TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
対峙するアリアとゼイン。周りが静かになる。二人の結果で、動きが変わる。邪魔は出来ない。
アリアは不敵な笑みを浮かべた。
「さっきの一撃、防げたのは何でだと思う?」
ゼインは顔をしかめた。答えは自分でも分からなかった。けれども偶然という答えだけは採用したくなかった。
「……実力だ。俺は誰にも負けることはない」
「なるほど。その臆病さが命を救ったわけだ」
ゼインは否定した。
「俺は臆病などではない。俺はっ――」
アリアが口を挟む。
「そうやって必死に否定するってことは、薄々自分でもそう思ってるってことだよ。臆病は命を救うけど、虚勢は命を失うことになる。――次はどちらが表に出るかな」
言い終わるやいなや、アリアは前に踏み出した。
間合いが縮まる。
アリアは相手が嫌がるであろう箇所を目ざとく見つけ、打ち込んでいった。その剣閃は鋭く、的確だった。その上、引きが早い。防がれた衝撃を利用しており、それが次の攻撃のための予備動作のように働いていた。
「くそっ――」
ゼインは防戦一方となった。
反撃するよりも早くアリアの剣が到達し、受ける以外の手が取れなかった。
ゼインの鬱憤を、アリアは感じ取った。
攻撃の手を一度止めると、やり返してみろとばかりに、剣から片手を離してひらひらとさせて煽った。
「随分と動きが硬いね。さっきの威勢は一体どこにいったわけ?」
せせら笑うアリア。
「……ああそうか、有利な状況じゃないと虚勢も張れないのか」
「お前っ」
ゼインは怒りの感情が突き抜けそうになったが、急激な感情の揺れに、かえって冷静になった。激昂している自分を認識出来たことで、己が窮地にいたことに気付けた。
「……俺は強い。誰よりも、お前よりも」
そう呟き、ゼインは己を取り戻そうと試みた。
その様子を目ざとく確認したアリアは、再度攻勢に転じた。息もつかせない連撃。再度受けに回るゼインだったが、受け方が変化していた。ただ受けるのではなく、タイミングを合わせて弾くように受けた。また弾く際に衝撃の大小を変化させ、アリアの予備動作に狂いを生じさせた。
結果、隙が生まれ、アリアの剣が大きく弾かれた。
ここを切っ掛けとして、ゼインは一気に攻勢に出た。
初撃は力押し。訓練で何度も繰り返した基本の型。積み重ねたものが剣に乗る。打ち付けるような振り下ろしが続く。
「力も、速さも――」
隙がなく完成されたゼインの剣戟に、今度はアリアが防戦一方になった。
「剣術も、経験も――」
ゼインの剣速が上がっていく。己の才と存在を証明するため、愚直に修行に励んだ過去と今。己の地位が上がっていく度に、認められたと安堵した。それを糧に一つ一つ拾い集めていくように結果を積み重ね、ここまで来た。
「俺はお前の上を行っている!」
滝を割るような力強い剣戟。力強さと素早さを両立させた剣。それは才能まかせの怠惰な剣ではなかった。
「これが俺の剣だ! お前では再現出来ないだろう!」
自信を持つに足り得る剣だった。
しかしそれでも、
「――再現する必要がどこに?」
アリアの防御を破ることは出来ていない。逸らす、弾く、避ける。アリアは上手く使い分け受けていた。未だ傷一つない。
ゼインは手を止めた。
「認めてやる」
互いの間に、少し空間が出来た。ゼインはアリアに強い視線をやると、言い放った。
「お前もそれなりの経験を積んだのだろう。しかし、剣術と経験にさほどの差がないのであれば、残るのは身体的優位だ。――お前がどれだけ努力しても俺には敵わない」
どちらかが攻勢に移れば、もう一方は守りに専念するような状況。攻守が混ざらずにハッキリと分かれていた。攻守を入れ替えるためには、きっかけを必要とした。その必要があるくらいに、二人は拮抗した太刀合いをしていた。
本来の型で言えば、両者ともに受けのスタイルを取る。アリアは相手の実力が一定上だと判断した場合、まずは相手を見る。戦いとは、生き残ることと、怪我をしないこと。これを第一に考えるように師に教えられている。アリアはずっと観察し続けている。
「しつこい男は嫌われるって、知らない?」
アリアは、自分の手札を見せずに相手の手札を確認しようと、言葉を使って煽ることで相手に攻めさせていた。ゼインの攻撃の上限を把握したかった。そしてそれは、もう見え始めている。
ゼインは気付いた。
「……お前、俺に攻めさせているな」
ゼインには確信があった。
いつもとは違う自分の動き。攻撃している時間が長すぎる。一度策にはまったことで、猜疑心が強まっていた。
「そうか――」
危機を察知したゼインの本能が、生存を探る。
このままの流れで攻めていけば、どこかで隙を誘引されその瞬間を突かれるだろう。上手くいっていると思っている時ほど騙されやすいものである。
「……やはり小細工はやめられんらしいな」
「だから対話だって対話。坊やには分からんか」
「その手には乗らんぞ」
ゼインは、見せつけるようにして受けの構えをとった。
「あらら。また臆病に戻っちゃった」
「……最後まで立っていたやつが勝者だ」
「あら、初めて気が合ったね。せめてその死を悼んであげることにしよう」
「ほざけ」
ゼインは感情を揺さぶられまいと息を吐いた。これまでに積み重ねた経験が心を支える。それは、その若さでこれほどの経験をした者はいないと言われたほどに濃密な時間だった。貪欲に強さを求める日々。己より強い者を参考にし、来る日も鍛錬を重ね、やがて超えた際にはさらなる強者を求めた。名声も結果も、実力から遅れて付いてきた。
「……俺はお前という存在を一刻も早く消してやりたい」
「ひどいなぁ」
アリアの経験はひどく偏っている。森から出てくるまで、対人戦闘の経験はほとんどなかった。強者と言えるような相手と斬りあったのは、グレイストーンでの戦闘が初めてだった。それまでは森の中で師の手ほどきを受け、剣と己だけの時間を過ごした。山頂を目指し、魔物と命のやり取りをし続けた時には、極限の生存競争の中で、剣と自己が同化し、一つの生命となった。いつしか剣を振ることに、意識を必要としなくなっていた。意識しなくとも、剣閃が寸分の狂いなく現実に生じるようになった。それからは、脅威に満ちた森が庭となった。見上げる月は美しく、手を伸ばせば温もりさえ感じることが出来た。もはや遮るものなどない。
ゆるやかに歩き出すアリア。
距離が縮まる。
ゼインはぐっと剣を握ると、どっしりと構えた。受けるつもりである。
「……来い」
その構えに隙はない。
「じゃあ――」
アリアは動いた。柔らかく揺らめくような動き。雰囲気、圧、実体までもが、モヤでもかかったかのように不明瞭になった。
その中でただ一つ、剣だけはその存在を明確に示していた。その剣は、ゼインの首に向かって雪面を行くがごとく空間を滑っていた。
「っ」
金属音。
出どころが掴めない変則的な剣。ゼインは、反応を遅らせながらも何とか防いだ。そのまま一歩下がると、再度構えた。焦燥に飲まれそうになる心をせき止める。
ゼインの構えは、正統的な綺麗なものだった。幾多の経験と知恵が重なった統制された剣である。対応力が高く、そう簡単に崩れることはない。
対するアリアの剣は変幻自在で、まさしく自由の剣だった。野生が理屈に入り混じり、一つの形となっていた。捉えるのは至難である。
しかし、ゼインは捉える必要などないとばかりに、迫り来たものを振り払った。
「軽い!」
アリアの剣が跳ね返される。
ゼインは、我が事ながら驚きで目を大きくした。自問自答。自分はここまでの動きが出来ていたか。否。まだ出来ていなかったはず。ならば、これは――。
「ああ、これが――」
ゼインは己が壁を破ったことを理解した。覚醒とも呼べる成長。段を、一つ二つ一気に飛ばすほどの成長幅。師の言葉が頭に去来する。生死定かならぬ極限の戦いでしか得られないものがある。何度も言われたことでもあった。しかしそんな危険は避けるのが賢い道であると採用しなかった。だがどうだろう。ここに来て不本意なれどもそういう状況に陥ったがために、急速に空へと飛び上がった。積み重ねてきたものは重しとならず、己の飛翔の助けとなった。きっと、首に纏わりついた死の気配を振り払った時、そこがきっかけだったのだろう。
認めてしまうと楽だった。
「存外、悪くない気分だ」
身体が軽い。
見辛かった剣筋も、よく見えるようになった。
ゼインはアリアの変則的な剣戟を、危なげなくさばいた。もはや防戦一方などではなく、いつ攻撃に転じるかを窺っているだけ。
ゼインの気分が高揚する。身体の芯から力が湧き起こり、何でも出来そうな気分にすらなる。
笑みすら浮かべながら、虫を払うようにアリアの剣を弾いた。その感触すら心地よかった。
「軽いぞ! お前の剣は!」
対応する剣から、対応させる剣へと変わる。
その変化がアリアの野生を退けていく。
人の文明が発達するごとに自然は追いやられていった。人の生活圏が広がるごとに自然は狭まった。人の積み重ねた歴史が、その発展が、重みを作っていた。天災に対応し、やがては利用していくのが人間だった。
「もうお前など眼下へと墜ちた。俺はもっと高みへ行く」
強い意志を宿した瞳。ゼインは己の可能性に歓喜していた。
対するアリアの瞳は冷めている。
「かたっ苦しくて面白みのない。……ひどくつまらない剣だ」
「ふん。好きに言うといい。もはやお前の言葉は小鳥のさえずりに過ぎん。俺はようやく手にしたのだからな」
余裕が表に出始めるゼイン。
アリアはため息をついた。
「……強さで言えばお前の方が強いかもね。でもお前は肝心なことが分かっていない」
「分かってないのはお前の方だ。お前の剣は軽すぎる」
「ほら、そういうとこだよ。攻めてても守ってても結局押し付けがましい」
アリアにしては珍しく、強く不快そうな顔をした。
「お前の剣は負けたくないという想いのためにある。――もしかして成長したとでも思ってる? 冗談きつい。負けそうになって今更必死になってるだけさ」
言葉を受けたゼインは落ち着いていた。
「……なるほど。そうやって相手を怒らせて動きを鈍らせるのがお前の手か。今なら分かる。お前にはそれしか勝つ手段がなかったわけだ。俺はお前の足掻きを認めてやろう。死ぬ寸前まで出し切るといい。最後まで付き合ってやる。強者と弱者の関係とはそういうものだからな」
二人の相性は最悪そのものだった。
アリアはもう充分だと思った。屈辱を与えてなぶってやろうと思っていたが、そろそろ同じ空間にいることに我慢ならなくなってきた。
アリアは最後とばかりに口を開いた。
「これが斬り合いじゃなくて練習試合であれば、勝率はお前の方がずっと上だっただろうね。自分より能力が上の人間がいることくらい、生きていれば人間誰しも自覚せざるを得ない」
アリアは「でも」と続ける。
「斬るという芸当であれば、私より長けた人間というのは存在しない」
力の強さだとか、経験だとか、その程度の話ではない。もっと上の、観念的なところ。
「実力も能力も何も関係ない。ただ全てを斬る。――剣というのはそういうものだろう?」
構えた様子のアリアに、ゼインは認識の歪みを感じた。
視覚上ではただ立っているだけに見えたが、認識では構えているようにも感じた。実体を上手く掴めない。それでも身体が勝手に構えた。危険を感じ取った身体が、やって来た何かを弾き返した。剣を握り締める手が、肩口の傷を刺激し、強い痛みを発する。覚えのない傷に驚くも、確認している暇はない。
ゼインは、混乱しそうな思考を必死に留めようとした。知りたくもないことを気付かされたような感覚。まるで己が上達したがゆえに、見えるようになった世界があるような――。そこまでの差があったかのような――。
「いや迷うな。己を信じろ。――俺は負けない」
もしそうだったとしても、すぐに追いつけばいいだけ。今の自分なら出来ると、ゼインは己を奮い立たせた。
その意識の間隙を逃さずに踏み込んだアリアの意識が、ゼインの肉体に到達した。左肩。不快感にゼインは身をねじり、傷を浅く済ませた。取り返すべく、攻めようと腕を振り上げた瞬間、脇腹の下部分から違和感が侵入。逆袈裟に斬り上げられるも、身体が勝手に回避行動を取ったおかげで、これも浅く済んだ。訓練されたものが身体を動かしている。置いていかれまいと意識が身体を追いかける。今度こそ、適応してみせる。
刹那、聞こえた声。
「何だ、まだそこか――」
言葉を認識している最中、危機を感じた。危機の正体は明白だ。
身体が動く。意識が縋り付くように追う。
そこにはアリアと、ゼインの身体と、ゼインの意識の三つがあった。ゼインの意識が遅れた分を取り返そうと、全力を超えて急ぐ。そこまでしないと間に合わないと感じた。
その判断は正しかった。
迫って来ていた危機の到着までに、何とか意識を間に合わせることが出来た。その後、意識が身体を引っ張り、危機に適切な対応を促す。あとは衝撃に備えるだけ。
しかし問題があった。
迫ってきていた危機、それは必殺の剣などではなかった。
アリアは狡猾だった。
数瞬の間。
ゼインの意識が、己が嵌められたことに気付いた。来るものが来ない。
急いだ結果、そこには何も訪れなかった。周りが見えずに酷い行き違いをしてしまった。目的地は意図的に変更されていた。
先走った意識だけが危機を悟っている。ひどい虚実だった。精一杯な相手を察知するやいなや、罠に掛けてきた。意識は罠を認識出来たが、遅れた肉体は急激な変更に軋みを上げている。致命的。間に合わない。あまりにも短く永遠のように長い時を、意識は見ていることだけしか出来なかった。
走馬灯など構わず、不可避となった剣がゼインの身体に入り込んでいく。
「がふっ――」
血液が流れていく。
足腰の力が急速に失われ、膝が地に着く。倒れそうな上半身を腕で支える。
ゼインには訳が分からなかった。
「なぜ……」
ここまでの差が出来たのか。自分の方が強くはなかったのか。
「一体どうして、こうなった……」
空を飛べたと思ったら、即座に翼を切り落とされ地に墜とされた。
後悔すらない。ただ分からなかった。
返答するアリアは無情だった。
「未熟者。対話だって言っただろう? 次は死んでからやり直してくるといい」
アリアは、ゼインの首の横に剣を添えた。
そこでふとアリアの動きが止まり、右上を見上げた。間が出来た。数秒して向き直ると、申し訳無さそうな顔をした。
「……そう言えば名前何だっけ?」
「な」
剣が横に引かれる。
斬れた血管から生命が溢れだし、肉体が物体と化し、倒れた。
周囲の影者はすぐに退避行動に移った。
「逃さないように」
アリアのその一言で、逃げ出した者たちの運命は決まった。
放たれた運命が纏わり付き、影者たちの足を止める。足を止めたが最後、背後から斬られていく。
やがて静かになると、アリアはリリアナに寄っていった。
リリアナはへたり込んでいた。
「大丈夫?」
「う、うん……」
リリアナの手を取ろうと手を伸ばしたアリア。リリアナの手は強張っていた。
「そ、その、本当なの?」
「……何がですか?」
「アリシ……、アリアちゃんが、その……」
おずおずと聞くリリアナ。聞きたいことはいくつもあったが、一番知りたいことを知るための質問をした。
その質問に対し、アリアは小さく頷いた。
「まぁ、そうですよ」
「そうなんだ。そうなんだ……」
顔を伏せるリリアナ。ぼそぼそと呟く。
「……どうりで可愛すぎると思った。でもどうしてこんなことになってるんだろう……。私はどうしたら、――いや、そうだっ」
がばっと顔を上げるリリアナ。
「アリシ、――アリアちゃん!」
「はい」
「アリアちゃんは今、幸せ?」
「ええ? いや別に普通ですけど」
「そうなんだ。いや、そうだよね。うんうん、分かる」
「あの?」
リリアナが、アリアの手をぎゅっと強く握る。
「アリアちゃんが幸せになれるように、私頑張るからっ」
「これ以上頑張らない方が」
「――大丈夫! 私、今度、何でかは知らないけど女王様に呼ばれてるから、そこで頑張る!」
「そこではちょっと頑張ってください」
「だよね!」
致命的な齟齬をよそに、リリアナの頭が高速回転する。
ヒロインにしてはちょっと血なまぐさいしマスコット感もあるけれど、でもそれは恋愛が足りていないからだ。そしてそれを叶えるために、その状況を作るために自分が何が出来るだろうか。使えるものは結構ある。コネならいっぱい作った。実績もそこそこある。何より知識なら向こうの世界から持ち込んだものもある。このコネと知識を女王にアピールして、信頼を得る。そして、――アリアちゃんを売り込もう。
リリアナはぐっと拳を握った。
「これまでの全てはこのためだったんだって、よく分かったの!」
「落ち着いて」
リリアナは使命感に燃えた。
こんな幸せがあるだろうか。ヒロインに会えなくて悩んでたら、知らない間に一緒に住んでた。仲だって良い。親友っていうか、大親友、いや超親友だ。これが偶然なはずがない。絶対に必然だ。いやもしこれが偶然だとしたら、こんな偶然が起るなんて運命の糸でつながってるに違いないから必然以上だ。世界が私にそれを求めているに違いない。アリアちゃんの幸せの一助となる。うん、素敵だ。素敵過ぎる。
湧き上がる熱情が天まで届きそうだった。
かくして、リリアナは成った。
「わくわくが止まらない!」
「えぇ……」
アリアは、得体の知れないものを見て怖くなった。
あとがき
2章はここで終了です。(想定外に長くなってしまいました)
次回は3章で会えることを願ってます。
いつも感想やブクマや評価、励みになってます。ぶっちゃけモチベです。
それでは。