのも臭いのも好きじゃないの…。

だから目についた盗賊とかをモンスターに食べさせていたの。けれど、どうやらそれの影響でモンスター達が人間の味を覚えてしまったの…それこそ人間の肉でないと食べない子もいるわ。

当然だけどいくら私が伯爵令嬢だからってそう簡単に人間の肉なんて用意出来ない。

ビバーナム伯爵領の領民を食べさせる訳にもいかないしね。

殺処分しようかと考えたこともあったのだけど、こんなに賢い子たちを集めるのは中々骨で………。

 

ごめんなさい。長ったらしく話して結局何が言いたいかというと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ニッコリと悪意の欠片すらなく、そう言うリンデンは先程の敵意も怒気も嘘のようだった。

むしろ、使い道のない物に意外な使い道が出来たことを喜んでいるように見える。両手の指と指を合わせておねだりする姿は成程、伯爵令嬢の肩書に恥じないくらい可憐な所作だった。場所とシチュエーションさえ違えば、住む世界の違いに委縮し、羨望の眼差しを向けていたかもしれない。

 

けれど、この状況で向ける眼差しは当然羨望とは程遠い。

私たちが捕まっていた密室にいた男たちも人と思いたくない獣であったが、こちらは獣ではなくても化け物だった。

とはいえ、この状況でも住む世界の違いに委縮してしまっているから私からすれば両者にそんなに違いはないのかもしれない。

 

こちらの場合は品格の違いというよりも、もっと別の部分、精神を形成する前段階から何かが違っているような気はするが。

 

そして、その魔の手が今私たちに迫って来ていた。

 

「プラティー、あの子たちを檻の中に入れて頂戴」

「えっ、私、ですか?」

 

突然名前を呼ばれたことで肩をビクリとバネのように跳ねさせたプラティーはこちらにちらりと視線を向けて来た。

瞳も若干震わせているし、声に関しては人目で分かるほどに揺れている。

やっぱり、彼女は脅されてリンデンに従っているだけなのだ。

 

そのことを知れて、今までの友情が嘘では無かった安心から自然と息を吐きだしていた。

 

そして、どうにかしてリンデンを倒して、プラティーを解放しなくてはいけないという強い使命感が酸素のように身体髪膚にまでいきわたる。

困っている友達は助けなければという場違いな気持ちが私の体に満ちていく。

 

「そうよ?別にあなたでなく、悪魔の門番(ガーディアンデーモン)にやらせてもいいのだけど…それだとあなたも私の派閥の人間として肩身が狭いでしょう?」

 

プラティーを気遣う様な発言をするリンデンの顔にはその発言同様一切の悪意が無く、その悪意のなさが逆に彼女とリンデンの間に溝を作っているように見えた。

いや、悪意のあるなしに関わらず、彼女がプラティーにあのような人の心のない命令をしていれば自ずと彼女の心はリンデンから離れていくのは道理であったのだろうが

 

「大丈夫よ、プラティー。悪魔の門番(ガーディアンデーモン)で動きは封じるから、あなたが危害を加えられる心配はないわ。」

「いえ…そうではなくてですね…」

 

見当違いのことをいうリンデンにプラティーは言い淀む。

彼女からすれば、主の命令には従わなくていけないのに、ああして、小さな抵抗をしてくれている。

私にはそれが嬉しかった。

けれど、私がどう思っていたとしても、この状況を変える手立てが見つかるわけでは無い。

 

リンデンは眉を寄せると、プラティーの顔を引き寄せる。

 

「プラティー?あなたが家族と領民がモンスターの餌になるのだけは嫌だっていったのでしょう?だから私はこうしてあなたにも出来る他の仕事を見繕ってあげているのよ?

あれも嫌、これも嫌。プラティー、あなたももう子供ではないのだからそれがどれだけ我儘で身勝手なことかわかるでしょう?」

 

両手でプラティーの顔を挟み覗き込み、我儘な子供に言い聞かせるように、瞳を覗く。

けれど、内容は身内が死ぬか、友を殺すかの二択。

狂っている…。

 

今の私に出来ることなんて高が知れている。それこそ、その辺に転がっている石と大差ないかもしれない。それでも、私には石と違い相手に気持ちを伝える口が付いている。

だから、私はリンデンを睨みつけ、いつもは言わないような汚い言葉を意図的に頭の中から汲み上げ、言葉を繋げて今こうして、ノエルさんの、プラティーちゃんのトリトマちゃんのそして私の命を、尊厳を弄ぶ憎きあいつにぶつける。

 

「このッ…………温室育ちの自己中令嬢!!

なにっ、年長者面して説教してんのよ!!!

お前が、何不自由なく暮らしてる時も私たちは常に取捨選択を迫られて決断してんの!!

それに、領民や家族を餌にされるのは嫌だっていうのが駄目なこと?

そう言うことは、自分の腕一本モンスターの餌として差し出してから言え!!

何が、あなたに出来る仕事だ!!

お前みたいな自分のことしか見てないような奴が他人を語るな!!

 

一度も腹割って話したことも無いだろうに、それで他人の何が分かるっていうの!!

どうせ、腹割って話すって行動自体、頭の片隅にもなかったでしょうよ!!」

 

言っていることがリンデンにちゃんと伝わったかは分からない。

けれど、私の言いたいことは全部言ってやった。

命の危機だけど、いや命の危機だからこそ、なんか不満に思ったこと全部口にだしてやりたかったのだ。

どうせ死ぬなら、この胸のむかむか全部吐き出してから死んでやろうっていう一種の開き直りだけど…うん、私、自分のことで一杯一杯になってたかも、トリトマちゃんもいることを考えると、あんまり相手の気分を害するようなこと言うべきじゃなかった、かも?

 

いやでも、どうせ死ぬなら、いや、でも、もしや、もっと苦しめて殺してやるわ!お~ほっほっほとか言われるかも?

 

早まった?

一応は私の言葉を最初から最後まで聞いていたリンデンはこちらをジッと見てから、プラティーに視線を向ける。

 

「………そう。」

 

そして、長い沈黙ののち出た言葉がこれ…

本当にヤバいんじゃないの?

リンデンは尚も言葉を紡ぐ。

その口を開ける動作がやけにスローモーションに見えるのは私が死期を悟っているからだろうか?

もしそうなら、むしろこれから起こることを全部早送りにしてくれと切に願う。

 

「ごめんなさいプラティー。私が、悪かったわ」

「え?」

「え?」

 

なんとリンデンから出た言葉はプラティーへの謝罪だった。

流石に頭は下げていないまでも、目を伏せて、何よりも、口調には他者を見下すような色が無かった。

これは一体?

私の言葉を受け、本気で今までの自分の行動を見直したのだろうか?

そんな馬鹿な…

 

少し不気味だ。

 

「あんな…あんな…野蛮で身勝手なことを言う人間と一緒にいれば可笑しくなっても仕方が無かったわね。

あなたでも出来る仕事と思って、思っていたのだけど、辛い、辛い仕事を押し付けてしまったわね…。

ごめんなさい」

 

身勝手、どの口が…ふざけんじゃない!

そう思う気持ちもありつつ、まぁこんなことだろうと、思う気持ちもあった。

 

実際私と同じように目を丸くしていたプラティーも目を伏せて、拳を強く握っている。

リンデンはそのことすら気づいていないんだろうな。

その私の考えを肯定するようにリンデンはプラティーに声をかける

 

「今、あなたがそんな心境に立たされてしまっているのは私の責任。

けれど、あなたがその辛い過去を乗り越えるにはやはり、あの二人をモンスターの檻に連れて行く…もっと言えば、あなた自身が彼女たちを殺すその一助になる必要があるわ。

 

そうして、強くなるの。

自分の方が強く正しいと証明するのよ。」

 

そうして、プラティーをこちらに差し向ける。

私達も只でやられる訳には行かない。

体を強張らせながらもリンデンに向けて魔法を放とうと魔力を練る。

悪魔の門番(ガーディアンデーモン)もいるから当たるかは分からない。

けれど、悪魔の門番(ガーディアンデーモン)に命令を出す前は必ず鞭を振るっていた。

つまり、鞭を振るうよりも早く土魔法を当てればいい。

 

成功するとしたら一度目だけ、私はそれを自身に言い聞かせながら魔力を練る。

神経を研ぎ澄ませる。

今までで一番集中する。

粘度のように、或いはパンを捏ねるように練って、練って、練って形を作る。

そしてそれを魔法に変換する!!

 

「土の精霊よ!我が魔力を贄とし、顕現せよ!

鍛え抜かれた鋼を我が手に!全てを受け入れ、全てを貫く大地の牙は担い手たる我が眼前を切り開く!《鋼弾(スチールブレット)》」

 

火事場の馬鹿力とはこの世界にもあるみたいで、私はこの瞬間、今まで使えなかった金属生成魔法が使えた。

いや、多分まぐれだろうけど、金属生成魔法はSランク相当だから。でも使えた。あの瞬間は確かに使えるっていう確証があったのだ。

そして、私の鋼の弾丸がリンデンの胸に吸い込まれていく。

 

「風よ」

 

けれど、私の生まれて初めてのSランク魔法はリンデンの一言によって生み出された風魔法で止められる。

しかも、弾くや逸らすのではなくリンデンの目の前で弾が前に進む力を失いその場に静止した。

あれは狙わずに出来ることじゃない。

咄嗟に防御しようとするのであれば逸らしてしまうだろう。

誰でも弾丸が飛んで来たら怖い。

それはこの世界の住人も変わらない筈だから。

 

「…全く、本当に野蛮ね。

どうせ食べられるなら片足、いらないわよね?

 

お返しよ」

 

手を顔に当てながら、首を振っていたリンデンはその言葉を言い終わると同時に弾丸を指で弾く。

けれど、指で弾いただけでは説明できない速度で弾は飛んで来た。

多分、「お返しよ」という言葉に魔力を宿らせ、風魔法の詠唱の役割を持たせたんだと思う。

 

私は気づいたら片足に風穴を開けられていた。

 

熱いとか、痛いって気持ちは後から湧いてきた。

最初は何が何だか分からなかったから…。

 

けれど、今は兎に角痛い。

その場に崩れ落ちて、受け身も取れずに倒れてしまう。

 

「大丈夫ですか!フリージアさん!」

 

いつの間にかトリトマちゃんが駆けつけてきていた。

けれど、上手く声が出せない。脂汗がぶわっと噴き出る。お腹が痛いときもこの世の終わりなんじゃないかってくらい辛くて脂汗は出るけど、正直あれの十倍は辛い。

汗をすくって、熱して塩を抽出したら目玉焼きにかけるくらいの塩は確保できそうだ。でも私は塩じゃなくてソース派だから…って違う!そうじゃない。

 

…涙をコーヒーについてくるガムシロップのように流している。私じゃなくてトリトマちゃんが。

いや、ガムシロップに例えるのは良くないか…もし今度ガムシロップを見る機会があったら、今日のことを思い出しちゃいそうだし。これはガムシロップのように甘い出来事では無く、海水のように塩っ辛い、いやただただ辛い出来事なのだから…って違う。

 

でも自分の為に泣いてくれているのが以外で、何だかんだ良い子なんだなって思うと、甘味のような幸せな気持ちが胸に溢れて来た。

 

「大丈夫、私が治しますから。」

 

そう言うと、トリトマちゃんは患部に手を当てて来た。

 

温かい、不思議な感じがする。

例えるなら、体が冷え切った時に入るお風呂のように体の芯から温まる感覚というのが一番近いだろうか?

 

取り敢えず、悪い感じはしなかった。

むしろ、このまま目を瞑ってこの感覚に身を委ねたいほどだ。

 

「あ、あの?」

 

けれど、そうは門屋が卸さない。

プラティーが声をかけてくる。

そちらは私とリンデンを見て右往左往している。

 

多分、私が怪我を心配したいけどリンデンの目の前でそうすることは出来ないというのと、このまま怪我をしている私をモンスターの檻に入れていいのかと迷っているのだろう。

少なくとも私はそう信じている。

 

少なくとも、何か言いたそうにはしている。

 

けれど、プラティーが口を開くよりも早くリンデンが鞭を振るう。

それと同時に私とトリトマちゃんの体の自由が効かなくなるのを感じる。

 

「プラティー?

何をしているの?可哀そうでしょう。

早く楽にしてあげないと」

「えっと………はい」

 

プラティーは一瞬躊躇しながらも私とトリトマちゃんの腕を掴むと引きずっていく。

その際に、小声で「ごめんなさい」とだけ、伝えて来た。

 

私はなんて答えればいいだろうか?

私一人なら、大丈夫、と答えていたけど、今はトリトマちゃんもいる。

だから、大丈夫、とは言えない。

けれど、それでも

 

「プラティーちゃんは悪くないよ」

 

そう言うことだけは許されると思った。

 

私は今度こそ目を閉じて、運命に身を委ねた。

 

 

いや、委ねるつもりだった。

 

バキバキと何かが壊れる音、ガリガリと何かが削れる音がする。

折角、覚悟を決めたのに、それに水を差す大音量、工事でもしてるんじゃないかという程にうるさい。

私は、反射的に目を開けてそちらに視線を向ける。

何が起ころうがどうせどうにもならないのにこうして周りの変化を確認し、状況を理解しようとしてしまっている。そのことに理性は諦めているのに人の本能は諦めを知らないなと客観的な考えが浮かぶ。

 

けれど、そんな考えはその非現実的な光景に一瞬で吹き飛んだ。

 

空間に亀裂が入り、何もない場所から刃が飛び出ている。

白銀に輝く綺麗な刀身、それを絹ごし豆腐を切るように全くの抵抗を感じさせずに動かし、亀裂を広げる何か。

それはそのまま剣を消すと、亀裂に手をかけた。

何をするつもりなのか、いやそれは何となくわかるけど、私の常識は出来る筈が無いと否定する。

 

けれど、どうやら、その存在にはそんな常識こそ非常識であると言わんばかりにいとも容易く、亀裂を押し広げ…いや違う!

押し広げているんじゃなく、無理やり砕いて亀裂を広げている。

亀裂に手をかけている部分が、指に力を籠めると共に、パキパキと音を立てひび割れる。

そして、両開きの襖を開けるような動作で両腕を動かすと、動かした傍からその力に耐えられないかのように空間が割れていく。

まるでガラスのように、嫌、一ミリにも満たない飴細工のようにいとも容易く。力を加えていると感じさせることもなく。

 

そして、その存在は遂に空間の向こうから、世界の外側からこの世界に侵入してきた。

足を踏み入れた。

 

意気揚々とまるで、散歩から帰ってくるように。

 

「私の言ったとおりでしょ。ノエル。

こっちに掘り進めれば必ず外に繋がってるって!」

「流石ですお嬢様。お嬢様に不可能はありませんね」

「当然でしょう!なんせ私なんだから!!」

 

そんな呑気な会話をしながら出て来たのは、私の…私の友達であるアイリスだった。

 

それと、ノエルさんもいた。

アイリスが空間を割って出て来て、ノエルさんも生きてる。

控えめに言ってどういう状況?

 

 

「ありえない、こんなこと…」

 

けれど、困惑する私よりもリンデンは更に動揺していた。

 

 

 

 

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