TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
猫は気まぐれ、世はなさけ。
真っ白な毛並みの子猫にはお気に入りの場所があった。
陽光差す、屋敷前の庭園。整然と手入れされた樹木や花壇。その中央にある噴水の近くの茂み、そこがお気に入りだった。柔らかな土草がクッションとなり、日の暖かさと相まって絶好のスポットとなっていた。
猫丸はその場所でいつも目を細めて横になっていた。寝るときに綺麗に丸まって寝る癖があり、皆は『猫丸』もとい『マル』とその猫を呼んだ。動物の類が禁止されていた屋敷ではアイドルのように扱われている。屋敷は可愛いに飢えていた。
朝日が登った。猫丸は絶好スポットで、人の行き交いをくつろぎながら見ていた。
お目当てがある。
やがてアリアが訪れると、猫丸は身体を起こし、てててと走り出し、アリアの肩にぴょんと飛び乗った。
いつもの光景だった。
しかしそこに、一つだけ問題があった。
「あら、おはようアリアちゃん」
「おはようございます」
メイドを取り仕切るメイド長は、アリアの肩に乗っかっている猫に視線をやった。
「……今日も庭にいた?」
「はい」
「その子、いつの間にか抜け出してるのよねえ」
夜は戸締まりをしている。夜には屋敷内にいるはずの猫丸は、朝には屋敷から居なくなっており、気付けば庭でくつろいでいる。
「どこかに抜け道でもあるのかしら……?」
防犯上の問題がある。出入り出来るような通路が屋敷にあるなら塞がねばならない。少し深刻そうな顔をするメイド長をよそに、当の猫丸は、『どしたん?』といった感じで見ていた。
「なら猫丸に探してもらいます?」
アリアが首を回して猫丸と向き合うと、猫丸は鼻をちょんと合わせた。
「やる気らしいですよ」
「そうなの?」
(どうなんだろ?)
アリアは適当に言っていた。
ということで勝手気ままに動き回る猫を、屋敷の使用人がちらちら確認する日々が始まった。日が経つごとに猫丸はすくすくと成長していった。子猫の成長は早い。運動量も上がった。
お気に入りの場所もいくつも出来た。でもやっぱり一番のお気に入りは庭の茂みのようだった。
そうしていくうちに、なんか人一人くらい通れそうな抜け道のような穴がいくつか見つかってきた。その都度、物を置いてみたり板で塞いだりと潰していった。
抜け道の確認が終わると、一箇所だけ、猫くらいなら通れるような穴を取り付けてあげた。猫丸はそこから出入りするようになった。
◇◆◇
久しぶりに猫丸を見たアリアはちょっと驚いた。
何か高そうなソファで、首だけ上げてこちらを見ている。感情が読みづらい表情をしているが、心地良さそうではあった。白く柔らかな毛並みはそのままである。
猫丸は満足したのかこてんと首を倒すと、上から乳液をこぼしたみたいにソファに白い塊を作った。
(いつの間にか成長しとる)
片手サイズが両手サイズになっていた。
アリアはずっとメイドをしているわけではない。そういう契約ではない。臣下のような主従関係ではなく、庭師などのような職業としての雇用関係で、休みもしっかりと用意されていた。そもそも仕事手に不足していない上に、お嬢様の思い付きから始まったことである。やること自体そんなにない。
アリアはソファに寄ると、猫丸を観察するようにして見た。
すやすやと呼吸に合わせて身体が上下している。そしてとても毛艶が良い。輝くような猫、いや猫様となっている。
(相当大事にされているらしい)
触れてみると、ふわふわしていた。
二度、三度と手が往復すると、我慢出来なくなったのか猫丸は身体を起こして手を追い始めた。手の動きが止まるとペロペロ舐め始めた。
猫の舌はざらざらしていて少し痛かったが、アリアは可愛いから良しとした。
アリアは猫丸の両脇に手を入れ込むと、持ち上げた。猫丸の身体が下ににょいんと伸びる。アリアは自身の顔の高さまで持ち上げると、そのお腹に顔にうずめた。ふわもこだった。
そのまま顔に乗せると、そのまま歩き出した。こんな状態で前など見えるはずもないが、アリアは無駄に気配などを読み取って問題なく歩いていった。
その異様な姿に見かけた使用人はぎょっとしたが、それが誰なのか分かると「ああなんだ」と気にすることをやめた。
例外が一人だけいた。
「な、何をしていますの?!」
それは秩序の番人か、それとも貴族としての矜持か。とにかくオフィーリアは使命感に燃えた。
「ねふぉ、ふいでふ」
「……猫を降ろしなさい。何を言ってるか聞こえませんわ」
アリアが猫丸を顔から離すと、猫丸は地面に降りたがるように身動ぎした。
アリアは猫丸を持つ手を離すと、猫丸はぴょんと地面に着地して珍しく「にゃん」と鳴いた。めったに鳴かないくせに、よく分からないところで鳴く猫だった。
アリアは、オフィーリアに向き直ると説明した。
「猫吸いです」
「はい?」
「もふっと爽快」
「知りませんわ」
アリアは自身の顔を払った。
「欠点としては毛が顔に付くことです」
その仕草は、猫が自身の前足で顔を拭う姿みたいだった。
「別に教えていただく必要はありませんわ」
「でも今日あたりにやったりしませんか?」
「やるわけがないでしょう」
「まぁ、懐いていないと出来ませんからね。警戒されていると逃げられてしまいますし、まあ自信がないならやらないのも――」
アリアはすかさず煽った。
オフィーリアはすかさず乗った。
「――やりますわ」
「おお」
「こう見えても私、動物には好かれる方でしてよ」
「じゃあ何でこの館では何もいないんですか?」
「……お父様に禁止されているからですわ」
「それはまた何ででしょう」
「……分かりませんわ」
オフィーリアは猫丸を寂しそうに見た。
「この子も、いつまでもここに置いておくわけにもいきません」
言い終わるとオフィーリアはジトっとした目で、アリアを見た。
「大体貴方が飼えば済む話なのですけどね」
「大事に思ってないんじゃないんですけど、それが必ず近くに置くことには繋がらないというか、あまり構ってあげれないというか、付き合わせれないというか……」
自身の回りには、あまりにも死が近く多すぎることを、アリアは知っている。
◇◆◇
王都の裏路地。
闇夜には気をつけなければならない。
フェザーは久しぶりの王都の夜を堪能出来ずにいた。どいつもこいつもピリついていて関わりづらい。仕事がやりづらい。というわけで情報はロクに取れていなかった。唯一聞けたのは、
「路地裏には気をつけな」
という感想まがいのことだけだった。
そんなこと王都に住む者なら誰しも知っていることだ。秩序も無秩序も関係なく、引きずり込んでしまう闇が王都にはある。組織同士の抗争も珍しくなく、血が流れることだって多い。
そんな世界で、近頃噂になっていることがあった。
謎の剣士の話だ。夜に深くローブを被っていることもあり、その正体はまだ不明。分かっていることは、やたらと腕が立つこと。目撃した人間が言うには、もはや戦いにすらなってなかったという。
フェザーは頭を掻いた。
この噂のせいで、みんなピリついているらしい。
(これじゃあどうしようもねえか)
フェザーは危険を承知でとある酒場に向かった。色んなところに支店を持つ酒場だ。売り物はいくつかあるが、酒よりもずっと売れるものがある。
(しかしどこも変わらねえな)
どこに行っても似たような店内の酒場だ。いる人間も似ている。見知った顔もちらほら。そこには見たくない顔もいた。いつもは競争心を瞳に映した男が、機嫌良さそうに話しかけてきた。
「おうおう、死に損ないのフェザーじゃねえか」
「……やな野郎がいやがった」
「そう言うなよ。俺はお前には感謝してるんだぜ?」
同業者、もしくは商売敵。昔からの知り合いであり、ライバル視していた時期も互いにあったような間柄だった。
「てめえに旨い依頼がいったかと思いきや失敗しやがったおかげで、後釜が俺に来たぜ。しかしよくまあ、こんな簡単な依頼失敗したもんだな――」
「絡んでくんじゃねえよ」
勝ち誇った顔の男。
「何なら手伝わせてやろうか? ああ、心配しなくても危険はねえよ。見張りの配置から、内部の構造まで分かってる。しかも屋敷に忍び込んで娘一人連れて来るだけの依頼だ。これなら落ち目のお前でも失敗しないだろ?」
男は笑った。馬鹿にしている。
(余程嬉しいらしい)
今までは、半歩、もしくは一歩、自分がリードしていたためだろうと、フェザーは納得は出来た。しかしちょっと調子に乗りすぎているようにも思える。
「……依頼内容をべらべら喋るやつは信用されねえぜ」
「ああ、そうだな。それは確かにお前が正しい。さすが優等生は違えな」
「で、――本当は何のようだ」
「別に用なんてないさ。ただ懐かしい顔を見たから声をかけてやったんだよ。もう二度と拝むことはないと思った顔をな。そうだろう? お前、どうやってあの処刑人どもを殺ったんだ?」
本当に聞きたいことはそこらしい。本人の興味か、それともそういう依頼か。詳細までは分からない。
「別に普通に戦っただけだ。聞いてないのか? 切り傷しかなかっただろ」
「……まあいい。俺はお前より出世するからな。それもお前が転げ落ちた出世コースを行ってな」
「こんな世界に出世もなにもねえだろ」
「馬鹿だな。それがあるんだよ。国のお抱えの暗部だって夢じゃねえ」
「お前が国に仕えたいなんて初耳だったな」
「んなわけあるかよ。だが、国相手となりゃ、税金で飯食えるだろ? 俺はそれが気持ちがいいのさ。きっと旨いだろうぜ」
「主義主張、いや趣味趣向の違いだな」
「ま、今のお前はそう言うしかねえだろうよ。絶好の場を用意してもらっといてまんまと失敗したやつにはな」
さすがにしつこいなと、フェザーは不快な顔をした。無視して離れようとすると、引き止められた。
「だから待てって。今回の依頼のおこぼれをお前にも分けてやるって言ってるの気づけよ」
「いらねえって言ってるのに気づけよ」
「教えろよ。ルブロ兄弟を殺ったやつ。どれも傷口は一つ。こんなの実力差でもないと出来ることじゃねえ。どこで知り合ったんだ? 仲間か? それとも金を積んで雇ったのか?」
男は手で何か合図を出すと、この店の酒場のマスターが寄ってきた。
フェザーは一枚の紙を渡された。
「お前の復帰の手形だとよ。面子を気にしているようだぜ」
紙は手配書だった。内容はルブロ兄弟を手に掛けた人間の情報を求めていた。情報だけということは、実際に手をかけるのは向こうでやりたいということだろう。
「てなわけで、お前は俺のおこぼれに与かれるってわけだ」
フェザーはまた何かしら書かれた紙を渡された。今度は依頼書だった。
その依頼書には、屋敷の詳細な地図が載っていた。誰がどこにいるとのことも。敷地内には番犬の類いもおらず、死角になる場所も。そして屋敷内に複数ある秘密の出入り道までも記されていた。
「凄えだろ? 失敗しようがない依頼だ」
兵どころかメイドまで記されており、そこには新入りの名前まで――。
「――断る」
フェザーには死神との契約書にしか見えなかった。地獄へ直通しているに違いない。地獄への道は善意で舗装されているらしいが、あれは正しいらしい。
「……ああ? お前は馬鹿か? こんなに美味い話を断るやつがどこにいる? 俺はお前が参加すること自体嫌なくらいだぜ?」
「俺は出世なんて興味ねえよ」
「ああそうかよ。ならもう俺は知らねえよ」
男がフェザーから去っていく。
フェザーは、酒場のマスターに見えるように依頼書をひらひらと揺らした。
「で、これを知っちまった俺は消されるのか?」
「それはない。どこに垂れ込んでも意味のないことだ。だが、それとルブロ兄弟のことは別だがな」
「まあそれもそうか」
フェザーは短く息を吐くと、離れゆく男の背に向かって言った。
「一応、昔から知ってるよしみってことで忠告してやるよ」
「ああ?」
振り返る男。苛立ちが見えた。
「油断はしないことだ。対応間違えると失敗、そのまま死ぬことになるぜ」
「誰が言ってんだ――」
話はここで終わった。