TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第39話 水面下

 王都、とある酒場。

 薄暗い路地裏からでしか入れないその酒場は、その立地や業種を鑑みるとやけに清潔な内装をしていた。店内にはお洒落な調度品がいくつも設えてあり、いかにも荒くれ者どもが集いそうな見た目にも関わらず、どこか洗練された雰囲気があった。

 とはいえ客はいかにも怪しそうな人間ばかりだった。

 店内の奥にはカウンターがあり、その中で酒場の主が接客していた。カウンターの席は少なく、座れる者の数は限られていた。人気席だが、誰でも座れる席ではなかった。

 そのカウンターの奥にまだスペースがあり、そこから何かのスープを煮込んでいる香りがしてきて食欲をそそった。ナッツやチーズ類だけではなく、豊富な飲食物を提供していた。

 そんな酒場の一番目立つ所に、『明朗会計』といった意味合いの文言がデカデカと書いてあった。

 カウンターに座っていた客である一人の男が、ふと尋ねた。

 

「なあマスター、ずっと気になってたんだけど、何であんなん書いてんだ?」

 

 目の前にいたマスターは少し気まずそうに答える。

 

「あ? あー、いやほら、そっちの方がお前らも助かるだろ」

「助かるとかじゃなくて、何でかって聞いてんだが」

「だからお前らは助かるからいいだろ」

「……言えねえことか?」

「知りてえなら、お前らのボスにでも聞くことだな」

「うわっ。やっぱいいわ。気にしないようにする」

 

 客の男は何かを察した。視線を下げ、気を紛らせるようにメニュー表をみた。各テーブルに置かれてあるそれは、見やすく丁寧に書かれている上、料理の絵まで付いていた。そして酒場にしては妙に食事のメニューが多かった。デザートまで完備だった。余白には気が抜ける小動物の絵もあった。

 

「なあ、このメニュー表どうにかならねえかな」

「それもお前らのボスに言えよ」

「いやお前のボスでもあるだろ」

「半分な」

「じゃあ半分だけでもいいから頑張れよ」

「気に入ってそうだったから諦めろ」

 

 何となくその様子が想像出来た。

 

「それより知ってるか?」

 

 マスターの声のトーンが落ちる。

 客の男は真面目な話かと、少し身構えた。

 

「……んだよ」

「この辺りにも部外者が増えた。どいつもこいつも見ねえ顔ばっかだ」

「――探りが増えたのか?」

 

 情勢は目まぐるしく変わっている。手抜かりがあってはいけない。ボスはちゃんと怖い。

 

「いや、治安が良くなりすぎて今まで来ていなかった層が来るようになった」

 

 ずるっと重心がズレた男に対し、マスターはほくほく顔だった。

 

「正直儲かってる」

「知らねえよ」

「明朗会計だからな。売り上げも評判もいいぜ。浅瀬のやつも、表側のやつも来やがる。ここに来れば比較的安全に裏に接触出来るってな。おかげで貴族の使い走りから、騎士までも来るぜ。皆、こういうところでしか手に入らない情報が欲しいらしい」

 

 男は合点がいった。

 

「じゃあ明朗会計ってのは――」

「ボスの洒落だな」

「んだよ。ってか、言うのかよ」

「隠すことでもないからな。それより今日も、ほら――」

 

 促され、周りを見渡すと、客の種類に幅があるのがよく分かった。気付いてなかったわけでもなかったが、実際に言われてみるとその幅広さに少し驚いた。客は客同士であれこれと話している。談笑している者も多い。馴染むまで通ったのだろう。逆に緊張した様子なのは新顔だ。しきりに周りを気にしている。本来はこの店に来るような人間ではないのが容易に見て取れる。

 皆、この世界で何があったのかを知りたくて仕方がないらしい。そんな新参者に対し、半端に知った者は「知らない方がいいこともある」なんて格好つけて言うが、すべて知ってる者は「特になにもないぞ」と言う。実際の内情は一方的にボコっただけであり、その後の組織運営は、そういったものが得意なやつがウキウキと能力を発揮しただけに過ぎない。活かせていなかった能力を発揮出来るとなれば、楽しくて仕方がないらしい。

 マスターは視線だけやって、客の男に視線を促した。

 

「だがあれは良くねえな――」

 

 荒くれ者が、飲食物を配膳している従業員に文句を付けていた。

 次第に声が大きくなり、周囲の視線が集まり出す。

 ああいう手合は、客の男もよく見てきた。

 

「暴力での恐怖で望みを叶えてきたやつらだな。長生きはしねえだろう」

 

 半端なはみ出し者というのはどこにもいるものである。村一番の腕自慢が街に来て、現実を知ることも多い。

 

「外からのお客さんだろう。だがまだ死んでねえってことは、それなりってことだな」

 

 客の男は嫌そうな顔をした。

 

「……ここの従業員はレベル高いのにやめられたら困るぜ」

 

 店の給仕をしている従業員は、露出度そこそこのお姉さんが多かった。愛想が良く、客のウケも良い。

 それが今、大声で恫喝されている。

 

「心配すんな。あいつらは借り物だ」

「借り物?」

「ああ。ボスからのな」

 

 詳細を聞こうとして、客の男がマスターに向き直った矢先、後ろから衝撃音がした。

 振り返ると、荒くれ者の顔がテーブルに押し付けられていた。

 マスターのぼやきが聞こえた。

 

「あーあ、修繕費が……」

 

 それまで配膳していたお姉さんは、荒くれ者の頭から手を離すと、足を高く上げてそのまま荒くれ者の頭に振り落とした。

 その衝撃にテーブルが割れ、それまでテーブルの上に乗っていた食器類が地面に落ち、高い音を立てる。

 客の男は目を丸くした。

 

「……嘘だろ。俺、あの子狙ってたのに」

 

 気落ちした。

 

「何か関係あんのか?」

「俺は男らしく守りてえ派なんだよ」

「弱いのにか?」

「弱くはない。弱くは……。いや、なんか自信無くなってきたな……」

 

 すぐに後処理が行われる。

 客席では「やはりここはすごい」だの「普通じゃない」だの「逆に惚れた」だの、色んな言葉が飛び交った。

 それで騒ぎは終わったと思いきや、ざわめきが再度起こった。

 今回は関心度が段違いに高かった。

 酒場に人が入って来たことが原因だった。

 客席のあちこちでひそひそ話が起こる。

 

「お、おい。あれが――?」

「そうだ」

「なるほどな……」

 

 新しく入ってきた男を先頭に、部下らしき男たちが後に続いていく。

 誰かがボソリと呟いた。

 

「……あれが裏世界を塗り替えた男か」

 

 当の男はどかりとカウンターに腰を下ろすと、後続の男たちは各々バラけて席についた。傍目からは、飲みに来ただけにも見えた。

 カウンターに座った男に対し、マスターは声量を抑えて用件を尋ねた。

 

「今日は何の御用で?」

「……愚痴だ」

「愚痴? あんたの口から出る愚痴のほぼ全部は――」

「ああ、あいつのことだよ」

 

 男は非常な幸運の持ち主だった。

 まるで女神にでも魅入られたとしか思えない運命の申し子だった。

 視点を変えると、非常に不運で、死神か邪神かに魅入られたとしか思えない、運命も申し訳なくて頭を下げるような子、ヴァイトだった。

 ただただひたすらこき使われ、無理難題も押し付けられ、今日もまたそうだった。ここしばらくずっとそんな暮らしを送っている。ちなみに表向きでは、ヴァイトが組織のボスということになっている。初めはただの勘違いだったが、それがボスに大いにウケてそれでいくことになった。

 

「ま、まあ聞こうじゃねえか」

 

 周りに聞こえないくらいの小さな声。聞こえるのは三人。

 ヴァイトは、今までマスターと話していた客の男に目を止めた。

 

「なんだお前、リックか。帰ってきてたのか」

「うっす。一つ仕事終えて、王都に帰ってきたばかりっす」

「お前も大変だろう。あれやこれと」

「いえそんな。誰かに比べたら……」

 

 リックは謙遜したが、事実だった。マスターは茶化した。

 

「だってよ、誰かさん」

「おい」

「まあ、そう気を張るなよ。――ほら上物だ」

 

 上物のぶどう酒のボトルが置かれ、ヴァイトの機嫌が良くなった。もちろん有料である。

 マスターはちゃっかりと稼ぐつもりだった。

 

「はぁ。今日は王城まで行かされたぜ」

「えっ――」

「おい」

「すんません」

 

 声が大きくなったリックを、ヴァイトは咎めた。

 これは何かあったなとマスターは話を促した。

 

「どうやったら王城まで行くことになるんだよ」

「だからあいつのせいだよ」

「あー」

「どう思うよ? 大した説明もしないまま『よろしく』と送り出されたんだぜ?」

 

 ひどい話もあったものである。

 

「ムカついたから女王相手に散々ボスの悪口を言っておいてやった」

「いや、そういうとこで気に入られるんじゃないすかね」

「あ? どうしてだよ。逆だろ」

「いやぁ、まぁ、何と言うか……」

 

 言葉に困ったリックに、マスターが助け舟を出した。

 

「ま、お前さんも随分と苦労してるんだな。――それで言うと、お前のライバルはどうしたよ。あいつも同じような感じなのか?」

 

 ライバルという単語にしかめ面したヴァイトだったが、素直に口を開いた。

 

「あいつのことなんか知るかよ、――って言いたいとこだが、実際は似たようなものだ。いやあいつの方が危険度は高えかな。つってもあいつがくたばるとは到底思えねえがな。それより俺はストレスがやべえよ」

 

 ヴァイトは最近、抜け毛を気にし始めていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ライバルかどうかはともかく、フェザーは王都からずっと西の方にある領地に向かっていた。

 王都から西に進んでいくと、垂れ下がるように広がる森が壁となって進めなくなる。森には貴重な薬草等の資源もあるが、魔物の生息地でもあるので、足を踏み入れる人間はほとんどいない。ここに棲む魔物は数が多い上に、強力な個体も多い。その魔物らが弱肉強食の生存競争を行い、蠱毒のようになっていた。その危険性の高さから、人の身で森に入るというのは死を意味した。浅瀬であれば帰還出来たという実例はいくらかあるが、深部になるとただの一つもない。

 そういうことで森の向こうに行くには、垂れ下がった森の外縁に沿って進むしかなかった。

 フェザーもそれに倣って、迂回するようにして目的の領地を目指していた。

 

「しかしリーダー、何だってこんな貧乏くじを引いたんですかい?」

 

 部下の一人がフェザーにそう聞いた。

 フェザーは少し間を置いてから答えた。

 

「まぁ、俺等がやった方が確実性が高いからだろうな」

「だからってわざわざ自分から行くことないでしょうに。ボスに惚れてんでも?」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあまた何で」

 

 首を傾げる部下。

 

「あいつと俺は、おそらく同類だ。人生に似たような傷を持ってて、それが己の中心にある」

「傷? リーダーのそれはもう終わったと聞きましたが」

「それが終わらねえんだよ。傷の有無じゃねえんだ。世界に対する己の在り方だ。簡単に言うと、社会が気に食わねえって話だ」

「あのヴァイトの野郎もそうで?」

「あいつもだろうな。社会に楯突こうってんだ、何かあるんだろうぜ。ま、互いに長生きは出来ねえだろうな」

 

 抗うことが人生となっている人間はいる。抗い方によって仲間が出来ることもあれば、孤立することもある。

 

「傷が出来る前には戻れない。そもそも、ここにいるやつらも大体は同じだろ?」

 

 別の部下の男が同意した。

 

「まぁ、何となくはそうですね。元の生活をしている自分なんて考えられない」

 

 同意の声が続く。

 フェザーは桃色髪の飄々とした少女を思い浮かべた。

 

「あいつと敵として会った上で生きてるやつってのは、同じものを持ってるやつなんだろうな」

「今言った抗いってやつですか?」

「ああ」

 

 各人、何かしら思うところがあった。

 雑談はここで終わり、足を急がせた。

 目的地の領地はすぐそこ。

 領地の境には警備兵が多くいた。情報統制を行っていることは知っており、警備の警戒度は予想通りだった。

 

 ――だが難しい話じゃない。

 

 フェザーは決断した。

 仕事柄、忍び込むのは得意だった。数日かけて警備の薄い場所を探し回る。

 

「あそこにするか」

「うっす」

 

 夜陰に紛れ、領内に侵入した。

 その後、商人やら何やらと姿を変え、数日かけてこの地に住人に色々と聞いていった。

 怪しまれないように、他の村や街に住む住人として、日常会話を装い情報を得ていく。得られる情報自体には大きなものはないが、小さなものでも集めれば推測が可能になる。

 さらに数日経った頃、各人の集めた情報をまとめるべく、皆集まった。

 夜、街の物陰。

 

「……どう思う?」

「正直、奇妙な静けさというべきかと」

「帝国兵と王国兵が平然と同じ街にいやがるが、住民に聞いても何も知らねえ」

「着ている鎧だけが違うって感じですね……」

「さすがに兵士には聞けねえしな」

 

 住民の様子にも戸惑いが見られた。

 

「ある程度知ってはいたが、実際に来てみると違和感がすごいな」

「この後に何かが起こるって感じがすごいっすね」

「ロクでもないってことだけは分かるが、これがあの宰相の狙いだとしたら結局何がしたいのか分からねえな」

「どいうことっすか?」

「ここから帝国兵が王国になだれ込むとした場合、これじゃ宰相は侵略者に加担した敵だ。評判は地の底にまで落ちるぜ」

「バレなきゃいいんじゃないっすか?」

「バレねえわけがねえ。というか実際に俺等ですら気付いてる」

「たしかにそうっすね」

「口封じにも限界がある」

 

 フェザーは顔をしかめた。

 王に成り代わるつもりがないとしても、こんな危険を冒す理由が分からない。国を滅ぼしたいと考えているなら、こんなめんどくさいことをする必要もないだろう。

 部下の男が言う。

 

「だとしたら理屈じゃないんじゃないすか?」

 

 フェザーは顎に手を当てた。

 

「……個人的な願望、いや妄執か」

「そう考える方が自然っす」

 

 理論、理屈で導き出された答えであれば推測するのはそう難しい話ではない。しかし、個人の願望を元にした答えであれば、理屈をいくら辿っても行き着くことは至難だ。今の段階では考えるだけ無駄かもしれない。

 

「……これ以上知ろうとすると、もう少し踏み込む必要があるか」

 

 当然、危険も比例して上がる。

 

「危険なんて慣れたものだが、この地の奇妙な状況からすると少し怖いな」

「未知数もいいとこっすからね。正直引き返してもいいんじゃないすか」

「俺もそれに同意しないわけじゃないが、ここまで来て得られた情報に新しいものがないってのも事実だ。これじゃ仕事したとは言えねえだろ」

「それじゃ体を張るんで?」

「多少はな。成果ってのは持ち帰らなきゃ意味ねえ」

「うっす。覚悟は出来てます」

 

 フェザーたちはネズミが四散するように闇に紛れた。

 その数十秒後、複数の影がやってきた。

 

「……この辺だったのは間違いなかったのですが」

「本当だろうな? まさか察知して逃げたとでも?」

「それはちょっと分かりませんが」

「ふん、まあいい。とにかく仕事だ。大仕事の前の小事なれど、油断はするな。敗北というのはどういう形で転がってくるか分からないものだ」

「承知」

 

 影が散った。

 

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