☆☆☆
それは乙女ゲーム『トゥルーラブ~才能の花園に咲く一輪の華』において、DLCのラスボスを務めたエネミーだ。
その実力は本編のラスボスである盗賊王リンドウの実力を超えているのではないかと噂されていた。
あくまで噂に留まっているのはルートによってリンドウの戦闘描写がコロコロと変わっていることに起因している。
あるルートでは山を穿ち、雲に穴を開けているにも関わらず、別のルートでは木々を何本も切り倒す程度。
何故こんなにも戦闘描写が違うのか、それについてはシナリオライターの気分で戦闘の規模が変わっているのではないかというのが専らの噂だった。
結局の所ネットではこの論争の決着はつかず、何よりもそこまで有名なゲームでもなかったため、この話は直ぐに多くの人間の記憶から消えて行った。
けれど一つだけ言えることがある。
それは悪魔の門番というモンスターが常軌を逸した強さを持つということだ。
そして、そんなモンスターが何故他のルートでは出てこないのか…。
その理由こそがDLCにおいてのキーアイテムとなる神具『
この神具によって
では、何故この世界では
今回は後半の疑問にだけ答えよう。
『
そして、彼女はその神具でもってアイリス・コリアンダー公爵令嬢を封印したのだ。
時間の歪んだ何もない場所で発狂するまで、いや発狂した後も『
けれど、彼女には一つ誤算があった。それは
正確には暴挙に出るだけの力があった事だ。
そんなものどうやっても予想など出来ないと言われればそれまでだが、実際にアイリスはやってのけてしまった。故に………いや、それは語るまでもないだろう。
☆☆☆
「ありえない、こんなこと…」
リンデン・ビバーナムは今生で最も困惑したのは、驚愕したのはいつかと聞かれたら、迷うことなく今この瞬間だと言っただろう。
それ位、あり得ないことが今目の前で起きていた。
『
もう二度と会うことはないと思っていた人間が目の前にいる。
ケリア王子の婚約者に最も近い者。
それは本来自分でなくてはいけない筈だった。
何故ならリンデン・ビバーナムと言う人間は欲したものを全て手に入れることを許された選ばれた存在なのだから。
実際、自身の家にはモンスターを従えることが出来る『
そして、無断とは言えそれを持ち出すことに成功し、個人が持つには強大すぎる力を得た。
その後もとある人物の下についたとはいえ、『
『
リンデンはやはり世界に選ばれた存在だった。
その後も、とある人物から『
そして、アイリス本人も封印したのだ。
全ては上手くいっていた。
いや、確かにフリージアやノエルと言った何の力もない下賤なゴミ屑共に引っ掻き回されることはあったが、それすらも奴らをモンスターの餌にすることで帳尻が合う筈だったのだ。
だからそう、こんなことは本来あり得ない。
あり得てはいけないことだ。
こんな……。
しかし、はたと気づく。
アイリス・コリアンダーが一体どんな反則を使い『
けれど、恐らく奴自身が強くなったわけでは無いだろう。
ならば、この場でアイリス・コリアンダーを奴のメイド…の影武者?のように潰してやればいいだけの話。
何より奴は
確かに『
そして、モンスターの腹の中に納まってくれれば帳尻は十分にあう。
そう思えば、先程までの焦燥感も引き潮のように自然と引いて行った。
そうだ、私は選ばれた存在なんだから、都合が悪いことが起きる筈がない。
「ふぅ、残念だわ。『
今私は胸が張り裂けるような気持ちよ。
アイリス…もし、もし何か違えば私達…お友達になれたかしら?」
本当に残念だ。彼女は見目も麗しい。
私よりも身分が低ければきっといいお友達になれただろう。
それこそ、プラティーのように…。
仮に彼女が何も出来ない愚図であったとしても私が有益な使い道を見つけてあげたのに。
そう、プラティーのように。
本当に可哀そう。
なんで、世界は私にこんな試練をお与えになったのか…。
私の欲しいものは何でも手に入った…なんてやっぱり嘘。
だって私はこうして友達になれたかもしれないあなたをこの手で殺さなくてはいけないんだもの…。
酷い、世界はなんて残酷なのだろう。
けれど、私はこの世界で懸命に生きていかなくてはいけない。
それが、領民の血税で生かされている私達貴族の義務。
唯一出来る恩返しなのだから。
「あの…ごめんなさい。状況が読めないんだけど、貴女誰?
フリージアとプラティーがいるけれど、二人のお友達?かしら?」
「お嬢様僭越ながら私からご説明しましょう。
あの女子はリンデン・ビバーナム伯爵令嬢。プラティー様を恐怖で縛り付け、お嬢さまを罠にかけ、更にフリージア様とフリージア様の協力者であるトリトマ様を殺そうとしたものです。」
「そ、そうだったの!?
でも、なんで貴方がこの状況について理解しているのかしら」
「……メイドの直感にございます。」
プラティーを恐怖で縛り付けるなんて、酷い言いぐさだ。
決してそんなことは無いというのに。
先程のように私は自身の過ちを詫びることだってある。
むしろ、とても良くしているだろう。
人間とは怖いものだ。
自分の都合の良いように事実を捻じ曲げる。
私を悪者にしたいからと言って、あのような間違った情報を流布するものを野放しにしてはおけない。
一刻も早く消し去らなければ世界が汚れてしまうだろう。
「喰らいなさい」
私は鞭を振るいモンスター達に命令を下す。
その号令と共にモンスターがアイリスたちに襲い掛かる。
まるで死骸に群がる働きアリのように、いや、立体的な動きを交えアイリスたちを覆うように襲い掛かる姿はそれ以上の脅威だ。モンスターの中には鳥型から獣、虫、多種多様な種がいるにも関わらず、そのモンスター達が己の長所を生かしている点は特殊部隊のようにも見えた。
そして、肉塊が空を舞った。
放射状に血しぶきをあげながら。
正に汚い花火と言って差し支えの無い光景。
そんな中運悪く、リンデンの顔にも足の一本が乗ってしまった。
虫型モンスターの足が
「ぴ、ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
リンデンは尻もちをつくと顔に乗っかった虫の足を手で払う。
けれど、足から垂れて来た体液は中々落ちず、今も尚顔に付着している。
心拍数が上がる。
早く顔についている臭くてねばねばした生温い液体を拭き取りたい。
ショックの余り遠くなる意識を必死に繋ぎ止め、震える手でポケットからハンカチを取り出す。
けれど、震えのせいで上手くハンカチを取り出せず、地面に落としてしまう。
「あ…」
何時もであれば地面に落ちたハンカチなど絶対に使いたくなんてない。
しかし、今持っているハンカチはこれ一枚。
虫の体液が顔についている状態と地面に落ちたハンカチで顔を拭くこと。
どちらが嫌か、それを考え、リンデンは地面に落ちたハンカチで顔を拭いた。
それと同時に何故自分がこんな目に遭っているのか、それを考える。
否、考える必要なんてない。
全部、鉄格子の中にいるアイリス・コリアンダーのせいだ。
アイツさえいなければ自分があんな気持ち悪い生物の体液で汚されることなんて無かった。
それに何故、何故!お前たちは傷一つ、それどころか返り血一滴すら浴びずに立っているのか!
リンデンはそれが許せなかった。
自分がこんな酷い目に遭っているにも関わらず、平然としているあの女が許せなかった。
リンデンは今まで以上に強く『
「
けれど、檻が煎餅のように押し潰されることは無かった。
いや、正確には潰れてはいるが丁度アイリス達が立っていた場所だけ少し浮いていた。
生八つ橋に入っている餡子のようにそこだけ何かがあると主張していた。
そして、再度花が咲く。
先程と同様鉄臭い、けれど赤では無く灰色の花が。
「急に何するのよ!危ないじゃない!」
そう憤るアイリスとその様子を後ろから見守るノエルには服の汚れ一つついていない。
一体何が起こっているのか…それはリンデンには分からなかったが、一つだけ分かったことがある。
「なんで!何で私の思い通りにならないのよ!早く死になさいよ!」
何度も何度も『
けれど、結果だけ言えば
応えようとはしていた。けれどそうはならなかった。
ノエルの隣にいたアイリスがいつの間にか
何かを何枚も割るような音と共に。
これが何の音かリンデンには理解できていなかったが、これは
そして、それらの壁で多少減衰した拳は
背中から宙に飛ばされてから無様に背中から倒れる。
けれど、それだけでは終わらなかった。
背中から倒れ、軽くバウンドした所をアイリスは再度接近し、下から蹴り上げる。それにより
そしてアイリスは
その様子はまるで天地がひっくり返ったようだった。
空に上がるというよりも落ちていくようだった。
「ふぅ、静かになったわね。それで何でこんなことをしたのか貴女の口から聞かせて貰えないかしら?」
煩わしいコバエを追い払っただけのような気軽さで彼女は
そこに、強敵を倒したという高揚感はなく、死への恐怖も無く、勇者が敵と戦う際に持つ勇気も必要無かった。
けれど、今彼女はリンデンに厳しい視線を向けている。
それは彼女がフリージアたちを殺そうとしたと知ったからだ。
そんな人間を野放しには出来ない。
彼女は確かに油断なくリンデンを見ていた。
けれど、リンデンはそれどころでは無かった。
体の内から憎しみが引きずり出される。
感情を理性で抑え込むことが出来ない。
鞭を感情のままに振るってアイリスに取り上げられる。
許せない。
それは私の物なのに
リンデンは睨みつける。
アイリスを呪い殺してやると睨みつける。
「貴女まさか」
アイリスは表情を強張らせる。
それは何故か、リンデンには分からない。
何故ならリンデンにはリンデンの様子が見えなかったから。
けれど、
「許さない」
☆☆☆
リンデンは許せなかった。
私の欲しいものを持っているアイリスが邪魔をするフリージア達が
そして
「許さない…許さないわ!特にプラティー!私がこんなにも苦しい思いをしているのに何を見ているの!!!私を助けるのがあなたの務めでしょう!」
自分の物である筈のプラティーが自分がこんなにも辛いにも関わらず呆然と立っていることが、役に立とうとしないことが。
人の形を失い、小さな肉塊になりながらもリンデンはアイリスたちへと恨み言を呟く。
今までも傲慢で他者を顧みる人間では無かったが、今のリンデンは常軌を逸していた。
正に呪いだった。
「皆!出来るだけ離れて!今なら十分距離を取れる筈だから!!」
アイリスは皆の身を案じ、避難を指示する。それもその筈。
アイリスはいや勇者は知っていた。この現象を、この人災を。
疑似呪術『肉塊惑星』
それがこの現象の名前だった。
その名の通り、人ひとりを生贄にし、引力を生み出す魔法。
肉塊に囚われたものは惑星の一部になり更なる引力を生み出すための生贄にされる。
そうしてどんどんと規模を大きくし、最悪国一つを飲み込むこともある凶悪な疑似呪術だった。奇しくも一年前似たような出来事を経験したアイリスは嫌な予感を抱かずにはいられない。
フリージアとトリトマはアイリスの避難指示に一も二も無く頷く。
彼女たちはこの状況に置いて自分たちが出来ることが何も無いと自覚しているのだ。
そして、頷かなった一人であるノエルは逆に自分にも何か出来ることがあると自覚していた。
けれど、それを口に出すよりも早く、アイリスはノエルに目で語りかける。
仮に何かあった時、フリージアたちを守れるのは貴女しかいないのだと。
それを受け、ノエルは数秒目を閉じる。
それは、彼女の葛藤の現れだった。彼女からすれば、アイリスこそが何に変えてでも守るべき主だ。
けれど、この状況で主が怪我を負う可能性は万に一つ程度しかない。
逆に言えば、何かの拍子に怪我を負う可能性もある。
なんせこの世界には絶対は無いのだから。
サイコロを振れば一から六が出る。
百パーセント一がでるサイコロはない。
それと同じだ。
けれども、フリージアたちが怪我を負う確率はその比では無いというのも事実だった。
故に揺れ動く。
揺れ動きながらも、迷いながらもそれでもこの状況で存分に悩んでいる時間は無かった。
それが分かっているからこそ、ノエルは目を開ける。
「お嬢様、ご武運を。
仮に怪我を負う様なことがあれば、呪いますので悪しからず」
「そこは怪我の手当てをして欲しいものね。まぁいいわ。取り敢えずもう逃げなさい。
引力が段々と強くなってるわ」
アイリスはノエルの言葉に苦笑いを浮かべると彼女たちに逃げるように促す。
三人の意見は既に満場一致だった。アイリスの言葉に肯定を示していた。
けれど、一人。
アイリスの言葉に頷かなかった者がいた。
「…な、何でわ、私が貴方の言うことを聞かないといけないんですか?」
この場でただ一人、プラティーだけが、アイリスの言葉に反発した。
それにアイリスは困った顔をする。
「プラティー…もしかしたら、自分が残れば呪いの暴走が止まると思っているのかもしれないけれど、そんなことは無いわ。」
その言葉にプラティーは息を呑んだ。
けれど、直ぐに駄々を捏ねる子供のように首を横に振るう。
いや、この時の彼女はようにではなく正に駄々を捏ねる子供だった。
「な、何を勘違いしてるんですか!
わ、私は貴方の言葉が気に入らないだけです!
し、知ってましたか。私は貴方のことがずっと嫌いだったんです。
だから、手を握ってきた時爪を思いっきり食い込ませてやりました。
早く離せって気持ちを込めて、そう全部、全部嘘だったんです!
貴女との友達関係は全部嘘だったんです。
リンデン様に言われて演じてただけなんです!!」
泣きそうな顔で、今にも涙が零れてきそうな子供のように顔をくしゃくしゃに歪めながら、プラティーは大きな手振りと共にアイリスにそう吐き捨てる。
けれど
「知ってたわ。」
アイリスはそう言うとプラティーに抱き着いた。
「貴女が嘘つきなことも私の手に態と爪を食い込ませていたことも…。
でも、貴女は確かに言ったじゃない。
離さないでって」
プラティーの肩に置いていた顔を動かし、プラティーと額がつきそうな状態で向かい合ったアイリスはそう言うと柔らかい微笑を浮かべる。
けれど、その行動がプラティーの良心を更に抉ってしまう。
自分自身の行いに対して初めから後ろめたい気持ちを持っていたプラティーには…仲が深まるごとに自分自身に嘘を吐き続けた少女にはその甘い蜜はどんな刃物よりも痛かった。
いっそ殺してくれと、いや、自分はこの場で死ぬべきだと定めていた少女がその決意を更に固めるには十分過ぎるものだった。
「あ、あなたはやっぱり何も分かっていません!
私はあの時話しかけるなって言ったんです。
手を離すなという意味では無く!
私に、私に幻想を抱かないでください!
友達だと思わないでください!」
プラティーの出来る精一杯の拒絶。
この至近距離でアイリスに凄む。
アイリスの実力を知って尚、彼女はアイリスに敵対してみせた。
「そう…でも、貴女は私の手を決して離そうとはしなかったわよ。
爪を食い込ませることはあっても。
本当に嫌なら私の手を振り解くんじゃないかしら?
それに確かに貴女は私を騙していたかもしれないけど、貴女は私に対する態度だけあからさまに様子が可笑しかったじゃない。
私に対してだけ語尾を伸ばす特徴的な話し方をしていたこととか、初めて会った時の視線の向け方や最初の第一声が『話は本当だったんですねぇ』っていう凄い胡散臭いものだったりとか、それこそさっき言っていた爪を立てたのだってそう…まるで自分が敵対者であると、嘘つきであると言外に私に伝えてきているみたいだったわ。
そして、それは今だってそう。
本当に嫌いなら抱き着いた私を引き剥がすべきでしょう?
それをしないってことはあの時の離さないでも、手を離さないでってことだったんじゃないかしら?」
その言葉を受けプラティーは思わず口を抑える。
プラティーからすれば語尾を伸ばしている自覚も、怪しまれる行動をした自覚も無かったからだ。
それだけなら、良かった。
けれど、確かに何故自分はアイリスのハグを当たり前に受け入れているのか、彼女を嫌っているというなら、拒絶しなくてはいけない。
(いや、本当は彼女のことが…)
けれど、プラティーはそれ以上の思考をしない。
そんなことは初めから否、関係が深まっていく中でプラティー自身も自覚していたことだった。
だからこそ、自身に暗示をかけるように何度も何度も自身の境遇を脳へ叩き込み、彼女へ向ける自身の好意に目を背けていたのだから。
「あ、貴女は私の何を知ってるんですか?
私は嘘つきで、屑で、他人を陥れることに何の躊躇もない人間です。
あの時も黙れと言う意味で話さないでって言ったんです!私のことは私が一番分かってるんですから、それが答えです!」
その拒絶を受けて、アイリスは目を瞑る。
確かに、アイリスはプラティーの人生の一割も知らない。彼女の苦悩も罪も悲しみも喜びも、殆ど分かち合うことが出来ていないのだろう。
だからこそ、彼女にはアイリスが感情論で何かを伝えてもきっとその心に届かない。
けれど、アイリスは彼女の心を解きほぐすことをあきらめたわけでは無い。
次に瞳を開いた時には他者を拒絶し、塞ぎこむ彼女を言い負かすことが出来る、プラティーの論理武装粉々に打ち砕けるという確信を得ていた。
「確かに私は貴女のことを貴女と比べて何も知らない。
けれど、貴女が嘘つきであるということは知ってるわ。貴女自身も認めたし、私もそう思った。
だったら、私は胡散臭くて嘘つきな貴女の言葉なんて信じないわ!
プラティー、貴女は私のことがすっごく好きで死んで欲しくないから私のことを突き放すんだわ!」
「は?」
それはとんでもない暴論だった。
自分の信じたいものしか信じないというある種子供じみた、若しくは厄介なネットユーザーのような悪質さだった。
正に傲慢の具現。
けれど、塞ぎこんだ人間を相手にするなら時にこのくらい強引な方が良いのだろう。
それに元よりアイリス・コリアンダーは自身の我儘を押し通す悪役令嬢なのだから。
「とんだ、とんだ暴論です。」
「そうね。けれど、相手が嘘を吐いているか真実を言っているかなんて嘘を吐いている本人か神様にしか分からないんだから、どこかで自分の都合の良いことを信じなくちゃいけないっていうのはきっと皆一緒よ。
それともう一つ。
かつて栄えていた古代文明にね、え~っと、じょ、じょはりの窓っていう言葉があったの。
それによると、人には自分だけが理解している部分と、自分と他人の両者が理解している部分と、他人だけが理解している部分と誰も理解していない部分があって、えっと…。
つまり!何が言いたいかというとプラティー!
確かに貴女の過去を私は知らないけど、貴女の知らない貴女の良い所を私は一杯知ってるんだから!」
それは余りに強引な内容だった。
論理だてて話そうとして結局それが出来ずに終わる稚拙な言葉回し。
けれど、だからこそ、いや、アイリス・コリアンダーがそれでも一生懸命に話したからこそ
、プラティー・コウドンの心を少しだけ動かすことに成功した。
そして、その一歩こそ、今までプラティーが踏み出すことが出来なかった決定的な一歩だった。
「わ、分かりました。
色々、話したいことがあります。謝りたいです。ずっと謝りたかったです。
けれど、そのために一度フリージアさん達と共に避難します。
…無事でいてくださいね」
「そう…良かったわ。
けど、それはもう無理そうね。
ノエル達は既に避難を終えているし、引力も大分強くなっているわ。
今私がプラティーが吸い込まれないように守っているけれど…」
そう言われてプラティーは暫しポカンと口を開けた後、周りを見渡す。
成程、確かに誰もいなくなっている。
いるのはプラティーとアイリスとミートボールになったリンデンだけだった。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ。
……そ、そうみたいですね。
なら、私ごと一思いに殺って下さい。
アイリスさんと過ごした時間は短かったですけど、とても幸せでした。ありがとうございます!」
アイリスが強いのは何となく察していてもこの状況でプラティー自身というお荷物を抱えたうえで無事でいられる筈もないと判断したプラティーは直角90度頭を下げる。
けれど、その様子にアイリスは呆れ、痛くないように手加減した手刀をプラティーに当てる。
「馬鹿ね。
貴女は死なないし、私と過ごす時間も決して短くなんてないわ。
だって、貴女には未来があるんだもの。
私が時間を作るんだもの。」
それだけいうと、アイリスは一歩前に踏み出す。
そして、先程空間を切り裂いた白銀の剣と地上を照らす陽の光のような山吹色の鞘をどこからともなく取り出す。
いや、いつの間にか両手にそれらを持っていたと言った方がいいだろう。
そんな彼女に戦う前に教えて欲しいとプラティーが声をかける。
「アイリスさんは、アイリスさんはなんで私を見捨てないでいてくれるんですか!?最後まで私を守ろうとしてくれるんですか!?」
「それは!」
自分が勇者だから。
そう言おうとして飲み込む。
果たして自分が勇者だから、彼女に寄り添っているのだろうか?
きっと、それは違う。
ならば、友達だから?
それはそうだろう。
けれど、仮に勇者であった頃なら私はプラティーという人間にここまで寄り添っていただろうか?
確証を持てない。いや、きっと…。
けれど、そこまで考えて気づいたことがあった。
今の私は世界平和よりもきっとノエルやプラティー、フリージアを優先するはずだと、ならばそれは何故か…。
勇者の肩書を失ったから?
我儘令嬢だから?
それとも、彼女たちが可愛いから?
きっとそれらは全部、全部正しくて、結局一要素に過ぎないのだろう。
ならば、何と答えるべきか
アイリスは息を大きく吸い、自分自身にも伝えるように世界に宣誓するように声を張り上げた。
「それがアイリス・コリアンダーという人間だからよ!
例え世界を敵に回しても友達を取る!
誰よりも我儘で可愛い女の子が好きで、そして、何よりも貴女達と過ごすことに幸せを感じるそういう女なの。
勇者ならぬ友者、友を想う者って所かしら?」
「なんですかそれ」
口ではそう零しながらも口角が上がっているプラティーを横目に満足気に笑うアイリスは白銀の剣を鞘に納めた。
「仕切り直しよ!」
徐々に勢いを増していた引力が消える。
それを予期していたように、アイリスが駆ける。
距離を一瞬で詰めた彼女は肉の塊となったリンデンを蹴り上げる。
「許さない!」
その際、リンデンだった肉塊がそう呟くが許そうが許すまいが、もう既に関係が無い。
アイリスは白銀の剣を抜き放つ。
「〈神秘付与〉+〈炎〉」
そして、剣に二つの魔法を付与し、振り降ろした。
剣は弧を描き地面スレスレの位置で止まるが、その際に生じた斬撃はそれとは対照的にリンデンに追いすがるように勢いを止めることなく空へと延びていく。
けれど、それも決して長い時間ではない。斬撃はリンデンを捉えて真っ二つに切り裂いた。
呪いを燃やす炎によって炙られ跡形も無く消えたリンデン。
そしてそれを為したにも関わらず更に空へと昇っていく炎の斬撃。
それを見届けたアイリスは振り返るとプラティーに手を差し伸べる。
「それじゃあ、さっき言ってた私の知らない貴女について教えてくれないかしら」
「はい。
それと、アイリス様についてももっと教えてください」
二人は手を取り合い、帰路につく。
今度こそ、本当の友達になるために…いや、例え分かち合える思い出が少なかったとしてももう本当の友達だから、共に帰るのだ。