TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
第45話 孫感
王城の一室。
女王の部屋の扉が叩かれた。小気味の良いノックの音。
来訪者が分かったアデレードは喜色を浮かべた。
「来たか」
入ってきたアリアを出迎えたアデレードは、すぐに困惑顔になった。
「……何かいたるところに猫がくっ付いてるぞ」
「猫の集会に呼ばれまして」
「そのまま連れて来るやつがいるか」
「いえ。連れて来たのではなく、くっ付いてきたのです」
「ほら」と、身をよじって背中にくっ付いている猫を見せるアリア。
ぶら下がったまま、顔だけを向ける猫たちの視線がアデレードに集中する。
「気が散る。とりあえず床に下ろせ」
「致し方なし」
アリアは猫を剥がそうとしたが、爪を立てられて上手くいかなかった。爪に引っかかった部分の糸が伸びる。衣服の生地の心配はもう遅い。追放されそうになった猫は「なう~」と同情を誘うような鳴き声を発した。アリアの手が止まる。
「困ったにゃん?」
「そうか」
アデレードは色々諦めた。本題に入ることにした。
「色々と打ち合わせをしたい」
「はい」
「……と、その前にリリアナについてだ」
アデレードは困惑に怒りが混じったような妙な顔をした。
「何だあいつは。――何が料理人だ。なぜもっと早く言わない」
「早くには言ってましたよ」
「そうだがそうではない。もう少し遅ければ、敵に取られるか消されるかしていたぞ。まったくあんなのどこから生えてきたのか」
「そんな人をキノコみたいに」
ぽこっと生えてきたリリアナをアリアは想像した。
(こわい)
とりあずピコッと音がなるハンマーを打ち付けた。
「――とにかく引き込むぞ。何としてもだ。お前とは親友なのだろう? 協力に期待するぞ」
「別にいいですけど。それより王子の恋慕の相手だと伝えておきます」
「おい、何で早くそれを言わない」
「聞かれなかったので」
アリアは楽しくなってきた。
「ちなみにそんな王子の恋のお手伝いをしているのが私です」
「頭痛が……」
額を抱えるアデレード。アリアに引っ付いていた猫の一匹が離れると、アデレードに寄り、『大丈夫?』と言わんばかりに「にゃう?」と鳴いた。
アデレードは虚しくなった。
「……とにかくだ。あいつを引き込めばやりやすくなるだろう」
ぶら下がってることに飽きたのか、他の猫たちもアリアから離れ、いい感じの場所を見つけてくつろぎ始めた。各々、部屋の隅や椅子の上で寝そべったり、垂れ下がった装飾に猫パンチをくらわせたりした。
アデレードは猫の換毛期について考えたが、どうであれもう遅い。リリアナの話に意識を戻した。
「話をした感じでは、自分を売り込もうとしていたようだから、おそらく協力することに前向きではあるだろう。しかし、こちら側に付かなければいけない理由がない。何か繋ぎ止められる材料はないか? 寝返られるとやっかいだ」
わざわざ不利な側に付こうとする者には、理由がある。そして同様に寝返りにも理由がある。
「理由ですか?」
「例えるなら、お前と一緒の陣営にいたいとかそんな感じの動機だ」
「んー、分かんないですね。交友関係も広いですし、幅広く仲良しはいそうですよ」
「うーむ」
「それに交流ってやっぱり利害もあるんで、その観点だと私ではあの子に提供出来るものってあんまなさそうだなぁって。ってことで、王子とくっつけちゃうのが一番かと」
「その辺りの調子はどんな感じだ?」
「誠実で奥手なエリオット君は頑張ってます」
「……あやつはいつも頑張ってはいるさ」
「努力の対価は結果ではなく、経験ということですね」
「結果をもたらせるためにも、背中を押してやってくれ」
「手形付くくらい押したつもりなんですが、肝心のちゃんリリが恋愛にあんまり興味なさそうで」
「じゃあこの話はなんだったんだ」
アデレードは、息を吐くと少し真剣な顔をした。
「……あいつに内政面を任せれるようになれば、いくらか立て直しも利くだろうに」
リリアナ、もといちゃんリリは、アデレードと会って話した際に猛アピールしていた。『こいつを取り込めばあらゆることが上手くいくんじゃね?』と思わせるくらいに。
「まったく、とんでもないやつを紹介してくれたものだ。……いや待てよ、ひょっとして他にもいたりしないか?」
「あんな化け物がぽんぽんいるわけないじゃないですか」
「それもそうか」
「能力はあるけれど政治とか不正とかに巻き込まれて力を活かせずに腐してた人とかなら、部下にちょろちょろいますけど」
「寄越せ」
「えー」
アリアは渋った。
仕事が増えるから嫌だった。例えば、そう――。
「ん?」
アリアは気付いた。
よく考えてみれば、自身の仕事は何も増えない。増えるのは部下の小言と文句と愚痴くらい。つまりはいつも通り。懸念があるとすれば――。
「体制に対して不信感強いですから多分嫌がりますよ」
「やはりそこか……」
「なので、ちゃんリリに頑張ってもらって実績作ってもらうのが一番ですよ」
「そのちゃんリリの実績作りのための手足がほしい。今のままでは実績作りの最中に足を引っ張られかねん」
「足を引っ張ってきたやつの足をさらに引っ張って首だけにしましょうか」
「それだと足引っ張られることは確定しないか?」
「たしかに」
アリアは納得した。
「そもそもちゃんリリは何するつもりなんでしょう?」
「話していたのは、物流関係が主だったな。他国を含む各地の特産品を仕入れやすいようにして、色んな料理を作りやすくするとか何とか」
「――全面的に協力しようではありませんか」
「なんだ急に」
「官吏系の人材集めてきます。部下に知り合いとか多いと思うんで、多分いけます」
「疑うわけでもないが、そんな簡単に集まるものか?」
「不遇な扱い受けてる人とか、政争の影響で閑職に追いやられた人とか、それ系の人材に強いです。類友連鎖です。弊社にお任せを」
アリアはうやうやしく頭を下げた。
ベネディクトが自分の権勢を広めるための工作を行った際に、煽りをくらった人間は多くいる。
「任せてください。役職とやりがいで釣ってきます」
「そ、そうか」
助けを差し伸べる人間が善人とは限らない。野望がある人間が悪人とは限らない。しかし善人である方が単純に印象がいい。
「その際になんですけど、王子を借りますね」
「別にいいが、……何かあるのか?」
「成功率上がりそうなんで」
やれる人がやってくれるのが一番良いよね主義のエリオットは、部下の功績を奪うどころか感謝と信頼で応える。それが雰囲気の段階で滲み出ていた。
「あれには人望はあるからな。我ではなくあの人に似ていて良かったよ」
アデレードは自嘲気味にそう言ったが、苛烈な女王と温和な王子という対比はアデレード本人が作為的に持たせた評価でもある。『前王の時』を民が思い出して懐かしむようにと。
「あの人の周りにも人がよく集まった。孤独な我とは違う。本物の王とはああいう人を言うのだろう」
アリアは異議を唱えた。
「でも、王とは本来孤独なものじゃないですか? 私は師にそう習いました」
「……妙なことを習ったものだな。しかし、人の上に立つ者の周りに人がいないとなれば、その王に未来はないだろう。そう思わないか?」
「友は必要でしょう。家族もそうでしょう。しかし多くはいらない。多くいれば必ず判断を迷わせる。人の心はそこまで強くはないはずです。王となったら人が変わったように強くなるなんてことでもない限りは」
「何か知っているのか?」
「いいえ。けれど、人の上にいる立場の者は、みだりに腹の内は明かしてはいけないことは知っています」
権力欲に駆られて取り入ろうとするやからは多い。疑うにも限界はある。そしていつか猜疑心に囚われることになる。
「お前には人の上に立つ才能があるのだろう。いや、それとも過去に――」
「ええ、昔の話です。人の上に立った者というのは、他人の希望も絶望も受けなければいけません。私はそれがとても嫌いです。その押し付けがましさが鬱陶しくて堪らない。受けてやってもいいのは絶望くらいです」
アリアからいつもの飄々とした雰囲気が消え、怒りを孕んだ嫌悪が表に出る。
アデレードはアリアの歪みの一端に触れたような気がした。
「……なるほどな」
アデレードは一呼吸置くと続けた。
「人には、正の部分と負の部分がある。負を見せない人間とは秘密を共に出来ない。――さて、我らの間では何になる?」
人の歪みや負の部分というのは、人と人を強く結びつけるきっかけにもなる。
「そうですね。――貴方の動機でしょうか? 巷では贅沢したいからだとか、権力が好きだからとか言いたい放題ですが、実際のところ敵陣営ですらそんなことは思っていない。王位を息子に譲り渡すまでの繋ぎでやってることは明白です。しかし、実際に話してみるとそれだけだとも思えない。そこに、利害を超えた貴方の執着があるとしか思えません」
アデレードは息を呑んだ。
「……お前は真面目な話をすると、剣を向けているかのように鋭いな。話してもいいが、――お前からだ。少なくとも出自くらいは語ってもらうぞ」
「ええ」
アリアはこの世界における己の生い立ちを話した。家のこと、逃げ出した時のこと、ここまでの旅。領地に置いてきたものも含めて。
「己のために命を賭した者がいて、そのおかげで生き延びたのならば、精一杯生きなければいけないのでしょう。しかし、死者は生き方までは教えてはくれない。生きるとは難しいものです」
その話はアデレードに親近感を持たせた。
「死者のために生き、生者のために死ぬ。それでいいじゃないか。これを繰り返すことが人間というものの歴史だろう」
受け継いで、次に繋げて。己もそうありたいと思ったからこそ。もしくは、そうでなければいけないと思ったから。
アデレードは、今まで誰にも話していないことまでを口にする決意をした。
「――知っているか? 世の中には己を殺そうとした者に感謝を述べる人間もいる」
「病床の患者か何かですか?」
アデレードはわずかに笑った。
「いいや、健康体さ。これは前の王の話だ。前王は毒殺されたが、その犯人として最有力なのは我だ。当然我は否定しているが、宰相側は我がやったと吹聴している」
アリアは義務のように聞いた。
「犯人は分かっていないのですか?」
「ああ。誰もが分かっていないまま、誰もが好きな敵を犯人にして政治的に利用している」
アデレードは昔を懐かしむような様子を見せた。
「死しても利用されるとはあの人もかわいそうになぁ」
「では生きている頃も?」
「ああ。あの人は、人が良かった。徳王とも呼ばれて評判も高かった」
「人が良い、ですか」
アリアは言葉に含まれたものに気付いた。
アデレードの唇がわずかに震える。
「……だからか、友達が多かったのさ。そう考えると、お前の言う通り、王とは孤独であるべきだったのかもしれない。結局、人の良さに付け込まれた。付け込まれた者が国王であれば、それは国の権益に関わる。多くの友人が困った様子であれやこれやと頼みにきたよ。あの人はそれを跳ね除けることが出来なかった。そうやって徐々に蝕まれていったが、表向きでは素晴らしき徳王だったよ。まあ、そう吹聴したのもその友人たちだがな」
声色にやるせなさが混じっていく。
「とは言っても、あの人も気付かないわけがない。だがそれでも、あの人には困った顔をする人間に対して『断る』ということが出来なかった。次第にあの人の周りは困ったフリが上手い者ばかりになった。我は他国の出身の人間だったから口を出さないようにしていたが、このままではまずいと途中から口と手を出すようになった。だがその頃にはもう遅かった。既に王権は大きく削れていた後だった」
やるせなさが憤りに変わっていく。
「……色々考えた。本当に考えた。強引な手段を取ろうとすると、当然反発を生んだ。もちろん、うまい汁を吸ってきた者たちは大いに罵ってきた。それどころか、あの人までも難色を示したよ。結局、上手くはいかなかった。あの人には取り上げるという行為が心情的に耐えれなかったのさ」
「……何があっても加害者にだけはなりたくないという人はいます。味方に我慢を強いても」
「あの人には本当に申し訳なさそうに謝られたよ。……心底悲痛な顔でな。気付けば、毎日毎日悲痛な顔をしていた。――だから私があの人に毒を送った。楽になりたくなった時に飲めと」
アデレードの震えは止まっていた。
「渡したその日の夜に飲み干していたよ。我は朝になってそれを知った。だから犯人は我ではあり、あの人自身なのさ。我に毒を送られた衝撃で毒を飲んだのかまでは知らない。ただ私宛てに書き置きに『本当に申し訳ない』と書かれてあったよ。……私の心は、恐らくその時に一度死んだ。私が我となり、王となった。その先はただ使命のために動いている。あの人によく似ているあの子に、同じ目は合わせないことに全てを懸けている。だから何だってやって見せるのさ」
心も、風評も、命すらも押しのけた。全ては目的のために消費してしまえるように。
アリアは深く頷いた。
「なるほど。だから次に繋ぐと言ったわけですか」
アリアは『一度死んだ』という言葉に惹かれた。
「人というのは一度死ぬと大きく変わるものです。これは実体験です。貴方が語った『死者のために生き、生者のために死ぬ』というのは気に入りました」
アリアは口元を緩めた。
だが、目は冷たさのある知性が宿っていた。
「されば、血を多く流しましょう。王とは屍の上に立つものですから」
「……そうだな。あの子が王座に座る前に出来るだけ多く流しておかなければ」
敵の工作ではあるものの前王の人気が高かった影響で、その子であるエリオットの評判はそこまで悪くない。
「まあ、あいつもそのくらいは読んでいるがな」
アデレードがここで急遽退場することになれば、その疑心はどうしてもベネディクトに向かってしまう。ベネディクトとしてもそれは避けたい。
つまりは、エリオットの評判こそが二人の争点であった。向こうは無能の烙印を押させようと、アデレードは徳王の再来と思わせようと。互いに救世主を作り上げるために争っている。
「ガタついた王座にあの子を座らせるわけにはいかない。結局のところ民に認められなければいけない。だからこそ我もあいつも、こんな回りくどい戦いをしている」
「では、この国難の解決を王子の手柄に出来れば事態は好転しますね」
「その通りなのだが、そこが一番どうにもならない」
大きなため息をつくアデレード。
「武力となると、当然騎士頼みになるが、国の騎士は王に忠誠を誓っていない。あいつらは『自分たちは民のためにある』と宣言している。他国からすれば、王よりも騎士団の長の名前の方が有名なくらいだ」
「じゃあその人を説得すれば、それこそ王子の手柄となりますね」
「いや、それこそどうにもならん。あの者どもは頑固というか何と言うか、己の考えに固執していて話し合いにもならない。まあ、我が国の宰相様に対しても同じ態度らしいがな」
敵でも味方でもない。敵ではないとしても不安要素には変わらない。頼るには危険が大き過ぎた。
「……結局のところ武力がどうしようもない」
重苦しさの続くアデレードに対し、アリアには軽さが戻っていた。
「じゃあどうにかする方向で頑張りましょう」
「……既に手は尽くしたつもりだ」
アデレードは顎に手をやって支えた。
そんなアデレードに、アリアはもっともらしいことを言った。
「それでも、やらなければいけないのであれば、やるしかない。違いますか?」
「……それはそうだが」
「まずは相手を知ることからです。いかにもな理由をつけて騎士を呼び出してください。策はその後で考えましょう」
アデレードは不安になった。アリアが『もっともらしい』ことを言う時は、大抵その後に『もっともらしくない』ことを言う時であることを経験から学んでいる。しかし『策』という言葉に惹かれた。何だかんだ信頼はしている。
「呼びつけるのはいいが、話しても分かるようなやつではないぞ」
「大丈夫です。年配の方というのは孫とかに弱いものです」
「おいまさか」
「子がいないとのことでしたので、孫感を出していきます」
「冗談だよな……?」
「もちろんです」
ほっとしたアデレードだったが、アリアの「半分くらい」という付け足しにぎょっとした。そもそも孫感って何だとも思った。
それをよそに、アリアはまたもっともらしいことを語り始めた。
「己を知り敵を知れば百戦危うからずと言います。実際に会って確かめないと分からないことは往々にしてあるものです。私は戦闘においても相手を知ることから始めます」
アデレードはアリアの戦っている姿も、その戦績もよく知らない。自身としても剣を手に取ったこともない。
「……詳しくはないが、相手の出方を見るというのは戦いにおいて当然ではないのか?」
「出方なんて見ていたら斬られますよ」
「ならば先手必勝というわけか」
「いえ出方を見ますね」
困惑するアデレード。
「矛盾とは囚われるものではなく、乗り越えるものです。それが出来た者が一流なのです」
そう言うアリアは猫にぺちぺち叩かれていた。