TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
潜んだ影が、息までも潜めている。
――いつまでだろうか。
生きるというのは動くことかもしれない。止まれば、心臓のように死ぬ。ここにきて、影たちはもはや潜むことさえも許されなくなった。
生き残っていた影たちは、命令により徴集されていた。
向こうがやってくるのなら、迎え撃つ。早い話が、罠にはめるらしい。
ここまで来ると、まとわせた組織人としての装いが落ちて、ただの人間に近づいた。死を目前に、己が何者であるかを理解させられた。
夜、路地の先。円形に広がる広場があった。周囲には、広場を見下ろすように建物が周りを囲っていた。
そんな場所で、影たちは潜んでいた。
下された命令は待機。
建物に潜んでいた男が、死を待つがごとき状況に耐えかねて口を開いた。
「……どう思う?」
その男の名はカイン。この世界にも短くはない。
そんなカインの問いに、隣にいた影が反応した。
「……どう思うって、そりゃどういう意味だ?」
反応した影の名はヒューゴといった。
二人のひそひそとした会話だったが、周囲が静かなこともあり、ある程度響いた。
ここは昔、屋外の劇場だったらしい。それは二人が生まれるよりもずっと前のことで、もはやただの跡地でしかなくなっていた。今では、昔には何かがあったのだということしか分からない。そう考えればまるで死んだ場所のようにも思えた。
二人はそんな場所の外野、周囲を囲む建物にいる。
「……成功するかどうかだ」
「馬鹿か、成功不成功より生き残るかどうかだろ」
「お前――」
「見ろよ、誰もが同じだぜ」
造反にも取れるような発言に驚いたカインだったが、周囲の影からは誰も驚いた様子はなかった。
「お前だってそうだろ?」
「……俺はそれを口にしたことに驚いただけだ」
「気にする必要はねえよ。今、俺等を咎めるようなことをすれば、俺達は一斉に逃げ出す機会を得るかもしれねえ。上もそれを分かってる」
「逃げる算段があるのか」
「あったらとっくに逃げてるさ。何だって俺達がこんなはめになるのか。上の命令で人を殺し、上の命令で死ぬ。――何かがおかしいのさ」
「じゃあ何だってこんな世界にきた」
「表の世界で生きれなかっただけだ。大体皆似たようなもんだろ。事情や環境だってあるだろうし、単純に表の世界が肌に合わなかっただけのやつだっている。まあ俺はそのクチだがな。……知ってるか? 表のやつらは自分たちのこと善人だと思ってやがる。信じられねえ話だぜ。散々汚え真似するくせにな」
「……何かあったのか?」
「別にねえよ。――ただ、自分のことを悪だと自覚してる俺のほうが上等だと思えないか? 俺はそう思えて仕方ねえんだ。自分を善人だと勘違いしてるやつを見ると、どうしようもなく腹が立ってくる」
「それでこの世界に入ったのか」
「ああ。その手の任務は奪うように引き受けたさ。あいつらの化けの皮が剥がれる様子は堪らなかったぜ」
どんな思い、どんな事情、その有無関係なく、死は訪れる。
カインは今更ながら、周りの影たちに人間性、もしくは過去、来歴があることを体感した。
「しかし――」
罠とは何か。よもや檻にはめる程度のことではないだろう。罠というのは相手によって変える必要がある。でなければ意味をなさないだろう。鉄檻程度なら斬ってしまえる相手だ。そんな相手に必要な檻は何だろうか。そんなものがあるのだろうか。もしないのであれば、
「――無駄な努力ご苦労様」
つまるところ、失敗であった。
どうしてと、悩む暇はもうない。猛獣を囲む檻がヤワであっていいはずがない。そもそも、猛獣と言うにはあまりにも――、
「もう祈る時間はない。ただ懺悔だけするといい」
圧倒的だった。その怪物は檻ごと全てを食い破ろうとしていた。
カインは眼下、建物の下の広場で起こる惨劇に息を呑んだ。
自分の命がここで終わるかもしれないという強い予感を振り払えない。己には似つかわしくない程に出来の良い子が脳裏に浮かぶ。一人で生きていくにはまだ幼すぎる。しかしここから逃げ出すわけにもいかない。どちらの道を選択しても、その先には死が待っている。どうしてこうなったのか。何が悪かったのか。少し前のことが脳裏に浮かんだ。
初めはただのターゲットの内の一人だったらしい。それに、担当の区域が違う所でのいざこざとしか思っていなかった。それがやがて区域の概念がなくなっていく程に広がっていた。
面子がどうのこうのとかいう、大した報酬も出ない嫌な仕事。なのに、送った刺客が帰ってこないことが何度も起こった。気づけばあの二つ名のように、いたる所が血で染められていった。
その塗料が自分のものにはならないことを必死で祈った。
知っていた。それは順番待ちであることを。
広場の中央、半ば囮に等しいグループが斬り捨てられ終わった。次は、どこに――。
「こんばんは――」
その声は、まるで夜の静けさを表したようだった。
見たくないと勝手に閉じた瞼を開けると、いた。
既に数人、周囲に倒れている。
順番待ちのくせに随分と早いものだ。いつもは待っても待ってもちっとも進みはしないくせに、こういう時に限ってはやけに早い。
「ま、待ってくれ――」
「はい」
何秒後だ、何秒後なのだろうか。少しだけでも遅らせることに意味があるのかは分からないが、祈る時間、いや願う時間くらいあっていいはずだ。
首筋にかけている首飾りをぐっと握りしめる。あの子の行く末だけが心配だ。数年、生き残って欲しい。そうすれば、あの子なら何とかなるはずだ。
「ん?」
死の顔色が変わった。
「もしかして同じ首飾りを付けたお子さんがいたりする?」
「は? 一体何を――」
神は気まぐれというが、死神もそうなのかもしれない。
「……知っているのか?」
「会ったからね」
まさか。
最悪が頭によぎった。
己の生死よりも、確かめなければいけないものが出来た。何としても。
「お菓子のお礼に、情報を流せば生かしてあげる」
「……裏切れと?」
「人質は、分かってるよね?」
裏切れば、あの子の命はないだろう。しかしこれはあの子が生きているということの証左でもある。最悪は過ぎ去った。後は順番待ちでないことを祈るしかない。
「使えそうなものは使う主義でね。子が優秀だからといって親も優秀とは限らないけど。――ああ、そうだ、あの子優秀そうだし成長したらコキ使うのもいいかもしれない」
「……指示に従おう」
あの子の命はまだある。そして人質として利用とするなら、守ってくれもするだろう。問題は、最終的にどちらが勝つのか、まったく予想が付かないこと。そしてこいつが勝ったとしても、こんな化物の下であの子を働かせるのはかなり嫌だ。
考えているうちに、化物は眼の前から姿を消していた。
断末魔が周囲から上がっていく。
カインは自分が助かったことを知った。順番待ちからは離れられた。もう一度並ばされないためには、勝ってもらうしかない。
◇◆◇
拮抗することすらなかった。用意したものは何も意味をなさなかった。影たちは恐怖以外の感情を持ち得なかった。
さらに敵の増援。影は割れ、間もなく崩れた。我先にと逃げ回る者が続出した。だが背を向け駆け出したに過ぎない。逃げ延びれるかどうかはまた別だった。そして誰が追ってくるかでその確率が決まる。運が悪ければ希望はなかった。
いつの間にかぽつぽつと雨が降り始めていた。避けるにはまだ足りない程度の雨。流れる血の量の方がずっと多く、血を拭うには足りなかった。
「何人かは残せよ」
「分かってる――」
逃げ出せたものは、次の情報を得るために使われたに過ぎなかった。
アリアたちは少しずつ逃げる者たちの数を減らしていった。恐怖を持続させ、生き残りたいと思わせることを優先させた。
(というか戦闘狂か何かだと思われてる気がする)
アリアにとって、戦闘は、基本的に娯楽になり得ない。斬ると決めたら斬れてしまえるからだ。そのため戦闘が作業に等しくなり、楽しめる箇所を見つけることに努力することになる。そしてそのほとんどが煽りとなった。
しかし、煽るにしても剣の一振りで倒れるような者では、煽り甲斐がない。では強敵であったら良いのかと言うと、それも違った。アリアには世界最強の剣士になりたいとか、もしくはまだ見ぬ強敵に心躍らせるような心は持ち合わせていない。また、弱者をなぶりたいわけでもない。しいて言うならば、思い上がった者にその分際を教えてやることは楽しかったが、それは酒精を楽しむようなもので刹那的なものに過ぎない。ただその刹那的なものが好きでもあった。
「諦めるにしては遅すぎるね。無理に引き伸ばしても千切れてしまう。結局、辛い思いだけして終いだよ」
アリアは逃げる足が止まった者たちにそう言った。
追われていた者たちは限界だった。肩で息をしており、身体にはもはや緊張がない。
「頼む、見逃してくれっ――」
「吐くべき情報は?」
「……知らないが、しかしっ」
泣きそうな声で答える男。
もう逃げることも、抵抗もしないと、膝を地面に付けて頭を下げた。懇願すること以外にやれることがなかった。
その様子を見ているアリアの表情は、何一つ変わらなかった。恐ろしく淡々としていた。
「悪いけど、定員は超過したんだよね」
人には役割がある。役割は課せられるものだが、拒否することだって出来る。つまりはこれも選択である。人それ自体に役割があるのではなく、人に役割が付与される。ここでの彼ら、もしくは未来の彼らの役割はもう存在しない。
「死に臨む最期の姿、その選択。それだけが貴方たちに許された選択だよ」
死を悟り目を開いた男を、アリアは斬った。
「生きる選択肢がある内に行動しないからこうなる」
流されて生きてきた者だろうか。死を目前にしてさえ覚悟なき者だった。チンピラもどきならまだしも、下部とはいえ国の暗部だったはずだ。アリアはこの国の国力の一部を垣間見た気がした。容易い者に対しては強いのかもしれない。どちらにしろ、こうなる前に裏切るしかなかった。
石畳の地面を、弱々しく血が伝っていく。
様子を目の辺りにした者たちは剣を抜いた。怯えと意地が身体を震わせている。
「……っあいつは良いやつだった」
「そ、そうだっ。降伏した相手に酷いことを!」
その者らは、意地とも敵意ともつかない何かを醸し出していた。
アリアは剣に付着した血を払うと、次とばかりに生き残った者たちに視線をやった。
「じゃあ来世では職探しを間違わないことだね」
アリアはすでに興味をなくしていた。
「侮辱するのか!」
「解釈の自由かな」
こうなれば戦闘も、もはや義務である。
とはいえ、個々には物語があるだろう。
「あいつはっ――」
他人を虐げてきたような悪辣な者でも、自分たちの仲間には義憤を抱くことがある。被害者になるだけで正義が付与されるらしい。そして、立派な言葉は己を騙すに効果的なようだ。いとも簡単に正義に酔ってしまえる。しかし、どちらも一方的であることには変わらない。
「聞いているのか!」
アリアには他人の正義など欠片も興味がなかった。
「激するなら行動を伴わせなよ。心だけ前に出たところで何も出来ない」
理想や空想では何も変えれない。
「お前たちはあれだ、駄々をこねているだけだ」
早くかかってこいとばかりの挑発。だが効果は出ない。しかめ面を我慢していると、ふと、物陰から気配がした。こちらは敵意の類はない。
一旦無視して、アリアは続ける。
「否定したいのなら、覚悟しろ。抗え」
言葉には反応した様子を見せたが、ついぞ前に踏み出す者はいなかった。
「お前たちには二足歩行はまだ早かったな」
剣を、一振り、二振り。血が流れる。そして遠ざかる背を一斬り。最後に、遠くなった背に目掛けて剣を投擲。
鈍い音が終わると、わずかな雨音だけが残った。
剣を抜き取り、付着した血を拭っていると声が聞こえた。
聞き覚えのある音だった。
短く、高い声。視線を向けるともう一度、「にゃん」と鳴いた。
見知った白い猫と、見知らない一人の人間。
同じくらいの年齢に見える、栗毛の少女。
瞳に映るのは、驚きに怯えと、――好奇心。
(飼い主?)
アリアは首をかしげた。