TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第24話 にゃん。

 表どころか裏の世界にまで、その名を聞けば思わず身構えてしまう家名がある。名を『ハリントン』といって、現宰相の家名であり、現状、貴族の頂点に位置する名でもあった。

 

 夜。

 王都の一等地にある屋敷、その一室に、夜になるといつも遅くまで明かりが点いている部屋があった。

 目立った家具は執務机くらいの簡素な部屋。

 部屋にはレジナルドという男がいた。この国において、今もっとも注目されている男である。

 辣腕家と評されるレジナルドは、実力と実績で今の地位までのし上がってきた。元々は下級貴族の出で、今の家には婿養子として入ってきた来歴がある。肩身が狭い頃もあったが、今では立派な当主である。逆らう者などいない。意見するにも相応の覚悟が必要な存在となった。

 

 レジナルドは、机の上の書類を二度三度指で叩くと難しい顔をした。

 部屋の明かりは机の上のランプだけ。レジナルドはそんな薄暗い部屋で、椅子に腰掛けている。背もたれが直角で、長時間座っていると腰が痛くなりそうな椅子である。

 部屋には、レジナルドの他にもう一人、フードを深く被った男がレジナルドの向かいに立っていた。

 フードの男からはどことなく若さが感じられた。対するレジナルドは齢五十すぎといったところ。痩躯ではあるが、不思議な力強さがあった。

 レジナルドは、フードの男に問いかけた。

 

「――首尾のほどは?」

 

 フードの男は、少し間を置いて答えた。

 低く、感情を表に出さない声。

 

「……悪くはない」

「悪くはないと言うと、良くないこともあるみたいな言い方だな」

「その通りだ。細部、枝葉の部分で少しトラブルが起こっている」

「ある程度は仕方ない。計画なんてものはそんなものだ。――外してはいけないものさえ外さなければいい」

 

 レジナルドは短慮も熟慮も嫌う男で、バランスが取れているものを好む性質がある。

 

「優先順位を間違えるなよ。女王に関しては後回しにしていい。もう少し生きて悪意を集めてもらうくらいで丁度いい。……それよりも面倒になりかねない事が起きている」

 

 レジナルドは不愉快といかないまでも、愉快とはほど遠い顔をした。

 

「オフィーリアのやってる事業がどうやら民衆に受けているらしい」

「……そこに何の問題が?」

 

 レジナルドは机を指で叩いた。

 

「支持されることを覚えて浮かれてるらしい。女王派閥とも交流を持ち出した」

 

 フードの男は続きを待った。

 

「可能性の話だ。あの娘が架け橋のように扱われては予定が狂う。向こうにはしっかりと悪を引き受けてもらわないと困る」

「……正義の話は嫌いだ」

 

 レジナルドは首を振った。

 

「違う、勝ち方の話だ。目的のためには『勝てばいい』ではいけない。我々は勝利を望まれた上で勝つ必要がある。あの娘には考えを変えてもらわないといけない」

 

 フードの男は声を小さくして言った。

 

「……娘に対して恐ろしい話だ」

「それは影が言う話ではないな。それに、何も殺そうと言うわけじゃない。脅かせば済む話だ」

「……傷は付けないようにする」

「いや構わない。同情を引けるくらいであれば上手く使える。その辺りは好きにしてくれていい」

 

 フードの男は、何かを考えたかのように、少し間を空けてから返事をした。

 

「――分かった」

 

 返事を聞いたレジナルドが頷く。

 

「大体血の繋がった娘じゃない。あいつの連れ子でしかないんだ。――というわけだ。よろしく頼むぞ、我が息子よ」

「ああ――」

 

 フードの男が部屋から去っていく。

 レジナルドは立ち上がると、窓から空を見上げた。三日月が輝く美しい夜空だった。

 

「忌々しい――」

 

 月を睨むレジナルドだったが、怒りは内に留めていた。

 

「月の光が平等であるわけがない。唾棄すべき思考だ」

 

 息を吐くと、執務机に戻り、仕事を始めた。人の気配が一つになり、机の下に隠れていた猫がレジナルドの膝に飛び乗り「にゃん」と鳴いた。レジナルドは左手を降ろし、猫の横顔を撫でた。その間、右手の先の羽根ペンは何かを書き連ねている。やることは多かった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ハリントンの屋敷はいくつもある。そのうちの一つに、屋敷の主をオフィーリアとするものがあった。そこまで大きくはないが、格落ちするようなものでもなく、実用性と優雅さを兼ね備えた屋敷だった。オフィーリアは『学生たるもの学生としてあるべきで、特別扱いなどされたくはない』と、いつもは学園の寮で寝泊まりをしているが、休日に限っては屋敷に戻っていた。別に休日でも寮で寝泊まりすることは出来るが、『主として戻らないわけはいけない』と、いつも屋敷に戻っている。

 今回もそうだった。

 

「――で、そろそろ庶民メイドは見つかりましたの?」

 

 屋敷に戻っての翌日、朝一番のオフィーリアの言葉がそれだった。

 使用人のメイドは頭を下げた。

 

「『お嬢様の出した条件が厳し過ぎる』とお答えさせてください」

「……条件を緩和させることが良いことだとは思わないわ」

「ではこの募集を取り下げることをおすすめします」

「それは嫌ですわ。可能性を追い求めることを諦めたくはありませんもの」

 

 顔を横に背けたオフィーリアに、メイドは顔を伏せた。

 

「その、私どもといたしましても少々困っておりまして……」

 

 オフィーリアというお嬢様は、領分さえわきまえていれば、話しやすい主だった。慣れれば冗談だって交わせる。ただ我儘の種類が少々ズレていて、そこだけが使用人にとって面倒に感じる部分だった。だが話は分かる方で、案も出すし妥協だってしてくれる。

 

「ではこうしましょう。一芸に秀でた者がいたら、ある程度免除しても構いません」

「――分かりました。ではそれで」

 

 まだしばらくは面倒が続くと、使用人は気落ちした。そんな使用人をよそに、当のオフィーリアは理解のある主として気持ちよくなっていた。まさか後で今の自分の発言を後悔することになるなんて微塵も思っていなかった。

 

 翌週。

 休日に戻ってきたオフィーリアは驚いた。

 いつもの使用人のメイドの表情がなにやら明るかった。正確には屋敷中がどことなく明るかった。何かあったのかと尋ねると、ついに新人が決まったのことだった。これだけ決まらなかったのだから、すぐには決まらないだろうと、そう思っていたオフィーリアは驚いた。

 驚きながらも、新人について聞いてみると、

 

「――なんと礼儀作法が完璧でした!」

 

 と、妙なテンションで言われリアクションに困った。

 

「そ、それはすごいですわね?」

「……やろうとすればですが」

「なんか急に不穏なことを言い始めましたわね」

「あとお嬢様の希望通り、一芸に秀でています」

「希望ではなかったのですけれど、まあいいですわ。どんな一芸ですの?」

「『可愛い』です」

「え?」

 

 オフィーリアは数度、まばたきをした。

 

「はい。『とっても可愛い』です。居るだけで前向きになるといいますか、――あ、飴ちゃん食べますか? 最近常備してるんですけど」

「……何か悪いもの食べまして?」

 

 オフィーリアは、年少の頃から面識がある使用人の今まで見たことがなかった一面を見た。でも別に嬉しくはなかった。

 

「……仕事自体は出来るのですよね?」

「伸びしろは感じます!」

「怪しい答えですわね」

「やれば出来る子だと思っています」

「思ってるだけですの?」

 

 オフィーリアは不安になってきた。

 

「……確認のため、私が自ら面接を行います。それをもって正式採用といたしましょう」

「そんなっ、せっかくの癒やしが……」

「化けの皮が剥がれましたわね」

 

 オフィーリアは、厳しく採点しなければいけないと気を引き締めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 桃色髪の新人メイド、もといアリアは寮で寝泊まりしていた。

 使用人にあてがわれた寮は、屋敷の敷地内と外のものと二種類あった。それは職種や身分によって変わる。アリアは庶民ということで敷地外にある寮をあてがわれていた。とはいっても、高位貴族の寮とあって、かなり質の良い建物だった。難点は少し距離があることで、二、三十分ほど歩く必要があった。

 王都は貴族街とそれ以外に分かれているため、距離に関する事情は仕方がない。それでもサポートも用意されていて、雨の日などは馬車を出してくれる。

 

「はふっ」

 

 軽いあくび。アリアは朝には弱い。でも急に早起きすることもある。気分が乗ればそのままベッドを出て、街の探索にいそしむ。今日はそんな日だった。

 朝早いこともあって、街は静かだった。

 上を見れば、曇り空。降る気配はないが、街中は薄暗い。

 そんな街の路地を、タイルの溝を行く水のように練り歩いていく。王都とだけあって、広く、人も多い。貴族も平民も様々だ。

 そして光もあれば陰もある。華やかなところがあれば、そうでないところもある。路地裏などは日中でも薄暗く、普通の人は立ち寄らない。わざわざ身の危険を冒しに行く理由など、そうはない。

 そんな所にいるのは、その世界の住人か、もしくは迷い込んだ不運な人間か、それとも何も考えてない人間か。アリアの場合は最後だった。そのせいで死人まで出ており、本当に迷惑な存在だった。

 そんな路地裏を行くアリアは、隅で白いものを見た。

 

(ん?)

 

 よく見てみると毛玉感があった。その毛玉の瞳はこちらに向いていた。真っ白な子猫だった。表情からは何を考えているのかは分からないが、じっと見上げてきている。

 怖がらせないようにゆっくりと近づき、しゃがみ込む。伸ばした人差し指をその子猫の口元に近づけると、すんすんと子猫が臭いを嗅ぐ仕草をした。動かずに待っていると、やがて子猫は人差し指に首筋を擦り付け始めた。

 

(かわいい)

 

 顔を近づけると、目が合った。

 観察するような、もしくは受け入れるようなそんな瞳。

 鼻がそれを捉えた。

 

(死臭がする)

 

 ちらっと路地裏の曲がり角の奥に視線をやると、正体が見えた。

 

(そうか)

 

 手の平で、ゆっくりとその小さな身体を撫でた。

 

「お前、独りか」

 

 子猫は口を開くと、音にならない鳴き声を発した。

 アリアは頭を撫でてあげると、懐から布切れを取り出した。剣に付着した血を拭く用の布である。いつ使うことになるかわからないので、いつも持ち歩いている。その布切れで曲がり角の奥のそれを包むと、来た道と逆方向に歩き始めた。

 てとてとと付いてくる子猫の歩幅は小さかった。アリアはしゃがむと、子猫にちらりと視線を送った。通じたのか、子猫はアリアの背中から這い上がって肩で止まった。とても軽かった。

 門まで歩くと、門兵に止められた。

 

「――手が要るだろう。スコップを持ってこよう」

 

 その門兵は良い奴だった。わざわざ代わりの人員を呼んでくると、門兵はアリアを先導した。川辺の近くに良いところがあるらしい。

 川辺は近かった。

 

「深く掘らないと、野生の生き物に掘り返されてしまうからなぁ」

 

 門兵はアリアの代わりに、川辺から少し離れたところの地面をスコップで突き刺した。

 肩から降りた子猫がじっとその様子を見ている。

 この空間、この世界では、スコップが穴を掘る音と、川の水流だけが音を響かせていた。

 

「このくらいでいいだろう」

 

 少し深い穴が出来た。

 アリアはその穴に、抱えていたものを安置した。合わせて、門兵が土をかぶせていく。

 そこで初めて子猫の鳴き声を聞いた。短い一鳴きだった。

 アリアと門兵が川の水で手を洗いながら、少し会話している間、子猫は少し膨らんだ土のそばでじっとその膨らみを見ていた。

 門兵は語る。

 

「俺たち人間もいつかはこうなる。早いか遅いかでしかない」

 

 門兵には何かあるらしい。ここまで親切になるだけのものが。

 しかしアリアは聞かなかった。開示させることが良い結果になるとは限らない。言えないものもあれば、言いたくないこともある。川の流れる音が、無言の時間を誤魔化すように彩った。

 時間は有限である。人には仕事がある。戻らなければいけない。門兵が立ち上がり、少し遅れてアリアも立ち上がる。

 アリアはその背中に問いかけた。

 

「生きる意味とは何だと思いますか?」

 

 門兵は数歩、歩いてから口を開いた。

 

「……人の役に立つことかな。俺はそれでいいと思ってる」

「なるほど、とてもいいと思います」

 

 アリアは肯定してみせた。その言葉に嘘はなかった。けれど己の中にその答えはないことを分かっていた。

 それに不安も焦りもなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 時間を消費しすぎた。

 そう思ったアリアは急いだ。おそらくは遅刻だ。

 とはいってもこの世界の人たちは時間にはルーズというか、おおらかだった。当然といえば当然で、誰しも正確な時刻なんて知らない。定期的になる鐘や、日の高さなどで時の進みを感じている。

 例外は貴族くらいである。高位の貴族の屋敷ともなれば時計があった。

 そんな高位貴族のオフィーリアはとっくに焦れていた。元来がせっかちな性格でもある。待っている間に作り上げた脳内の新人メイドは、とんでもないポンコツになっていた。『可愛い』以外にまともな情報がない。

 

「……遅いですわね」

 

 腕を組み、指で自分の腕をとんとんと叩いている。

 お世話係のメイドもちょっと困惑していた。

 

「いつもなら来てる頃なんですけど、今日はちょっと遅いみたいですね」

「ここは栄えあるハリントン家の屋敷。他と一緒にされては困りますわ」

 

 苛立ちを誤魔化すためにと、オフィーリアが茶でもしばいて待っていると、ようやくやってきた。

 

「ふふふ」

 

 溜まった鬱憤をぶつけてやろうと、キッと目に力を入れた。だが、扉が開きその姿を見ると入れた力が抜けていった。妙なものが視界に――。

 

「……なんで猫?」

 

 視線の先には、メイド服を着た桃色髪の少女と、その胸の辺りに子猫がいた。

 

「はじめまして、新入りです」

 

 ぺこりと頭を下げる新人メイド。もはやそれはどうでもよかった。

 

「そうではなく、その猫はなんですの?」

「猫丸です」

 

 白い毛並み。好奇心を感じる瞳。

 少しキョロキョロしていたかと思うと、今ではじっと同じ方向を見ている。

 メイドと猫に見つめられたオフィーリアは、何だか猫二匹同時に見られている気になった。

 

「……その猫をどうして連れてきているのかを聞いているのだけど」

「さっき拾いました」

「元の場所に戻してきなさい。親猫が探しているかもしれないでしょう」

「埋めてきました」

「……そ、そう」

 

 オフィーリアはこめかみを押さえた。言いにくいことを言う必要がある。

 

「うちは動物の類を飼育することは禁止されています。飼いたいのならうちには連れてこれません」

「でも可愛いですよ」

「可愛くてもですわ」

 

 片手に乗るくらいに小さな猫が、オフィーリアの前にひょいと突き出される。聞こえていないはずの「にゃん」が聞こえた気がした。

 

「大体、命というものをそう軽く――」

 

 説教を口にし始めたオフィーリアだったが、新入りメイドと子猫が鼻をちょんと付き合わせる様子を見ていると、言葉に詰まった。ペットを飼うというのは大変なことである。でもだからといって、それを、捨てる理由に使うには少し違う気がした。

 

「飼ってくれそうな人を探します」

「……それまでですわよ」

 

 もうオフィーリアは、新人メイドの面接のことを完全に忘れていた。

 

「ありがとうございます。――偶々紛れ込んだ子猫を追い出すまで、少しの時間をいただきます」

 

 アリアは、そう言って腰から頭を下げた。飼育禁止とはいっても、勝手に入ってきたのは仕方ない。追い出すという名の飼い主が見つかるまで待つくらいはいいですよね。と、向うが採用しやすい言い訳を用意した。アリアはその気になればちゃんと配慮が出来た。

 

「……遅れた分、仕事に励むように」

「はい」

 

 アリアが去った後、オフィーリアは傍らのメイドに話しかけた。

 

「あの子はいつもあの調子なのかしら?」

「はいそうです。可愛いですよね」

 

 オフィーリアは額を押さえた。

 

「どうして……」

 

 何かを間違ったらしい。でも不快には感じなかった。釈然とはしなかったけれど。

 




投稿に関して、
さすがに自転車操業すぎなので、ここから少し書き溜めてからまた投稿を開始します。

小さな区切り毎に放出しようかなって感じです。

割烹使えないの、ちょっと匿名投稿機能使ってみたの少し後悔してたり
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