TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第30話 王都、最高の甘味四天王の中の一つ

「お前、凄えんだな……」

 

 生き残った暗部が去った後、助けられた男はここ数時間の出来事に圧倒されていた。

 

「ワンちゃん」

「それはやめろ」

「じゃあ何がいい?」

「……ヴァイト、そう名乗ってる」

 

 アリアは結論を出した。

 

「犬じゃん」

「狼だ」

 

 ヴァイトは疲れたように息を吐いた。

 

「まあどうでもいい。どうせ俺はもう持たねえしな。……くそ、あいつもしかして知ってたのか」

 

 ヴァイトは、依頼を受ける時のことを思い出した。あの時断ったフェザーは、何かを知っているというか、何かを危惧している風だった。腹が立たないわけでもないが、もう今さらだった。身体から力が抜けていくのが分かる。

 

「誰がって言わねえけどよ、伝言を頼まれちゃくれねえか」

 

 伝える気がない伝言。吐き出すためのものだった。

 

「『てめえとは引き分けだ』って、言っといてくれ」

 

 聞いたような聞いてないようなアリアは、何度か「うんうん」と頷くと、

 

「えいっ――」

 

 ヴァイトの頭にチョップした。その衝撃と振動により、ヴァイトは気を失った。

 アリアは振り返り、路地の奥に視線をやる。

 

「――そんじゃ、仕事の時間です。言い訳もどうぞ」

 

 出てきたのはキアンだった。

 

「あいつらに知らせればいんだな?」

「うん」

「あと言い訳はない。これは、俺の手からは離れている。何なら、俺も生き残る手はずだったのか確証が持てないくらいだ。……まぁさすがに、俺はまだ生きていたとは思うがな」

「なるほど?」

 

 つまりよく分からないらしい。アリアは考えるのを止めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 アリアの日常は忙しくなった。

 ここ数日、王都の路地を歩いているだけで昼夜問わずに色んな人間が訪問してきた。

 

「よう、お前が――だな?」

「人違いです」

 

 強面だったり優男だったり、いかにも荒事やってる風だったり、商人の格好していたりと、まるで博覧会のようで、アリアは『次は何かな』とちょっと楽しくなっていた。

 しかし今回は、複数回見たパターンで、面白くなかった。

 

「お帰りいただいてもいいですよ」

「っふざけんじゃねえ!」

「あらら」

 

 血が流れた。

 アリアの背後、物陰で影が揺らめく。

 揺らめいた影は、衣擦れのような微かな声で合図を出した。

 

「――やるぞ」

「ああ」

 

 そんな影たちに、

 

「何を?」

 

 アリアは声をかけた。

 影たちは驚きつつも、とっさに武器を取ったが、

 

「ぐっ」

 

 血が流れた。

 その後も血が流れ、翌日も血が流れ、そのまた翌日も――。

 

「見つけたぜっ」

「うーん」

 

 アリアは飽きてきた。ネタ切れなのか新しいのが来ない。バリエーションの限界なのか、繰り返される既視感に不満が積もった。

 

(楽しませる努力を、もう少しこう頑張ってほしい)

 

 アリアはぷんすかした。

 

「無視してんじゃっ、――ぁ」

 

 血が流れた。

 いつものように倒れた者の懐からお小遣いを拝借すると、その場を去った。

 

(まあいいや)

 

 何かどうでもよくなった。

 

(つまんなくなったし、もうこっちから行こう)

 

 歩いていたアリアは足を止めると、横に振り向いた。

 

「そこの人、ちょと聞きたいことが――」

 

 その日から状況が変わった。追う者、付け狙う者が、追われ、付け狙われた。一方的だった。

 三日もしないうちに、襲撃が行われなくなり、七日もしないうちに、至る所が静かになった。二、三週間くらい経ったころには、暗闇で祈る者が増えた。祈る者たちは、見つからないことだけを祈った。脱出しようとした者は皆いなくなった。疑われる機会が増えただけだった。生き残るためにどうすればいいか、考えさせられた。離反しても刺客が放たれる。しかしこのままだと敵にやられる。構成員たちは絶望の中に生きていた。

 そして、絶望を振りまいたその者の名は、やがて口に出すことさえ恐れられた。口に出してしまえば、言霊のように実物を呼び寄せてしまうような気がした。

 それと、甘味屋の周辺の人気(ひとけ)が若干減った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 アリアは王都の裏路地で、目を閉じて壁に寄りかかっていた。腕を組んでおり、顔は下を向いている。ちょっとしょんぼりしていた。

 

(せっかく並んだのに……)

 

 話題の甘味を買いそびれた。値は張るが、味はとにかく良い。しかし行列やら何やらで、購入出来ない者が続出している。貴族ですら優先的に買えないというのだから、行列並び代行サービスまで行って稼ごうとする庶民まで出てきている。

 

(あれは本当に良きものだった)

 

 アリアは一度だけ口に出来たあの喜びを忘れられなかった。あまりの美味しさに震えたものである。アリアがそんな震え方をしている頃、それまで恐れられていた者たちは恐怖に身を震わせていたのだが。

 

(もう一回食べたい)

 

 先日食べた甘味に胃袋どころか心まで掴まれた。脳が覚醒するような、身が溶けるような、とにかく凄まじい美味しさにノックアウトしていた。

 

(考案者には『良くやったで賞』をやらねば)

 

 少し前世を思い出すような、急に食文化が数十年早まったような味だった。クレープの皮に包まれて寝たいと思えるほどに気に入っていた。

 そんな甘味妄想に励んでいると唾液が出てきたので、欲求と一緒に飲み込んだ。我慢しなければならない。代わりの甘味を買おうにも、約束があるためこの場を離れられない。

 そうしていると、

 

「お姉ちゃん、何してるの?」

 

 声をかけられた。

 歳の頃が七、八歳くらいの男の子に見えた。

 アリアは答えに悩んだ。

 アリアは子どもが苦手だった。子どもの頃からそうだった。嫌いというよりは、どう接していいのかが分からなくて苦手だった。

 

「人を待ってる」

 

 言えることもないので、短くそう言った。正直なところ、はやくどっかへ去ってくれと思っている。

 

「同じだね」

 

 男の子は笑っていた。

 

「僕も待ってるんだ。お父さんなんだけど」

 

 アリアは男の子をざっくり観察した。武器を携帯している様子も、敵意も見えない。

 

(刺客ではないけど)

 

 困った存在という意味では刺客に等しいかもしれない。

 何か言って会話が伸びてしまうのをアリアは厭った。しかし無言でいるのも気まずい。気を遣わせるのは好きだが、自分が遣うのは好みじゃない。

 

「……お父さんのこと好きなの?」

「うん、優しいから」

「そう」

 

 自分はどうだっただろうかと、考えそうになった思考を取りやめた。どうでもいい。過去のものだと。そう思い直した。

 

(しかしこんな場所で、か)

 

 裏路地のひっそりとした場所である。この辺りにでも住んでいない限りは、こんな年少の子どもがいるとは思えない。とすれば、闇の世界で生きる人間の子どもだと推測するのが適当である。だがこんな子どもから何かを得られるとも思えなかった。

 

「お姉ちゃんも食べる?」

 

 男の子はポケットから菓子を出した。その菓子は意外にも子どもから出てくるには上等なもので、包装もしっかりとしていた。

 

「はい、これ――」

 

 アリアが返答を行う前に、男の子はアリアに菓子を差し出していた。

 

「……ありがとう」

 

 受け取って口に放り込むと、不覚にも美味しかった。小麦が香ばしい。

 男の子は笑っていた。分け合うことで幸福を感じる性質らしい。

 

(この場にいる子どもにしては、ずいぶんと似つかわしくない教育を受けているな)

 

 ふと首筋にかかっているものが気にかかった。じっと見ていると、

 

「――これ? いいでしょ?」

 

 視線から察した男の子はそう言うと、嬉しそうに「お父さんとお揃いなんだ」と続け、首にかけているものに手を触れた。素朴な手作り感のある木細工の首飾り。

 アリアは、同じ世界にいるのに、同じ空気を吸っていないような感覚になった。

 

 そうしていると、知らせが来た。

 

「――よう、取込み中か?」

 

 フェザーだった。

 

「さぁ、どうだろう?」

 

 分からないものは分からない。アリアは何とも言えなかった。

 男の子は何かを察したらしく、

 

「僕、もう行くね」

 

 と言って、離れていった。

 随分と観察眼が良いなと思いつつも、アリアは楽になった。子どもがそばにいると緊張してしまう。それが自分が子どもだからなのか、それとも大人こそなのか、それともただ単純に性格によるものなのかは分からなかった。それはともかく、

 

(気まで利くらしい)

 

 初めに『父を待っている』と言っていたはずなのに、邪魔になると悟ると去っていった。しかし同時に、経験則としてまだ待ち人が来るような時間でもないのかもしれないとも思った。

 

(まあ、関係ない)

 

 もう二度と会うことがない子どものことを気にかけても仕方がない。

 フェザーは難しい顔をしていた。

 

「――見つけたぜ。だがおそらく今回が最後になる」

「最後?」

「そうだ。下っ端は今回で終わりだ。さすがに情報の統制が取れてる。これ以上の情報はまったく得られていない」

「そこを何とか頑張ってほしい」

「……お前がやり過ぎたせいなんだけどな。時間かけて徐々にやってけば引きずり出せたのに、お前が一気に滅茶苦茶するもんだから、向こうさん警戒して隠れちまったじゃねえか」

「早い方がいいかなって思ったんだけど」

「早過ぎもよくねえってことだな。あのバカ犬も愚痴ってたぞ」

「ワンちゃんが?」

「……怪我も治りきってねえのにここまでやらされるとは思わなかったってな」

「ほならまだいけるか」

「何でだよ」

「愚痴が出なくなるまで追い込まれてないから」

「世界観が暗黒過ぎるだろ」

 

 とはいっても、アリアは森で修行している時に何度も体験したことである。そして人間というのは自分が出来たことや体験したことを少し軽んじる傾向があって、他人にもそのまま当てはめてしまうことがある。

 そんなアリアには、血染めのアリアという二つ名が付いた。敵側からは、もう本当に勘弁してほしいとの声もちらほら出ていた。交渉も効果がなく、全てを血で解決しようとする。敵の中には裏切る者も出た。フェザーはそれらを利用して情報を集めていったが、得られる情報のレベルに限界がきた。これ以上は構成員レベルからでは得られない。

 

「そもそもああいうやつらってのは、本質的にビビりなんだよ」

「何で?」

「隠れることも仕事だからだな」

「じゃあ何であいつ、あんな啖呵を切ったんだろ」

「そりゃ事情もあるんだろうよ」

「事情って何さ」

「俺が知るかよ。ただプロとしてのプライドが邪魔したってのは間違いないだろうな」

「逆じゃなくて?」

「負けたくねえって思いが目をくらませるのさ。人間ってそんなもんだろ」

 

 二人とも思い浮かぶ人物がいた。いつもキャンキャン吠えていて下っ端感が抜けないが、仕事は出来た。

 

「しかしまさかこうなるとはな。闇の世界の秩序が崩壊すると思いきや、皆怖がって逆に静かになりやがった」

「命は大事にしないとね」

「……お前も気を抜かないことだ。あのアホは知らねえが、俺たちがするのは協力までだ。それ以上はやるつもりはない」

「お金ですか」

「金だな」

 

 アリアの持ち合わせはそれほど多くはない。一人で普通に過ごすのであれば贅沢出来るくらいはあるが、その道のプロに命をかけさせる程はない。

 

「とにかく今回のことで、恐らく上のやつらも動き出すだろう」

「あいつ?」

「じゃない方だな」

「どういうこと?」

「どういうことも何も、あいつの上が動くって話だ」

 

 アリアは首をかしげた。

 

「あいつがトップじゃないの?」

「ああ、あいつがトップだな」

 

 アリアは逆方向に首をかしげた。

 

「国の暗部なんだから、上ってのは国の要人に決まってるだろ。つまりあいつは実行部隊としてのトップだ」

「じゃあ実行部隊はあいつだけ?」

「いや、他にもあるが」

「どういうこと?」

 

 アリアの脳が糖分を欲してきた。

 

「謎解き始まってる?」

「いやそのままだが。あいつの組織が一番大きくて一番仕事をこなしていることは間違いない」

「うーん」

 

 要領を得ていなさそうなアリアに、フェザーは少し気を遣い始めた。

 

「……情報専門の部門とか、対外専門とか色々あるもんだろ?」

「よく分かんないけど、あいつらの部門が一番強いってことでいいんだよね?」

「いや、要人暗殺用の特殊部隊もあるって話だ」

 

 アリアに限界が来た。

 

「……四天王の中で最弱ってこと?」

「何言ってんだ?」

 

 アリアの頭に、『最高の中の一つ』という意味は分かるけれど違和感が拭えない言葉が浮かんだ。

 

「とにかく、あいつらが主体ってことだ。――これまではな」

「これまでって、何で?」

「いやお前が減らしたからだろ」

「あらま」

「……その影響でこの先どうなるか分からないって話をしているつもりだったんだが」

「なるほど」

 

(チェーン店の親会社みたいなものか)

 

 アリアはようやく合点がいった。

 

「……行くところまで行けば、この国の上層部まで行くかもな」

 

 そう言うフェザーの表情はよく分からないものだった。

 

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