TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第18話 複数のおかしなもの

 疲労が深い。

 休息を取ることになった。

 川辺を見つけるとそこで、各々腰を降ろした。力が身体を突き抜けて地面まで下がっていくような感覚。これも生の証。脱力感をどこか愛おしく想いながら、生きていることを実感する。

 鳥のさえずり、風の音。涼やかな水流が喉から心まで癒やしていく。

 王子は立ち上がると、アリアの元に寄った。

 

「さっきは本当に助かったよ」

 

 王子はそのまま横に座ると、これまでの道中のことを話し始めた。それには別に話さなくてもいいことまでもまじっていて、さすがのアリアも反応に困った。まるで人懐っこい子犬が人間を見つけて嬉しくなっているようだった。

 

「改めて、僕はエリオット。恥ずかしながらこの国の王子なんだ」

「私は――」

 

 恥じてほしくはなかったなぁと思いつつ、アリアも名乗った。身分は流れの武芸者ということにした。そんなよく分からなくて怪しいはずの存在に対し、王子は丁寧に自己紹介をした。アリアは驚嘆した。

 

(良いとか悪いとかは分からないけど、規格外であることには違いない)

 

 一通り話すと、話題がアリアに向いた。

 

「……申し訳ない。僕は君のことを知らないんだ。それだけの実力だし、きっと有名なんだろうけど」

「いえ、超無名です。その辺の石ころみたいなものです」

「それはさすがに無理があると思う」

 

 王子の護衛たちは優秀で、休んでいたかと思うといつの間にかあれこれと動いていて、果実等の食糧を集めてきていた。王子はそれを礼を言って受け取ると、一部をアリアに渡した。

 

「僕はこういう外で食べる食事が好きでね。自然に囲まれていると自分が何者かであるかを少しだけ忘れられるんだ」

 

 それから王子は風情について語った。荒事で剣を持つより、キャンパスに向かって絵筆を持っている方が似合う青年だった。しかし肩書きがそれを許さない。アリアは少し同情した。

 

「こうやって外を回っていると、その地域の特産品を味わえるのが実は楽しみで、何というか本当の意味で国を見ているような気にもなれるんだ」

 

 続けて『毒を盛られること気にしなくてもいいのも気が楽でいい』といったようなことを付け加えた。

 

「毒ですか?」

「うん。王宮ではいつも冷めた料理ばかり食べている。それに毒見の人が倒れるのを見ることはとても辛いことだ。だからこういう自然の食べ物が好きなんだ。といっても、こういう自然の食べ物にはそもそも毒だったりするから注意はいるんだけどね。知ってるかい? この森にある黒い果実には、暗殺にも使われたことがあるくらい強い毒があるらしいんだ」

「はぁ」

 

 アリアにはちょっとだけ心当たりがあった。

 

「まあ見るからにおどろおどろしい見た目をしているから、食べるような人はいないだろうけどね。僕も実物を見たけど、あれを食べようとするのはトロールくらいだよねって、……あれ? どうかした?」

 

 アリアは慌てたように口を早く動かした。

 

「――いやまったく犬じゃあるまいし、何でも食べてみようとする人なんているわけないじゃないですかええ。毒がないだけ焼きゴブリンでもかじってた方がいいですよ」

「うん、……うん?」

 

 何らかの齟齬があるように感じた王子だったが、気にしないことにした。

 会話を終えるとゆったりと過ごした。

 そうしていると人の気配がした。喜びの歓声が上がる。

 視線を送ると、

 

「無事か!」

「ああ!」

 

 兵士たちが喜び合っていた。はぐれていた仲間と再会したのだろう。アリアはぽけーっと見ていると、隣の王子が立ち上がり、涙ぐみながら抱擁を交わし始めたのを見て、溢れ出す光のオーラに少し引いた。

 兵士はちゃんと嬉しそうだった。

 

(こういう人の方が大成するのかもしれない)

 

 命がけで自分を守ってくれる人というのは、こうやって増えていくのかもしれない。アリアは裏切られた過去を思い返しながら何となくそう思った。

 

(初めは自分と似ていると思ったけど、全然違うな。私では個人でこんな人望を集めれない)

 

 昼が似合う人間もいれば、夜が似合う人間もいる。何となく王子の未来を想像した。王子の横が似合うような人間。

 それはきっと、

 

 ――努力家で、皆を笑顔に出来るような人間なのだろう。

 

 そう思った。王子を見ていると気分が少し良くなった。

 居る場所は違うまでも、嫌な感覚はしない。案外良き友人になれるかもしれない。そんな気がした。例えばそう、必死に足を動かして走っているポメラニアンを応援するような感覚。友人ではなくなった気もするが。

 

(太陽と月なら断然月派だ。でもだからって太陽が嫌いなわけじゃない)

 

 気づいたら肩まで組んで歌い始めていた。

 

(まぁ苦手な空気ではある)

 

 疎外感とは少し違う立ち位置のズレを感じていると、また新たな人の気配がした。

 今度は後ろからではなく、前から。

 

「王子、――戻りました」

 

 一人の若い男だった。

 

「――キアンかっ。どうだった?」

 

 キアンと呼ばれた男は、王子の前まで寄り片膝をつくと、真面目くさった顔で答えた。

 

「はい。話はつけてあります。宿の心配もいりません」

「それは良かった。これで皆もちゃんと休める」

 

 アリアと目が合った。

 

「……そちらのお嬢さんは?」

「ああ。この人は――」

 

 王子の説明が終わると、キアンと呼ばれた男は近寄ってきて手を出してきた。

 アリアは少し迷った後に、手を出して握手した。

 

(キザっぽいな。モテそうだけど)

 

 肩に少しかかるくらいの緑髪、耳には羽飾りを付けている。そして、人が良さそうな笑み。人付き合いに慣れてそうだった。

 

「我らの主を助けてもらったようで、俺からもお礼を言わせてくれないか?」

 

 アリアも笑顔をまとった。アルカイック・スマイルだ。

 

(顔が良い男だ。さらに人懐っこい感じもある)

 

 少し警戒した。

 人が初対面の人間に対して醸し出す壁のようなものがまったくない。

 観察されている感覚を充分に得ながらも、アリアは気づいている様子を表には出さない。気配や印象の操作など、その気になれば完璧に近い形で出来た。障害となるのはやる気の欠如だけだった。

 アリアは頭を軽く下げる。

 

「いえ、礼なら既に――。それに少しの間同行するだけなので、あまり気になさらず」

 

 事務的なアリア。

 王子が会話に加わった。

 

「キアンは、僕たちより先行して色んなことをやってもらってたんだ。とても良いやつなんだよ」

 

 アリアは理解した様子を見せながら、

 

(この人にかかればほとんどの人間が良い人になるだろう)

 

 などど、少し毒づいた。

 

(きっと他人を良い人だと思っていたい人なんだろう)

 

 悪意に気づかなかったり、良い部分にしか見えないという人間の存在をアリアは信じていない。悪意を信じたくなかったり、良い部分で悪い部分を誤魔化そうとする人間であれば信じている。王子はきっと後者だろう。でも嫌いではない。

 それよりも、善悪兼ね備えていない人間の方に気味の悪さを感じる。表を見せられたら、裏も見てやろうという気になる。

 ちらりとキザ男に視線をやると、目が合った。笑顔で首を傾げられる。

 

(なるほど)

 

 アリアは満足した。

 

(しっかりと同類らしい)

 

 今度はアリアから手を出した。

 すぐに握り返される。

 

「しばらくの間よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 森を抜けた頃には日が少し傾き始めていた。

 

「暗くなる前に急ぎましょう」

 

 場所を知っているキアンが先導する。皆疑うことなく付いて行く。信頼し合っているのだろう。アリアも黙って付いて行った。

 村の外れに館がある。そこは領主の別荘のようなもので、好きに使ってもいいとのことだった。近づくと、使用人が迎い出てきた。実に丁寧な様子で案内を受けた。廊下も部屋も綺麗に清掃されていて、これまでの道程を考えると輝いて見えるほどだった。

 すぐに食事になった。広間に集まると、すでに配膳されていた。

 品も質も良い食事である。皆堪能した。

 

「我らの感謝の意を伝えたいのだが、伝言を頼めないだろうか?」

 

 途中、王子は近くの使用人にそう言った。使用人はちらりと執事服の男に目配せをすると、執事服の男は頷いて寄ってきた。

 小さな声。

 

「……主はこちらに訪問する予定です。明日以降になるとのことですが」

 

 王子は喜んだ。

 

「わざわざ顔を出してくれるとは」

 

 もぐもぐしながらやり取りを見ていたアリアは少しいぶかしんだ。己の主よりも身分が上である人間に対し、待たせる旨を告げた際に使用人の立場で謝罪がなかった。執事服の男から不慣れな感じはしない。それどころか老練な雰囲気まで醸し出している。

 

(何かある)

 

 手がかりはない。あるのは違和感だけ。

 もし敵の手中にあったとしても、皆の疲労度を考慮すれば数日は滞在したい。今だって、体力を回復させるために眠気を堪えて食事を口に運んでいるようなものだ。

 

(はてさて)

 

 キアンの様子を確認してみると、目が合った。

 自然に視線が外される。

 

(何か知ってるのかどうかも分からない)

 

 分からないことづくし。最悪荒事になるかもしれない。ただ王子の護衛たちの腕も悪くないように見えた。疲労さえ取れればよく動くだろう。

 食事が終わると、各自休憩となった。極度の疲労に王子たちはあてがわれた部屋で気絶するようにして寝た。

 そこまで疲れていなかったアリアは部屋で起きていた。

 戦闘の気配を持つ人間は確認出来なかった。

 扉からノック音。

 

「どうぞ?」

 

 開かれた扉の先にはキアンがいた。

 

「なあ、――暇ならちょっと付き合わないか?」

 

 首を傾げるアリアに、キアンは笑って見せた。

 

「情報収集さ。事前に知っておかなければいけない情報があるかもしれない」

「何か気になることでも?」

「使用人の態度が少しな。ちぐはぐだったの気づかなかったか?」

「あんまり」

「そうか。あの時目が合ったのはそれだと思ったんだけど」

「あの時って?」

「いや、分からないならそれでもいいんだ。――で、どうする? 休んでてもいいぜ」

 

 アリアは了承した。

 この会話からでも察せられたことがある。

 

(探りたいことには私も入っているんだろう)

 

 特に用意するものもないので、そのまま部屋を出た。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 馬を走らせ、近くの大きな街にやってきた。

 夜でも明るい街で、人通りもそれなりに多い。

 

「俺は俺で調べるものが別にある。手分けして探って、その後に集合でいいか?」

「うっす」

 

 辺りには飲み屋が多く見えた。

 

「じゃああそこで――」

 

 アリアは待ち合わせ場所として、目に入った飲み屋をノリで指した。

 

「……分かった。じゃあ後でな――」

 

 少し間を空けて返事したキアンは、アリアの方を見ずに雑踏の中に消えていった。

 

「さて」

 

 アリアはバカ真面目に情報収集などするつもりはない。実のところ暇だから誘いに乗ったにすぎない。上品な食事もいいが、ここは酒場飯を求めていきなり集合場所である酒場に向かった。

 

 その酒場は変わった形をしていた。建物の正面に横向きの階段があり、地下へと続いている。地下には扉が一つだけ。酒場はその扉の先にあった。

 

(これが噂の隠れ家的ってやつか)

 

 アリアは期待に胸を弾ませながら、扉を開いた。

 中は普通で、よくある酒場だった。奥にL字のカウンター、それ以外は客席で、客入りはそれなりだった。地下ということもあり、薄暗い。

 

(RPG感があってちょっといいな)

 

 ウキウキしつつカウンターに座ったアリアは、両肘をついて頭を伏せ気味にすると、

 

「……マスター、いつものやつ」

 

 と常連感を出して注文した。が、

 

「――嬢ちゃん、ウチは初めてだろ」

 

 と、無情にも事実で突っ込まれた。

 アリアは顔を上げ、マスターと呼んだそこそこ年のいった浅黒いスキンヘッドの男をじっと見ると、

 

「いいですか?」

「ん?」

「本当の接客とは、お客さんに合わせたサービスを提供するものではありませんか?」

 

 と、真面目くさった顔で暴論を放った。

 

「知らんが」

 

 またもや無情な答え。それでもアリアには言わなければいけないことがあった。

 

「そもそもこの店に来たことがないことくらい私が一番分かっているとは思いませんか? そんな人が『いつもの』と頼んだのなら、訳知り顔でそれっぽいものを出すのがプロというものではないでしょうか。私は恥を注文した覚えはありません」

「……はぁ」

 

 スキンヘッドの男は背を向けると、だるそうに木製の小ジョッキを取り出し、手に取った銀色のポッドの中身を注いだ。

 

「ほらミルクだ」

 

 受け取ったアリアは一気に飲み干した。

 

「うん、新鮮」

 

 スキンヘッドの男は心底面倒くさそうな顔をした。

 

「……満足したならもう帰んな。ここは嬢ちゃんみたいなのが来るとこじゃねえんだ」

「おつまみはまだですか」

「酒は出さねえよ」

「酒場なのにですか?」

「ガキだからだよ」

 

 噛み合わない問答していると、横槍が入った。

 

「――おい、ガキは寝る時間だぜ。さっさと去んな」

 

 声はアリアから右手の奥からした。

 

「ん?」

 

 振り返るアリア。

 声の主はソファにだるそうに身体を預けるようにしていた。

 ここでようやく互いを確認し合った。

 

「あ」

「――っげ」

 

 犬の糞でも踏んづけたような声がした。

 部分的に見覚えがあった。思い当たった。

 

「さっきぶりじゃん」

「……尾けてきたのか?」

「覆面しない方がモテるんじゃない?」

「仕事中じゃねえんだよ。俺は切り替えるタイプなんだ」

 

 王子を助けた時に敵対していた暗殺者たちだった。覆面をしていないリーダーの男は、短い黒髪でキレのある顔立ちをしていた。

 

「で、やる気か? まさか偶々ここに来たってわけでもないだろ?」

「偶々だけど」

「悪いがお前がただ者じゃないってことはもう知ってる。油断はしない」

「偶々だって」

「認めろよ面倒くさいな」

「偶々なのに……」

 

 しゅんとした様子のアリアに、男はちょっと引け目を感じたような顔をした。

 

「――じゃあ何だってこんな所に来やがった」

「酒場体験したくて」

「ふざけるな。人が真面目に飲んでる時に」

「真面目に飲むって何?」

「うるせえな。もう本当に帰れよ」

「常連客の縄張り意識が強いのでマイナス評価。って感じで、街中に広めてやる」

「あーもう本当に面倒くさいな。ここはそういうところじゃねえんだよ。大体マスターが付き合うから悪いんだよ」

 

 スキンヘッドの男、マスターは頭を掻いた。

 

「飼っていた猫を思い出してな……」

「今も飼ってるだろ。ふざけるな」

「見たい」

「お前だけは黙ってろ。頼むから」

 

 男はギリギリのところでこらえていた。

 

「大体、人の仲間をやっといてどうして平然としてられる?」

「でもほとんど助かったでしょ? 追ってきても戦えないように怪我人を多く作ったんだから」

「……化け物かよ」

「誰がゴブリンや」

「言ってねえよ」

 

 男の肩から力が抜けた。どうでもよくなってきたというか疲れた。

 

「念を押すが、本当に狙って来たわけじゃないんだな?」

「うん。適当に集合場所をここにしようとしただけ」

「……ここは酒場でありながら酒場じゃねえんだ。それ以上は俺から言うべきではないが」

 

 男はマスターの方を見た。視線には含みがあった。

 

「……喋るべきだとは思えないが」

「俺らこいつ一人に暴れ散らかされて失敗したんだよ。腕はおかしなくらい良い」

「おかしいのは頭だけじゃなかったのか」

「あの――」

 

 抗議しようとしたアリアだったが、眼の前にベリージュースが置かれたがために物理的に口が塞がることになり黙った。ぐびぐび。

 

「……お前が赤い液体飲んでると何か怖いんだけど」

 

 アリアは飲みきって空になったコップの中を見せると、

 

「おかわりにしてやろうか」

 

 と言って、口を開いて見せた。

 

「すみませんでした」

 

 早い謝罪だった。

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