TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
昼過ぎ。
美味しそうな匂いに目を覚ましたアリアは、厨房にあったパウンドケーキを発見した。同時に自然に手が動き、口も動いた。美味しそうな匂いが悪かった。ケーキにはフルーツが入っていた。甘味と酸味が味覚を襲ったかと思うと、小麦が全てを優しく包み込み、最後にラム酒の風味が心地よい旅へと送り出した。
(うんまい)
そんな堪能しているアリアに、リリアナが後ろから声をかけた。
「アリアちゃんアリアちゃん」
アリアの身体がぎくっと跳ねる。気不味そうに振り返るアリア。
「な、何ですか、食べたいんですか」
「それ私の分……」
「ごめんなさいでした」
即時降伏、即時謝罪。けれども手と口の動きは止めていなかった。謝った分は食べるつもりだった。
「今日ちょっと遅くなるから、一応言っておこうと思って」
「ほう、お土産が期待出来ると」
「あー、仕事寄りのお茶会だから期待はしない方がいいかも」
「そこをなんとか」
アリアは追加で
「まあでも、時には休むのも仕事ですよ」
「ありがとう。でも、楽しいからやっちゃうんだよね」
「はえ」
アリアは新人類を見た。
空き時間に、王都のグルメマップをちまちま作ってる自分に、ちょっと負い目を感じた。良い店には星を付けていき、少しずつ充実していく過程が楽しかった。もちろん誰のためでもない自分のため。マップの数も、自分用の一つのみである。
(く、配るべきか)
しかしそれだと、せっかくの穴場が混雑してしまう可能性がある。それにケチでも付けられようものなら、闇の力をアレしてコレするかもしれない。
「むむむ」
唸っている間に、リリアナは外出していた。
そのまましばらく考えて、ようやく決まった。
(よし、見やすくしよう)
実際に配るかどうかはともかく、他人に見せてもいいように改良を加え始めた。
そんな感じで作業に励んでいると、いつの間にか夕方になった。パンケーキの消化は終わっていて、お腹は次の美味しいものを待っていた。
であるのに、
(遅い)
リリアナはまだ帰ってこない。
暮れる前には帰ってくると言っていたが、もう暮れ始めている。
(いや、会議と言う名のお茶会が盛り上がっているのかもしれない)
水掛け論ならぬお茶掛け論に発展しているかもしれない。可能性を考えればいくらでもある。もう少し待つことにした。
だが、
(うーん)
夕焼けも深さを増し、薄暗くなった頃になっても、リリアナは帰ってこなかった。
院内でも『遅い』と、心配する声が多くなった。
(迎えに行こうか)
王子がしれっと付けている護衛を探せば、場所は分かる。その護衛も王子の仲間に聞けば分かるだろう。王子たちは、仲間だと思った相手にはあれこれと喋るチョロい癖がある。
ささっと支度をすると、外に出た。
遠くの空では、もう夜になっていた。ここももうすぐそうなる。
(急ごう)
そう思って門を抜けた矢先、息を切らせて走る音が耳に入った。
視線をやると、名前を呼ばれた。
「――ア、アリアッ!」
懐かしい顔だった。
「……お嬢様?」
オフィーリアが焦った様子で、駆け寄って来た。
「――事情は後で、それよりもっ」
息を整える間も取らず、オフィーリアは説明した。
語られる内容は、付き合いのある貴族とのお茶会のこと。いつもとは少し様子が違って違和感があったこと。そして、何故か先に帰らされたリリアナのこと。
「それで怪しいと、確かめるために遅れながら私も帰ることにしたら――」
見えたのは、何故か自分とは行き先が違う馬車。馬車の外、護衛のような兵が慌てる姿。すぐに尋常ではない事態が起きていることを察した。
「それで――」
追うように指示をして馬車を走らせると、道中で妨害があった。駆けつけた衛兵のおかげで怪我はなかったが、馬車が故障してしまった。報告だけしてその場に留まることも考えたが、後悔はしたくないと思い、走ることを決めた。
「私に使える兵はありません。でも、リリアナさんが貴方のことを話していたことを思い出して、ここに来れば貴方に会えるんじゃないかって」
「……なるほど」
そう呟いたアリアは、ポケットに手を入れて銀色の指輪を取り出すと、オフィーリアに手渡した。
「これを――」
その指輪には、月が彫ってあった。
「……これは?」
「仲間の証です」
「仲間の証……」
「これを持って行ってほしいところがあります。そしてそれを見せた後、私が『頼んだ』と言っていたと伝えてください」
続けて、例の酒場の場所を伝えるアリア。奥で隠れて見ているキアンにも、口の動きが見えるように。
キアンは自らの希望もあって、オフィーリアを陰から見守っていた。オフィーリアが一人で出歩いても無事だった理由は、そこにあった。
オフィーリアは息を呑むと、心を決めた。
「分かりましたわ」
と、言い切ったが、ふと不安そうな顔した。
「……また会えますわよね?」
アリアは頷いた。そして安心させるように笑ってみせた。
「次は三人でお茶でも飲みましょう」
オフィーリアの瞳が潤む。しかし今はその時ではないと、己を律した。
走り去るオフィーリアの背を、アリアは見送った。その表情は薄い。心は既に戦いにあった。
(どこのどいつかは分からないけど)
風が吹けば葉が揺れるように、雨が降れば地が濡れるように。
――愚か者は殺してやらなければならない。
義務が如く。天の理が如く。それが当然の帰結であると。
急がなければならない。場所を迅速に突き止める必要がある。
それで、どこから向かおうか考えていると、
「――ボス!」
入れ替わるようにカインがやって来た。孤児院に子どもを人質のようにして預けている部下の一人で、敵対組織にスパイとして潜入中だった男だ。たまに我が子の様子を見に来るが、今日は随分と焦りが強い。
「知らせることがっ――」
カインは全てを話した。アリアが狙っていた暗部が消されたこと。ゼインのこと。そして――。
「人質?」
「……その、一人で来いと」
カインはアイコンタクトで、見張りの存在を伝えた。
「俺は伝言役として生き残らされた。だから――」
「裏切ってないって?」
「……そのつもりだ」
「人数は?」
「十人弱。全員手練れだ。その内の一人は、帝国の副将にまでなってる。おそらくボスでも……」
「分かった。保身重視で動いていいよ。色々と丁度良かったし」
「……恩に着る。だが案内までが俺の仕事だ。付いてきてほしい」
「いいけど、その前に子どもに会っておいたら?」
「その前に? ……いや、そうしよう」
カインは院内に入っていった。
カインは我が子に伝えるべきものを伝えた。それはお別れの言葉ではなく伝言だった。仲間が状況を把握するための。己が生き残るための。
外で待つアリアは、ある一点に視線をやっていた。
(随分と慣れてる)
面倒なことをせずに見張りを消しに行くことも考えたが、気配の出し方から手練れであることが分かり、その手を採れなかった。ちゃんと、追っても逃げ切れる位置にいる。これでは追う意味がない。人質を取られている状態で追うのはリスクが高過ぎる。
――やってくれた。
己の報復として、この方法が採られることを考えなかったわけではない。だからこそ敵対した者は恐怖を与えて潰してきたし、恭順した者にもよく理解させた。しかし今回のことで、外部から来た人間には通用しないということを理解した。
「報いを受けさせてやる」
それが向こうの果たすべき義務であると。殺意をにじませた。
◇◆◇
街のとある区画。人が減ったこともあって、裏の界隈では空白の区域が何箇所かある。
アリアは、その内の一つに案内された。
視線が集まる。
「……お前が噂の血塗れか」
奥にいる男がそう言った。
周囲は影者が舞台を囲うようにして立っており、アリアはその中に誘われた。囲いの中には、今言葉を発した男がいて、その奥にリリアナがいた。
リリアナの横には一人付いていて、リリアナの動きを制限している。
声が出せないリリアナはアリアを見て、目を見開いて動揺した。自分が連れ去られた理由を知ってしまった。
アリアと対面している男、ゼインは不敵に笑った。
「念の為に調べてみると、お前の噂を聞いた。地面を血で塗りかえるようなやつだとな。――だが俺は女になど負けはしない。分かるか? お前はここに死にに来たのだ」
アリアはゼインに対してちらっと視線をやっただけで視線を切り、リリアナの方に視線をやった。リリアナは拘束はされているものの、怪我はないようでアリアは安堵した。しかしこれからが本番である。
アリアはゼインを見据えた。
「……どこの誰かは知らないけど、その子を放してくれない? 私がここに来たからもう用はないはずだよね」
「ああ、いいぞ。――と言いたいところだが、お前が逃げる可能性があるから答えは否だ。お前の死を見届けたら解放してやる」
アリアは短く息を吸った。
「一応聞くけど、何で私を狙ったかを聞いてもいい?」
「ただの任務だ。お前を邪魔だと思ったやつがいたということだ」
「どいつ?」
「言うわけがないだろう」
「どうせ死ぬからいいじゃん」
アリアは再度リリアナに視線をやった。
「それより、あの子苦しそうだから口を塞ぐのくらいはやめてあげてよ」
「助けでも呼ばれては困る」
「こんなところに来るようなやつはいない」
「お前の仲間が来る可能性があるだろう」
「それをさせないために、見張りを付けてたんでしょ?」
アリアは呆れたような様子を見せた。
「ここまでくれば慎重を通り越して臆病だね。一体何に怯えているのやら」
「……何だと?」
「そうでしょ? 気を抜かないといえば聞こえはいいけど、実態はただ怯えてるだけ。女には負けないとか言ってたけど、これじゃあ勝ちも負けもない」
アリアは馬鹿にしたように笑った。
ゼインは忌々しそうにすると、指示を出した。
「……緩めてやれ」
結果、拘束が解けたリリアナは口を大きく開けた。
「――っアリアちゃん!」
後悔と悲痛の叫びだった。
そんなリリアナの想いはともかく、ゼインはその単語に反応した。
「アリア……? そうか、お前の名はアリアと言ったな。俺はお前によく似た女を知っている。……思い返すと、気分が悪くなる」
「あら、何か過去の傷でも? まあ人それぞれ、そういうのはあるもんだよ」
「……似ている。その雰囲気も……」
アリアは首を傾げた。
「何? お前は過去にでも生きているわけ? 後ろを向いたまま前に歩くなんて器用な真似が出来るとは思えないけど」
せせら笑うアリア。
ゼインは睨みつけた。
「――抜け」
剣を抜いたゼインに対し、アリアは両手を広げて見せた。
「人質取ってる人に言われてもねえ」
「抜かないと、俺があいつを斬りに行くぞ」
「あっそ」
しょうがないとばかりに、アリアは剣を抜いた。
呼応して、ゼインが構える。
「――来い」
「え、そっちが掛かってくるんじゃないの?」
「剣を合わせているのに、何をまだ喋っている。死にたいのか?」
「死にたいも何も、ここで死ぬって言ったのそっちじゃない? もしかして殺すつもりないのに言ったわけ?」
返答する気にならずに口を閉じたゼインは、片手を剣から放し、前を見据えたまま、ハンドサインで後ろの部下に指示を出した。
その指示がリリアナを害するものであると察知したその瞬間、アリアは斬りかかった。
剣と剣とが、かち合う。
「――っ馬鹿め! 初めからそうすればいいのだ!」
アリアの剣戟を弾いたゼインはそう言った。
だが状況としては少しではあるが、アリアの思惑通りになった。周りの敵がゼインの指示がないと動かないことも理解出来た。
「卑怯なやつめ。たが俺は、お前がその間で攻撃してくることが分かっていた。もちろん未来予知などではなく、推測だ。お前のようなやつは卑怯な手でも使わないと勝てないから、小細工するだろうとな」
「いや、人質取ってる方が卑怯じゃない?」
「これはお前が卑怯にも逃げるという可能性を消すためのものだ。お前と一緒にするな」
アリアはため息を吐いた。
「真剣勝負というのは対話だって師匠に習わなかった? こんなに窮屈じゃあ何も出来ない」
「違う。勝負とは己の意を通すためのものだ。お前が言うことはままごとだ。とはいえ、女のお前に剣の道というものが理解出来るわけがないだろうが」
アリアは見下すように顎を上げた。
「その押し付けがましい感じ、久しぶりに体感した。あまりやる気を出させないでほしいんだけど」
「……俺も久しぶりに体感した。お前のように人を外から観察しているような、生気のないつまらないやつを」
剣呑な視線が交差する。
「じゃあ相性は最悪ってわけだ」
「そうだ。……お前と言葉を交わしているとあいつを思い出す」
ゼインはふと我に返るように、己の直感に対して思考した。
「いやそれにしても、似過ぎている……」
希望か願望か。口に出した。
「……お前、本当の名前はアリシアだったりしないか?」
「誰それ?」
「……そうだよな。あいつは死んだはずだ」
「そう、アリシアは死んだ。そんで死が取れてアリアになったのさ」
アリアはけらけら笑った。
「どちらにしろ、私は人の思う通りに生きることも死んでやることもしない」
ゼインは目を見開き、そして歓喜の笑みを浮かべた。しかしその笑みは歓喜と言うには邪悪さを大いに孕んでいた。
「――勝負だ! ここで、お前を殺して、俺の中からお前という亡霊を消してやる!」
「無理。百年かかってもね」
「そうかよ!」
ゼインはそれまでの慎重さをかなぐり捨てた。
受けの構えが解かれる。
対するアリアは、受けの構えを取った。
「消え失せろ! 亡霊め!」
ゼインは猛烈にアリアに打ち込んだ。
アリアは弾いたり逸らしたりと、受け流していったが、力がこもった衝撃までは流せていなかった。少しずつ後ろに下がっていく。後ろの空間を消費して衝撃をいなすしかなかった。
「どうした!? 打ち込んで来てみろ!」
実際、防戦一方では受けるにも限界がある。アリアは、引っ掻くような細かな斬撃を混ぜ始めた。
大したことない斬撃、なれども無視するわけにはいかない斬撃。下がりながら放たれるそれは、ゼインに煩わしさを与えた。
「まともに向き合え! いつまで逃げているつもりだ!」
吠えるゼイン。アリアは嘲笑った。
「人質取っといてそりゃない。窮屈にさせてるのはお前だろ?」
ゼインは振り返らずに、後ろに向けて叫んだ。
「人質から離れろ! こいつはここで俺が必ず殺す!」
その言葉の終わりに、
「っ――」
アリアの突きが入り込む。今までの引っ掻くような剣戟に目が慣れたばかりのゼインには、非常に速く見えた。
だがゼインは訓練も実戦もよく積んできた。身体と首を捻って突きを躱す。心の底から望んでいた状況に、気分が高揚する。
「その調子だ! 全力で来い! そして俺が、お前の全てを叩き斬る!」
高揚するゼインに対し、アリアは冷静だった。そんなアリアは、ゼインとその部下がリリアナから充分に離れたことを確認した。頃合いだと思い、左手を剣から放すと、右手で持っている剣の腹で、左手の人差し指を釘でも打つような仕草で軽く叩いた。
そのまま何気なく構えを変えると、攻撃する様相を見せた。上に振りかぶり、前に踏み出し、剣を振り下ろす。
ゼインはアリアの構えの変化に対し、受けに変えて対応した。カウンターの構え。
結果、アリアの振り下ろした剣は大きく弾かれた。その衝撃が上に飛ぶのに合わせて、剣もアリアの手から離れ、天に向って飛んだ。
その、その場の人間の意識が上に向かった瞬間、リリアナの足元に煙幕弾が投擲された。空間が弾けるような音。煙が巻き立ち、そして――。
「よう、久しぶりだな!」
煙の向こうでフェザーが、リリアナを抱えてしてやったりと笑っていた。
「なっ――」
ゼインが振り返り、状況を視認した頃合い、周囲の部下たちにも変化が起きた。
闇が鋭さを形にして襲いかかる。
鉄と鉄がぶつかる音。
「ま、そんなことだと思ったぜ――」
ヴァイトが、アリアを囲んでいた者たちに襲いかかった。
「おのれ、卑怯なっ――」
ゼインはその瞬間、悪寒がした。その悪寒は首に蛇が纏わりつくような死の香りがして――。
「っ――」
その悪寒を本能的に振り払う。
剣がぶつかる音がした。
「あら残念」
それは、今日初めてアリアから繰り出された死に直結する剣だった。
「いやぁ、時間稼ぎするのも大変だった」
不敵に笑うアリア。
「ってことで、もう生きていなくていいよ――」
もう不要だと宣言するアリア。
ゼインは、己が死線を跨いでいることを知った。