TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第40話 既知

 幾日目かの夜。

 フェザーは『ようやく進展するかもしれない』との知らせを、部下から受けた。

 

「協力者なんて良く見つけられたな。一応聞くが、罠の可能性はどれくらいだ?」

 

 その念押しに対し、部下は自信あり気に答えた。

 

「ないと断言出来ます」

「どんなやつだ」

「元の領主に仕えていたメイドです」

「……現状の政情に不満ありってやつか」

「はい」

 

 大方想像はつく。忠誠心か愛着か、はたまた懐古か。

 

「会えるのか?」

「はい。話は付けてます」

 

 手はずは整えられていた。

 向かったのは、街の入り組んだ所にある空き小屋。

 扉を開けると、既に中で待っていた。

 ぺこりと丁寧な様子で頭を下げられ、顔が起き上がると、

 

「初めまして」

 

 まだ若いメイドであることが分かった。瞳から強い意志を感じた。

 

「私はお嬢様、いえ、……領主様に仕えていたメイドのマリと言うものです。現状では生き残られた弟様のお世話をしております」

「なるほど……」

 

 以前の領主一家の中で、母と弟が生き残っていることは、情報として仕入れていた。しかし、屋敷に軟禁状態のため接触することは不可能として諦めていた。これは貴重な情報源になる。

 部下の自信の理由が分かった。

 

「期待出来そうだ」

「いかなることでもお答えしましょう」

 

 その協力的な様子に、メイドの心情にもいくつか予想が立つ。

 ならばと、フェザーは相手の目的を探ることから始めた。

 

「お前たちは今この地にいる兵たちを追い出したいのか?」

「『はい』とも『いいえ』とも」

「両方なのか? 詳しく聞かせてくれ」

「騎士たちは『はい』。弟様は『いいえ』。それが答えです」

「主がその気ではないということか」

「あの人は主ではありません。旗になり得る人というだけです」

「どういうことだ?」

 

 メイドは苦い顔をした。

 

「――あの人は死を恐れているのです。我々はたとえ死すことになろうとも、意志を示したいのに。しかし我々の意志には、あの人という旗が必要なのです。そんな我々に対して、あの人はこう言うのです。『皆にまで死んでほしくはない。僕を恨んで済むならそっちの方がいい』と」

 

 フェザーは黙っていた。善悪で語るものではないと思った。

 続けるメイドの語気が強くなっていく。

 

「あの人は我々を分かっていない。恨んで済む、なんてことはありません。そもそも我々はこのまま生きていたくないのです。それは死の喪失や恐怖よりも大きいのです。この辛さをあの人は分からないのです」

 

 そこまで言うと語気が萎え、瞳は絶望に染まっていった。

 

「……安穏と生き続けるだなんておこがましいではありませんか。お嬢様は先に逝かれたというのに。今、こうなってようやくお嬢様のことを理解出来ました。あの時の私には分からなかった。ただ現状を受け入れて生きていくというこの辛さを。抗わなければ保っていれない自己を。――このまま生きていたくない。その思いが私をここに来させたのです」

 

 何もしないことが辛い。何かしていないと耐えられない。今のこの世に主はいない。

 

「……なるほどな。よく分かった」

 

 フェザーは、この手の人間が損得で動かないことをよく知っている。

 

「お前たちにとって、俺たちが味方かどうかは分からねえが、お前たちの敵の敵であることは間違いない」

「それだけでも素晴らしいことです」

 

 気を緩めたフェザーは、交流の一環として聞いた。

 

「その、お前の敬愛してるお嬢様について少し聞かせてくれないか?」

「お嬢様についてですか……。――いえ、構いません。あの方は――」

 

 語られた内容。伝わってきた人物像。名前の近似性。一人の人間が思い浮かんだ。

 

「いや、まさかな……」

「どうされました?」

「……似たやつを知ってる」

「それはきっと素晴らしい方なのでしょう」

 

 フェザーは困惑した。

 

「素晴らしいか……? いやまあ凄えやつには違いねえが」

「慈愛に溢れ、臣下を思いやり、社会悪に立ち向かう方でした」

「人違いだったみてえだ。というかお前の方も美化し過ぎてるようにも見えるがな」

「故人とは美化されるものです。私はそれに倣ってるにすぎません」

 

 どういう理屈だろうか。フェザーはツッコみそうな心を抑え、切り替えることにした。

 

「今日のところはここまでにしよう。互いに怪しまれるのは避けたいだろう」

「承知しました。しかし私としては構いません。抗った結果であれば悔いはありません」

「……そうか」

 

 別れてしばらくした後、気付いた。

 

 ――軟禁されてるやつの世話してる人間が、こんな簡単に夜に出歩けるものか?

 

 普通に考えるなら、監視の中にあるはずである。もし寝泊まり自体は外で行っているとしても、監視くらいはしてないとおかしい。だが周りに気配はなかった。

 

 ――罠か……?

 

 だがマリと名乗ったメイドから出た言葉、その様子自体からは真実の匂いがした。

 

――もしもだ。

 

 罠が仕掛けられてるとすれば、あいつらは誘導されてることになる。つまり釣り餌だ。わざと泳がせて、どっかの間抜けが食い付くのを待っている。ともなれば間抜けは自分たちということになる。間抜けにはなりたくはない。だが美味い餌であることも事実。

 

(あいつは、もしくはあいつらは気付いているのか?)

 

 そんな視点で考えてみると、反乱を押し留めようとしている領主の息子は、臆病ではなく状況を理解してる可能性がある。

 

 ――どうする。

 

 しょせん赤の他人である。この地がどうなろうと本来は関係はない。しかし、どうにも引っかかることがあった。その引っ掛かり、ないしは疑念が決断を迷わせる。

 

 ――ここのやつらを生かしておくべきか?

 

 『あいつはそれを望むだろう』と、そう思った。何であれ、自分で選択出来る方を選ぶはずだ。

 

「どうしました?」

「いや、な……」

 

 復讐を遂げた過去があるフェザーとしては、他人の復讐を邪魔するつもりはない。逆に協力してやりたい気持ちすらある。復讐を果たしても傷跡は残るが、化膿は治る。

 

(あいつが復讐を望んでいるのかは実際のところ怪しいが、もし望むのであれば手くらいは貸してやってもいい)

 

 フェザーは決めた。

 

「もう少し深く潜り込むぞ」

「さすがに危険すぎませんか」

「俺の勘が正しければそれほどではない。何なら歓待されるだろう」

「どういうことっすか」

「向こうは罠にかけるためにエサを用意してるが、大きな獲物を取りたいからとエサもでかい。針までは遠い。そんな中俺らは、罠にかかるフリをして餌を二、三口分かじって逃げるのさ」

「上手くいきますかね?」

「無理そうならさっさと逃げてしまえばいい」

 

 フェザーは不敵に笑った。

 

「――俺たちが本気で逃げおおせれないことなんてあると思うか?」

 

 部下も同じように笑う。

 

「飛ぶ鳥を落とすようなものです。空から存分に見下ろしてやりましょう」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 十数日が経った頃。

 夜、街の一角。

 フェザーたちは集めた情報を持ち寄って、あれこれと意見を交わしていた。

 顔色は渋い。

 

「……正直これ以上は期待出来ねえな」

「そうですね、存在しないものを探っている感覚です。情報が遮断されてるとしか」

「ここまでか。惜しいが、一度帰還しよう」

「うっす」

 

 そのフェザーたちの様子を、屋根上から見下ろしている者たちがいた。

 

「まったく、この俺がこのような仕事する羽目になるどころか、慣れてしまった。俺には表舞台こそ相応しいというのに」

 

 そう言ったのは、まだ若さが残る少年だった。

 

「ならば我々にお任せくだされば」

 

 少年には複数の影が付いていた。

 

「いや、全てを含めて俺の仕事だ。抜かりがないようにしなければならん」

「……左様で」

 

 少年と、影が降りた。

 逃げられないように、すぐさまフェザーたちを囲い込むと、

 

「――よお」

 

 声をかけた。

 

「手間取らせてくれたな。こそこそと湿気た所を嗅ぎ回る隠気なネズミどもめ」

 

 その声には鬱憤が混じっていた。

 

「……誰だ」

 

 問うフェザーに、少年は嘲笑う。

 

「自己紹介は自分からって習わなかったのか?」

 

 フェザーは鼻で笑ってやり返す。

 

「何だお前坊っちゃん育ちか? 気品がにじみ出てるぜ」

「……いい度胸だ。無事に帰れると思うなよ」

 

 少年から怒気があふれる。

 互いに武器を抜き、構える。

 

「っち」

 

 フェザーは選択を一つ消した。

 ある程度武を修めた者なら感じるものがある。対峙した瞬間、まともにやり合うべきではないと悟った。

 そのフェザーの逃げ腰とも言える様子を、少年は看破した。

 

「どうした? 来ないのなら朝まで待ってもいいんだぞ」

「……趣味が悪いな」

「悪く考えるからだろ?」

「そうかよ」

 

 フェザーは斬り込むが、軽く弾かれた。外側に力が流れたせいで上半身が開いた。

 

「っ――」

 

 流れる力をぐっと押し留めながら、フェザーは己の状態を確認した。

 幸い下半身に影響は出ていない。動くことは充分に可能。向こうの狙いも分かった。

 

(させてたまるか)

 

 ぐっと足に力を込め、距離を取る。遅れて、斬撃が通り過ぎていく。

 

「逃げるなよ、追いかけたくなるだろ」

「っこれだから腕自慢ってのは嫌いなんだよ」

 

 少年はジリジリとにじり寄るばかりで、仕掛けてくる様子はない。合わせて下がり続けようにも、使える空間には限界がある。現状は袋の鼠。相手の狙いは、じっくり絞って押し潰すつもりだろう。

 狭まる包囲、部下の焦り。

 フェザーは腹をくくると、

 

「こうなりゃヤケだ、滅茶苦茶にやるぞ!」

 

 と、合図を送った。もちろん言葉通りではなかった。

 遠ざかると見せかけて近づき、近づくと見せかけて遠ざかる。要は騙し合いである。

 まさに突っ込む様相を見せていたフェザーたちは、相手の意識が防御に回ったことを確認すると、懐に手を入れ煙玉を取り出した。その動作中に摩擦で火を点け、地面に投げつける。

 周囲から動揺が伝わる。

 

「なっ――」

 

 少年は警戒して口を覆った。

 巻き上がる煙が闇を染めていく。もはや人影すら判別出来ない。こうなれば視覚には頼れない。怪我をするには充分過ぎる条件。だが毒はおそらくない。

 研鑽を積んだ者は、不測の事態に対して待つことを選択する傾向がある。対応能力への自負がリスクを避けさせる。

 少年は指示を出した。

 

「距離を取れ!」

 

 迷いは少なからずあった。実際、煙幕を張る動作はあからさまな隙だった。だが、有利な状況を崩すまいという考えがその隙を突くことの邪魔をした。

 とはいえ包囲自体は崩れていない。包囲側からすれば、有利な状況が続いていることに変わりはない。それどころか逆に飛び道具を浴びせることも出来た。だが指示を出す少年には、その手の選択を嫌う傾向があった。

 

「……つまらない小細工を。俺がこのような卑怯な手には引っ掛かると思うなよ」

 

 少年は剣を強く握った。

 一秒がいつもの五倍ほど長い。しかし、待つと決めた以上はしっかりと待つ。

 時間の経つと共に煙の濃さは増してゆくが、過ぎれば晴れていくことも事実だ。明確な時間制限があった。そして時間は味方だった。

 

 ――そう、待てばいい。

 

 それが分かっていたからこそ、少年は若さゆえの逸りに呑まれることなく、現状維持に努めることが出来た。

 晴れていく煙に己の正しさを確かめていると、動きがあった。

 飛び道具の飛来。叩き落とす。

 再度、飛来。今度は、四方八方。

 

「無駄だっ」

 

 また叩き落とす。

 周りを確認する。当然、当たるような間抜けはいない。

 それよりも――

 

「来るぞ!」

 

 包囲を破るのであれば、一点突破。煙の役目は初動を見えにくくしたにすぎない。飛び道具は守備位置の確認だろう。

 すべて察知し、予想まで行った。

 可能性を考える。確率。おそらく、一番薄いところ、つまり己の奥側。敵からは反対側。

 

 ――読み切った。

 

 慎重さを捨てて、前に進む。

 煙幕内に入り込み、見えたのは逃げる敵の背中――、ではなく、正面に武器を構える敵だった。

 

「なっ」

 

 足を止めた。

 そして一歩、二歩下がる。

 あからさまな隙となった。

 

「今だ!」

 

 号令。

 その『幸運』を確認したフェザーはすぐさま反転し、包囲を破ろうと突貫した。

 だが、包囲は強固というよりは柔軟で、力押ししようとすると躱され、針に身体を擦り付けるがごとく傷を負った。敵も慣れた動きだった。

 わずかな距離を走るだけで、血が流れる。

 

「ちっ、そう上手くはいかねえかっ」

 

 それでも、足を止めるわけにはいかない。やることはもうやった。後は運だけ。

 

「落ちたら連れてけねえからな!」

 

 そう、部下に呼び掛ける。

 持ち帰るものがある。

 命より優先するべきものなど、諦めるその瞬間まで存在しない。

 

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