TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
アデレードは大きく息を吐いた。
「もういいか。お前には語っておく必要があるだろう」
「一体――」
「もうここまで事が進んでいるのであれば、我の命も短いだろう」
「そんなっ」
否定しようと立ち上がったエリオット。
「座れ。いいか、心して聞け。お前はあの人の忘れ形見だ」
重々しい言葉。
アリアは空気を読もうとした。
「私は席を外しましょうか?」
「……再び、この子が襲われている現場に出くわしたらお前はどうする?」
「まあ助けようとするんじゃないすかね」
「充分だ」
アデレードはエリオットを見た。
「一人でも多くの仲間を作らなければならない。もちろん裏切らない者を」
騙し騙され、利益の調整。こんなものに時間と労力を使わさせることのなんと無駄なことか。
「お前はあの人とよく似ている。人を疑う前に信じようとする。人の善性を信じ、そうであればと心の底から願う」
エリオットからすれば美徳そのものであり、理想でもあった。疑問が口に出る。
「……それは、いけないことでしょうか?」
「人としては美徳だろう。だが王がそうであれば、国が喰われる。お前も見たはずだ。喰われる過程にその割を食らった者たちを。流れるのは血より汗であるべきだろう」
「しかし誰もを疑ってしまえばいずれ孤独になります。はたして王が孤独で良い治世が行えるものでしょうか」
「その孤独こそが王の証だ。どの道、誰かがその役目を負うだけだ。お前が出来ないのであれば、それが出来る者に任せるしかない。非情な差配が必要な時は必ず来る。お前が出来ないのであれば、代わりに出来る者を仲間にしておけ」
「そんな……」
王に必要な資質がどういうものであるか。それは論ずる人間ごとに分かれそうなものであるが、少なくともエリオットには反論するだけの論理を持っていなかった。エリオットは、助けを乞うようにアリアの方を見た。それを受け、アリアは口を開いた。
「私が思うに人には得意不得意があります。今論じられたものに関しては、息子さんに合ってなそうに思えます」
「……どうであれ、やらなければいけないことはやらなければいけない。誰かに押し付けるにしても、顔をそむけてはいけない。自覚的ではなければいけない。でなければ意識から外れてしまう」
「しかし孤独は必須でしょうか」
「さてな。そうではないと良いと願ってはいるが――」
アリアとアデレードの目が合う。
「これは勘だが、お前は切り分けて考えることが出来る人間、つまりはこちら側だろう?」
「とんでもない。博愛主義なアリアちゃんは街の清掃活動に励んでいます」
怪訝な顔をしたアデレードだったが、次の言葉にピンときた。
「何かご用があれば、友達割引で請け負いますよ」
婉曲な言い回し。
「どういうことだ?」
「お邪魔な方がいらっしゃればどうぞ。でも、狙う人が、面白い人とか善人の場合は請け負えません」
あまりにも自然な様子のアリア。
アデレードは確信に至った。
「……情報も期待していいのか?」
「期待されても特に何も知らないですけどね」
「何でもいいぞ」
「国の直属がいるでしょうに」
「我の手にはない。全て取られた」
「あらま」
驚くアリア。
「あ、じゃあ怒らないですか?」
「何がだ?」
「七割、もしくは八割くらいもう切り取っちゃったんですけど」
「何を言っている?」
「使えそうなやつとか面白味があるやつとかは仲間にして、後は斬り捨てました」
「だから何を」
エリオットが口を挟んだ。
「ああ、そう言えば前に言ってたね。なんか裏世界の人たちと喧嘩してて、この間組織ごとボコボコにしたって」
「おい、何でそんな大きな事を報告してない?」
「なんか軽いノリで言われたので、つい……」
アデレードは頭が痛くなった。
その様子にアリアは笑いそうになるのを我慢した。
(親子コントもいいなぁ)
おもしろがそこにあった。
「ご安心ください。大元の部分はまだ残ってるので」
「……どうせならその大元も壊滅させてくればいいものを」
「隠れられちゃって手間取ってます。その代わりに、闇の世界乗っ取りかけてますけど」
「そうか。――ん? そうなのか?」
素で聞き直すアデレード。
「そんな簡単にいくとは思えないのだが」
「見込みありそうなやつは勧誘したり、カスは手当たり次第斬ったりしてたら何とかなりました」
アデレードはこめかみを強く押さえた。知らない間に、取られた暗部の手駒が壊滅しかけていた。そしてその伝手となる者が目の前にいた。その口ぶり的に、戦闘の心得はある様だが、主というわけではないらしい。
「……其方はその組織に属しているということで間違いないのだな?」
「まあ、そうなりますね」
「我が接触することは可能か? 是非とも力を借りたい」
宰相が手を伸ばす前に、必ず。アデレードは急ぐ必要があった。
対し、アリアはいつも通りである。
「じゃあそういうことをよくやってる人連れてきますね」
アリアの頭の中に、一人の人間が思い浮かんだ。彼なら何でもやってくれるだろうと。
別の言い方をすると、雑用の全てを押し付けている人である。顔を合わせる度にキャンキャンと文句を言っている上に、ガウガウと何かと態度も悪い。だが仕事ぶりは犬のように至極真面目で、努力すら垣間見えていた。良い拾い物をしたと、アリアは気に入っていた。面白いし、無理難題を押し付けたくて仕方がない。だが無理難題を見つけ出すのも大変なのである。多少のことならこなしてしまう上に、変に経験値を付けさせてしまったがために能力が上がってしまった。それはそれでなんか癪だったので、この間は腹いせに戦闘力訓練と称してボコボコにした。平和主義であることを口に出した際に、「え!?」と驚かれて急に思い付いたことだった。己の優しさに涙が出そうになった。己より博愛主義で平和を愛しているやつがいたら、斬ってやりたい気分にもなった。誰にも負ける気がしなかった。
「ああでも、報酬はちゃんと頂きますよ」
「――友人割引だったか?」
アデレードは値切ろうとして交渉に入ろうとしたが、相手が悪かった。その交渉相手には、その気になればいくらでも騙そうとする心意気と智慧があった。
「ええ、友人割引で。それも金銭ではなく、融通を利かしてもらうといったようなことで構いませんよ」
アリアにとって、エリオットは現状ではまだ限りなく友人に近い知人だった。では友人と言い切れる人間は誰かと言うと、美味しいもの製造人間であるリリアナだった。つまり友人割引という心理は、
(もしあの子が王妃にならなければ、正規価格としてふんだくる)
というものだった。
それに見る感じでは、王子のパートナーはしっかり者のリリアナが合ってるとも思った。城に遊びに行くたびに、贅の限りを尽くした美味しいものを食べれるかもしれない。そんな期待までした。
そこまで話すと、ようやくメインディッシュが来た。
扉が開くやいなや、動物性油脂の焼ける香ばしい匂いが食欲にダイレクトアタックしてきた。その正体は肉料理の王、ステーキだった。配膳が終わるやいなや、アリアはすかさずにもぐもぐした。旨味に両頬をビンタされた気分だった。
「ぅんまい」
香辛料をふっかけただけの焼いた肉がどうしてここまで美味いのか。アリアは宇宙の神秘に触れた気になった。
そのまま最後のデザートがやってきた。
デザートは苺のショートケーキだった。苺の甘酸っぱさが、肉を食べた後の口内にクリティカルヒットして幸せを生じさせた。
アリアは十分に満足した。美味しいものを堪能したと感じた時、もう一つの目的を思い出した。
「そう言えば、王子のお相手とか考えているんですか?」
そう聞いたアリアに、アデレードは淡々と答えた。
「それが中々難しい。貴族相手ともなれば、力関係の調整もある。偏りが生じると後々面倒だ」
「それなら平民とかもいいんではないですか?」
ぐっと前に踏み込んだアリアに、意図に気付いたエリオットが止めようとする様子を見せたが、先にアデレードが答えた。
「――平民も考えてはいる」
「えっ」
驚きが声に出たエリオット。
「何だ? 平民は嫌か? この状況だ。あまり選り好みはしてられんぞ」
「いえそうではなく、てっきり貴族の誰かとばかり思っていたので」
「案外後ろ盾も何もない平民を選んだ方がいいこともある。後々の調整が楽だ。だが、大きな問題があるから恐らく平民は選ばない」
「……大きな問題、ですか?」
「能力だ。わざわざ平民から選ぶとなれば能力を重視する。その上でもっとも大事なことは、王族になるということで舞い上がらないような精神性を持っていることが必須だ。大抜擢された平民がその為に身を崩したなど、聞かない話でもないしな」
「な、なるほど」
何かいい感じだぞと、アリアはさらに踏み込んだ。
「理想とかあるんですか? こういう能力を持った平民ならいいとか」
「ふむ。何ならお前でも悪くないぞ。戦闘能力があれば護衛だってこなせるだろう。それにどこで身につけたかは知らないが、礼儀作法が自然と溶け込む程に身についている。その上、政治についていける知を感じる」
「知性が滲み出てしまう私ではなく、別に推しの友人がいるんですけど」
「……友人か。闇側の世界の住人か?」
「いいえ。美味しいもの世界の住人です」
「何だそれは」
「とても料理が上手いです」
「王妃には必要のない技能だな。調理は他の者がする」
「ぐぬぬ」
言われてみればその通りだった。
「そうだな。あえて理想だけを言うのであれば――」
顎に手を当てて、アデレードは理想を言った。
「仁愛に富み、加虐的なところがない者。平民としての視点を治世に活かせる者。さらに言えば、平民でありながら貴族の社会や、その社交を理解している者。もっと言えば、政治を理解出来る者か。あと人脈も欲しいぞ。いや、まだあるな。経済にも明るい方がいい。商才もあった方がいい。ああそれと、奇抜な新時代を感じさせる発想も出来るといいな」
「あの母上、それはちょっと……」
「なんだその顔は。そもそもこれは理想だけを並べたに過ぎない。全部当てはまるような人間がいてたまるか」
後世の人間が盛りに盛った偉人みたいだった。現実にいたら怖い。
「それでどうだ? 其方の友人はどれだけ当て嵌まる?」
「むむむむ」
アリアは答えられなかった。
直接連れてきたら何とかなるような気がしないでもなかったが、さすがに要求値が高すぎる。また今度にするべきと思った。
「さて――」
食事会はこれでお開きとなった。話も込み入って、初回にしてはかなり打ち解けた。気付けば、もうすぐ夜である。
情報提供うんぬんに関しては、後日また会ってからということになった。アリアは途中で女王が何を言おうとしたのかちょっとだけ気になりつつも、考えをリリアナの方に切り替えた。
帰り道を歩くアリアは、アデレードの理想にリリアナがどれだけ当て嵌まるかを考えた。すると、自分がリリアナについてよく知らないことに気付き、今度一緒に遊ぼうと決めた。
その途中、人通りが少ない路地に入った頃合いに、人に囲まれた。数は三人。全員顔を隠している。
「どなたですか」
「……命令により、始末する」
「うーん、絶対無理」
「なんだっ、と――」
喋っていた刺客が後ろから刺された。
続けて、もう一人。
「ほらね」
最後に残った一人に、アリアは話しかけた。
「調子は?」
「特に何も変わらない」
「そう」
残った一人が覆面をはいだ。その正体は前に仲間にしたカインという男だった。裏切っていない体で、元の組織の人間として情報を集めさせている。
「ちなみに今のは素人? 城からずっと付けてるのバレバレだったけど」
「連絡要員が無理矢理駆り出された結果だ。組織に連絡が取れないのなら、お前たちが行ってこいとさ。偉い立場の人間は、下の人間が自分と同じ人間には見えないらしい」
「あら」
アリアはちょっと同情した。
「そう言えば、お子さんはとりあえず預かったから」
「……ああ」
返事をしたカインの表情は硬かった。
「じゃあ俺は行く」
「ほいほい」
孤児院に帰り着いたアリアをリリアナは元気に迎えた。アリアはさっそく遊びに誘った。
「えっ!? アリアちゃんから!?」
飛び上がるように喜ぶリリアナだったが、
「っあ! でも、ちょっと予定確認しないと」
リリアナは予定帳を開いた。カバーには学園のマークがあった。
「ええっと、この日はオフィーリア様と新事業の打ち合わせがあって、そしてこの日はお茶会だ。コネの強化も兼ねてるから参加しないわけにもいかないから別の日に……。あ、この日なら、ってこの日はオフィーリア様に礼儀作法の先生を呼んでもらって講習を受ける日だった」
アリアは目を白黒させた。
どんなんだろと予定帳を覗き見ると、蟻が密集したかのようにびっしりと予定が書き込まれてあった。
「あわわ」
怖いものを見た気分になった。