TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第32話 ☆リリアナちゃんと猫と夜桜

 月明かりの下、美しく咲き誇る桜を見た。

 

 その時、私は、三日前のことを思い出した。

 オフィーリア様の屋敷で、人払いをしての二人きりのお茶会。軽い長期休暇中で学園の人たちとは偶にしか会っていないけど、オフィーリア様とは共同経営のクレープ屋さんのこともあり定期的な交流がある。そんなわけで、その日もお誘いを受けた。でもただのお茶会ってわけでもないみたいだった。

 私を呼び出したオフィーリア様は、一匹の猫ちゃんを抱えていた。猫ちゃんは白い毛並みの美人さんだった。

 そしてその猫ちゃんに関して、頼み事があるとのこと。

 

「――とのことで、あまり詳細は話せないのですが、数日この子を預かってもらえませんか?」

「はぁ、私は構いませんが……」

 

 猫ちゃんはよく手入れがされているようで、毛艶が良く見えた。まるで猫の貴族みたい。見ていると、目が合う。安心させようと笑って見せると、上手くいったのか猫ちゃんは目と細めて、こてんと首を寝かせた。

 

「自由気ままではありますが大人しい猫ですので、そこまで迷惑はかけないでしょう」

「一応、うちには子どもたちが多くいますが大丈夫でしょうか?」

 

 元気盛りの子どもだ。猫を見ればテンション爆上がりすること間違いなしである。とはいっても教育は行き届いてるから、下手なことにはならないとは思う。でもお貴族様のお猫様となれば万が一ということもあるかもしれない。

 

「まあ大丈夫でしょう。何ならそのまま飼ってもよろしいことよ」

「――え?」

 

 一体何を言い出すのだろう。確認するようにオフィーリア様の表情を見るが、感情が読み取れなかった。

 

「この子はうちの子ですけど、うちの子ではないのです」

「どういうことでしょう?」

「うちの館ではペットの類の飼育が禁止されているというのは、先ほど話した通りです。しかしそもそもこの子は、短期間だけ保護しただけで、現状飼い主を探しているところなのですわ」

 

 そう言うオフィーリア様は、ちょっと元気がない。何だか寂しそうだ。最近ずっとこんな感じだ。触れるべきかどうか迷うけど、今はとりあえず話を進めよう。

 

「――その猫ちゃん、ちょっと触ってもいいですか?」

「あら、これは失礼しましたわ。もっと早めにそうするべきでした」

 

 席を立ち、猫ちゃんを受け取る。持ち上げられた猫ちゃんはにょいんと伸びた。びっくりだ。軟体動物か液体か。とにかく柔らかい。

 猫ちゃんは長毛種ではないけれど、しっかりと手入れがされているのか、ふんわりしている。そして一般的には、猫は抱えられることを嫌うことが多いけれど、この猫ちゃんは気にしないようだ。

 優しく気持ちよくなるように撫でていると、喉を鳴らす音が聞こえてきた。どうやら仲良くなれそう。

 

「そう言えばこの猫ちゃんのお名前は――」

「猫丸よ」

「猫丸」

 

 うっ。突っ込みそうになるのをぐっと我慢する。

 

「……私が付けたのではないということは申し上げておきますわ。ええ、断じて」

 

 名付けた人のセンスは独特なのだろう。でもオフィーリア様がふと寂しそうな顔をした。やはりそこに何かあるのだろう。吐き出しやすいように誘導するべきか、それともそっと触れないようにするべきか。

 まずは一旦は様子見。

 

「ああ、そういえばオフィーリア様。実はこの間、新作を考案したのですけど、どうですか?」

「ええ、それは是非――」

 

 新作と言っても、元のクレープとほほ同じだ。具材で変化を付けた、味変みたいなやつだ。

 

「……悪くないですわね」

 

 オフィーリア様の反応も上々。やっぱりバリエーションはあった方が、個人の好みにリーチしやすい。でもあまり多くしすぎると、選ぶのが大変だ。何事も適度がいい。

 

「では、今日のところは――」

「はい」

 

 この日は結局、これ以上は踏み込むことはなく、新作の話題で終わった。

 猫ちゃんに「ちょっとお泊りに行くだけだよ」と声を掛けると、雰囲気で察したのか大人しく付いてきてくれた。賢い猫、いや猫丸ちゃんだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 猫丸ちゃんは孤児院の皆に歓迎された。

 ご飯も事前に頂いたものをあげたからか、問題なく食べてくれた。さすがに庶民より良いものを食べてらっしゃる。子どもたちは、そんな猫丸ちゃんの様子に興味津々といった様子で凝視していた。すると途中で注目を嫌がったのかどこかへ行っちゃった。咎めるようなことでもないし、どう言ったものかと悩んだけど、子どもたちで反省してた。皆いい子で本当に良かった。

 院長先生にそう話すと、「貴方のおかげだ」と言われたけど、私はそんな大したことはしていない。環境改善と、仕事が見つかりやすい様に礼儀を教えたくらいだ。加えて言うなら、ちょっとした工夫、つまり人に好感が持たれやすい接客技術とか、軽い計算くらいだ。その後の成長は皆がそれぞれ勝手に培ったもの。私はそっちの方が凄いと思う。教育が与えられると、それだけで向上心を持てるわけじゃないことは前世で良く知っている。だからこそか、己を重ねるようにして作られる物語の主人公というのは、向上心や目的に向かう努力なんてものを持たされているのだろう。

 考えていると、裾を引っ張られた。

 

「――ねえ、りり姉。あの猫はいつまでいるの?」

 

 気づけば、猫丸ちゃんは戸棚の上にいた。辺りを確認しているようだ。

 

「んー、数日ってだけ聞いたから正確には分かんないかな」

「ふーん。じゃあ逃げ出さないように気をつけなきゃだね」

 

 言う通りだ。もし脱走して見つからなくなれば、大変なことになる。貴族様の猫だ。でもそれ以上にオフィーリア様に悲しそうな顔をさせるわけにはいかない。

 確認しようと猫丸ちゃんを見ると、戸棚の上から消えていた。

 

「あれ、どこ行ったの?」

「つい数秒前に飛び降りてたよ」

「うぇ」

 

 猫は気まぐれだし、目を離すとすぐにどっかに消えるけど、返却予定があるから消えられると本当に困る。

 

「ね、猫丸ちゃーん?」

 

 呼びながら探してみると、私の部屋のベッドで丸くなっているのを見つけた。

 

「良かった……」

 

 そのままその場所がお気に入りになってくれると色々助かる。それなりにふかふかなベッドだし。手厚くなった支援もあるけど、私の稼ぎもあって、孤児院の設備のあれこれはかなり良くなっている。下手しなくても一般家庭並かそれ以上はある。皆の稼ぎもあるし、贅沢しようと思ったらやれるくらいだ。でも建物を増設して、受け入れる数を増やそうという話になってるから、贅沢するにしてもその後ということで今は落ち着いている。

 それにしても、

 

「可愛い……」

 

 猫は偉大だ。見ているだけで癒やされる。

 ああでも触ると起きちゃうかもしれない。我慢しないと。

 で、でも、猫吸いくらいならセーフかな? 顔をゆっくり近づけて吸うと、お日様の香りがした。堪能しきる前に、頬に前足を当てられた。起こしてしまったようだ。でも肉球は柔らかった。

 そんな一日になった。

 長期休暇といっても、私にはそんなに休んでいる暇はない。やることはいっぱいある。お店のこともそうだけど、交流もいっぱいある。

 学園の生徒の多くは王都に留まっているから、交流自体は充分に可能だった。貴族が領地に帰るには短い休暇だから、実際に帰ったのは近くに領地がある生徒くらいだった。王都に屋敷を持っている子はそこに、その子と仲が良い生徒はそこにお泊り会などもやっていた。お貴族といっても、子どもは子どもということで皆楽しそうにしていた。海に行こうとか、狩りでもしようとか色々話しているのが聞こえた。私にもいくつか誘われたお茶会がある。これも仕事だと思ってちゃんと参加した。お茶版の飲みニケーション? だ。でもパーティーの類だけはお断りさせてもらった。まだその辺りの作法は身につけていない。今度、オフィーリア様が教えてくれるらしい。

 

 オフィーリア様は、他人のために何かをするということが好きらしい。他人のために手間をかけるということに忌避することがなく、むしろ嬉々として率先してやる人だ。

 こんな人を寂しがらせる人は一体誰なんだろう。お灸をすえないといけないかもしれない。周りのメイドさんに聞いた限りでは、ピンク色の髪の女の子らしい。とんでもなく可愛いけど、とんでもなくズレてるらしい。そう言えば、王子も同じ髪色の人について話してた気がする。何だっけ。たしか、頭のおかしなオーガみたいな戦闘狂だったっけ。……冷静に考えたらそんな人がいるわけない。ということはあれだ、同一人物だとしたら、その二つの評を足して割ったような人だ。……いやそんな人いるわけない。共通するとことだけ抜き出すと、変な人、……いや、ユニークであたおか、……いや、独特な人であるらしい。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 猫丸ちゃんを預かって三日目の夜のこと。

 同じ寝床で猫丸ちゃんと寝ていると、猫丸ちゃんが立ち上がった勢いで目が覚めた。

 

「……どうしたの?」

 

 忙しくなく、きょろきょろしている。耳がぴくぴくと動いて、何かを聞き取ろうとしている。

 

「にゃん」

 

 何か鳴いた。

 一体どうしたんだろうと触れようとすると、扉の方まで小走りで走っていった。そのまま扉をカリカリと爪で引っ掻き始めた。一体、何事。

 

「ど、どうしたの?」

 

 とにかく外に出たいみたい。扉を開けると飛んでった。そのまま辺りをきょろきょろすると、空いていた窓に目掛けて飛び上がって、外へ。――って、まずい! 追いかけないと!

 夜の王都は出歩きたくない。でも、追いかけないといけない。

 姿はまだ見えてる。見失わないようにしないと。わっ、路地裏はまずいっ――。

 夜の路地裏なんて、火の中に飛び込むようなもの。危険過ぎる。でも、猫丸ちゃんは行っちゃった。こうなったらすぐに捕まえて帰るしか。

 悲鳴、いや違う。苦痛の声が聞こえてきた。

 行きたくない。でも、猫丸ちゃんが――、

 

「お願い、待ってっ」

 

 路地裏を少し入り、角を一度曲がる。

 そこは、少しだけ開けていて、非日常が繰り広げられていた。

 

「っ――」

 

 目に映った光景に、絵画でも見ている気分になった。

 僅かに降る雨の下、恐ろしくも美しい少女。

 昔、夜の神社でライトアップされた桜を見た時のことを思い出した。息を呑むほどに綺麗で、魂を持っていかれるほどに鮮烈だった。でももうそれを思い出すことはないと思う。だって今この場で上書きされてしまった。この美しさは言葉では形容のしようがなかった。

 絶叫も、血しぶきも、世界が隔たれたようにモノクロでそっけなくて、世界にはその少女だけが存在しているようだった。

 猫が、猫丸ちゃんが近づいていく――、

 

「あっ」

 

 綺麗だけど触れると怪我しそうな刀剣のような美しさが、「にゃん」という鳴き声で引っ込んだ。

 剣を収めたその少女は、猫丸ちゃんを抱き上げた。

 

「猫丸じゃん」

 

 猫丸ちゃんはにゃんと連続で鳴いて、喜びを表していた。

 

「こんなとこで、どうしたん」

 

 少女は猫丸ちゃんを抱えると、首の辺りに顔を埋めて、吸っていた。何だかよく分からないけど、その様子はあまりにも自然だった。生粋の猫吸いリストかもしれない。オキシトシンのバーゲンセールだ。

 それはともかく、なぜだろう。名状しがたいこの感覚。まるで今の今まで望んでいたもの、限界が来て可能な限り目を逸らして自己を保とうとしたもの。そんなものが訪れたような感覚。高揚感と、……妙な謎感。赤色が青色に、わかめスープが味噌汁に。何かがズレたような、変な感覚。

 

「――ところで貴方はこの子の飼い主?」

 

 話しかけられた。ドキッとした。

 

「あ、いえ、預かってほしいと言われたので」

 

 少女は首を傾けた。右に左にと、傾けていると、やがて合点がいったように「ああ」と言った。

 

「もしかしてお嬢様に?」

「あ、はい」

 

 オフィーリア様の名前を出していいのか、まだ分からない。でもきっと大丈夫だと思う。勘でしかないけど。

 猫丸ちゃんは、少女の首筋辺りで自身の首筋をすりすり擦り付けていた。嬉しそうだ。

 

「ずいぶん懐いているみたいですけど、貴方こそ飼い主さんですか?」

「違うけど、拾った人間ではある」

 

 そんな時だった。少女の後ろで倒れていた人が立ち上がった。まずい。すぐに後ろを指差して、教えてあげ――、

 

「この、悪魔め!」

 

 ああっ間に合わない。

 立ち上がった人は剣を振り上げた。その間、少女は振り返りもしなかった。こっちを見たまま。代わりに、口が開かれた。

 

「鈍すぎる――」

 

 立ち上がった人はあえなく倒れた。

 

「綺麗に斬りすぎると、動いてから開く傷もあるということなのです」

 

 少女はうんうんと頷いていた。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 異世界の論理を聞かされた気になった。いやここは異世界か。いやそれこそ変かもしれない。今となっては、元の世界こそ異世界と言うべきかもしれない。でも今ではそれもどうでもいい気がする。確信ではないけど、疑念は生まれた。世界に愛されたる主人公、私はそれを目にしたんじゃないか。だってそれだけ可愛いんだもの。血を流してる人が倒れてるところで平然としてて、っていうか血を流させた張本人なのだけど、とにかくそんな状況でこんなに可愛いのは異常だ。まるで世界の主人公とでも言わなければならないほどに。容姿だけじゃない。内から発せられる生命力のようなものを強く感じる。主人公じゃなかったとしても、これを選ばれし人間と言わずして何というのだろう。うん、きっとそう。……でも何だろう。

 

「来世では斬られたときは動かずに逝くことを教えてあげるべきだったか。ううむ」

 

 本当に何というか、この、どことなくズレた雰囲気は。皆が平均台の上をフラつきながらも一所懸命にバランス取っている横で、片足で「っよ、っほ」とか言いながらケンケンして遊んでいるのを見せられた時のような、そんな異質というか謎の感覚。

 猫を抱えてる姿がやけに似合ってる。まるで小さい猫と大きい猫がいるみたいに。確かに可愛いんだけど、何かマスコット的なデフォルメのきいた可愛さなのは何故だろう。ああでもさっき剣を持ってた時は、美しかった。ギャップ? そうだギャップなんだ。うんきっとそう。そういう事にしよう。

 

「……その、大丈夫? 何か百面相してるけど」

「え? ああ、大丈夫です! その、ええっと、はい!」

「何だ、ただの変わった人か」

「へ?」

 

 前世も今世も含めて最大級、それもぶっちぎりで変わった人に、変わった人だと言われた。納得がいかない。まるで血だらけの人間に「怪我とかしてませんか?」と言われたような気分だ。

 

「にゃう?」

 

 気づけば猫丸ちゃんが足元にきていた。前足をぺたっと、私の足に当てていた。どう見ても心配していた。ショックだった。この状況で、わざわざ猫丸ちゃんが私の元まで来て心配してきたことが、妙にショックだった。

 

「ところで、その子預かってもらってて、どうもありがとうございます」

「へ?」

 

 少女はぺこりと頭を下げた。

 

「私の周りは色々物騒なので、飼ってあげられなくて」

「な、なるほど」

 

 確かに周りの血溜まりを見れば一目瞭然だ。というか死んでるよね……? 私、死体を見たってこと?

 

「そんじゃ猫丸、じゃあね――」

 

 猫丸の頭を撫でると振り返って、去ってい――、

 

「ま、待って!」

 

 口が、勝手に、

 

「――と、泊まっていきませんか?」

「ええ?」

「猫丸ちゃんも喜ぶと思います!」

「うーん」

 

 空気を読んだのか「にゃん」という鳴き声が聞こえた。何か効いてる感じする。よし、たたみかけよう。

 

「お、お菓子とかありますよ。ご飯も!」

「――お世話になります」

 

 やった! って、勢いで言っちゃったけど、……大丈夫だよね? 子どもたちもいることをもう少し考えるべきだったかもしれない。でも目の前の存在から、子どもたちを害するような雰囲気はまるで感じない。人を観察する能力はすごく頑張って高めたから多少自信はある。どちらかというとあれだ、頭がおか……変わってるだけだ。アクロバットに逆立ちしてるだけだ。うん、絶対そう。

 




ストックがなくなったことをお知らせします。

2章の終わりもそろそろ見えているので、何とかそこまでは頑張ったうえで、
3章で書き溜め期間に移行しようと考えてます。
ちな、3章で完結予定です。
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