TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第29話 死の権化

 夜の港。

 静かな波音がアリアの耳に響く。

 月はいつも通りに美しかった。わずかな風も、磯の香りも。全てが涼やかで落ち着いていた。

 

 ――言うことがない。

 

 言葉にしてしまえば、その瞬間から美しさがこぼれて落ちていきそうだった。感じる、受け取る、そのような態度でいるのが一番誠実な気がした。

 

(言葉にしたがるのは人の悪いくせだと思う)

 

 人は説明がつかないものを嫌う。分からないものには恐れや怒りさえを覚える。しかし、説明つかないものは説明がつかないし、言い表しにくいものは言い表しにくいものだ。無理に言葉にすれば別の何かになってしまうか、欠損が生じてしまう。

 アリアは倒れているキアンを見やると、

 

(じきに目を覚ますだろう)

 

 と思いそのままにした。

 一人でいたかった。この心地の良い瞬間を他者には妨げられたくなかった。今、この瞬間、この場だけは、自分だけの空間だった。

 

 ――まだ足りない。

 

 過去を振り返り、未来を見据えるとそう感じた。何かを取り返さなければならないというような想い。失ったものを埋めただけでは足りない。

 

(案外、過去に囚われているのかもしれない)

 

 楽しさを積み上げていけば幸せな人生が待っていると思っていた。けれど今を考えてみるに、どうやらそうではなさそうだった。あのままメイドとして楽しんだって良かったはずだった。ふざけてはいたが、中々楽しかった。

 もう一度やろうとまでは思わないくせに、あの日々は良いものだと今でも思えた。ただ楽しいだけではない、何か、違いがあった。

 それと、誘拐犯を素手でボコボコにしていた時も楽しかった。あれは、気に入らない者をたたっ斬るのとはまた違う楽しさだった。

 

(何か見たいものがあったのかもしれない)

 

 それはまだ貴族としての地位があった頃に、母と一緒に見た演劇に近いものかもしれない。人が頑張る姿や、立ち向かう姿が実に良く感じた。それを見るためなら自分が壁であっても、もしくは自分が何かに導こうとすることであってもいい。良いものが見れるのであれば、自分が悪役になるのことにも躊躇いはない。

 

(己を誰かに重ねたいのかもしれない。でも私は他人にはなれないし、なりたいとも思わない)

 

 楽観的に生きている。でも同時に藻掻くようにも生きている。

 物語の主人公という者が存在するのなら、それはきっと生まれた時から使命を与えられ、その使命に立ち向かっていくような存在なのだろう。そしてその過程で、道を切り開き、その切り開いた道を後ろから多くの人が通っていくのだろう。

 ふと自分の道を振り返ってみると、とても他人が後から着いて来れるようなものではないことが分かる。山道のような、ひどくとっ散らかった滅茶苦茶な道だ。

 

(でも悪くはない)

 

 自己愛に関しては首を傾げるが、歩いてきた道に関しては、頷いていい。もう一度歩いたってもいい。

 アリアは、ふと、ある方向を向いた。そのずっと先には森があり、さらにもっと先には故郷がある。

 

(まるで課題から目をそらして遊んでいる子供かもしれないな)

 

 いつかは戻らないといけない。でも戻るだけではいけない。遅れた分だけのおまけが要る。自己は得た、ならば次は他人だろうと。そう薄っすら思った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 月光に浸りながら夜の裏道を行くアリアの耳に、誰かの息切れの音が入ってきた。

 

「はぁ、はぁっ……」

 

 息を切らせながらも、それでも進もうとするような響き。

 気配を感じ取ることが遅れ、音の方が先に聞こえてしまった。

 

(考えにふけりすぎた。良くないな)

 

 俗世に慣れすぎたかと、アリアは反省した。しかし一人で熟考していると、忘れたものを思い出したように、己の内面を覗き見れた。一人の個、生命、魂、自然や野生、俗世の中で過ごしている内に薄れていくものが、今は満ちている。

 

「偏り過ぎるのが良くない。――そう思わない?」

 

 そう言って、へたり込んだ男を見た。何かを懇願するようだが、若干の躊躇いが見て取れた。言いづらいことがあるらしい。

 

「今は気分が良くてね。良い返答だって出来るかもしれない」

 

 アリアは微かに笑った。

 男は口を開いた。

 

「……ボスを、助けてほしい」

「いいよ」

 

 男には見覚えがあった。さっきボコったやつらの仲間の一人で、無事だったはずの男。手で押さえなければいけない刺し傷などなかったはずの男だ。

 男は首、視線だけで、方向を示した。

 アリアが頷いて見せると、安堵したのか男は倒れた。

 アリアは倒れた男の腰から剣を拝借すると、一気に駆けた。

 理由なんて簡単だった。こんなにも月が綺麗なのだから。それで充分だった。

 少し走ると、およそ想定通りの光景が現れた。

 

「やぁ、さっきぶり――」

 

 視線が集まる。

 裏路地の奥のちょっとした広場。倒れている人間が六人程。かろうじて上半身を壁に寄りかかる形で、先程の誘拐犯のリーダーの男がいた。目が合う。

 

「っお前――」

「助けに来たよ」

 

 アリアがそう言った瞬間、近くの影が揺らいだ。

 その影は、鈍色を発する凶器をアリアに差し込もうとしたが、

 

「躾がなってないな」

 

 声もなく沈み、首から温もりを垂れ流した。

 アリアは周囲に向かって剣を見せつけると、

 

「邪魔すると斬る」

 

 と宣言した。

 用事は救助するだけ。その対象に声をかける。

 

「んで、名前は?」

「は?」

「鳥はいるから、次は犬かな」

 

 剣を持ってない手で指差した。

 

「よし、今日から貴方の名前はワンちゃんです」

「――おいっ」

 

 ワンと名付けられた男は、抗議して声を上げたのではなかった。

 アリアの視線の後ろ。揺らいだ影。その数二つ。

 男には間に合わないと、そう思った。

 

「っ避け――」

 

 アリアは目を向けることもなく、後ろの二人を斬り捨てた。

 倒れした影を見やる。

 

「見てないのと見えてないのとは違う。次は生まれるところからやり直してくるといい」

 

 そのまま視線を奥にやった。

 影に溶け込んだ影。視認出来ないが認識は出来ていた。アリアは嘲笑した。

 

「一度目で理解出来なかったから、再度命を失った。これじゃ部下は死に損だ。――さて、責任とは何だと思う?」

 

 アリアは気分が良かった。

 月に酔って、己がむき出しになっている。血の臭気が気分を高揚させる。

 

(月には魔性が住んでいるってのは本当らしい)

 

 浸っているアリアに、ワンと名付けられた男は、痛む身体を抑えつけ、吠えた。

 

「挑発するな! そいつらは敵に回しちゃいけねぇ! たとえお前が強くても関係ない。後悔することになるぞっ」

「ふぅん?」

 

 首を傾げるアリアに対し、奥の影から言葉が発せられる。

 

「忠告とは聞くものだ。例え、どうしようもなくともな。ここは一人の力の強弱でどうにかなる世界ではない」

 

 アリアに向け、周囲から微かな笑いが浴びせられる。

 

「一応言っておくが、我らの邪魔をしたお前はもう手遅れだ。この世界の掟を教えてやる」

「話を聞いて欲しければ、まずは自己紹介でもしたら?」

「……闇だ。闇を恐れない人間などいるか? もしお前がここで生き残れたとしても、いずれお前は闇に飲まれて必ず死ぬ」

 

 影から、まとわりつくような殺意が発せられる。

 

「これから先、お前は昼夜問わず命を奪われる恐怖に怯えなければいけない。それが解放される方法は一つしかない。――分かるか?」

 

 アリアは一番簡潔な答えを言った。

 

「今ここでお前が死ぬことじゃない?」

 

 返答に、怒りが混じる。

 

「思い上がった愚か者には、相応しい死を与えてやらねばなるまい」

「じゃあ自分の首に刃でも差し込むといい。怖いからって先延ばしするのは良くないよ」

「楽に死ねると思うなよ――」

 

 怒りと殺意が混じり、空気に溶け込む。

 

「我らがただの影だと思ったか? 国を相手にしていると思え」

「ぼろぼろと情報を落とすね。そんだけ言っておいて、怯えるのが早い。ああ、そうか。耐えられないのなら、――今、楽にしてあげる」

 

 アリアから殺気が放たれ、呼応するように周囲の影が揺れた。

 月光がアリアを照らす。まるで主人公のように。

 影は殺到する。まるで黒子のように。

 数瞬の閃き。音と光。

 これが舞台であれば拍手が巻き上がったが、この場では血が撒き散らされた。

 

「ここは独りで充分なのさ」

 

 恐れおののく影に迫り、命を刈り取っていく。

 最後の独りになるまで。

 

「ほら――」

 

 両腕を開いてのアピール。反論するための論拠は地に沈んでいた。

 

「覚悟なんて必要ない。その時が来ただけなのだから」

 

 鉄臭い舞台上。生き残った影は、一つだけ。

 

「くそっ」

 

 最後に残った理由は分かっていた。話していた相手だから、一番最後にまで回されただけなのだと。煮えくり返る腸に、冷える肝。凍えていた。

 迫った永遠。

 

「っ――」

 

 男は後ろに身を大きく反らし、何とか避けた。そのまま後ろへ足を動かし、距離を取るも、

 

 ――足りない。

 

 と、さらに二歩、三歩と大きく下がった。

 男の視界に、嘲けりが映った。

 

「――ほら、恐れた」

 

 その、響き。男は今までに感じたことがない程の怒りを感じた。肉を食い破るほどの怒り。耐え難い屈辱に、世界が歪むのを感じた。

 

「……いつか、必ず始末してやる」

 

 怒りで震える声。

 返答、

 

「いつかとは言わず、今やれば?」

 

 殺意が発せられる。

 絶命の危機が男の全てを駆り立てる。視界の隅、奥、認知したのは――。

 男は武器を捨てると、懐からナイフを取り出し、ワンに投げつけた。

 その動作に、アリアは足を止め、ナイフを弾いた。

 男はその間に、背を向けて走った。

 振り返った時、逃げ切るには充分な距離になっており安堵した。

 命の危機を脱した事により、恐怖が薄れ、怒りが表に出てきた。

 

「……この先、お前が過ごす全ての時間に安寧はない。いつ何時でもお前の命を狙う者がどこかでお前を見ている。子どもも老人も、商人も全て疑え。この地を街だと思わないことだ。魔物が跋扈する森とでも思うといい」

 

 アリアは鼻で笑い飛ばした。

 

「森だと言うなら、野生を教えてあげる。弱者が消え、強者が残る。そこに御託はいらない。隠れるのであれば暴き、逃げるのならば追う」

 

 魔物すら逃げ出す死の権化。屍の頂に立ち、畏怖を抱かせる存在。

 

「楽しみ方はそれぞれ」

「……何?」

「勇み立つのも身を縮こめるのも。震えるということには変わらない。要は楽しんだもの勝ち。というわけで――」

 

 アリアは嘲るのではなく、美しく微笑んだ。絶大の不吉を孕んだその笑みには、疑いようのない死の香りがした。死と美が、互いを彩り合っていた。

 

「未来という、ありもしない幻想を抱いて震えてるといい」

 

 それだけがお前に残された自由であると告げて。

 

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