TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
素敵な手紙を送ってから返事が来るまで数日、実際に訪れるまでにはさらに十数日かかった。
その間アリアは食べ歩きしたり、例の四人で飲食店を巡ったり、オフィーリアに気配操作特訓を行ったりしていた。
そして予定の日。
謁見の間。アリアは、王座に座るアデレードの横で立っていた。大きな空間に二人だけ。人払いは済ませてあった。
やがて訪れたのは一人の老境の騎士。
その老騎士からはどっしりと重苦しい雰囲気が漂っていた。
老騎士は王座に座るアデレードの前方まで寄ると、片膝をついて頭を下げた。互いの距離はそれなりにあり、それがそのまま心の距離にも思えた。しかしそれとは別に、物理的な意味合いでも距離を取る必要があった。この会見に際して、老騎士は条件として帯剣を要求していた。合わせてアリアも帯剣している。
老騎士は、顔を上げ周囲を見回してから、
「……わざわざ直接伺わなければいけないような用とは何でしょうか」
と、重苦しく言った。
当然、用件くらいは事前に伝えてある。アデレードは老騎士の意図を探ることにした。
「用なら先に伝えたはずだが。見てすらいなかったのか?」
「もちろん拝見しておりますとも。ですがその上で聞いております。それほどの用件であるのかと」
「随分と礼を欠くではないか」
「何をおっしゃいますか。このように礼をつくしているでありませんか」
老騎士は片膝をついたまま話している。
「……体を起こせ」
「そうおっしゃられるのであれば」
立ち上がった老騎士は胸を張った。堂々とした表情。後ろめたいものなどないと言わんばかり。
その様子にアデレードは、この会談中ずっと感情を抑えることに努めなければならないと思った。一つ、息を吸って吐いた。
「一つ聞く」
「何なりと」
まずは相手の澄ました態度を崩さねばならない。アデレードは外から攻めた。
「昨今の情勢をどう見る」
「不安と不定、でしょうか」
「では安定させようとは思わないか」
「その安定が民のためとなるのであれば」
「……よく言う」
「さて、何のことでしょう」
とぼける老騎士。本来ならあり得ない言動。何か言おうとしたアデレードを、アリアが手で制した。代わりに口を挟む。
「貴方の言う民とは、この国の民のことでしょうか?」
「その発言をする君は誰かな?」
「なるほど。答えづらいと」
「……この国に住まう民のために決まっているだろう」
「それはこの国の名称が変わってもですか?」
「……それを聞くお前は誰だ」
「知る必要がどこに?」
お返しとばかりに、とぼけた様子を見せるアリア。
今度はアデレードが制しようと、小声で名前を呼んだがアリアは反応しなかった。
アリアの目が鋭くなる。
――こいつ、腹をくくってる。
何に対してかはまだ分からない。善悪を考えても仕方ない。だが、知る必要がある。
もし帯剣の許可がこの場で事を起こすつもりであるならば、即座に首をはねなければならない。しかし、意思を示すだけのものであれば、見極めなければならない。この男が何を目的として動いているのかを。
アリアはもう一度とぼけるところから始めた。
「さて、忠義とは何でしょうか?」
「何が言いたい?」
「いや、貴方を見てるとよく分からなくなって」
老騎士の眉がぴくりと動いた。
アリアは薄く笑った。馬鹿にしたように見えるように調整した笑み。
他人の大事としているものを揺さぶり、突き動かす。その揺れをもって相手を知る。アリアの常套手段である。
対する老騎士は、いまだ重苦しい空気を崩さない。
「……忠義とは、正義を成すことだ」
「ああ、なんだ。やっぱりその手合いか」
呆れた声で言うアリア。
本音を少し混ぜて続ける。
「私はこの国の人民全てを捨てても、一人の人間を生き残らせてやるつもりです」
相手の表情や雰囲気、変化の起こり。その全てをくまなく観察する。
「――ああ、失礼。貴方たちには関係ありませんでしたね。せいぜい埃被った名誉でも守っててください。掃いて捨てられるまでね」
アリアの止める気のない挑発に、老騎士のまとう空気に憤りが混じり始める。
「……何のつもりだ?」
何のことか分からないとばかりに、アリアは両手を小さく広げた。
「骨董品は愛でるものであって、実用するには足りないなと思っただけです」
比喩とはいえ、無用だと言い放った。トゲにしては大き過ぎる。
「おい、アリアっ」
さすがにまずいと、アデレードは声を大きくして制そうとした。
だがアリアは止まらなかった。
自分が正しいと信じて他人に犠牲を強いる人間が気に食わなかった。蔑むような目つきで老騎士を睨んだ。
「……嫌になるな。お前のようなやつは、自分が切り捨てられなければ分からないんだろうね」
「小娘――」
老騎士の雰囲気が変わる。今にも腰のものを抜きかねない剣呑さ。
対するアリアは薄く笑みを浮かべていた。わずかに死の香りが漂っている。甘い誘惑。死の誘い。
「文句があるなら腰のものを抜くといい」
「……お前と違って浅慮ではない。剣とは軽々しく抜くものではない」
「腰の重さに立派な理由をつけたものだね。さぞ素敵な訓練を積み重ねたに違いない」
皮肉を通り越して、もはや暴言だったが、それでも老騎士は感情を呑み込んだ。
アリアはそれも気に食わない。
「忠義ってのは、主君が地獄に行くのであればその道を切り拓くものだろうに」
「否。間違いを正すことこそ役目だ」
「手足が自我なんて出してどうする」
「我々は暴力の徒ではない。――若いな。考えが浅い」
「深みに嵌まって窒息しそうだけど? 死神に足でも掴まれてる?」
空気がさらに重くなる。その種別は、重鈍ではなく破裂寸前の物体が凝縮したような重さ。
左手で鞘をぐっと握りしめた老騎士は、数秒経った後に手の力を緩めた。
「……死神とはよく言ったものだ」
老騎士は深く息を吐くと、憤りを引っ込めた。感情を優先させることがいかに危険であるかを知っていた。挑発なのは明らかである以上は激するわけにはいかない。とはいえこれ以上この場にいることも耐えられそうにない。
老騎士はアリアへの視線を切ると、アデレードに向かって絞り出すようにして言った。
「……また相見えましょう」
老騎士は背を向けた。
退出の許可は取っていないが、止められることもない。
老騎士が去った直後、
「アリアっ」
アデレードは咎めるように名を呼んだ。
アリアは不快感を表に出した。
「気付かなかったんですか」
「何をだ」
「あいつ、必要とあれば貴方を切り捨てるつもりですよ」
「――それが何だ。我なぞ」
「良くありません。たとえ貴方がそう思うとも、私が許しません」
「だからと言って」
「気に食わないものは気に食わない。自由とは何か知っていますか?」
「何だと言うんだ」
「強制力ですよ。他人に強制されないというね」
その言葉には経験からくる重みがあった。
「お願いとは、他人を動かすことです。威圧でも尊敬でも何でもいい。しかし、意思に反することを強制させれば、必ず反意を抱かせます。行き着くところは、力が強い方が己の意を通せるという事実です」
子が親に逆らいづらいように、部下が上司に口出しづらいように。だが、己の意を通せるだけの材料さえあれば逆転だって出来る。
アリアのそれは恐ろしくシンプルだった。
「己の邪魔をする存在がいるならば、説得に応じないのであれば、――斬る。それ以外にありません」
わずかに息を呑んだアデレードは、アリアがそういう世界で生きてきた人間であることを再認識した。それは安寧とは程遠い、血腥い世界の住人であり、そこで生き抜いた人間であると。諸問題の解決方法は血で行われることが前提にある世界だ。
「斬る、か……」
剣とは畢竟、人殺しの道具に過ぎない。剣士とはそういう技術に長けた人間である。何を言うべきか悩んだアデレードだったが、自分の叱責は、そんなアリアへの心配によるものだったことに気付いた。この愉快で物騒な話し相手が斬られるところを見たくなかった。
「お前はそう言うが、あいつが挑発に乗っていたら我らは死んでいたぞ」
「そうなんですか?」
「この国で一番有名な騎士だ。他国では我の名より有名だ。……正面からやって勝てる相手ではない」
「名前じゃ敵は斬れませんけどね」
「名前が通るくらいに敵を屠ったということだ」
道理ではある。
しかし道理はひとつだけではない。
「陛下に私の得意なことを言っておく必要がありました」
「何だ?」
「実は私に斬れないものはありません」
「……まあ、期待しておくとしよう」
「ええ、貴方の敵を全て斬ってご覧に入れましょう」
くすりと笑ったアデレードは、腰を掛け直した。非現実的なことを言うものだと面白がった。きっと己を励ましているのか、もしくは安心させようとしているのだと思った。
そんな矢先、アリアが老騎士が去っていった方を指差した。
「――ところで戦力の方はどうしましょう?」
「おい」
アデレードは、今しがたお前のせいで望み薄になったじゃないかとツッコミたかった。もうこのノリも慣れたものである。笑えない話をふざけて話す。戦場擦れした戦士がするような会話。
アリアは仕方なさそうに言った。
「だって、民に戦ってもらうには陛下に人望がないですし」
「わざわざ言うんじゃない」
「そう言えばあの老人、また会う的なこと言ってましたし、何か用があるんじゃないんですか」
「まあ、それ次第で変わるか……」
「アテにするには運過ぎて怖いですけどね」
「もちろん分かっている。だが他に案がない」
でも希望はあった。
「今はリリアナに頑張ってもらうしかないだろう。我らの仕事はリリアナの障害の排除。……あとは息子に民衆の期待が強くなるような何かがつけばいいのだが」
割と本気な願望だった。
「我は物事を好転させることが苦手だ。これまでを振り返っても、応急処置を繰り返して延命してきたに過ぎん」
言い換えればその方面に関しては得意と言えたが、現状がそれ以上を求めさせた。
だが必ずしも自分である必要はなかった。
「そう考えると、リリアナの存在は天からの贈り物かもしれん」
出来る人材を掴めれば話が変わる。それだけのことでもある。気付けば周りに有能が増えている。どいつもこいつも頭がおかしいこと以外は完璧だった。リリアナはその筆頭である。
「もしかしたら別の世界からやって来てたりしてな」
「まっさかー」
二人は『ははは』と笑いあった。
アリアは物事を好転させるような働きをするというよりは、敵のやることなすことを壊して回る悪魔みたいなやつだった。被害者がクレームをつけようにも、大抵首だけになって土に還っている。敵の嫌がることをさせたら一級品である。そのくせ幸運を招く置物みたいな部分もある。
「何か敵が焦るような出来事でも起きればいいんですけどね」
「案外もう焦ってたりな」
「さすがになさそうですけど」
「言っておいてなんだが、我も同意だ」
希望を話すことに怖さを感じるくらいには、二人とも慎重さを残している。
「でももし宰相が焦るようなことになれば、実力行使といくでしょうね」
「そう見るか?」
「時の進みが己に利しないとなれば、動くのは必然です。あれの思考の癖からすると、障害の排除を望むでしょう。裏で邪魔者を消したがるのは、他人の批判に耐えられないからでしょう。臆病者か自尊心が高いかのどちらかは、……まあ後者でしょうかね。下に見ている存在からの批評なんて腹が立って仕方ない。そんなとこでしょう」
「……よく分かるな」
「まあわりと似たところあるんで」
「お前とか?」
「ええ。よく知らないやつに上から物を言われると、斬りたくなります」
ムカつくやつは排除したくなる。一番スカッとする方法を模索する。そしてとりあえず煽る。
「もしかしたらですけど、あの騎士の頭の固さが嫌いなのも同じかもしれません。己を正しいと信じて顧みず、正義を貫こうとする者。周りの人間からすればたまったものじゃない。正義なんて複数あるだろうに」
「やっぱりお前怒ってたのか」
「多少です。民のためと言えば聞こえはいいですけど、表面的過ぎます。何か隠してるのは分かりますけど、ここまで来て明かさないのは印象良くないです。……まあ、民を盾にすれば強制的に動かせるでしょうけど、そんなことをすれば民心は消えてしまいます。宰相が足踏みしてる理由はそこでしょう」
あれだけ揺さぶっても相手の根幹が見えなかったことから、アリアは、ベネディクトも騎士たちの考えを把握出来ていないんじゃないかと推測した。
「なので大衆受けすることいっぱいやって、地道に人望を得ていきましょう」
「結局はそこか」
剣を片手に人気商売である。まどろっこしいけれどやるしなかった。
「うーむ。どうしても、一気に大きな名声を得られたらと考えてしまうな」
「そんな都合の良いことはそうそう起きませんて」
「だよなぁ」
分かっていても望んでしまうものはある。