TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第36話 疑心、探り合い

 女王アデレードは、王城の自室のバルコニーから、街を見下ろしていた。

 行き交う人に働く人、小さいけれど確かに見えていた。

 

「ほとんどの者が我に不満を持っているのだろうな」

 

 ふと、怨嗟に囲まれた城で、一人立て籠もっているような気分になる時があった。不満のオーラが霧のように周囲に充満し、その中心で己が祀り上げられているような感覚。

 アデレードは苦笑した。

 

「負けないさ。約束したからな」

 

 周囲には誰も居ない。独り言だった。

 その瞳は強く、侵し難い気高さがあった。

 

「何とでも呼ぶといい」

 

 アデレードは自嘲した。

 

(人は我を何と言っているだろうか。愚王か、それとも悪の親玉、もしくは現状の不満の源、その元凶か)

 

 この国の王には、戴冠の際に誓う言葉があった。

 

「民は王のために、王は民のために――」

 

 アデレードの視界には、人々が映っている。

 

「さて、どうかな」

 

 そうあれば良いと思ってはいても、現実はそうには見えない。

 

「民も王もなく、己は己のために、だろう。それ以外にあるとは思えん」

 

 綺麗事とは結局のところ理想でしかなく、理想とは現実ではないからかこそ理想なのだろう。生活が悪くなれば民は王を非難するだろう。たとえ失政によるものではなくとも、そうなる。また逆に生活が良ければ、それだけ許容度も上がる。王が民のためにあるとは、どういう意味を持つことなのか。

 その言葉をよく吐く人物が思い浮かんだ。まさしく政敵であるあの男が。

 

「しかしあいつがこんな椅子に座りたがっているとも見えないが、どういうことなのか。そこが見えないからこそ後手に回り続けているとしか思えん」

 

 振り返り、バルコニーから自室に戻ると、扉が叩かれていることに気付いた。扉を開けると、騎士が一人頭を下げていた。

 

「――何だ?」

「エリオット様のお客人が、お着きになられたとのことです」

「早いな。まあ、良い。会うとしよう」

「いえ、それが――」

 

 騎士はそれを伝えた。

 

「宰相様が対応しておりまして」

「……何故だ?」

「それが伝達のミスで、時間を間違って知らせてしまい」

「よく分からん。ハッキリと言え」

「立場上、私にはよく分かりません。しかし、現状宰相様がご対応されていますので、女王様にはお待ちいただければと――」

「……では何故、わざわざ私にそれを知らせた?」

「へ? いえ、職務ですから」

 

 アデレードは、頭を下げたまま話す騎士の頭を睨めつけた。

 

「結構なことだ。もういい、消えろ」

「はい」

 

 去っていく騎士は真っ直ぐ身体を起こしていた。

 

「嫌味なやつだ」

 

 アデレードは扉を閉めると、自室のソファに深く腰をかけた。

 

「念を押しているだけか? ……それとも何かあるのか?」

 

 アデレードは何故宰相がわざわざ割り込むようにしてまで、出張ってきたのかを考えた。この後に会う予定の客人は、息子に助力をしたというだけの人間のはずだ。面会する理由だって、どういう人間であるかの確認でしかない。何か見落しているのかもしれないという疑惑が生まれる。

 

「もう少し聞いておけば良かったか……」

 

 アデレードは悔やんだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「宰相様――」

 

 応接室で待たせているとの報告を受け取ったベネディクトは、いくつか考えながら目的の部屋まで向かっていた。護衛に兵を二人だけ連れている。

 

(あの女王が今この時期にただの平民を呼ぶとは考えにくい。何かあるはずだ)

 

 傑物かとも考えたが、主だった者は把握している。

 

(メッセンジャーと考えるのが自然か)

 

 とはいえ今の女王に集められる情報など大したものではないだろう。何のいざこざがあったかまでは知らないが、裏からの情報は滞りがちである。この状態では互いに満足な情報が得られていないはずだ。

 

(だいたい――)

 

 こんな時期に派閥争いなどしているからこうなると、ベネディクトは裏世界の人間たちを腹立たしく思っていた。隠そうとしているみたいだが、どう考えても苦戦している。どこのどいつにそんなに手間取っているのかは分からないが、使い捨ての駒と考えれば所詮そんなものかもしれない。道具というのはそういうものだ。それよりも女王が何をしようとしているかを見極める必要がある。

 

(鬼が出るか蛇が出るか)

 

 ベネディクトは応接室の扉を開けた。

 そこには桃色髪の少女が、ずずずっと紅茶をすすっていた。

 振り返った少女とベネディクトの目が合う。

 

「……これはどうも、可愛らしいお客さんだ」

「どうも」

 

 ぺこりと頭を下げた少女は、前に向き直って紅茶を再度すすり始めた。

 ベネディクトは肩透かしをくらったような感覚と、一抹の不安とも言い難い疑惑のようなものを覚えた。確かめるためにと、少女の向かいに座った。テーブルの上には簡素な焼き菓子と、紅茶があった。

 

「……君が陛下に呼ばれた子で間違いないかね?」

「おそらくはそうです」

「違う可能性もあると?」

「いえ、呼ばれた人間が一人だけであるなら私ですが、そうでないなら誰を指しているか分からないので」

「なるほど」

 

 ベネディクトは少し佇まいを正した。

 

(何も考えていなさそうにも見えたが、そういうわけでもなさそうか)

 

「陛下に呼ばれて光栄だろう?」

「いえ別に」

「――これは度胸のあることだ。王城でその言葉を吐ける人間はそういない。誰しも己の身を案じるものだろうに」

「王子に呼ばれたと思ってるだけなので深い意味はありません」

「ああ、王子の――」

 

(想い人といったところか)

 

 ベネディクトは得心した。なるほど見た目、年齢を考えればそういうことになる。女王が会おうとするのも当然な話だ。

 

(であれば、何かに使えないか)

 

 混乱とまでいかないまでも、面倒事くらいを起こせるくらいの何かを。

 

「……君はこの国のあり方について考えたことがあるか?」

「急になんですか」

「君は陛下に会うのだろう? そういうことを聞かれるかもしれない。その予行練習だと思いなさい」

「はぁ」

 

 少女は天井にまで視線を上げると、あまり間を置かずに視線を元の位置まで下ろした。

 

「考えたこともなければ、考えようとも思いません」

「……それは何故かね」

「考えたところで何か意味ありますか? 私は王ではありませんので」

 

 ベネディクトは歓喜に口元を歪めた。

 

「そう、私も同意見だ!」

「はい?」

「この国のことをどれだけ考えようと、王の一時の感情で変わってしまう。我々の生きる社会、政治はそういう危険を孕んでいる。だから私は新しい政治を模索しているのだ」

 

 ベネディクトは立ち上がった。講演会の講師のように、手を腕を動かし始めた。

 

「これは結論ではない。しかし、一つの答えであることなのだが――」

 

 ベネディクトの舌が饒舌に回る。

 

「王一人の意思決定によるものではなく、皆で考え、皆で決める。そんな社会であればこの国はもっと良くなると思うのだ。これを制度化し、実際の政治に反映する。民の声が政治に反映されるような社会を目指して――」

「でもそれ、王様は嫌がりません?」

 

 口を挟まれたベネディクトだったが、気に障った様子は微塵も見せず、話を続けた。

 

「……その通りだ。君は賢い。我々の課題はそこにある。存続の危機にひんしているこの国を守るための一手、しかしそれを受け入れてもらうにも現状では陛下の裁可がいる。私は陛下に理解して頂くために、日々、何か手はないかと苦心している。困難も幸福も皆で分かち合うべきだろう。これを民主主義と私は名前をつけた。良ければ君にも協力してくれると嬉しい」

 

 握手を求めるように手を出すベネディクト。少女は首を傾げた。

 

「よく分からないんですけど、急に皆で決めろって言われても、それこそ皆が困りませんか? 習ってもないことです」

「その指摘はもっともだ。だが、だからこその教育だ。身分制限があった学園に平民枠を作ろうと提案したのは、実は私なのだ」

「じゃあ現状では極少数しか教育受けてないことになりますよね」

「教育を行き渡らせるまでの期間は、教育を受けた者で多数決を採ろうと考えている。時間の問題は時間で解決するしかない」

 

 難しそうな顔をする少女に、ベネディクトは話を進めすぎたとフォローを試みた。

 

「少し話が難しすぎたか。いやすまない。初めて聞く人間は誰しも戸惑うものだ。新しい制度新しい思想というものはこういうものであるから、理解出来なくても恥じることはない」

「その民主主義をやろうってのは、民衆に多数決を採ったんですか?」

「ん?」

 

 ここで、初めに感じた違和感が顔を出した。

 

「皆、王政を批判しているのではなく、今の王の政治を批判しているようでした。王政から民主政治にとは誰も言っていませんでした。それに多数決なら、別のところでやってるところがありましたよ」

 

 違和感が疑惑に。また、疑惑は膨らみ形を変え、確信に近づく。

 

「少し前の話ですが、グレイストーンという街で、気に入らない代官や領主を取り替えてやろうという多数決を見ました」

「それは反乱というのだ」

「その反乱こそが多数決であり、民主主義じゃありませんか。貴方の言う理想よりもよっぽど名前に合っています」

 

 少女はようやく笑みを見せた。その笑みは皮肉の類いだった。

 ベネディクトは表情を硬くした。

 

「……君は反乱を奨励すると?」

「いいえ」

「私が言っているのは反乱ではないが」

「ですがその違いが説明出来ていませんね」

 

 確信に至った。

 

「……そうか。ならば結構」

 

 ベネディクトは湧き上がった感情を表に出ないように努めると、立ち上がった。

 

「――陛下をいつまでも待たせるわけにもいかない。私はこれにて失礼する」

 

 もはや顔も見ずにそう言うと、部屋を出た。ベネディクトは振り返らなかった。振り返れば感情が表に出そうだった。収穫はあった。そう何度も唱えて鎮めようとした。

 廊下を歩く足の運びがいつもよりも足早になっていることに気付きつつも、ベネディクトは修正する気にはなれなかった。そうでもしなければ、敗北感にも似たこの感情を流すことは難しそうだった。

 

「……その、どうなされたのですか?」

 

 案じた護衛の一人が声をかけた。

 ベネディクトは忌々しげに言った。

 

「あいつだ。――あいつだったのだ」

 

 口に出すと、釣られたのか抑えていたものが表に出始める。

 

「……お前は気付かなかったのか」

「な、何がでしょう」

 

 ベネディクトは舌打ちをすると、口を閉じきった。開けば罵詈雑言を兵に向けてしまいそうだった。それは己の利に反する。堪えなければいけなかった。だが、沸き上がる怒りの感情をどうしていいのか分からなかった。

 

(あの小娘め)

 

 あの少女の口から出た街のことを知っていないわけがない。これまでで、一番大きな失態があったところだ。そして、そこから明らかに流れが悪くなった。

 

(王子を助けたとか言ってるが、そもそも行動を共にしていたに違いない。(はらわた)が煮えくり返るとはこういうことか)

 

 奥歯をぐっと噛み締めた。

 

「相当の知恵者だ。あいつが最近の王子一派の行動が変わった要因に違いない」

「っそうなのですか!?」

 

 王子の駒は良くも悪くも実直な者しかおらず、駆け引きや政治等には弱い。そんな王子が最近大きく功績を上げ、罠を避けだした。初めはたまたまにも見えたが、やがて未来でも把握しているような回避を見せたことから、これは偶然ではなく王子に厄介な頭脳が加わったのではないかと疑い始めた。

 もちろんその頭脳を探ってはいたが、よく分からないままだった。だが、今ここでようやく分かった。

 

(何が王子の危機を助けた武芸者だ。どう見ても戦闘に長けているようには見えないではないか)

 

 しかし、であれば話は簡単だった。

 

(あいつを消せば元通りだ。刺客を送り込む)

 

 あの様子ではそう難しくはない。虫も殺したことがなさそうな様子だ。刺客が辿り着きさえすれば、確実に消せる。怯え面が映えるだろう。

 

「そ、その、私にはよく分かっていないのですが、あの娘の何がそんなに……」

「分からないのか」

「申し訳ありません」

「お前は初めて私の理想を聞いた時どう思った?」

「す、素晴らしいと思いました。申し訳ありませんが、それ以上はちょっと……」

「そうだ。それが大抵の反応だ」

 

 唾でも吐き捨ててやりたい気分だった。

 

「だが、あいつは一度聞いただけで理解した。それだけでなく、不備まで指摘したのだ」

「そういえば確かに……」

 

(民主主義の世の中を体験でもしていないと有り得ない)

 

 ベネディクトは拳をぐっと握った。

 

(相当なキレ者だ)

 

 まんまと一杯食わされた気分だった。いやグレイストーンの街のことからを含めれば、一杯どころではない。あのとぼけた様子も油断を誘ってのことに違いない。この己が誰かを分かっていたのだ。あの街の話を出したのも何か意図があるだろう。詳細は刺客を向かわせて吐かせるしかない。懸念はその刺客共とまともな連絡がつかなくなったことだ。連絡員は残っているが、その連絡員らにもろくに伝達がいっていない様子だ。

 

(外部を使うにはまだ早いところだが……。いや、あいつが王子の脳を担っているならば、危険を冒しても消す価値がある。集められるだけ集めてやる)

 

 使えるものは使うべきなのだ。この国も、それ以外も。

 

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