TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第46話 己を囲うための壁作りに参加する女

「どうなっている?」

 

 郊外にある屋敷の一室。

 ベネディクトは座って葡萄酒を飲んでいる男に、咎めるようにして言った。さらに言葉を重ねる。

 

「しばらく待て――とは言われたが、さすがに待たせすぎではないか?」

 

 問い詰められることになった男、ヴェイルモントは、表情を固くした。

 

「……怠けているわけではないが、ゼインとの連絡が取れん」

「ならばやられたということだろう」

 

 ベネディクトの即答に対し、ヴェイルモントは首を振った。

 

「それは考えにくい。あいつには危険を避けすぎる癖がある」

「だから何だと言うんだ」

「逃げを選択したあいつを倒すなんてそう出来るものじゃない。そんなことが可能な戦士がこの国にいたとは思えん」

 

 とは言いつつも、ヴェイルモントの表情は固いままだった。考える時の癖で、親指の腹で顎を撫でた。実際、不可解なことではあった。強敵を見抜けなかったとは思えない。もしくは見抜いた上で正面から戦ったとも考えにくい。あれだけ困難に立ち向かう経験をしておけと言っても、効率がどうとか、前時代的だと、反発していたゼインである。残る可能性としては、逃げることも出来ずに倒されたことくらいだが、名が通っている戦士は全て頭に入れている。

 

「……まさか、無名だが超一線級の戦士がいたとでも? ……いやそんな都合良く都合が悪いことが起こるわけがない」

 

 考え込むヴェイルモントに気を少し良くしたのか、ベネディクトは確信交じりの予想を口にした。

 

「――どうせあの小娘の仕業だろう」

「小娘?」

「私の計画を乱す元凶だ。手勢も結構やられた。からめ手が得意な嫌なやつだ」

「ならばゼインはからめ手にやられたと?」

「他に思いつく要素がないのであればそうだろう。まったく忌々しいやつめ。まるで偶然噛み合ったかのように見せてくる」

「……それが本当であれば本国が欲しがりそうな人材だ。最上の策とは、自然の成り行きのように見せることだと名のある策謀家が言っていた」

 

 ベネディクトは剣呑な眼差しをヴェイルモントに送った。協力者の心変わりほど怖いものはない。

 

「……腹の内が読めないやつを連れて行こうというのか? あんなの連れて行っても、いつ裏切るか分からんぞ」

 

 ヴェイルモントはさすがに可笑しくなって笑った。

 

「そこはお互い様だろう」

 

 というより、実際に裏切りを働いているのはベネディクトの方である。それも、その理屈をいまだ明かしていない。善心で帝国に内通したようにも思えない。とはいえ善悪には興味がない。

 

「策だろうが何だろうが、ゼインを討った者がいるのであれば、相当な者であるのは間違いない。是非とも死合ってみたいものだ」

「何のつもりだ」

「ただの戦士としての遊興だよ。そのために生きているのだから」

 

 自嘲するような笑みが出ると、ヴェイルモントは気持ちが楽になった。己が何者であるかを再確認した。行くところまで行っても一人の戦士に過ぎないと。

 一人気分を良くしたヴェイルモントは続きを促した。

 

「――さて、本日の用件を聞こうじゃないか」

 

 不愉快なまま不本意な話をすることになったベネディクトだったが、それでも気持ちを抑えた。感情よりも尊ばなければいけないものがある。

 

「……今回の件で影の戦力は戻らず、結局失ったままになった。これでは作戦実行の際の武力に不足が――」

「待て」

 

 ヴェイルモントは苦情をさえぎった。

 

「その悲観は良くない。そもそも戦士とは表舞台でこそ力を発揮する生き物だ。暗闇の中でこそこそとするのは性に合わない。要は相応しい場所で戦わせるべきだということだ。俺には政治は分からんが、勝てばいいのだろう? 力を活かせる相応しい場所を用意するだけでいい。何も難しくする必要はない」

「……武力で解決すれば民心が離れる。簒奪した形になっては困るのだ。あくまで民に見放された王と、危機を救うために立ち上がった宰相という図にしなければいけない。武力を使うのは最終手段だ。我々は解放者であり救世主とならなければならない」

 

 勝てばいいというわけではない。統治後のことを考えれば、従わせるのは悪手である。反乱が起きれば責任を取らされかねない。

 

「その政治のまどろっこしさが俺には合わん」

「恐怖で押さえつければ民が持たん。野心を抱く者が民衆を扇動し、反乱を企てるだろう」

「鎮圧すればいいだろう」

「人は畑では採れない。間引くならば効果的でなければいけない」

 

 ヴェイルモントは、自分よりマシなことを言っているはずのベネディクトが嫌なやつに見えてきた。

 

「……まあ出番があれば言うといい。可能であれば、相応しい相手を用意してくれると助かる」

 

 これ以上は話す気はないと、ヴェイルモントは葡萄酒を喉に放り込んだ。

 舌打ちの一つでもくれてやりたいベネディクトだったが、

 

 ――これ以上は実りがない。

 

 と判断し、屋敷を去った。

 馬車に乗り込むと、御者を急かせた。

 馬車の中で一人になると、自然にため息が出た。

 

「……あの小娘が出てきてからこうも上手くいかないとは」

 

 偶然だと思いたかった。それほどに恐るべき手腕。痕跡を残さずに事を成している。そのくせいつも現場にはいる。神霊の類だと思ったほうが楽になりそうだった。だが楽をしては成功はない。

 

「もし天意というものがあるとしたら、これが試練だろうか」

 

 踏ん張りどころだ。そう思った。

 まだ情勢は己に大きく有利なれど、相手側に巻き返しの種が見え始めている。火が点く前に消さねばならない。

 

「何からやるべきか」

 

 ふと、娘のことが思い浮かんだ。

 

 ――あれの使いどころかもしれん。

 

 最近ではあれこれとやってるらしく評判も悪くない。

 

 ――特に期待していなかったが。

 

 ベネディクトはほくそ笑んだ。

 

「わざわざ命の価値を高めてくれるとはな」

 

 王子に近づけさせ、婚姻の可能性を世間に想わせた後、闇に葬る。女王が大切に守っている息子の評判を揺さぶれるだろう。犯人は誰か分からないくらいが丁度いい。憶測とはさらなる憶測を呼ぶもので、民衆というのはこういうものに執心する。似たような醜聞を他にも用意するだけで、勝手に点と点を繋いでくれる。

 これも、いつか引火させるための仕込み。点は多ければ多いほど良い。

 

 ――多少は気の毒と思わないではないが。

 

 生死を他人に決められるという究極の理不尽であっても、受け入れさせられることがある。

 

「誰しも己が身で生きなければならない。他人の庇護下にいると、他人のために使われることになる。恨むのなら時勢を恨むしかない」

 

 がたりと馬車が大きく揺れ、身体が痛みを訴えた時、無視してはいけない予感が湧いて出た。

 

「待てよ」

 

 ベネディクトの脳裏に、少し前のことが思い浮かんだ。屋敷に刺客を送った時のこと。それ自体は大した策ではない。屋敷に賊が侵入したという結果を風評に使う程度のもの。しかし、知らせを受けた時に何かが引っかかった。気になって直接調査しに行くと、何故か侵入経路が塞がれていた。理由を聞くと、賊が侵入したから屋敷中を調べ回ったとのこと。道理ではあるが、違和感があった。これ以上調べようにも、侵入させた者たちは口封じのために始末するように命令しているし、その実行役もこの世にいない。

 

 ――何か、見落としている気がする。

 

 この見落としが、考えても分かるものなのかどうか。そこから疑問だった。ただ、こういう違和感は最近よく経験している。放っておくと不利益になる類いのもの。そしていつもあの小娘が黒幕のような位置に――。

 

「……いや、面識はないはずだ。それに屋敷で働いている人間も確認した。もしあの中に潜んでたとしても、あんな目立つやつを見落とすわけがない」

 

 だが、度重なった経験が告げている。あいつが何か関係しているはずだと。

 

 ――であればまずい。

 

 刺客を差し向けたことで事が露見するようなことがあれば、自分の娘を殺すように指示をしたことが広まってしまう。そうなれば、一転、窮地に立つことになる。

 

「まだ早いか……」

 

 今動くにはリスクが高過ぎる。少なくとも布石くらいは打っておく必要がある。生かすなら生かしておくで、使い道はある。

 多少考えがまとまってくると、次に移った。考えるべきことはまだある。

 

「……いい加減、あの騎士どもにも動いてもらうか」

 

 動かそうとしても動かない時代錯誤な遺物。敵にも味方にもならないのであれば消えてもらった方がいい。国の礎となるのであれば本望だろう。

 

「動かざるを得ない状況を作ってやる」

 

 ベネディクトは頭が固い生き物が一番嫌いだった。そこに敵も味方もない。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 朝日は昇って幾ばくか。そろそろ昼が訪れようとする頃。

 孤児院にて。

 アリアは遅めの朝ごはんをとっていた。名前はよく分からないけど美味しいやつ。アリアはそれをリリアナスペシャル、略してリリスペと呼んでいた。

 そんなリリスペを食べ終えたアリアは、お礼の際にリリアナを悲嘆させることを口から発した。

 

「そろそろここを出ようと思ってまして」

「え? ――そ、そんな!」

 

 唐突な別れ話にリリアナは驚天動地した。世界の終わり。昇らない太陽。明けない闇。気力、活力の存亡の危機。

 

「これから国の機関でちょっと危ない仕事するんで、この前みたいに変なのがここに来て皆を危ない目にあわせないためにも」

「うぐぐ……」

 

 その理屈をリリアナは納得出来てしまった。欲望には真っ直ぐなリリアナだが、他者を押しのけたりはしない。ただ引き止めれなくなったことで、しなしなになった。リリアナもとい、干からびた根菜は机に突っ伏した。後は土に還るだけ……、と思いきや、天から甘露が降ってきた。

 

「まあ王子の味方なので、また会うと思います」

「えっ、本当に!? 王子様と何かするの!? 見たい!!」

「見たい?」

「あ、いや、楽しそうだなぁって」

「はぁ」

 

 リリアナにとっても、いずれは孤児院を出る必要がある。その時どうするか、候補はいくつもあってまだ決まっていない。誘いはとても多く、いまだに増え続けている。そして最新の誘いはデカかった。

 

「そう言えば私も女王様に呼ばれてたんだった」

「おお」

「何か私の話に興味を持ってくれたみたいで」

「じゃあ一緒に仕事することもあるかもですね」

 

 リリアナは立ち上がった。

 

「――それだ!」

「わわ」

 

 勢いを増すリリアナ。

 

「アリアちゃんが幸せになるように、この国で色んな料理を楽しめるようにしようかなって」

「素晴らしい」

「その上で、この国でしか食べれないものとかも作ってみようかなって」

「素晴らし過ぎる」

「あと安心して過ごせるように治安の改善も」

「はい」

「でもどうしても権力とかそういうのが必要になってきて、そこが難しくて」

「陛下に気に入られたから良いんじゃないんですか」

「まあそうなんだけど、それ以外の各地の貴族とかのこともあるし」

「派閥超えて仲良い人いるって言ってたじゃないですか」

「まあそうなんだけど、所詮平民だし私の話にどこまで乗ってくれるかなーって」

「その時は特に仲良しな貴族の名前を使えばいいじゃないですか」

「でも名前借りて勝負するのって怖いし」

「借り物じゃなくせばいいじゃないですか。陛下に言えば何とかなりますよ」

「そんな簡単には」

 

 簡単とか難しいどころの話ではなく、既に専用の椅子が用意されている。あとは座るだけ。赤い糸は赤い鎖に補強されていた。

 

「そう言えば、今度王子と美味しいもの巡りするんですけど来ませんか」

「えっ。アリアちゃんと王子様とで?」

 

 リリアナの目が輝き出す。

 

「いえ、お嬢様と王子とで、街中を一緒に行動するそうで」

「そうなんだ?」

 

 アリアの口から出るお嬢様はオフィーリアのことを指す。それは当然リリアナも知っている。だが互いに両派閥のトップの子ということもあり、その関係性はぎこちない。正確には他人行儀過ぎる。

 

「なんでも護衛もなしにして街を散策することで、仲の良さを広めて国民を安心させたいとかなんとかだそうで」

「……あれ? アリアちゃんは?」

「護衛っぽく見えない護衛ということで、友達枠として参加します。互いに一人くらいならいいでしょうということです。リリアナちゃんならどっちの友達枠としても参加出来るんでちょうどいいかなって」

「もちろん行く! 是が非でも行く!!」

 

 リリアナにとって、王子とオフィーリアが仲良くなることは良いことだった。宰相側が勝った際、王子の命はおそらくない。しかし王子側が勝った場合であれば、オフィーリアの命は助けられるかもしれない。そのためには二人の仲が良好である方が望ましい。

 リリアナの活力は以前よりも増すことになった。

 

「実は私も王子様ともっと良好な関係を築いておきたくて」

 

 続けて「国の協力を得て、やりたいことが多くて」と言うリリアナに、アリアは目をパチリとすると、問いかけた。

 

「もし自分で掘った落とし穴に笑顔で飛び込んでいく人がいたらどう思います?」

「なにその怖い人」

「ですよね」

 

 何のことか分からず、リリアナは首を傾げた。

 

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