TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第21話 治りかけの傷

「――なるほどな。一旦は分かった」

 

 アリアの隣で説明を受けたキアンは頷くと、周りを見渡した。

 

「仕事上のことだ、俺も怨恨は(いだ)かない」

 

 フェザーたちがどの依頼を受け、どんな仕事を行ったのかを知った上での発言。キアンは言い終わり際にフェザーたちに視線を向けたが、そこには言葉通りに敵意に属するような感情は乗っていなかった。

 アリアは「ああ」と頷いた。合点がいった。

 

「やっぱりそっち側なんだ」

 

 王子に付き従う人間たちは皆ことごとく光側に見えたが、やはり例外もいるらしい。

 キアンも今更隠す気はなかった。

 

「とはいっても俺だけだ。他はそうじゃない。だが誰かはやらなきゃいけない役目だ。気づいているやつもいるが、知らないやつの方が多い」

 

 最後に「良いやつらだよ」と付け加えると、笑みを漏らした。

 その様子からアリアは、今なら答えてくれそうだと思っていくつか聞いてみることにした。

 

「――じゃあ待ち合わせ場所をここに指定したとき、ちょっと考えてたのってそういうこと?」

「そうだ。俺はここがどういう場所か分かっていた。だがお前が信頼出来るやつなら手が増えて助かると思ったんだ。もちろん敵ならかなり厄介だともな。――で、お前はどうするつもりだ?」

 

 目が合う。

 問われていることは明確だ。

 

「個人的な理由により王子に味方することにした。王子がちょっと頼りないのが傷だけど」

「そこが良いんだよ。なんかこう、支えたくなるだろ」

「うーん」

 

 分からなくはない。けれど単純にキアンの説明に不足するものを感じた。

 キアンはマスターから酒を受け取ると、一口だけ口に運んだ。そして舌の上で少し転がしてからようやく飲み込んだ。

 

「……とはいっても、俺も自分の利害によって王子に味方してることには違いない」

「聞いても?」

「血は繋がってない妹がいる。――今はこれ以上は答えられない」

「そう」

 

 誰しも秘密はあるものである。他人の全てを把握したいと願望をアリアは持っていない。分からないものを分からないままにしておくことを(いと)わない。

 アリアは視線で指した。

 

「手が足りないなら、あの人たち使ったら? きっと割り引きしてくれるよ」

 

 少し離れた所で見守るようにして話しを聞ていたフェザーは、急に矢を射られた気分になった。

 

「……割り引きはしねえよ」

 

 アリアはちらっと、床に転がってる成果物に視線を送った。

 

「でも一人の約束だったけどなぁ。ああ、何だか働きすぎたかもしれない。どんな要求しようかなぁ。何かテンション上がってきた」

 

 フェザーは食い気味で口を挟んだ。

 

「――割り引きだな? 実は友達価格ってのがあってだな」

「よっしゃ」

 

 フェザーは背中に冷や汗が流れるのを感じた。あと少し遅ければとんでもないことになっていたかもしれない。高利貸しもびっくりの何かが――。

 そんな流れの中、キアンは冷静だった。

 

「いやさすがに敵だったやつを雇う気にはならない」

 

 アリアは頭を低くして、下手に出る商人がするように手を擦り合わせた。

 

「そこをなんとか」

 

 キアンは困惑した。

 

「……何でお前が押し売りしてんだ? 相当腕が立つのか?」

「いや弱かった。ナメクジといい勝負」

「おい」

 

 フェザーは名誉を守ろうと口を開いた。

 

「お前が異常なんだよ。俺らは見てて普通にドン引きしてたからな。思い返してみれば、こいつらも一振りで倒してるし。名持ちだぞ」

「いや何か格好が雑魚かったし、相手に問題があったと思う」

 

 アリアからすると雑魚狩りしてきたやからにしか見えなかった。動作に隙が多く差し込みやすかった。

 フェザーはため息をつくと、話を切り替えた。

 

「……まあ俺たちが提供するのは情報くらいだな。後はお前たちを襲うような依頼は受けないことくらいか」

 

 キアンは訝しんだ。後者の条件の意図がよく分からない。中立というには寄りすぎてる。

 

「何故だ? まさか意気投合したからとでも言うわけじゃ」

 

 その問いに対する答えはシンプルだった。

 

「そいつと戦場で関わりたくないだけだ。命は大事だろ」

 

 指されたアリアは、頭をかいた。

 

「えへへ」

「褒めてねえよ。ドン引きしてんだよ」

 

 キアンは咳払いをした。

 注目、そして空気が変わる。

 

「俺たちはあまり時間をかけれない。いいな?」

 

 アリアは頷いた。

 

「主から離れて行動していることを忘れないでくれ。そしてこの領地も決して安全じゃない」

 

 ここの領地はタルミーナと呼ばれており、目立ったものは特にないが、比較的安定した治世が続いている。治安も時と場所にはよるが、良い方である。もちろんその時と場所とは、夜の酒場、特に訳ありの所だ。間違えて入りでもすれば、死体が落ちている店内で一杯飲むことになりかねない。

 

「一旦俺が集めてきた情報を説明するぞ」

 

 キアンはフェザーたちに背を向けると、後ろに聞こえるようにして言った。

 

「そこの情報屋。俺は今からこの辺りで集めてきた情報をこいつに伝える。お前はそれの正誤と補足を頼む。――どうだ?」

「分かった。情報屋として仕事をしよう」

 

 交渉成立。

 キアンはアリアとの距離を少し縮めた。

 

「よく聞いておけ。後で説明するのも面倒だからな。あと、皆には違った形で伝えることにもなるから気をつけろよ」

 

 アリアは頷いた。

 

「まず前提知識だが――、ここの領は昔から王派で、前王から王位を継承した女王に対してもそれは変わらない。だが領内には宰相派閥の人間がかなり入り込んでいる。おそらくは領主の近くにも入り込んでいる。また懐柔されている者もいるだろう。そして領主のルパートは徐々に宰相派閥に傾きつつある。だが心情的にはこちら側だろう。逃げてきた王子にわざわざ会おうとするくらいだしな」

 

 キアンは少し黙ると、後ろのフェザーが何か言うかを待った。

 沈黙。

 この場合の沈黙は是だった。キアンは己の情報が正しいことが確認出来た。

 

「しかし俺たちが案内されたのは地方の別館だ。本来ならしかるべき所に招待されていいはずだ。初めは一番近い所に誘導したのかと思ったが、そうじゃない。おそらく中央に来られるのを避けたんだ。その理由はいくつか想像出来るが、どれも確証がない」

「俺は受けてない依頼に関しては言わねえぜ」

 

 急に口を挟んだフェザー。キアンは確信した。

 

「やはりそうか。ルパートは実質中立といったところか。だが領主はそれを望んではない。俺たちがやらなければいけないことは、これを維持してもらうことになるな」

 

 アリアは首を傾げた。

 

「どうして? 味方になってもらった方がいいんじゃないの?」

「そうした場合、いつの間にか領主が変わってるだろうよ。どこかの領みたいにな」

「ああ、そういうこと」

 

 おそらくは状況によって発動する依頼があるのだろう。

 合点がいったアリアだったが、ふと思い付いた。

 

「じゃあ向こうも似たこと思ってるんじゃない?」

「どういうことだ?」

「だってまだ領主切り替わってないんでしょ? 代わりとしてすげ替える人物に不足しているのか、それとも単純に実行するにはまだ準備が足りてないか。理由はいくつかあるだろうけど、今のやり方は心変わりさせようとしているから、何か障害があるんだと思う」

「……なるほどな」

「となれば、領主の様子を伺う必要があるよね。でも、ここに長居はしないんでしょ?」

「そうだ。休息を取ったら、すぐに出るつもりだ。あと領主に関しては一応観察する程度でいい。向こうとしても中立ポーズをしたいだけだ。これ以上は何もないだろうし、何かすると領主が死ぬことになる」

「じゃあ向こう陣営で指揮を取ってそうなやつ、一旦斬っとく?」

「簡単に言うなよ。そもそもどこに居るのかも、誰なのかも分からないやつをどうやって見つけて、その上絶対に警戒しているところを殺るんだよ」

「成り行き」

「行き当たりばったりじゃねえか」

「うん」

「うんじゃねえよ」

 

 キアンは計画をきっちりと練る方だ。アリアは必要とならない限りは使わない。また、誰か代わりにやってくれる者がいれば任せてしまう。

 

「大丈夫。私たちには情報屋さんがいる」

 

 フェザーは顔をしかめた。

 

「俺たちはそこまでしねえよ。いくら何でも危険すぎる」

「そこは報酬次第だなって言うところじゃ?」

「どんな報酬を積み上げれるってんだ? 大したもの用意出来そうにない上に、絶賛不利で負けそうなお前らが――」

「被雇用者になれるっていうのは?」

 

 それが意味することは何か――。

 キアンは制止した。

 

「待て、勝手に決めるな」

 

 裁量権は王子にあるが、この辺に限ってはキアンにある。しかしアリアのこれは越権ではなく、キアンに対しての提案に近い。

 

「でもあの王子の下に自然と集まる人たちって、光寄りばっかりだと思うんだよね」

「それは分かるが」

 

 悩み始めるキアン。フェザーは意思表示の必要性を感じた。

 

「――いや俺たちはやらねえよ」

「何で? 夢の公務員だよ?」

「夢じゃねえよ」

 

 フェザーは嫌そうな顔をした。

 

「……それに俺は政府は嫌いなんだよ」

「色々ある感じ?」

「もうねえよ。それに終わったことだ。始末はしたが、良い感情なんてものはない」

「駄目かー」

 

 アリアも無理強いするつもりはなかった。事情があるなら仕方ないと考えられるくらいの配慮は持っている。

 それが通じたのか、フェザーも嫌そうな顔まではしたがそれまでだった。

 

「大体、お前こそ違和感あるぜ」

 

 それはキアンも確かめたいことでもあった。

 

「お前からも国というか、政府、もしくは体制側に対する不信が見え隠れしてる。――だってのに、なんで王子を助けようとする」

「王子を助けようとするって言っても、軽いものだよ。でもそれはそれとして、一人では解決出来ないものがあるから組織の力を欲している。でもこれは己のため――」

 

 アリアの雰囲気が変わる。それは高位の身分で生まれた者が持っているオーラとでも呼ぶべきものだった。

 

「逃げはしたけど、故郷を捨てたつもりはない。……あの時の自分に出来たことなんて何もなかったとはいえ、時が流れれば変わるものもある。これは個人的な感情から発せられる(とむら)いではなく、責務と意地によるただの八つ当たり」

 

 己の意を示すために、命を捨てるようにして使い切った村人を見てきた。己の信念を通そうと足掻いた兵たちを見た。己の中で何か響くものを感じた。小さいけれど確かに。それはマッチの火くらいの小さいものかもしれないけれど、火が点いたことには違いなかった。そう考えると、王子との出会いは薪を焚べるようなものかもしれない。

 アリアは自分たちの領地を利用しようとしている者たちが気に入らない。ふんぞり返って座っている椅子を蹴り飛ばして踏みつけてやりたい。そこに高尚な理由などない。気に入らない。それだけだった。

 フェザーはアリアと波長が合う理由が分かった気がした。

 

「……なるほどな」

 

 似たような傷を持っている。そう思った。

 治ったようで治っていない瘡蓋(かさぶた)がある。

 

「……政府とは付き合いたくないことが変わることはない。だが、相手によっては手を貸してやらないわけじゃない」

「いいね。じゃあ私が個人的に依頼を出そう。費用は国費から拝借するけど」

 

 にやりと笑い合う二人。

 キアンがため息をついた。

 

「……言っとくが、急ぎだぞ。この領地で何かしている場合じゃない。本当は明日にでも出発したいんだ」

 

 王都までの道程は短ければ短いほど良かった。時間をかければかけるほど何かしらの妨害に遭う可能性が上がる。休息さえ済めばさっさと王都に戻りたかった。支援として、人数分の馬を借りることくらいは期待出来る。長居されて困るのは領主も同じで、自領で事件が起きてしまうことを恐れているはずだった。

 キアンはその辺りについて詳細に話すと、この先の展開について三人で話し合った。

 しばらくして、

 

「――決まりだ。アリア、俺たちは王子の元に戻るぞ」

 

 アリアとキアンは酒場を出た。

 二人を見送ったフェザーに、酒場のマスターが話しかけた。

 

「ようやく前に進む気になったんだな」

「……別にそんなんじゃねえよ。兄貴のことを忘れることはない。それは復讐を果たしても変わらねえよ」

「だが断らなかったな」

「あいつの変な空気に騙されたんだよ」

 

 マスターはフェザーに小ジョッキを渡した。

 フェザーは一気に呷った。ベリージュースだった。

 

「――って、酒じゃねえのかよ」

「酒は控えとけ」

「何でだよ。せっかく我慢してたのに」

 

 これまでフェザーが飲んでいたのは、度数をかなり抑えたものだった。依頼失敗のペナルティで最悪戦闘になると思っていたために、酔わない程度に抑えていた。だから終わった後に好きなだけ飲むつもりだった。

 

「何でも何も、おめえ怪我人だろうが。さっさと傷治せ」

「いいんだよ。この程度すぐ治る。あの馬鹿、切り口が綺麗過ぎるんだよ」

 

 包帯で固定してしまえば、痛みもほとんどなかった。

 

「そうじゃねえだろ。この後、――忙しくなるんだろ?」

「……うるせえな。一杯くらいはいいだろ」

「じゃあ一杯だけだぞ」

 

 二人は乾杯した。

 見守っていた部下たちも合わせて飲んだ。少し嬉しそうだった。

 

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