TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
情報の価値は何よりも重いと言うが、実際のところどうだろう。情報というのは結局のところ道具にすぎず、扱う者によってその輝きは大きく変わるように思える。良し悪しもあるし、タイミングもある。さらには誤りだってある。そこまで考えると、何より大切なのはやはり人そのもののように感じる。
「馬鹿話はここまでだ」
空気が真面目になる。
「……お前、あいつら側なんだろ? せっかくの出会いということで情報でも買わないか? 売れそうなものなら結構あるぜ」
「食べると美味しいモンスターについて」
「それは知らねえよ。好事家の貴族にでも聞け」
「じゃあいいかな……」
「諦めるなよ。頑張れよ」
「何で励まされてるの?」
せっかく真面目になった空気が、元のふざけた空気に戻りそうになった。
「ん? 俺は何で励ましたんだ?」
マスターからつっこみが入る。
「お前らいつまでやってるつもりだ。というかそろそろ準備した方がいいんじゃないか?」
男はマスターの言葉に頷いた。
「――そうだな」
神妙な顔の面々に、アリアは首を傾げた。
「どったの?」
「色々あんだよ。まあ今回はお前のせいでもあるんだが」
「逆恨みですか」
「ムカツクな。……でもまあ実際その通りだ。しくじった俺達が悪い」
どこにだってルールがある。そして大抵の場合ルールと罰則はセットだ。闇の仕事である。任務失敗で失うのが信頼だけなはずがない。
「取り立てが来る。どんなペナルティーかはその時まで分からねえ」
金銭を要求されることや、受けたくないような危険な任務を受けさせられる。最悪そのまま消されることもある。
「――ってなわけで、小金稼ぎでお前に情報を売ろうとしたんだが、よく考えれば情報とか分からなそうなやつだったわ」
「怒るよ」
「怒るなよ。おっかねえから」
アリアは同情とまではいかないまでも、今後の身の上がちょっと気になった。会話の魔力である。
「じゃあちょっと聞いてもいい?」
「いいぜ」
男はアリアに近寄ると、カウンターに肘を付き体重を預けた。
アリアは男を見上げる形になった。
「どういう情報を持ってるの?」
「適当に単語言ってみな。触りくらいは誘導してやる」
アリアは少し考えた後、
「――領について」
己が育った領地の名を口にした。
「何だってそんなとこ……って、そうか王子側の人間だったな」
「どういうこと?」
「知らないで聞いたのか? あそこは係争地のようでそうじゃない妙な区域になっているんだよ」
係争地とは領有権を争っている地域のことを指す。だがそれとは違う。
「実際は隣の帝国とこの王国の共同管理地といった方が正しいけどな」
「詳しく」
アリアの目に真剣さが宿る。
「帝国に与した領に負けた、――かと思えば援軍として派遣した軍がそこでとどまったまま、戦闘が起きていない。それどころか即座に停戦協定まで結ばれた不思議な状態だ」
「それってただ負けただけなんじゃないの?」
「だとしたら、あそこは帝国領だ。しかしそうはなってない。考察のための材料は持っているが、さすがに無料とはいかねえな」
「対価はお金?」
「そうだ。他のもので代用してもいいぜ」
「例えば?」
「内容問わず、一度。俺達に手を貸せ」
アリアは即答を控えた。『内容問わず』というところに引かかった。安請け合いしていいものではない。
男はマスターから小ジョッキを受け取ると、呷るようにして飲んだ。
「――配慮はしてやる。お前にとっての仲間を討てといったようなことはしねえ」
微かに酒精の臭い。
アリアは、鼻から吸った空気を肺に入れる前に押し出した。少し迷いはあったが、聞かずに終わるという選択をする気にはなれなかった。
「分かった」
「交渉成立だな。死地に行かされることくらいは覚悟しておくことだな」
「それで続きは?」
急かした。
「――まずこの王国は今、女王派閥と宰相派閥に分かれて政争中だ。これはあくまで上のやつらがやってるだけだから、現状では民にとってはあまり影響が出ていないところがほとんどだ。ここまではいいな? この先はお前も知ってる通り、民の関係ないところで起きていた争いが民にまで大いに影響が出てきている。それも優勢だった宰相側から崩している」
アリアはグレイストーンの街のことを思い返した。普通に考えてあの統治の仕方では続かない。あれでは民が持たない。利益を考えるなら、死なない程度に搾り取り続けるのがベストだ。であるのにあの場所では圧搾するように潰そうとした。
「王国と帝国は今まで中立だった。互いに仮想敵国としていただろうがな。だが、それが崩れた。明確な敵対とはならないまでも、相当に険悪になるような出来事が起きた。王国と帝国、どちらにも与していない領地が王国の領に攻め入り、その後すぐに帝国の庇護下に入ったからだ。これは計画されたことだと判断していいだろう」
「でも共同で管理しているような状態になってるって言ったよね?」
「そうだ。……ここからは憶測だ。まず、軍部のほとんどは宰相派閥に与している。その軍が援軍に行ったまま、壊滅したわけでもないのに帰ってきていない。そしてその将をしていた男は、まだ問題が解決もしていない状態で配置換えされた。それも何故かまったく別の領地の領主にだ」
「あり得ない人事ってわけだ」
「そうだ。そんな妙な人事をやる意図が読めない。ひとつ確かなことは、わざわざ軍人を起用したってことだ。――何かやるつもりだ。ってなわけだったんだが、そいつが死んじまった。俺もそのせいで割を食ったわけだが……」
アリアは両手の人差し指で自分を指した。
「やりました」
男は冗談だと思ったが、なんか信じてしまいそうになって首を振った。
「闇討ち一閃。たまたま反乱側にいたから、やっときました」
「……情報どうも。あまり使えねえがな」
「えー」
男は、こいつ一人を適当に突っ込ませたらある程度のことが解決するんじゃないかと思ったが、言ったら自分も解決されそうだったのでやめることにした。
「とにかく、この世界で生きるなら勝ち馬に乗らないといけねえ。じゃないとすぐに死んじまうからな」
「弱いしね」
「弱くはねえんだよ。お前が変なんだよ」
「自分より強い人はいくらでもいると思ってるよ」
「でも実際にやり合えば負けないと思ってるクチだろ?」
「まさか。戦闘中はどうやったら負けるかばっかり考えてる」
「負け筋を探してる時点で余裕があるだろ」
「本当の意味の負けというのは、次に戦えなくなることだって教わったんだよ。だから表面的な勝敗よりも優先すべきものを知っているだけ。勝とうとする者からはどうしてもその機先のようなものが出る。そこを突けば大抵の場合はそれで勝負がつく。――そう考えると、貴方は見事だったね。そういうのがまったくなかった」
にやりと笑うアリア。男も応えて笑ってみせた。
「これでも場数を踏んでるからな。勘は磨いてある。俺よりも実力があるやつが生き残れなかったのを何度も見てきた。勘どころだけは外しちゃいけねえってのが一番の教訓だ」
戦闘力の強弱を絶対的に測れる方法などありはしない。闘技場のようなところで競い合ったとしても、その時の調子や戦闘スタイルによる有利不利もある。また闇に潜むことが得意な者もいれば、大きな空間で武器を振るうことが得意な者もいる。環境によって発揮できる能力が違いすぎる。
それだけではない。例えば、力の強さや足の速さをひとつひとつ調べて割り出しても、それが戦闘力と直接結びつくことはない。もしそのまま結びついてしまうのなら、この世に武術は存在しなかっただろう。
もし世界最強を名乗るのならば、それを証明するのなら、それは異を唱える者全てに勝ち続ける必要がある。そうしてようやく世界最強を名乗れる。しかしそれでも暫定という二文字は拭い去れない。つまりは戦闘可能な状態を維持する必要がある。
「これでもそれなりに生き残ってきてるからな。名だって売れてるぜ」
「名?」
「俺たち闇の世界の住人には肩書きなんてものはない。騎士団長みてえな分かりやすい称号を持たないし、必要もしない。だが代わりに名を売る。知られた名はそれだけで脅威の証明になる」
「なんて名乗ってるの?」
「ブラックフェザーだ」
「略してぶふぇ」
「略すな。それとなんかうめき声みたいにするな」
「右腕とか封印されてたりする?」
「しねえよ。石化してるようにでも見えたか?」
この世界には中二病的概念はないのかもしれない。もしくは別の形であるか。
「お前馬鹿にしてるだろ」
「してるかしてないかでいえば、してる」
「別に二択じゃなくてもしてるって言えただろ」
「ごめんなさい」
アリアは謝った。理由は特にない。ただちょっと飽きてきていた。
「急に謝るなよ。調子狂うだろ」
「絶対に謝らないやつって思ってたの?」
誤ることと、謝ること。どちらも得意という人はそんなに多くない。
「何があっても、と付け加えてもいいくらいにな。まあ案外違和感がなかったのは意外だったが」
人に謝らせることがどうしようもなく好きな人がいる。得てしてそういう人間ほど謝ることが出来ない。屈辱を避けようとしているのもあるが、それよりも相手が自分を使って恍惚を味わおうとすることの方が許せないのだ。
「謝ることはともかく、誤ることは得意だよ。あの時こうしていたら――と考えないわけじゃない。でもそうやっていたって前に進まないことを教えられたから、私は世界に少しでも面白さを見出そうとしている。それが前に進もうとする原動力になってる。逆に自分の人生を全て肯定してしまえるようなやつを見ると、つまらなさすぎて殺してやりたくなる。凄惨な死を与えることによって、人生の最後に肯定出来なくなるようにしてやるんだ」
「……お前ちゃんと歪んでるんだな」
「ちゃんと?」
「この世界でもやっていけるって話だ」
「それ褒めてる?」
「ああ。正しさなんてものに囚われてるやつは長生き出来ねえ。そもそもそういう世界じゃねえからな。だから仲間を殺したやつだろうが、俺を斬ったやつだろうが、俺は一緒に酒を飲める。実際に敵として会ったやつが仲間にいたぜ。さっきいなくなったばかりだが」
正しさは一つではない。世界の数だけ、人の数だけ存在している。
男は充分にわきまえていた。
「もちろん気にすることはない。当たり前だが、奪った数の方が多い。そりゃ命ってのは一人一つだからな。一つ奪うだけでも五分だ。二つで倍。だからってわけじゃねえが、俺にはルールがある」
「どんな?」
「仕事の上では善悪問わずに殺す。だが仕事の前であれば善悪に従って行動する。これが俺の切り替えさ」
「依頼を受ける時は?」
「もちろん好き嫌い、つまり俺の善悪で決める」
「じゃあ何で王子を狙ったの?」
「金払いが良かったからな」
「本当は?」
男は『鋭いな』と、鼻で笑った。
「この国の王子様が死んでくれた方が、結果的に死ぬ人間が少なくて済むだろ? それが俺の善だ」
「でも結果なんて分かんなくない?」
「分かるさ」
アリアは自分が王子の肩を持っていることに気づいた。
「争いが起こるのと起こらないの、どっちが人が死ななくて済むよ? 簡単だろ?」
「じゃあ逆でもいいじゃん」
「勝ち馬乗ったほうがいいだろ。それにこんな時期に、少数であんなとこほっつき歩いてるようなやつが、将来、王になってみろ。そのうちサクッと殺られるぜ? だったら王子のうちに退場してくれた方が被害は少ねえだろ」
アリアはふと思った。勘だった。
「もしかして元貴族だったりする?」
「あ? 何でだ――」
「何となく」
アリアは席を立つと、カーテシーのような貴族の礼をしてみせた。それは取って付けたようなものではなく、あまりにも自然なものだった。男は目を見開いた。そして鼻で笑った。
「――お互い色々あるってわけだ」
長くなったので分割してます。
2日後くらいに投稿予定。