TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第42話 迫りくる策謀

 王城、謁見の間。

 女王の横に侍るアリアは、抑揚なく言った。

 

「これは出世なのでしょうか。ええ、そうなのですよ」

 

 アデレードは横目に見ながら、面倒臭そうな顔をした。

 

「人選を間違ったかもしれないと、ちょっとだけ後悔し始めている」

「またまた」

 

 二人は、そんな冗談で気を紛らわせる必要があった。

 眼下では、大臣同士が舌戦を繰り広げている。派閥が同じであってもそうでなくても、あれこれあるらしい。権力はあればあるほどいいのか、傍目から見る分には欲の皮が突っ張って見えた。

 アリアはすぐに飽きた。

 

(不毛と言えば不毛。いや頭ではなく)

 

 これらをまとめて、一つの形、つまり国として成り立たせようとするのは困難も困難。そもそも七面倒でやってられないだろうなぁと、アリアはしみじみと思った。

 大臣たちはそれにしても元気だった。

 

「――であるから、これは我々がっ」

「何を言うか! それは元々」

 

 議論は紛糾するものらしい。そして決まることもないらしい。

 アリアは、小声でアデレードに聞いた。

 

「やけに真に迫る演劇ですけど、見飽きないんですか?」

 

 アデレードの表情は薄い。

 

「飽きるどころではないぞ。今は昼食のことを考える時間だ」

「あらら」

 

 アデレードは、視線である一方を示した。

 

「あやつですらそうだろう」

 

 ベネディクトも話を聞いている風は装いつつも、意識は別のところにあるように見えた。

 

「頭の中では策謀でも考えているのだろうよ」

「策謀と昼食ですか。良い勝負ですね」

「だろう?」

 

 しばらくして、大臣たちに体力の消費が見られた頃、ようやくとばかりにベネディクトが手を上げた。それを合図に、皆が黙った。

 

「皆様、そして陛下に、――報告したいことがございます」

 

 アデレードが警戒を示す。

 

「……何だ」

「帝国より大使がお越しになられております」

「なられております、だと? ならば既に国内にいるのか?」

「ええ、そろそろ王都に到着することでしょう」

 

 アデレードは湧き上がった感情を抑えた。

 

「……随分と遅い報告じゃないか」

「私としても報告の機会を伺っていたのですが、どうにも最近、互いに忙しい様子でしたので」

 

 アデレードとベネディクトの視線がぶつかる。牽制にしては剣呑な視線の応酬。

 その様子に、一時的に話が止まり、間が空いた。誰も口を挟めない。

 その隙にアリアはアデレードに耳打ちした。

 

「陛下、そのような情報は入ってません」

「……どういうことだ?」

「分かりません。分かるのは、ここまで隠していたということだけです。本当であればですが」

「いやおそらくは本当だろう」

「どうしてそう思うんです?」

「偽りだったとして、あいつの何の得になる? 損にしかならん」

「まあ、たしかに」

「あいつ、盤面を動かすつもりだ」

 

 確かめるように、アリアがベネディクトの方に視線をちらりやると、返答のように『これは読めたか?』と言わんばかりの視線で返された。

 アリアの頭が、ある仮定を導き出した。

 

 ――こいつ。

 

 すっとアリアの感情が冷めていく。

 言っていることが本当だった場合、完全に隠匿出来たということになる。そしてそれがどういうことであるか。出てくる答えは、何かしら妨害を受けたということ。もしくは、見逃してしまうほどに相手の方が上手(うわて)だったのか。どちらにしろ、何人かは殺られただろうと思った。

 アデレードがベネディクトに問う。

 

「その大使とやらはいつ着く?」

「近日中には私の用意した屋敷に着くと聞いております」

 

 ベネディクトは己と密接にあることを示した。それにしても日が近い。

 

「……用件は事前に聞いているのか?」

「ええ。何でも関係修復のため、とのことです」

「今更だろう」

「しかし帝国と本格的に争うことになれば、我が国は持ちません。国力を考えますと、ここは友好的に接するべきかと」

「つまり向こうは要求する側だと言うことだな」

 

 どんな吹っ掛け方をしてくるだろうか。アデレードは今から気分が悪くなった。

 

「それと大使、いえ親善大使と言うべきですかな。その親善大使として選ばれたのは、帝国七将のヴェイルモント卿です」

 

 大臣たちから驚きの声が上がる。

 アデレードも顔がこわばった。ざわめきの中、アリアだけは全てが初耳だった。

 話に付いていけないのもアレだと思い、アリアはこそっと聞くことにした。

 

「有名人ですか?」

「……己こそが最強だと宣っている者だ」

「そんなのいくらでもいますよ。田舎とか」

「世界の中心だろうと、平然と主張するようなやつだ。実際、異議を唱える者全てと戦ってきたことで有名だ」

「じゃあ、負けなしってことなんですか?」

「そうだ。将軍の地位も決闘で勝ち取ったものだと聞く。この世で一番強い者として名前を挙げるなら、間違いなく挙がる名前の一つだろう」

 

 アリアは目をパチクリした。

 

「そんな人が親善大使として来るんですか? どう考えても敵情視察にしか思えませんけど」

「まさにその通りだろう。……お前のおかげで間に合わせることが出来るかもしれんと思った矢先に、これだ。あやつ、お前の能力を見誤らず、すぐに次の一手を打ってきたな」

 

 首を傾げるアリア。

 

「頭良すぎてよく分かんないんですけど、闇討ちとかしたらいいんじゃないんですか」

「……親善大使として来ている者にそんなことが出来るか。それに、たとえやろうとしても、それが出来ないと確信しているから来ているのだ。確実に国家間の問題になる上、あれを倒せる者など何処にいる。もしいたとしても、そういう者は表立ってやることを望むだろう。腕に自信があるやつは己の力を誇示したくなるものだ」

「ふむふむ」

 

 とにかく強い人が来るらしいと、アリアは理解した。

 混乱する周囲に対し、ベネディクトは両の手を打って注目を集めた。

 

「あらゆる策謀も、圧倒的な武力に屈する。そういうわけですな」

 

 と言って、アリアに対して意味ありげな視線をやった後、アデレードに視線を移した。

 

「とにかく深刻な話として捉えないことです。恐くて震えていては、侮られましょう。ああ、それとは逆に、愛国心の強い騎士たちに関しては宥める必要があるでしょう。血気に逸られては一大事になります」

 

 と、ベネディクトは意図を込めて言った。

 アデレードは悟った。

 王国の盾と呼ばれる老騎士の下に団結する騎士たちは、宰相の言うことだろうが聞きはしない。王の言葉ですら渋るくらいである。とはいえ、この状況においては、王であるアデレードが声をかけるしかない。上手くいくかは分からないが、やるのは王以外にいない。

 

「……我が言っておこう」

「――陛下のご協力に感謝します」

 

 頭を下げたベネディクト。

 アデレードは腹立たしかった。

 

 ――何が協力だ。

 

 己を物語の主人公とでも思っているような物言い。しかし異を唱えても何もならない。手の平の上で踊らされているのに、踊る時間まで向こうに決められている。結局、力関係で負けているのが悪い。歯を食いしばる以外に、今は出来ることがなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 同日、夜。

 ベネディクトが用意した王都近郊の屋敷。

 質が良い客室で、一人の男が葡萄酒を嗜んでいた。男は、質の良いものを少量ずつ楽しむ癖があった。香りを楽しみ、あれこれと想像を巡らせ、確かめるように舌の上で転がす。想像と違っていても、それもまた興であると楽しめた。

 扉が叩かれる。

 

「――来たか」

 

 部屋に入ってきたのはゼインだった。

 部屋には二人。

 男との間柄は師弟である。男の名はヴェイルモント。この国に親善大使としてやって来た世界に名が知られている剣士である。

 

「もう少しかかると思ったが、早かったな」

「急ぎましたので」

 

 そう言って頭を下げたゼインは、少し顔をしかめた。ゼインは酒の匂いが好きではなかった。酒を嗜んでいたヴェイルモントは、そんなゼインに気付いて笑った。大人の余裕というべき笑みだった。

 

「――で、どうだった?」

「報告の通りですが」

「そうではない。お前の敵足り得る者は存在したか、ということだ」

 

 少し間を置くと、ゼインは首を横に降った。

 

「いえ、いませんでした。……この国でと言うなら、やはりあの人物でしょう」

「王国の盾だな。十数年前に会ったことがあるが、中々の圧を醸し出していた」

 

 ヴェイルモントがこの国に訪れたことは初めてではなかった。

 

「願わくば全盛期に会ってみたかったが、過ぎ行く時ばかりはどうしようもない。あれも、随分と老いただろう」

 

 戦士が戦士でいられる寿命はそう長くはない。時を経ると、身体の衰えが始まってしまう。いくら鍛錬でそれを遅らせても、限界は来る。ヴェイルモントもそうだった。耐えてはいるが、いつ下がり坂が訪れるか不安だった。

 

「……惜しいことだ。数少ない強者だったのだが」

「有名どころで言えば、エドガーもいたかと。見ることすら敵わない最速の剣とかいう」

「ああ、もちろん期待はした。が、何でも無名の剣士に負けたらしい。結局、評判ばかりで大した男ではなかったということだろう」

「……弟子として進言します。もし、評判通りだった場合、それ以上の存在とやり合ったということになります。軽んじるのは危険かと」

 

 ヴェイルモントは肩をすくめた。

 

「相変わらずだな。その用心深さはお前の長所でも欠点でもある。が、最強というのはその程度で揺らがないものだ。お前も目指す道であるから、おぼえておくといい」

「……はい」

「私は良い弟子を手に入れたと思っている。身一つで各地を回るのはどうしても無理がある。だがお前が各地で戦い、負けない限りは、余計な時間を使わなくても済む。ただでさえ本国の任務に縛られるというのに、評判だけの戦士を斬りに行くのも大変だ。どうしても時間が足りん」

 

 焙煎された豆を口に入れ、噛み砕く。後追いで、口に葡萄酒を含むと気分が良くなった。グラスを置くと、ゼインに指を向けた。

 

「――だが、お前が世界最強と名乗れるほどの戦績を残せば、お前と私とで斬り合えばそれで決まる。悩みだった時間的制約の解消法がこのようなことだったとは、もっと若いうちに気付いておくべきだったよ」

「なら弟子を増やしたらいいでしょう」

「思ってもないことを言うな。最強を名乗ることが出来る可能性がある戦士など、そう居やしない。しかしだからこそ、これ以上の娯楽はない。人生を懸けるに足る最高の娯楽だ」

「そうですか」

 

 熱を持つヴェイルモントの言葉に対し、相槌を打つゼインの声色は冷めていた。ヴェイルモントは、ゼインのそういうというところが少し面白くない。

 

「――お前は何のために剣を振っている?」

「己の証明をするためにです」

「そこには心が沸き立つようなことがないのか?」

「はい。感情の上下も、有無もなく、ただやるだけです。たとえどうであろうと」

 

 冷めた野心。しかし火さえ点けば、燃え上がりそうだった。というより、努めて冷ましているようにも見えた。

 ヴェイルモントは満足した。

 

「――ああ、そうだ。次期総督殿が来るそうだ」

「次期総督? この国の宰相のことですか?」

 

 面白可笑しそうに頷く。

 

「上手くいけばそうなる手筈になっている」

「本国もその方向で?」

「もちろんだ。安い買い物だとさ。後の世に売国奴と呼ばれるか、それとも民の命を多く救った英雄と呼ばれるか、――お前はどう思う?」

「正直、興味がありませんね」

「まあそう言うと思ったがな。だが少なくともしばらくは連携を取る仲間であるから多少は知っておけ」

 

 ゼインは意外なことを言った。

 

「あれは師匠と近い人間ですよ」

「ん?」

「己の目的が先にあって、その後に現状がある。その中でどうやって目的を果たすかを考えている」

「ほう?」

「興味はありませんが、興味がなくなるくらいには調べております」

「そうだったな。お前はそういうやつだった」

 

 ゼインの人物評の正誤に興味はないが、面白い評論ではあった。ヴェイルモントはそれも酒の肴として楽しんだ。

 

 それから数日経った日の夜。

 屋敷の庭で、ゼインは月明かりに照らされていた。表情は薄いが、不満そうな雰囲気が隠せていなかった。

 

「……ようやくか」

 

 待っていたものがようやく到着し、ゼインはため息を吐いた。待っていたのは人だった。その人間は、この国の暗部の人間だった。立場からすると味方と言えなくもないが、ゼインは冷たく罵った。

 

「お前か、まんまとやられた大間抜けは」

 

 訪れた男からすると、いきなり過ぎる挨拶だった。

 

「……お前はあれを知らないから好きに言えるのだ」

「馬鹿め、それはお前たちが弱すぎるだけだ。とにかく俺達の仕事はお前たちの尻拭いだ。知ってることは全て話してもらうぞ」

「……ああ」

 

 話される内容は、一人の人間に全てを覆されたという出来事。どうしようもなかったと言わんばかりの言いぐさだった。

 

「とにかく戦闘は避けることだ。危険が大きすぎる」

 

 ゼインにとって男の話す内容は、己の非を隠すための言い訳に聞こえた。普段の慎重さからは似つかわない怒りの感情が湧き出た。

 

「――冗談だろ? お前、いやお前たちは女に負けたってことか? 馬鹿らしい。どういう罠にかかったのかと思ったら、ただの力負けだと? それも女ごときに」

「あれを見ていないからそう言える」

「見たら何だ? お前らのように怯えて逃げ惑うのか? ふざけるなよ。お前たちと俺たちとでは、地力がまるで違う」

「……侮辱するのか」

 

 語気を強めた男だったが、ゼインは無視した。

 

「――その女について教えろ。それでお前の仕事は終わりだ。足手まといに力を借りることもない」

「……桃色の髪の小娘だ。いつも居る場所は――」

「何だ、場所まで分かっているのか。それで手を出せていないとは、もはや笑うしかない」

 

 仕事は終わりだ。男がそう思った時、屈辱に耐えることの限界にきた。男はゼインの失敗を願った。その感情の起こりをゼインは見抜いた。隙であると。

 

「じゃあ最後だ。――身構えろ」

「なっ」

 

 突如として剣を抜いたゼインに、男が驚き身を硬くさせた。

 その一瞬、そこを斬った。

 

「言っただろ? 仕事は終わりだと」

「ち、くしょう……」

 

 ゼインは倒れた男を見下すと、

 

「これで怯えずに済むぞ。良かったな」

 

 と言って、力尽きるのを見届けた。

 

「まったくつまらない仕事だ」

 

 そもそもこういう手筈だった。なので情報を取るついでに感情を逆撫でし、隙を作って任務を安全に遂行した。

 剣に付着した血を拭い鞘に収めると、肩を回した。

 

「さて」

 

 一つ目の仕事はこれで終わり。残りは後一つ。

 ゼインはほくそ笑んだ。

 

 ――それもすぐ終わる。楽な仕事だ。

 

 おびき出して始末すれば、それで終わり。無理がない程度の力業で解決出来る。諜報合戦になって面倒なことになるかと思っていたが、杞憂だった。逃げられることさえなければ手間取ることはない。

 

「一応、策を施しておくか」

 

 確実性はあればあるほど良い。

 

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