TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
人とは正しくありたいと願う生き物である。だがそう思うあまりに、敵を作り出すこともある。
夜の攻防、逃走劇。
活路を見出すために奮闘するフェザーらを、少年は見下すように見ていた。
「卑怯な手を……」
少年には古傷があった。その傷はヒビ割れのようなものだった。ヒビの侵食を止めるために、割れた隙間にあれこれと注ぎ込んで埋める必要があった。
逃げるフェザーの号令。
「足を止めるなっ!」
フェザーたちを囲む包囲は、柔らかなゴムのように伸び、やがて突き破られたが、それがフェザーたちにとっては出血を強要することにもなっていた。
破られない陣ではなく、破られてもいい陣だった。
少年の檄。
「追え! 削り取れ!」
逃げる者たちを追い立てる。言葉ほど楽な仕事ではない。いつ反転して牙を見せるか分からない。追い詰められた敵ほど厄介なものはない。少年はそれを知っていた。命が一つしかないことも。
「無理はするな! 出過ぎるなよ!」
無理をすればそこから崩れ、ついには失敗する。少年は心からそう思っていた。危険は避ける。避けなければ身を滅ぼす。己を安全にし、敵を危険に追いやり、こちらだけ優位な状態を保って相手を削っていく。その理念は、個人戦でも集団戦でも同じだった。じわじわと敵を追い詰め、どうしようもなくなった敵の起死回生の一手を刈り取る。抜かりなど、あってはならない。
「……二度とヘマはしない」
思いが呟きとなって出た。脳裏に入り込んできた過去を振り払った。
「――今、何か?」
もしや指示かと確認してきた部下に、少年は首を振った。
「いや何でもない」
この状況で新たに指示を出す必要はない。有利が積み重なっていく状況を変えたくない。追って削るだけでいい。
「敵の様子を見るに、一気に仕掛けてしまえば全て消すのも可能かと思われますが」
「全て消す必要はない。そういう命令を受けているわけでもないしな。……まあ頭だけは消しておきたいが」
「同意します。あれは消しておいた方がいい」
戦いの場で指揮官を失うことがどういうことであるか。優秀であればあるほど効果も高い。優秀な一群でも、即座に烏合の衆と化すことだってある。
「一応、どこに逃げるかくらいは知っておきたいが」
「拠点を割り出すつもりで?」
「そこまで上手くいけばいいが、期待はしない。そもそも、じっくりやってる暇はないからな」
少年には任務があった。
「次の段階に進めとの達しが来ている。――これでようやく我らも王都行きだ」
任務は絶対なれど、不満を覚えることもある。少年は解放された心持ちだった。いつまでネズミ探しなどやらなくてはいけないのかと、鬱憤が溜まっていた。だが、ようやく活躍の場に行くことが叶いそうで、上機嫌になった。
「そう言えば、王国側の暗部は壊滅状態だそうだ」
「それは……」
部下の男は顔をしかめた。少年の喜色が混じった声色に反し、内容は最悪だった。壊滅した原因を探りに行け、などの仕事の危険性は極大である。誰も進んでやりたいと思えない。
「そう、深刻そうにするな。――師匠、いや将軍はかえって仕事がやりやすくなったと喜んでいたよ。掌握しやすくなったとさ」
「上手く行けば、との話になりますが。どちらにしろ、壊滅した理由だけは気になりますね」
「ああ、俺もそこは気になる。であれば、こんなつまらない仕事は早く終わらせたいものだ。……俺の望みは、表舞台で堂々と己の武威を示すことだ。必要なのはその役目だけ。大体、副将である俺がどうしてこんな影の仕事なんかを……」
不満を口に出す少年。だが人の気質は様々で、プロ意識も同じだった。軽んじれば反発を招く。
「……それは我らに対しての侮辱と取っても?」
「いや、――失礼した。君らはその道の本職だ。だが俺は違う。つまりは誇りの在り処の違いでしかない」
少年はフォローした。
「俺は世界に見せつけたいだけだ。能力、結果、そしてこの才気を。本物というのは小人の小細工などには負けない。それを証明してやりたい」
「帝国内では既に有名でしょう。史上最年少で副将にまでなったのですから」
少年は首を振った。
「それだけじゃ足りない。認めたくなくても認めざるを得ない。そんな存在になる必要がある。たとえどんな手を使われても、関係なく勝つ。未然にそう思わせられるような圧倒的な存在に」
過去の経験と、未来の展望が、今の自分を作っていく。
「この大地にゼインという人物がいることを、誰もが知ることになるくらいに」
――あんな敗北とは認められない敗北。二度と起こさせはしない。
ゼインはぐっと拳を握った。
◇◆◇
陰謀が王都にまでやってくるまで、十数日の期間があった。
その日は、洗濯物もよく乾くような晴れ晴れとした日だった。
高級な馬車に迎え入れられたリリアナは、猫丸と共に、オフィーリアの屋敷に向かっていた。
「やっぱり帰れて嬉しい?」
馬車の中ですんすんしてる猫丸は上機嫌に見えた。
「でも急だったから、アリアちゃんに言えなかったなぁ。寂しがっちゃうかも」
猫丸は知ってか知らずか、気にした様子がなかった。環境の変化に動じない妙な猫である。
「まぁ、でも――」
別れたら二度と会えない、なんてことも少なくないが、二度目の再会が起きた時には案外三度目も起こる。縁とはそういうものかもしれない。
「私もアリアちゃんとそうなれたらいいなぁ」
切れる糸もあれば切れない糸もある。こればっかりは相性だったり、時の運だったり、努力では難しいものがある。願うしかない。
屋敷に到着し、合図があったので、リリアナは猫丸を抱えて馬車を降りた。
門前には、オフィーリアが直々に迎えに来ていた。
「よく来ましたわ」
オフィーリアはいつも通りの様子だったが、挨拶が終わると殊勝に頭を下げた。
「数日の予定だったものが、ここまで延びてしまい申し訳ありません」
リリアナは慌てた。
「いえっ、私も猫丸ちゃんと一緒にすごせて楽しかったので」
「……その子の様子を見ると、それが事実だったことが分かりますわね」
リリアナの腕の中にいる猫丸は、きょろきょろしていた。猫丸から感じるのは、安心と、少しの興奮。
リリアナが猫丸をオフィーリアに手渡すと、猫丸は久しぶりとばかりに、「にゃむにゃむ」言いながら首筋を擦り付けた。オフィーリアが頭を撫でると、「にゃん」と鳴いた。オフィーリアの頬が緩む。
「変わりないようで良かったですわ。長話してしまうと、講師の方が待ちくたびれてしまいますので、中に入りましょう」
「はい」
リリアナは猫丸の受け渡しだけではなく、礼儀作法の訓練を受けに屋敷に来ていた。何でも王族まで教えたことがあるという名高い講師を呼んでいるということで、リリアナは緊張していた。
目的の部屋に向かって歩きながら、言葉を交わしていく。
「それにして猫丸の毛艶が良いですわね。よく手入れをしていたのでしょう」
「はい。私もですが、もう一人の子もよく」
「もう一人?」
「アリアちゃんって言うんですけど、猫丸ちゃんと会ったことがあるみたいで」
オフィーリアは目を丸くした。
「アリアというと、桃色の髪をした……?」
「あ、そうです」
「……あの自由気ままの常時ふざけた?」
「はい、あのとんでもなく可愛い子です」
「食っちゃ寝してるだけの、あの?」
「魅力の一つですよね」
「え?」
「え?」
深刻な噛み違いのまま、目的の部屋に入った。
部屋には講師が立って待っていた。ぎょっとしたリリアナに対し、講師は完璧な挨拶を見せてきた。先制攻撃だった。毅然とした表情で講師は語り出す。
「――と、このように礼儀とは、相手を圧することも出来ます。貴方はこれからこういったことに呑まれないようにする必要があります。しかし、礼儀とは何も戦いの道具ではありません。最上は相手の胸襟を開くことにあります。――よろしいですね?」
「あ、っはい! 分かります!」
リリアナは気圧されはしたが、呑まれるところまではいかなかった。事前準備が救ってくれた。
その後、多少会話をやり取りし、ある程度互いのことを知り合っていくと、本格的に授業が始まった。
「では、まず――」
リリアナは言われた通りにやっていく。予習済みばかりのことで、戸惑うことはなかった。なんか練習方法がすごく似ていた。
「とても筋が良いですね。少し学ばれていたのでしょうか?」
「はい。友達から少しだけ」
「ああ、学園に通っているのでしたね」
「いえその友達は、その野良っていうか学園の子ではないんですけど」
リリアナは何と言って良いか迷った。とても言語化が難しい人間だった。
「その友達から、少しだけ心意気? みたいなのを教えてもらったんです。そのおかげかとてもやりやすくて。――あ、あと、その友達が言ってた事と、先生のおっしゃられる事が、よく似ていて分かりやすいんです」
「――なるほど。その方も、どなたかに習ったのでしょうね」
「その子は飴ちゃん先生に教わったって言ってました」
「え?」
「え?」
◇◆◇
王城。
女王の私室にアリアはいた。
アリアは呼び出されていた。とはいえ呼び出されなくても、最近はノリで遊びに来ている。
「で、何の用でしょうか」
「礼を言いたくてな」
「ゴチになります」
アリアは食べ物の予感を即座に察知した。今日は果実の気分。それも異国でしか食べられないようなものがいい。期待するのは酸味と甘味のバランス。
「まぁ、別にいいが……」
アデレードは、会話を楽しむということを久しぶりに体験している。アリアとの会話は飽きなかった。
「とにかくお前たちのおかげで、知りたかったものを知れるようになった。私に情報を渡すつもりで偽情報を渡してきたようなやつも判別出来るようになったしな」
「おめでとうございます?」
「ああ。これからも、――というところだが、どうだ? お前さえよければ私に付かないか?」
「はい?」
付く付かないで言えば既に付いている。提案の内容が分かりかねた。
「組織との橋渡しという名目で私に付かないかと提案している。お前のことは結構気に入っている。機転も利くし、話していて退屈しない。だがその、なんだ、……色々大変だろう?」
「何がです?」
「その、……組織の話だ」
アデレードは言いづらそうにしていた。
「お前のところのボスは、クセのある人物と聞く。おそらくお前も困っているだろう? 何も裏切れというわけじゃない。橋渡しの一環として、より密接に関わるようになるのはどうだ? という提案だ」
「はぁ。ところで一体、どのような話を聞いたんですか?」
アリアは何事もないように聞いた。
言い淀むアデレードは、明言を避けた。
「……何であれ、長く付き合っていきたいと考えているよ」
「別に報告しませんよ。ですが、私の聞きたいことを答えることにリスクを感じるであれば、なおさら言うべきでしょう。こういうのは共犯者になることで結びつきが強くなるものですから」
「それも、そうか――」
アデレードは頷いた。まあ悪いことにはならんだろうと、聞いた話を口に出し始めた。
「自由気ままで好き勝手してて面倒事は他人に押し付けて自分はケーキ食べてて……ええっと、あと他には……」
「え、まだあるんですか?」
「色々とあったな」
「ふむ、ふむ……」
アリアの表情は薄い。動作も、わずかに頷くだけ。脳が回転していた。
「何と言いますか、我々の組織は自由がウリなんです。忠誠心とか要りません」
「それでどう成り立たせている?」
「友情?」
「そんなわけないだろう」
アリアは話す気になった。元々面白そうだからと黙っていただけでもある。
「実は我々の組織は強固なものではありません」
「……そうなのか?」
「なにせ出来たばかりですし、やはり歴が足りません。そもそもボスはそういうのを欲していない」
「ではお前たちのボスは何の目的で……?」
「特にありません。成り行きです。しいて言うならそっちの方が都合が良かった。そしてそっちの方が喜ぶ人間が多かったから集団になった。我々には目的も思想もない。けれど組織としては機能している」
何でもなければ、何にでもなれる。
「もし、目的を与えれる者がいたら、はてさて……? みたいな感じです」
アデレードは眉間にシワを寄せた。
一抹の不安。もしくは危険。能力は高いが不安定であるというのは、利用する側としては怖い。
「目的次第で組織が崩れることもあるだろう。そんなバラバラな組織、長持ちするとは思えないが」
「人員の増減はあっても崩れることはないでしょう」
「なぜそう言える」
「我らのボスとは、目的を示す指導者でもなければ、尊敬と支持を集める者でもありません。入れ物の提供者でしかないのです。他では居られなかった人間にとっての」
「……お前もか?」
引き抜きは難しそうだと思ったアデレードだったが、
「そうでもあり、そうではないと言えます」
「どういうことだ?」
「まあ、私がボスなんですよね」
「え?」
「えへ?」
抑揚なくとぼけるアリア。そのまま、不敵な笑みを浮かべた。
「もし、陛下が目的を与えることが出来たら、我々は国に所属することになりますね」
急な展開に、アデレードは息を呑んだ。
「ああでも、私たちのほとんどは現状に不満を抱いてる者ですからご注意下さい」
社会に対して唾を吐きかけてやりたいやつらの集まり。それでも基準はある。愚か者はいない。
アデレードは難しい顔をした。交渉に使えるものをろくに持っていない。
「……我が、この国の国民に提供しようと考えているものは、美味い食事、良質の寝床くらいだ。この非才の身ではそれ以上は望めぬ」
「ほう。民のほとんどはそれを望むでしょう」
「……目指すだけで精一杯だがな。そんな我がお前たちに用意出来るのは、せいぜい地位くらいなものだろう」
大事なものは人によって変わるが、衣食住に勝るものはそうない。