TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第22話 願いたかったもの

 館に帰ってきたアリアは、あてがわれた部屋のベッドで寝転んでいた。

 ベッドの質は良く、感触は中々に良好。部屋には一人だけ。夜が明けるまであと少しだけかかる。

 静かな空間だった。

 夜明け前の静けさと、いずれ立ち上がってくる明るい熱の予感。夜が好きなアリアは、時間に追われているような感覚になった。

 名残惜しげに静けさを堪能しようとする。

 

(虫の音がする)

 

 不快なものもあれば心地が良いものもある。涼やかな虫の鳴き声が心を癒やす。日中はともかく、夜の音色は心地良い。

 目を閉じれば暗闇が深くなる。視界が失せると、音が際立つ。寝返りを打つと、シーツが肌を流れる柔らかな感覚がした。まるで水が流れていくような感覚。

 

「はふ……」

 

 眠気がいい感じにきた。

 

(それにしても色々あった)

 

 寝る前に思い返したのは、今日一日の出来事だった。

 アリアは王子に協力はするつもりだが、臣下になろうという気まではない。あくまで手を貸すといったような関係のつもりだった。それは王子に魅力を感じないということではなく、己を賭けてしまうには、互いに居る場所が少し違うような気がしているからだった。

 

(それはともかく王都は楽しみ)

 

 年頃の娘は都会に憧れるものである。開放的な空気や、流行りの服。もしくは、シュッとした男とのラブロマンスを妄想したり。色々ある。

 アリアもそうだった。

 脳裏に都会が浮かんでいく。

 

(流行りの飯、流行りの甘味。無駄に使われた高級食材、見栄え重視の微妙な食べ物。実に素晴らしい)

 

 侘び寂びというと違うが、へんてこなものが好きだった。

 

(名物とか聞いておかないと……)

 

 次第に意識が薄れてきた。身体を包む柔らかな感触に、ぐっすり寝れそうだと、時の流れに意識を委ねた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 王子、エリオットが目を覚ました時、当人には何日経ったのかすら分からなかった。

 

(寝すぎたかもしれない……)

 

 ベッドから起き上がると、周りを見渡す。こぢんまりとした個室。部屋には自分だけ。護衛の観点からも、皆と同じタイプの部屋にしてもらった。左右には当然仲間がいる。

 

「よし――」

 

 王子は軽く身支度をすると、部屋を出た。

 長い廊下、両側に扉の群。

 王子は昔、軍の宿舎で寝泊まりしたことを思い出した。

 

(あの頃は楽しかったな……)

 

 まだ父も生きていて、よく可愛がられたことを憶えている。兵士の体験をしたいと願い込んで、正体を隠して近辺の部隊の訓練に付き合わせてもらった。皆と同じ苦労、同じ努力をする。これほど楽しく感じることもなかった。泥だらけになって、もう走れない程に身体を動かして、笑い合いながらご飯を食べた。

 

(――本当に、本当に楽しかった)

 

 母も優しかった。礼儀作法には少し厳しかったけど、他は特に言われることなく、伸び伸びとすごせた。家族三人揃ってピクニックに行くこともあった。周りには多くの人がいたけれど、あの時あの場所においては三人の時間があった。でも父上は突如として亡くなった。そして母は今では――。

 

(稀代の悪女。猛毒の薔薇。……そして、夫殺し)

 

 犯人は今も分かってはない。でもあの日から母は大きく変わってしまった。父の死後、すぐに王位についた母は、多くの人を虐げ、時には処刑した。あまりの苛烈さに多くの人が避け始めた。そして今まで王の補佐をしていた宰相ロデリックは、叛意を現した。今では立派な敵。母の身勝手に思える行為は、ロデリックを助長させるようなものだった。

 

(……僕の言葉は何も届かなくなった)

 

 エリオットは迷っていた。敵となったロデリックを憎みきることが出来なかった。親しく交流していた時のことを拭いきれない。それにロデリックの主張には必ずと言っていいほどに、『国のため』という言葉が入っていた。しかし母、現女王の主張にはそういう言葉が乏しい。どちらかというと、敵を潰すとかそういう言葉が多く、性格的にも賛同し辛いものがある。

 もしロデリックの言う『国のため』が正しく、そのために女王を排斥しようとしているのなら、エリオットとしてはどちらにつくべきなのかと己を問うことさえもあった。しかし、――だとしても、民を苦しめてまでも母を排斥しようとすることに対しては、きっぱりと反対の意を示せた。

 現状、エリオットは己の正しさに沿って行動することしか出来ず、派閥の中心にいながらも宙ぶらりんな心持ちに、自分でも納得がいかなかった。

 

(決めなければならない)

 

 己のために命をかけて働く人間がいる。いつまでもこのままではいけない。だが、どうしたらいいのかが分からない。皆、心変わりしてくれたらいいのにと願わずにはいられない。せめて昔の母が戻ってさえきたら、もっと願うならば父が健在であればと。

 エリオットは浮かんだ思いを振り払うように首を振った。

 

 廊下を抜け、広間に差し掛かると、館の使用人に気づかれた。

 

「――あ、王子様」

 

 つられて下げそうになる頭を保ち、エリオットは礼を述べた

 

「ああ、どうも。ゆっくり休めたよ」

 

 続けて気になることを聞いた。

 

「何日経ったのか聞かせてくれないだろうか?」

「――はい。王子が来られたのが昨日でございます」

「じゃあ一日だけ?」

「はい」

 

 少ないなと思ったエリオットだったが、それでも半日以上は寝ている。お腹も鳴った。

 

「……昼過ぎですが、しばらくしたら夕方になります。中途半端ではありますが食事を希望されるのであればご用意いたしますが、いかがなさいますか?」

「いや、夜まで待つよ」

「かしこまりました」

 

 頭を下げる使用人。

 王子は辺りを見渡した。

 

「少し見回っても?」

「構いませんが、何かご用でも?」

「いや、皆はどうしているのかと思ってね」

「でしたら外で身体を動かしたいとのことでしたが」

「ありがとう。僕もそうしよう」

 

 王子は外へと向かった。

 館の外、横にある広場、そこに運動場のようなスペースがあった。

 そこでは兵たちがスポーツに勤しむような感じで体を動かしていた。楽しそうな声が上がっていた。近寄ると、

 

「一緒にどうですか?」

 

 と、誘われたので是非にと参加した。

 

「今ちょうどボールを探してきてもらってるんです」

「ボールを?」

「ええ。疲労も取れたので、身体を動かしておこうと思いまして」

 

 訓練や模擬戦ではせっかく取れた疲れがまた溜まってしまう。だがボール遊びであればいい塩梅になるだろうとの判断だった。疲労が濃い者や怪我している者は、そのまま部屋で休息している。

 後方から、大きくはないのにやけに通る涼やかな声がした。

 

「ボール借りてきましたー」

 

 桃色髪の少女、アリアだった。やけに軽装だった。

 エリオットに向かって、ボールがふわっと投げられる。受け取ったエリオットは問いかけた。

 

「君も参加するのか」

「面白そうだったので」

 

 もうその返答に違和感はなくなっていた。やけに変わった子だなぁという印象はすでに確固たるものになっていた。何故だかは分からないけれども、学園で知り合った子を思い出した。

 

(似てるってわけじゃないけれど、不思議と連想出来てしまう)

 

 二人が揃っているところを想像した。まったく違和感がない。でも何故か想像上のアリアはちょっと引いたような嫌そうな顔をしていた。想像は想像ということで、エリオットは気にしないことにした。

 

「じゃあ始めましょうか――」

 

 決められた枠内でボールを投げて当て合う。いわゆるドッジボールが始まった。

 エリオットとアリアは同じチームになった。

 ボールが行き交う。

 拮抗した勝負。

 皆、鍛えた兵である。身体能力は高い。

 強く、早い速球がアリアに向かう。

 

「ふっ――」

 

 綺麗な避け方。ボールが通り過ぎていく。

 エリオットは感嘆した。

 

「凄いね。まるであらかじめ軌道が分かっているみたいだった」

「ふふふ。避けるのは得意なので」

 

 アリアは得意げな顔をしたまま続けた。

 

「夜まで避け続けてやります」

「いやそれはちょっと」

 

 身のこなしから考えると、本当に出来そうだった。

 

(でも意外というと変だけど……)

 

 アリアが投げたボールはそれなりに速いくらいのものだった。手加減しているというよりは、本当に単純な身体能力によるものに思えた。その上で、避けることに関しては驚くほど軽々と避けていた。

 

(目がいいのだろうか)

 

 エリオットはそう考えたが、実際は少し違っていた。目がいいことには違いないが、そこには人体の動きや表情や状況などから推測されるボールの軌道を予想してのものだった。アリアの身につけたものは、根本的にはどう斬るかというものだけで、技術も心構えもそれを為すために付随した道具でしかない。よってただボールを投げるような行為は、身体能力に沿ったものでしか発揮しない。もしこの場で戦闘訓練でもしようものなら、下手したら全敗だってありえた。『怪我させないようにする方が難しいし』と内心愚痴るかもしれない。そもそも勝ち負けに頓着することもしないし、何ならわざと負けることだってする。

 身につけてきたものの違いが、ものの見方にも影響する。

 

(それにしても楽しそうだ)

 

 ボールを手渡されたアリアが、ボールを放る。

 

「おりゃー」

 

 間の抜けた声、威力は中々。場の活気も中々。和気あいあい。

 

(……国中がこうだったらいいのに)

 

 やがて勝敗が決した。勝利だ。

 勝者も敗者も笑顔で、互いの健闘を称え合うような世界。エリオットは心の底からそうあってほしいと願っている。でも願っているだけじゃどうにもならない。エリオットは王子として、国民や己を支えてくれる人たちのため、願うだけではいられない。「それでも」と、ふとした瞬間に思ってしまう。『昔に戻れたら』と。

 

(望んではいけない。僕には望まなければいけないことがある)

 

 少ししたら、体もある程度動かしたということでお開きになった。

 空き時間が出来た。エリオットはその間にまだ疲れが取れていない兵や、怪我をしている兵たちの見舞いをして過ごしていると、キアンに声をかけられ、部屋に誘導された。

 声量を抑えた声で告げられたのは、

 

「今夜、領主が来るらしい」

 

 驚きの情報。エリオットは瞠目した。

 

「早いな」

「ああ。相当気合い入れてるみたいだ」

 

 これがどういう意味を持つか。エリオットには分からない。だが、教えてくれる仲間がいる。仔細をキアンから聞くと「なるほど」と不安を抑えた声で言った。どう立ち回るべきか悩んだ。

 

「心配することはない。ただの顔合せ、特に意味のない会食だと思っていい」

 

 来た。という事実だけが目的なのだと、キアンは硬くなったエリオットの心を和らげようとした。

 

「ああ、でも向こうはこっちが知っているとは気づいてないはずだ」

「どういうことだ?」

「その辺に関して今は気にしなくて良い。やってほしいことは驚いた風に見せて、実は知っていたと向こうに気づかせるような演技だ」

「演技か……」

「得意だろ?」

「……別に得意ではない。他に出来ることがないだけだ」

「そんなことはない。――っと、それはいいんだ。狙いは、こっち側に付くことを諦めさせないように心を繋ぎ止めることだ。向こうに自分たちにはまだ知らない何かあるぞと思って欲しい。それだけで多少は持つだろう」

「君がそう言うなら異論はない。――やろう」

「まあそう難しくはない話だ。そして終わればようやく王都だ。上手くいけば足も借りれる。さっさと帰ってしまおうぜ」

「分かった。頑張ろう」

 

 ◇◆◇

 

 領主は少し遅れながらもやってきた。

 強行軍のようだったが、それを微塵も感じさせない雰囲気を出していた。領主のルパートは恰幅の良い四十過ぎ頃の男で、人付き合いになれた笑みを装備していた。

 領民には和やかな動物に例えられることもある。だが政治的なコミュニケーションを知っている人間からすると、ただの人間ではないということがすぐに分かる。

 

 会食は和やかでありつつも、一定の緊張感があった。

 そんな中、周囲の空気に身を溶け込ませて目立たないようにしているとある桃色髪の少女は、柔らかそうに前に出たお腹を見てクッションにすると良さそうだなぁなどと思っていた。

 

 そんな裏があったりなかったりする談笑の後、すぐに「用があるので」と、来たばかりの館からルパートは去っていった。道程を考えたら凄い体力であるが、それよりも凄い行動力と称した方がいいだろう。明らかに個人の感情ではなく、政治的な意図を持って自分を操作するように動かしている。

 どうにかして味方に引き込めないものかと、王子の陣営に思わせたほどに感心させた。ともかく互いの思惑はおそらく叶ったのだろう。エリオットは安堵した。

 

(でも長居は出来ない)

 

 数日したら発つことを決めた。

 怪我人に申し訳ないと思いながらも、エリオットは急ぐ必要を感じさせられた。ルパートの心象を悪くするわけにはいかない。王子とは周りに慮れる身の上でもあるが、同時に皆に慮らなければいけない立場でもあった。

 

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