TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第33話 光を望んで

 神の存在を気にしたことがない人間がいるだろうか。

 それは世界が違っていても違わないらしい。

 人の弱い心がそうするのか、それとも強い心こそだろうか。

 一国の宰相ベネディクトは、そんなことを考えながら外を歩いていた。朝日を浴びると頭が冴えてくる。寝不足気味の脳が少し回復するのを感じた。

 習慣は人生を変える一歩だ。どこかでそう聞いた。事実効果はあった。

 屋敷から登城するまでの道のりを馬車で済ませずに、一部歩くようにした。もちろん民衆に見える形でだ。引きこもりがちな女王と、市政の様子も見る宰相のイメージを与えるため。だがそれはそれとして、朝歩くというのは悪くなかった。少し冷えた空気が頭を気持ちよく冷やす。

 

「宰相様っ――」

 

 寄せられる民の声に、手を振って応える。彼も何かに困っているのだろう。世界はいつも、誰も彼もが何かしら困っている。困っていない人間の方が珍しいくらいだ。

 栄達の道はまだ続いている。結局はこの声にどれだけ応えられるか、どれだけ押し上げられるか。そういうものだろう。己だけが大変なのだ、と知を暗くしてしまえば他者の存在を忘れてしまう。それでは上手くいくものも上手くいかない。この世は複雑なれどシンプルな利害の関係で成り立っている。人を操る必要もない。どんな欲を持っているかを把握出来れば、あとはパズルのような並び替えのゲームを始めるだけだ。

 そんなことをやってるうちに、気付けば宰相まで上り詰めた。愚かな話である。貴族なんてものは、身分を活かして他者に言うことをきかせようということしか出来ない人間ばかりだった。政治という名のただの社交。取り引きも駆け引きも雛のようにたどたどしかった。

 なんと簡単なゲームだっただろう。

 宰相ともなれば、門兵も衛兵も頭を下げる。

 

「今日も、良い一日を――」

 

 声をかければ、さらに深く頭を下げた。

 

 ――さぁ、いざ行かん。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 国の中心はどこか。王国であれば、やはりそれは王城だろう。

 王城の王の間。豪奢な空間の奥に、王の椅子がある。その椅子に座るのはまさしくこの国の王、ひいては女王である。名はアデレード。彼女は元々他国の人間で、政略結婚としてこの国に嫁いできた。そのこともあって、王が元他国人であることに不満を持つ人間も少なくはなかった。

 そんな女王から直線上、入口に向かって、道を開けるように左右に身なりの良い人間が立ち並でいた。

 

「毎日、毎日飽きぬことだな――」

 

 アデレードは己にされた進言に対し、そう答えた。

 進言者であるベネディクトは女王の前に進み出た。

 

「陛下、これは国の大事でございます。民のことを第一に考えるべきでしょう」

 

 アデレードは嫌な顔をした。

 

「お前の言うことは変わらないな。少しは我のことも考えてくれてもいいのではないか?」

「民は皆陛下のことを考えております。もちろん私も同じです。その上で進言していることを理解いただけませんか」

「どうかな。考えるだけなら自由だ」

「民あってこその我らかと」

「我らか? 随分と気軽に自分も混ぜるじゃないか」

「国の運営に携わる者を指して言っております」

「相変わらず己を隠すのが上手いな。隠者にでも憧れているのか?」

「お戯れが過ぎます。いつまでこのような問答を続けるつもりなのでしょう。今この時間にも民は苦しんでいるのです。どうして我らがこのような無為な時間を過ごせましょうか」

「であるならば、まずお前が黙することだ。我はお前の諫言など求めてはいない」

「肯定しかしない臣をお求めですか? いつから奴隷をお求めに? 賢明なる王とは、臣下の諫言を聞くものです」

「……何が言いたい?」

「民に目を向けませんか」

「馬鹿らしい。我がそれを行い、それで何が解決する? 綺麗事しか言わぬお前をその地位にしている我の寛大さに、お前は礼を言うべきだろう」

「なんと……」

 

 美人の冷たい顔とは、余計に冷たい印象を与えるものである。アデレードの嫌そうな、それでいて表情を抑えているような表情は、冷徹な印象を与えていた。その様子を記した新聞も発行され、民衆にも大いに流れている。

 

「他に言うことがないのであれば、ここまでだ。お前の言う通り、無為な時間を過ごすつもりはない」

 

 そう言うと、アデレードは王の間から去った。その足取りはいつもと変わらずしっかりとしたものだった。

 アデレードは付き従おうとしてきた従者を視線で制すると、自室に向かった。

 

(好き勝手に流布するといい。我の死に価値が付けばつくほど、お前は我を殺す機会に悩むであろう)

 

 傲慢で我儘と称される女王アデレードにあるのは、自己満足の精神でも刹那的悦楽に浸るでもなかった。むしろ、目的や使命といったような殉教者的精神があった。

 自室に戻ると、徹底的に人払いをして一人になった。自分で淹れた茶を、口に含む。その香りに、多少、心が安らぐ。

 

(しかし、息子は案外上手くやれてるようだ。あれにそういう才があったとは思わないが、……良い味方でも得たか、それとも操られているか。とにかく見極める必要があるが、どいつかが分からん。近付く者全員を調べる必要がありそうだ。私が死ぬまでに一つでも多くのことを――)

 

 アデレードは独りだった。夫にも先立たれた。息子も、周りの侍従も、雑談をするような仲ではない。それでも孤独にさみしい想いをするような精神でもなかった。そんなものに浸っている余裕はなかった。限られた時間を必死に足掻く必要があった。

 

(少しでも多くを残さねば、あれでは……)

 

 アデレードは己の息子を想った。心配と、心残り。人が良いというのは利点だろう。だが、王の資質としてはどうだろう。

 

(あの人に、よく似ている)

 

 前王はその人の良さのためにこの世から去った。アデレードはその分まで、非情にならねばならないと己に言い聞かさせている。でなければ人が良いだけの王が誕生してしまう。そうなれば、この国は謀臣に好き放題に食われてしまうだろう。今でさえそうであるというのに、この先もっと酷くなると思えば、死ぬ余裕などなかった。それでも期限はある。であれば、それまでにどれだけ残せるか。己の死さえも利用しなければならない。民の不信や不満を一手に引き入れ、己の所業のせいにする。新たな王がそれを利用出来るように。己の死が先送りされるように。稼いだ時間で未来を買うのだ。

 

(だが結局は人だ。人が要る)

 

 武力に関しては、表も裏も取られた。表はまだマシなところではあるが、裏は使える手駒が全くなくなった。表も安心には程遠く、決壊を耐えているに過ぎない。国を代表する騎士が王政に忠誠を誓っているために、崩壊していないだけだ。誓っているのが王ではなく、王政であるために、便宜を図らせるだけでも頼まなければいけないような関係だ。それを改善するためにも、腕が立つ剣士を選抜して王国四剣なども創設してみたが、ものの見事に向こうに取られてしまっていた。

 

(足掻こうにも、手が思い浮かばない)

 

 出来ることが少なくなりすぎた。裏の世界の人間を取られたのが一番痛かった。情報の入り方に違いが大きく出た。

 

(何か……)

 

 アデレードは、盤面をひっくり返してしまえるような何かを欲した。そしてその『何か』は、人であるとも思っていた。だが、そんな傑物がいたところで、どうして今の王に味方するだろうか。味方させるだけの交渉材料を持ち得ない。あるとすれば王子に集中させた人望のみ。

 

(高望みをしてしまうのは性格によるものかな。だかここに来ては望まざるを得ない)

 

 欲するのは、全てを繋いでしまえるような希望の絆か、それともあらゆるものを裁断する絶対の剣か。

 

(どれか一つでもあれば)

 

 

 

 

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