TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
オフィーリアは使用人を引き連れて、貴族用の宝石店に来ていた。高級感溢れるシックな店内である。
オフィーリアは商人を呼び寄せるより、実際に店に足を運んで、あれこれと見回る方が好きだった。
それはともかく格式高い高級店である。いくら興味がないからって、立ったまま寝ていいはずがない。オフィーリアは、支柱に寄りかかって目を閉じているメイドの肩を掴んだ。
「……目立つから起きなさい」
「起きてはいます」
事実、目はすぐに開いた。
「その興味なさそうな態度をやめろと言っているのです」
「だって色付きの石ころじゃないですか」
「滅多なことを言うんじゃないですわ。と言いますかもう二度と来れなくなるので、そういう言葉を口に出さないでくれます?」
「呼び寄せればいいじゃないですか」
「恥という概念を知っていますか?」
微妙。
「だって展示してるやつ、全部偽物じゃないですか」
「え」
オフィーリア、そして店員がぎょっとした。
メイドは店員に少し寄ると、首を傾げて見せた。
「色付き石ころといって差し支えございませんよね?」
「……サンプル品ですので」
そのやり取りに、オフィーリアは展示品にぐっと近寄ったが、店員に妨げられた。
「――お客様、こちらは展示品ですので、あまり……」
オフィーリアは心に湧き出たいくつかのものをぐぐぐと堪えると、確かめるべきことを確かめようとした。
「……本物はちゃんとありますのよね?」
「――っ勿論でございます。こちらはあくまで盗難対策で置いているものでして……」
どうしたものか、悩んだオフィーリアの裾が引っ張られた。
引っ張ったメイドは、少し離れたところまでオフィーリアを連れて行くと、
「審美眼とは一体どうやって身に付けるんでしょうね?」
と言って、絶好の機会だしやらないと損とばかりに煽った。
オフィーリアはちゃんとムカついた。でもそれ以上に引け目を感じた。
「わ、わたくしが分かってなかったとでも?」
「でもさっき物知り顔で『中々の品ですわね』って言ってましたよね」
「……目を閉じてたじゃないですの」
「そこは面白かったので見てました」
オフィーリアはさらに腹が立ったが、それがかえって頭を冷静にさせた。
(……普通の庶民がこのようなものを理解出来るわけがないですわ)
疑うように、もしくは確かめるようにメイドを見たが、よくよく考えれば何一つ普通なところがないメイドだった。この間なんか、濡らした手で自身の髪を一掴みして立たせようとしていた。理由を聞いたら「アホ毛を作ろうと思って」とのことだった。詳しくは分からないが、これ以上そんな要素を足してどうするつもりなのだろうか。
またこれは後から聞いた話ではあるが、メイドに募集した際の志望動機は『なんかムカついたから』だったそうだ。古今東西聞いたことがない志望動機だった。そしてその後に、『メイド服着て、とあるおじさんの前まで行って一回転してきた』とのこと。何のことかは分からないが、知りもしないおじさんが可哀想になった。自由すぎるのも問題である。
「……せっかく貴方にプレゼントをと思って来ましたのに」
「え、そうなんですか?」
「ええ。まあ貴方は興味ないようでしたけど……」
ちょっとすねたような言い方になった。
その様子に、目をパチクリさせたメイドは、
「いやー、店員さん、なんかおすすめとかないですかー?」
と、笑顔を作って店員に詰め寄った。
店員からすると、純真に見える笑顔が妙に怖かった。たじろぎそうになる体を押し留めた店員は、思わず首の喉仏の辺りを手で拭った。手から伝わる確かな感触に何故か安心した。
「じ、実は、特別なお客様用にご用意しているものがございまして……」
店員がちらりと目配せをすると、別の店員の一人が裏に引っ込み、少し間を置いて板状の棚を持ってきた。
(今度は本物だ)
メイドは確かにそういう教育も受けていた。だが、この店はそういう教育を受けた者を逆手に取れるようなセールスを行っていた。
だが眼の前のメイドには相性が悪かった。修行により、副次効果として審美眼的なものが備わっている。
そんなメイドは提示されたものをじーっと見ていくと、頷いた。そして振り返ると、
「お嬢様、お嬢様。――何とこれ全部、特別価格での特別ご奉仕の大特価だそうですよ」
と、勝手に値引きし始めた。
店員は喉まで出たものをぐっとこらえて、笑顔を保った。同時にもう一度喉仏に触れた。
オフィーリアも近寄って品物を見ていくと、やがて顔を上げてメイドの顔を見た。頷くと、決めた。
「――これを一つ」
翠玉が付いたピアスだった。
「っこれはお目が高い! こちらなんと最高級の……」
何とか利益を得ようとする店員と、可愛らしいメイドとの間で目が合った。すると、さらなる特別ご奉仕がなされて無料になった。
オフィーリアは店員から受け取ると、メイドに手渡した。
「貴方の瞳と同じ色ですわ」
桃色髪に翠緑の瞳のメイド、アリアは自身の耳に触れた。
(穴開けないと)
◇◆◇
オフィーリアは落ち着いた空間が好きだった。暖かな日差しに、香り高いお茶。心が癒されるようだった。
アリアではない、オフィーリアの一番近くにいるメイドがやってきた。
「お茶菓子をお持ちしました。先程のお嬢様のわがま……ご要望により、急遽、甘さ控えめな爽やかなものをご用意しました」
「何か余計なことを言いかけてませんでしたか?」
「そんなとんでもない。お嬢様の命に従えることが出来て感謝感激でございます」
「…………」
オフィーリアは『自分がどこで間違ってしまったのか』と自問することがあった。交友関係もそうだが、どちらかというと近しい間柄の人間の話である。
何と言うかこう、どいつもこいつも失敬というか失礼というか、上手く言えないが単純に無礼な気がしていた。
この茶菓子を持ってきた四つ年上のメイドもそうで、元は意にそぐわない婚約を避けるために、一肌脱いで半ば強引にメイドの地位に仕立て上げた。最初の頃は「このご恩は決して忘れません」と言って、それはもうかしこまっていたものだった。でもそれも今では、「お嬢様は小言を言うたびに元気になりますよね」とか言い出す始末。学園のあの無礼者もそうで、「そろそろ高笑いの練習を始めませんか? ほら一緒に、せーの――」とか、とにかくもう本当に酷かった。まあでも庶民だし何か悪いものを食べたのかもしれない。
そして極めつけは新入りのメイドだった。新入りといっても多少は時間も経って新入りではなくなっていたが、妙に新入り感というか異物感が抜けない。姿を見せる時も、ぬっと現れたり、ぬひょっと現れたり、存在がどことなくズレている。前に『お前は変わっている』という意味合いのことを言った時には、いかに自分が普通であるかを演説し始めた。己のことを『普通』だと思っている人間は『普通』だと言われると不快に思うだろうし、その逆で『変わってる』と思っている人間は『変わってる』と言われると否定する。
それを否定演説までし始めるのは、変わっているどころの話ではない。
ただその後で「お嬢様も変わってるじゃないですか」と言ってきたのだけは許せなかった。思わず手が出そうになったのを留めた自分を褒めてやりたかった。
(本当にどこで間違ってしまったのかしら。気づいたら周りには妙な人間ばかりに……)
そのうちお笑い劇団と間違われるのではないかと不安だった。
オフィーリアにとって学園とは気の張るもので、将来の社交も兼ねた一種の戦場でもあった。だが最近ではかなり気を緩めることが出来て、楽しささえ感じる場所に変わっていた。今まで休日などは、休息するために屋敷に帰っていたところを、今では気分転換のようなものに変わっていた。
オフィーリアの日常は気づけば充実していた。接しやすくなったと暗に言われることもあり、それが良いことなのかどうか考えることもあったが、少なくとも言われて不快ではなかった。使用人の態度も、前より親しいものになった。だが、なんかこう――、珍妙な使用人にはどうしていいのか迷うこともあった。
お茶を楽しむオフィーリアの向かいには、その珍妙な使用人がいた。
気を紛らわせようとお茶を口に運ぶと、期待したものがやってきた。
「素晴らしい香りですわ」
紅茶の芳醇な香りが鼻腔に広がり、気分も喜びだす。上出来だった。だがそれもそのはず――、自分で淹れたこだわりのお茶だった。
そしてカップは二つ。
「まぁ、中々いいんじゃないんですか」
「……何で偉そうなのかしら?」
向かいの桃色髪のメイドは、まるで審査員のようにうんうんと頷いていた。膝の上には猫。時おり、眼前のテーブルの上の菓子に前足を伸ばし、その度に止められている。
「一応、味は分かる方なんで」
「喜ばしいことなのに何故かムカつきますわね。というか貴方も淹れられるようになってはどうなのかしら? 教えて差し上げてもいいですわよ」
「大丈夫です。究極的には飲めりゃいいのです」
アリアは、実はちゃんと淹れようとすれば褒められるものを淹れることが出来た。だがそれをすると、もれなく仕事が増えるのでやらなかった。しっかりと下手なフリをしていた。どちらも修行のたまもの。師に感謝であった。
オフィーリアは、話は合うのに絶妙に考え方が合わないメイドを気に入っていた。でも同時に、猫のようにふらっと消えてしまいそうな何かを感じていた。
視界の端では、本物の猫が、何もすることがないことに飽きたのか少し離れた位置まで移動していて、後ろ足で首を掻いているのが見えた。目が合うと何か用でもあると思ったのか寄ってきた。
(……あれこれ考えて仕方ありませんわね)
そもそも人と人とは一期一会だ。惜しむ別れが多ければ悲しむことも増えるが、逆に言えばそれだけ良い出会いもしているということである。
ひょいっと膝の上に登る猫を撫で上げると、色んなことがどうでも良くなってきた。
短所や欠点がない人間などいない。結局、長所が上回れば良いのだ。
ふと、人付き合いが妙に上手い人物を思い出した。前は少しだけ悔しくて「あのようにはなれない」と思っていたけれど、それももうどうでもいい。人には得意不得意があるものだ。諦めではない方向でそう思えることが出来た。
夕暮れも近くなってきた。
オフィーリアは思い付きを口にした。
「――今日は泊まっていったらどうかしら?」
アリアはその申し出に首を傾げた。
「それはまたどうしてなんです?」
オフィーリアは、膝上の猫丸の頭を撫でた。
「偶にはこの子と寝てみてみなさい」
猫丸と目が合う。
「にゃん」
珍しく鳴いた。
アリアは少しまばたきを繰り返すと、まあいいかと頷いた。
「一室、空き部屋があるからそこを使いなさい。清掃は今日、貴方がやったはずですわ」
「あ、――はい」
アリアは少し後悔した。サボった記憶しかない。空き部屋といっても、貴族の屋敷である。全体的にとても綺麗で、ベッドも柔らかった。どこを掃除するのかと内心つっこんだくらいだった。
「どうしましたの?」
「いえ、なんでもないです」
「……? まあ別にいいですわ」
この後、仕事とも言えない仕事を終えると、一度寮に帰った。荷物だけ仕分けると、再度屋敷に戻る。そしていつもより高い夜食を食べた後、空き部屋に入った。念の為ベッドを数回叩いてホコリ具合を確認したところ、問題はなかった。
(うーん、ふかふか)
ベッドに入ると、「何でおるん?」とばかりにずっと付いてきていた猫丸も一緒にベッドに飛び乗った。
アリアは枕元に来た猫丸を寄せると、目を閉じた。猫丸は初めはもぞもぞと掛け布団の中と外を出たり入ったり、かと思えば顔を擦り付けたりしていた。しばらくすると満足したのか、首の辺りで丸まった。布団の中はちょっと暑いらしい。すやすやと、寝息が二つになった。
それから数刻経った頃。
そんな猫丸の耳がぴくっと動いた。一度、二度と繰り返すと、しっかりと目を開け、立ち上がった。自身の鼻をアリアの顔にちょんちょんくっつけると、前足を頬にぺたっと乗っけた。アリアの目が開き、数瞬遅れて人の気配を感じ取った。