TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
孤児院の朝食は、基本的には皆で一緒に取るようになっていた。
この日の朝食はリリアナの創作料理だった。複数の簡素な長机に子どもたちが座り、配膳係の子どもが料理を配っていく。
アリアも長机の待つ子どもたちに交じって、楽しみに創作料理を待っていた。違和感なく周りに溶け込んでいて、子どもたちも気にした様子なく朝食を待っていた。
「今日はどんなのー?」
「自信作だよー」
リリアナと子どものにこやかな会話。
それをよそに、アリアはそわそわしていた。もう匂いだけで美味しかった。
いざ眼の前に出てくると、驚いた。
(これはっ――)
記憶の中の何かに類似していた。あの世界の料理。
当然、子どもたちからすると初見だった。
「リリ姉、なにこれー?」
「うーん、何かと言われると困るなぁー」
澄んだスープの中に、白く柔らかな生地。
(水餃子?)
のような何かだった。
口に含み、歯で皮を割ると、生地の内からスープが流れ出た。さらに深く噛むと、餡の肉から出た肉汁がスープに溶け混じり、調和が誕生した。
「アリアちゃんはどう? 美味しい?」
「――これを食べるために生きていたのかもしれない」
「アリアちゃん?」
「神に感謝」
子どもたちも喜んでいたが、アリアはもはや感動したようにじーんと感じ入っていた。
(……でも待てよ)
アリアはふと思った。
(クレープに、水餃子のようなもの。これはもしかして――)
まるで異世界の料理を持ってきたかのような。まさしく驚愕もの。しかし当のリリアナは、さも当然のようにその美味すぎる水餃子のようなものを食べていた。
(有り得ない)
偶然にしてはあまりにも出来すぎている。
(これはひょっとして――)
目を見開いた。これは、ほぼ確信に近かった。
(料理が上手すぎるんだ……)
アリアは納得した。
「なんか百面相してるけどどうかしたの?」
「そういう持病です」
「どういう持病?」
朝食後、アリアは、リリアナに改めて今日は予定があるということを伝えた。
「ああ、昨日の夜に言ってたやつよね」
「はい」
「っあ! もしかして恋バナ!?」
「いえ」
「そんなぁ……」
リリアナは目に見えて落ち込んだ。
「そんなに落ち込むことあります?」
「だって恋バナ……」
「えぇ……」
「女の子は甘いものと恋バナが好きなものじゃない!?」
「どうなんだろ」
「そうなの! アリアちゃんもそうでしょ!?」
「美味しいものが好きです」
「恋バナも美味しいはず!」
「食べ物なんですか?」
「違うけども!」
アリアは『天才と馬鹿は紙一重』という言葉を思い出した。
(誰か知恵者というか、御せるような人がいるかもしれない。この才能を活かしつつ、上手く誘導というか助けられる人が……)
でもきっとそんな人間はとても苦労するだろう。人によってはキレ散らかすかもしれない。アリアの脳裏に一人の人間が思い浮かんだ。
(お嬢様が合いそう)
アリアの脳裏に、『ですわー!!』とキレ散らかしているお嬢様が再生された。
絶対面白そうだし引き合わせてみようかと思ったが、もうすでに知り合いだったことに気付いた。それも猫を預けるような仲だ。関係も良好に違いない。想像してみるとお笑いコンビみたいでよく似合ってるように思えた。
(あと王子にも頑張ってもらわねば。良い感じに権力とか使ってほしい)
リリアナが王子に手料理を振る舞い、まんまと胃袋をわし掴みにされた王子が権力とか使って国中に広めれば……。
「恋バナ、興味あるかもしれないです」
「ア、アリアちゃん!!」
リリアナは喜びまさってアリアに抱きついた。
抱きついた当の本人は、まさか己の恋路だとはまったく思っていなかった。そしてそれが胃袋に関するものだとも。
◇◆◇
アリアが待ち合わせ場所に着いた時には、エリオットは先に到着していてた。
アリアの挨拶は軽かった。
「うっすうっす」
「ああ、今日は悪いね」
エリオットは特に気にした様子もなく、自然に返した。実際気にしない性格だ。気にしないといけない時でもそうなので、わざわざ仲間から教えられるくらいには欠落している感覚だった。
「そういえば本人とちょっと話したんですけど――」
アリアは、色々端折った上に意図的に編集した上で、リリアナが恋愛に興味があることを伝えた。
「そ、そうなのか……」
エリオットは感情を押し殺すので精一杯になった。端折られたせいで、自分ではない誰かと――というのを想像してしまった。諦めなければいけない。そう決心した心が揺さぶられるも、何とか立て直した。エリオットが他人より明確に勝るものがあるとすれば、それは覚悟だった。自分が王に向いていないなんてことくらい百も承知だった。しかし己がやらなければいけないのなら、己の人生を賭してやろうとする。それが出来る人間だった。
しかしである。そんな王子の最大の敵がここにいた。淡い恋心、思い出にしまい込もうとしているこの決心を、仲間のフリして引きずり出し、形にしようとしてる悪魔のようなやつが。
だが諦めなければいけない障害、その理由が、その身分から連なる諸事情であるなら、解決不能な問題というわけでもない。
とはいえ、エリオットは呑気でも身勝手でもなかった。今の状況では、そのようなことを考えるだけでも罪だと思っていた。仲間のため、民のため、常に誰かのために生きていた。
だから分かるはずがなかった。普通なら諦めなければいけないような道の行く先を、「お薬出しときますねー」くらいのテンションで切り拓いてしまえる存在がいることを。そしてそんな悪魔みたいなやつが本質的には己の最大の援護者であることを。
宝石店に着いた。
「さぁ、いざいかん――」
扉を開けると、騒がしい店内が現れた。
「こんなんどう見ても偽物だろ!」
金は持ってそうなガラが悪い男が、店員に食って掛かっていた。
明らかに取り込み中だった。
「……まずいところに来たかな?」
「よそはよそです」
アリアはそう言うと、何事もないように店内に入っていった。エリオットはおずおずと付いていく。
アリアは店員の一人を捕まえると、目的の注文をした。
「目立たないけど空気にはならない程度には華やかで、それでいて慎ましさがあるそんな素敵なアクセサリーを探しています」
「は、――うぇ?」
店員は、店の状況と相まってフリーズしてしまった。店内で起こっている問題に対して自分はどうするべきかと、己の利益と職務を天秤にかけているところに妙な注文が来たわけである。
が、もちろんアリアには関係ないことだった。
「このポンコツ、あの客より面倒事を引き起こしてやろうか」
本気ではなかったが、嘘でもなかった。
奥から大急ぎで店主が出てきた。
「――これはこれは、素敵なお嬢様。何かお求めでしょうか」
にっこりなアルカイックスマイルだったが、店主の笑顔には決死の覚悟が混じっていた。
アリアは横のエリオットを指した。
「私ではなく、こっちの――」
店主は、アリアの横にいる人間にようやく注意を向けた。瞬間、目が大きく開く。一国の王子様が何故かそこにいた。
「っひ」
固まりかけた口元を何とか動かすと、
「……商品をお求めということでよろしいのでしょうか?」
と、何かしらの確認をした。
そんな店主に対し、アリアは首をかしげた。
「他にお店に来る用事があるんですか?」
「いえ、そんな――」
そんなやり取りをしていると、
「おい! お前は店主だろう! なんで俺の時は出てこなかったのに、そいつらの時は出てくんだ!」
案の定、絡まれた。
店主は落ち着いた様子で答えた。
「お客様、落ち着きください。一体どうなされたのですか」
「どうなされただと!?」
激昂する男。それまで対応していた店員が、店主に近寄ると何やら耳打ちをした。
「……なるほど、しかしであれば」
「はい」
「では――」
店主と店員から、何かしらの意図を含んだ視線が激昂する男に飛んだ。
男は何かを察した。
「こそこそと何を企んでやがる!」
詰め寄る男に対し、店主は毅然とした態度で返した。怖いものはほかにある。
「企んだのはそちらの方では? 現状、この店に偽物など存在しませんが」
「何だと!? しらばくれようってのか」
「およそどこからかガセネタでも掴まされたのでは? お小遣い稼ぎには少し冒険が過ぎましたね」
店主が指を鳴らすと、店内にいる衛兵が寄ってきた。
その内の一人の手首に、銀の腕輪があるのをアリアは確認した。腕輪には月の印があった。
(そんなら手っ取り早くいこう)
アリアは、男に近寄った。店主はすかさず距離を取った。
「そこのおじさん、悪いんだけど、黙るか出ていくかしてくれない?」
「ああ? んだこのガキ? 売り飛ばされてえのか!?」
「しねかす」
アリアは、男の顎を横から素早く殴打した。
そしてすぐに、銀の腕輪をしていた衛兵が男の身柄を外まで持っていった。
「い、今のは……?」
状況に圧倒されていたエリオットがようやく口を開き、アリアに訪ねた。
「言葉通りです」
意味はそのまま「しね」&「かす」である。
とある組織の話に、『人手はいるけど、カスはいらない』という方針があった。
闇の世界で一番大きな勢力が崩れた今、群雄割拠のようにいくつもの組織が誕生し、そして消えていった。チャンスだと夢を見た者も多かったが、夢は夢で実態を伴わない幻でしかなく、現実はただ出血を生じさせた。現実ごと夢まで斬ってくるような、それはもうおっかない桃色髪の少女がいたわけである。
「そんなことより、贈り物を選びませんか」
「そ、そうか。……そうなのかな?」
エリオットは取りあえずアクセサリーを見始めた。
アリアは、少しだけ離れた位置で祈っていた店主を捕まえると、
「偽物止めたんですか?」
と、聞いた。
「い、いやあれはあくまで防犯対策の一環で……」
「ふーん?」
「……詳細は申し上げれませんが、あの後、この店の所有者が変わったとだけ」
「笑う」
「そして目利きの講座をサービスとして始めることに」
(悔しかったんだ……)
所有者がどこのお嬢様かは聞く必要がなかった。
エリオットがうんぬん悩んでる様子を見て、アリアも提示された品を見ていくと、良さげなものがあった。
「これとかどうですか。いい感じのネックレスですよ」
地味と言えなくはないが、品の良いものだった。
「うーん、もう少し目立つやつでも……」
「こういうのは見抜いた人の気分が良くなるものなのです。つまり見抜かせるためのアクセサリーなのです」
「な、なるほど?」
エリオットはアリアの口車に乗せられ、勧められたものを購入した。
目的は達したので、店を出ることにした。
「ありがとうございました」
そう言って頭を下げた店主に、アリアは一番効果がありそうな言葉を選んだ。
「どういたしまして。また来ます」
「……はい」
店主の表情は強張っていた。
店を出ると、その場で解散するというのもなんか気まずいということで、近くのカフェでお茶することになった。
「ここは奢るよ」
「よっしゃ」
「このネックレス、何故か割引してくれたから予算に余裕があるんだ」
「良い店だなぁ。また行かないと」
アリアはちょっとだけ悩んだ後、周りの客の様子を見て、紅茶とチーズケーキを注文することにした。民主主義だった。
「そういえば、母上が会いたがっていたよ」
「母上って、女王様?」
「そう。まあ、謝礼って言ってたから、別に何かあるってわけじゃないと思う」
「謝礼? 何かしたっけ?」
「森で僕らを助けたじゃないか」
「そういえばそんなこともあった気がする」
本当に忘れていた。頭を占める度合いでいうと、今しがたテーブルに置かれたチーズケーキの方が大きかった。とても美味しそうだった。不必要に慎重な手つきでケーキを切ると、その断面と大きさに満足し、口に運んだ。甘酸っぱいベリーソースが中々に美味だった。まったりとしたケーキにベリーソースの酸味が入ってくることでケーキの輪郭がしっかりと――、
「別に嫌なら、僕の方から断っておくよ」
「へ?」
「あ、いや難しい顔してたから」
「味わっていただけです」
紅茶を口に含むと、そこまで計算されていたのか、ケーキの第三の顔が登場した。紅茶の香りと苦みがケーキとベリーソースに加わり、まるでそれがひとつの料理であるが如く――、
「まあ興味あるなら出てくれると嬉しいよ。食べることが好きなら、喜びそうだし」
アリアのセンサーがピコンと反応した。王族の歓待を受けるということ、それはつまり、
「美味しいものが食べれると?」
「まあ、歓待するって言ってたしそうなるかな」
「出ます出ます」
「それは良かった」
歓待に対して何かしらの意図を感じないわけでもないが、ご飯食べれるし悪い話とも思えなかった。
(城の中に入れば、何か情報が得られるかもしれない。あと女王に会えるなら、あの子をしれっと推しとこう)
アリアの機嫌は良かった。
もうすぐ2章終わるなんていいましたが、全然終わりそうにありませんでした。不思議です。