TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
アリアはシンパシーのようなものを感じている。それが具体的に何かまでは分からない。ただ何か同じものを持っている、もしくは経験したのだろうことが分かった。追われたことでもあったのか、それとも何か足掻いた上で挫折したことがあったのか。そこまでは分からない。
アリアは座りなおすと、男の方を向かずに、何かを思い出すように何もない空間を見つめた。
「……正しい者が勝つなら、私は追われることはなかった。善人が勝つなら、私は生き残れていなかった。正誤も善悪も結果には関与しない。勝った者が正しいなんてこともない。初めから最後まで正しさなんてものは存在しない。――あるのは己の行いに正しさを付与しようとする人の心だけ」
男は少し考えた。通じるものを感じた。カウンターの上にあったナッツを掴んで口に放り込んだ。煎ってそこまで時間が経ってないのか、まだ熱があり、香り高かった。堪能していると答えが見つかった。
「俺たちはその人の心に敬意を払いつつも利用するわけだが、……どうしたわけか自分が失った物を持っている人間を見ていると――」
アリアが遮る。
「
アリアには確信があった。正誤を問いかける視線を投げた。目が合うと、男は正解だと示すように頷いた。
そして問いかけるようにして言った。
「己を通すために死に向かっていく姿。
言葉が途切れ、目が合う。一拍の間。アリアは少しだけ考えると、己の心象に一番近い言葉を選んだ。
「出来るだけ干渉したくない」
少し意見が違ったようで、男は少し驚いた様子を見せた。アリアは言葉を加えた。
「一個の目標に向かっていく人間は確かに素晴らしくても、それだけが人生の良し悪しの基準にはならない。それは辛いもの好きの人間が、辛いから美味い、辛くないから美味くないと、一つの基準で全てを判断してしまうようなもの。一つの基準を絶対視した人間に、生き方を押し付けられるのだけは勘弁。だから私は人の輝きに対して干渉することに慎重になっている」
競技でも何でも、何かを行っている人に対して、熱量や根性だけで判断してしまう人間の多くは座ってる人間である。必死に頑張る姿は確かに美しいが、怪我や極度の疲労を尊び絶対的な基準として扱うようになってしまえば、その応援はもはや自慰行為と化する。頑張る姿を見たいがために他人に努力を強要する姿は、他者から見たらどう映るだろうか。他人の物語を自分の物語にして消費しようとする図々しさ。そして虚しさ。流れる涙がいつだって美しいとは限らない。
「思ったより仲良くなれそうだな。多少値はまけてやるよ」
「じゃあそろそろ自己紹介でも――」
名乗るアリアに、男も改めて名乗った。
「俺は大抵の場合、フェザーと呼ばれることが多い。お前もそれでいい」
「全部で何だっけ」
「ブラックフェザーだ」
「かっくいい」
「そうだろ? これは死の鳥からきてるんだよ。別名、屍肉漁り。知ってるだろ」
「うーん」
「……俺達は屍肉を啄まない。だが死肉を生む。だからその象徴として、その鳥の羽根を使ってるんだ。黒い羽根が舞い落ちる時、そこには多くの死肉があるってな」
「気に入っているのはよく分かった」
「もっと分かるところあっただろ」
でもそういうことにロマンを感じる心をアリアは持っている。
「私もそういうの欲しい」
「俺が考えてやろうか?」
「センスがある人じゃないとやだ」
「頭がおかしい剣士。略してあたおか剣士だな。でもこれだと該当するやつが他にもいるだろうから、一つ付け加える。――そうだ、ぽわぽわあたおか剣士ってのはどうだ? 略してぽわ剣」
「気に入ったって言ったらどうするつもり?」
「俺が世界中に広めてやるよ」
「首だけで?」
「冗談だろ。気を当てるなよ」
話していると、階段を降りる音がした。この酒場は、新たに入ってくる人間を確認しやすい構造になっている。
自然と話が止み、入り口へと視線が向かう。入り口の扉が開かれると、小男が入ってきた。質の良い服装だが、どこか下卑た雰囲気があった。後ろから続けて、大男が二人、入ってきた。
「……来たか」
アリアと話していた男、通称フェザーの
小男はフェザーを見つけると、馬鹿にするようにして言った。
「よう、フェザー。調子はどうだ? まあ良くはねえだろうけどな」
「いちいち余計なこと言いやがる野郎だ。用をさっさと言えよ」
「用件なら言わなくても分かってるだろう?」
「その内容に決まってるだろ。金か? 任務か?」
「さて、どう言ったものか。まあなんだ、仲良くやろうや」
「お前と仲良くやるやつなんていねえだろ。腐肉喰らい」
小男は笑みを崩さない。
「そう急ぐなよ。せっかくの人生だ。よくやらなきゃ勿体ねえだろ?」
小男の視線がフェザーの横にいるアリアに移る。
「おいおい、――こりゃまた凄えモン見つけたじゃねえか。かなりの値段で売れそうだ」
「そう見えるんなら、やっぱりお前は大したもんだよ。これまでよく生き残れたもんだな」
「ああ? 今日は随分と強気じゃねえか。後ろにいるのが誰か知らねえわけでもあるめえ」
「――処刑人、ルブロ兄弟だろ?」
二人の大男は、小男と並ぶと倍はあるような背丈をしていた。脂肪と筋肉とで、縦にも横にも大きい。一人は麻袋を頭から被っていて、目や鼻部分に開けられた穴から血走った目や荒い鼻息が漏れ出ている。
もう一人は鉄仮面を装着していて、身体の所々に薄い金属の防具で守りを固めていた。両腕にはアイアンクローのような
名の知れた人物だった。
「じゃあ用件なぞ聞かなくても分かるってことでいいな?」
「消しに来たんだろ?」
「ああ。ちなみに俺はただの見届け人だ。もしそいつらを倒せるのなら今回の失態は帳消しって話だ。まあ精々頑張ることだな。俺はお前らの足掻く姿を楽しませてもらうぜ」
闇の世界で、処刑人という二つ名を得ているということがどういう意味を持つか。フェザーはもちろん分かっている。だが秘策があった。回数は一回きり。けれどやる気はわざわざ向こうがくれた。
「ってことだ。力を貸すって約束、ここで使わせてもらうぞ」
アリアは頷いた。
「別にタダでも良かったけど」
「え? じゃあ――」
「もうダメです」
アリアは己が話題に上がった時、ちらりと小男の首筋や左胸などを確認していた。あまりにも自然な所作だった。
意気投合したとはいえ、フェザーはアリアの性分をまだ知らない。
「……まぁ、どちらか一人でいい。数ではこっちに分がある」
フェザーの仲間たちが言葉に合わせて、ゆらりと立ち上がる。
アリアは麻袋の男を指した。
「じゃあ、私はあっちで――」
そのまま顔の辺りを指して、くるくると回すと、嘲り笑った。
「隠さなきゃいけないほどの不細工面を拝んでやろうかな」
その挑発は咆哮によって応えられた。
麻袋の男は手に持った大きな斧を上に掲げた。刃の下の部分が持ち手部分まで伸びた変わった斧である。服装は農作業でもするような軽いものだった。
麻袋の男は雄叫びを上げながら、アリア目掛けて斧を振り下ろした。
「おっそ」
空振る斧。避けられた対象に向かって、横薙ぎに斧が振られる。空間を制圧するような一振り。二度、三度と繰り返すと、壁際まで迫った。これ以上は避けられない。
アリアはようやく剣を抜いた。
「デカいわりには随分と軽そうだ」
アリアは斧を跳ね返すような仕草を見せた。
麻袋の男は一歩踏み込むと、右下から振り上げるようにして斧を左に流した。二段構え。避けるために姿勢が低くなったアリア目掛け、男は渾身の力を込めて斧を振り下ろした。
その動作は、アリアにとって充分過ぎる程の隙があった。
アリアは曲げた膝をそのままバネのようにして伸ばし、前へ急進した。直情的な攻撃をすれ違うように避けつつ、剣先を男の前に出た腹に入れ込むと、スッと横に引いた。カウンターのように、男の横回しの蹴りがやってくる。しかし、アリアには余裕を持って避ける余白があった。後ろにさっと引いて蹴りを避けると、アリアは次の動作を待った。
男が空振った足を地面に降ろすと、服の上から腹部の辺りに血がぶわっと滲み出した。身体をひねり、もう一度前に――といったところで、
「あ゛――?」
斬られた箇所が開き、まるで腹に口が出来たようにそのまま臓腑を吐き出した。
倒れる麻袋の男。
「っ――!」
名前を呼んでいるであろう叫び。鉄仮面の男がアリアに飛び掛かった。アリアの頭上目掛けてアイアンクローが引き降ろされる。アリアはそれを横に、外にずれるようにかわすと、その動作際に剣先を鉄仮面の下の隙間に滑り込ませた。
鉄仮面の男は、視界の端に移動したアリアを正面に据えるべく首を動かした。だが身体が上手くついてこなかった。妙に重い。そう感じた鉄仮面の男が自身の身体を確認しようと視線を降ろすと、真っ赤に染まった己の胴体が視界に映った。顔を上げようとすると、視界がくらみ、倒れた。急激な大量出血によるものだった。
離れて見ていた小男は、
「う、嘘だろ……」
アリアは小男に剣を向けた。
小男は手を広げて、降参の意を表した。
「――分かった分かった。お前たちの勝ちだ。上にもそう伝えておく」
アリアは剣を降ろさない。
「……何だ? 謝罪でも欲しいってのか? 望み過ぎは長生き出来ねえぞ」
さらに一歩近づく。
「おい! これ以上近寄るなら、俺も黙っちゃおかねえぞ」
小男はナイフを抜いて、身構えた。
アリアはようやく口を開いた。
「死因を選ぶと良い。多少は考慮してあげる」
「はぁ!? お前は馬鹿か? お前、俺がここで殺されるってことは、お前も命を狙われるってことだぞ? 分かってるのか?」
「誰がそれを知ることが出来る?」
アリアの淡々とした言葉には明確に『敵は全て殺す』という意が含まれていた。
小男はちらりと、倒れたルブロ兄弟を見た。
「――じょ、冗談じゃねえ!」
小男は入り口の扉まで走った。
扉を開こうとする手が空を掻いた。
扉の方から開いた。人だ。
「――邪魔だ!」
小男は自分の逃げ道を塞ぐことになった者にナイフを刺し込もうとした。――が、逆に自分の胸から短剣を生やすことになった。
「何だこいつ?」
そう言って扉から出てきたのは、緑色の髪の男。耳に着けた羽根飾りに、アリアは見覚えがあった。
「これはどういう状況なんだ?」
待ち合わせしていた男、キアンは、アリアに説明を求めた。
「正直良くわかってない」
「何だそりゃ」
「まあ敵ではある」
「じゃあ刺して問題なかったか?」
「うん。でもトドメ取られて残念って感じ」
「そりゃ悪かった」
キアンは、フェザーたちに視線を向けた。
「で、――そいつらは?」
鋭い雰囲気。
アリアはフェザーの方を向いた後、顎に指を当てて少し考えた。やがてキアンに向き直ると、自信なさげに口を開いた。
「……と、友達?」
「違えよ」
そのツッコミは早かった。