TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
王都。
アリアは朝食を求め、行きつけの店に訪れていた。中年の夫婦で営まれているこぢんまりとした飲食店である。値段に対して味が良い。家庭的な味で、飾らない感じが良いとアリアは定期的に通っていたが、変化に気付いた。
「む、何か味が落ちてる」
その呟きはカウンターにまで聞こえた。活力系のおばちゃんがやって来ると、少し申し訳なさそうに説明した。
「いや材料自体は変えてないんだけどねえ。でも――」
おばちゃんは、食材の値段が上がったことを話した。値段を維持するために、分量をいじって誤魔化しているとのことだった。
「何でも南の方で魔物が大量に発生したとかでね。それで流通が滞るだろうってことで、今のうちから商人たちが食材を値上げしちまったんだよ。まったく、商人ってのは利に目ざとくて嫌だよ」
「魔物なんて討伐しておしまいじゃないんですか?」
「それが騎士様たちは今ここを動けないとかで、領主様の兵と民兵だけで対処してるらしいんだよ」
「うーん。相変わらず腰が重いなぁ」
「え?」
「いえ何でも」
食べ終えたアリアは、立ち上がった。
「その魔物が発生した地域は遠いんですか?」
「いやそこまでではないね。馬で行けば数日程度じゃないかな」
「ほう」
行き先が決まった。
城に戻り、お目当ての人物を探し当てると、出会い頭に一言。
「――ということがあったので、討伐しに行きましょう」
「そんな急に」
戸惑う可哀想な王子様がそこにいた。しかしその戸惑いこそが付け入られる隙だった。
「いいですか、あらゆることは急に起こるものです。予告がある方が珍しいのです」
もっともらしいことを言い始めるアリア。
「今この時にも良民が虐げられ、助けを待っています。何をためらうことがあるんですか。助けを求める声に応える、それが人の道ですよ」
それっぽいことを言わせたら一流だった。
エリオットは「たしかに」と、頷いた。
「それにこれは良い経験になると思います。仲間と共に戦闘経験を積むことで、有事の際に対応しやすくなるはずです。仲間の命を大事に思うのであれば、今すぐにでも行くべきです」
「言われてみたらそんな感じがしてきた」
「よし。――では、お昼ごはん食べたら出発しましょう」
「分かった!」
そういうことになった。
「あ、でも陛下の許可取らないと。僕が勝手に王都から離れるわけには――」
「それなら私が取ってきます」
「え、でも大丈夫?」
「ちょちょいのちょい」
アリアはすぐさま説得に向かった。アデレードは死ぬほど訝しんでいたが、アリアは言葉巧みに「先に行っておくという事実が大事」とか、「兵は後から送ればいい」とか思いつく限りのことをノリで言って、思惑通りに事を進ませることに成功した。
そして昼過ぎに集合となった。
時間になりアリアが集合場所に向かうと、既に五十人程度の騎士がいた。
アリアは頭を下げた。
「どうも」
思ったより集まってほっとしたアリアだったが、エリオットはちょっと気まずそうだった。
「もう少し時間があればもうちょっと集められたんだけど……」
「じゃあ後から遅れてでも来てもらいましょう」
この場の人間だけで出発することになった。数より仲間であるという事実の方が重要だった。
何だ何だと見に来た民衆を背に、馬に乗ったエリオット達が王都を出た。
門を抜けると世界が広がるような気がした。
――あ、凄く良い。
爽やかな青空と、その下にはなだらかな草原が広がっていた。目に見える景色が遠くまで見えるようになると、途端に空の存在を感じやすくなる。遠くに向かう際は、まるで空の端に向かっているように錯覚する。
しばらく街中にいたこともあり、自然が広がる光景にアリアは気を良くした。
――やっぱり外の方が好きかもしれない。
視界にあまり人が映らないのが良かった。実際は周囲に人がいるが、ここで言うところの人とは他人のことだった。共に戦う仲間を他人とは言わない。とはいえ合流したばかりで、互いのことはよく知らない。
――でもまあ、いっか。
自己紹介を、とも思ったが、前回一緒に旅をした者も多くいたこともあり、必要性が薄そうだったからやめた。それ以外の人間には背中で語ればいいと、変な言い訳をした。
そんなことより、風が心地よかった。
草原を撫でた風が身体に当たると、心を撫でられたように気持ちが良かった。
風の音の他には、馬の蹄の音が柔らかく響いていた。背が低い草は、馬にとって丁度いい緩衝材となるらしく、草原を弾むように走った。
しばらく走り泉に着くと、休憩になった。
馬と人が水場の周りに散っていく。エリオットはこの隊の長に近寄った。
「順調に進んでる気がするけど、実際のところどう?」
「そうですね――」
隊の長は三十半ばといったくらいで、若さが抜けているも老いは感じさせないくらいの年だった。名前はハーヴェイといった。
王子に付いている理由は、王子の人柄に親しみを覚えてということもあるが、それよりも実力を発揮しやすいことの方が大きかった。大所帯だと、出番に恵まれずに埋もれることも少なくない。出世は綺麗事だけでは上手くいかないものである。
そんなハーヴェイは馬の首を撫でた。
「戦地に赴くにしては風が気持ち良すぎますね。馬も随分と調子が良いみたいで、想定より早く進めています」
「良いことではあるんだよね?」
「もちろんです。緊張感どころか馬上でくつろげそうなところを除いて、ですが」
周りの馬を見やるエリオット。
馬の多くは、泉に口を突っ込んで水を飲んでいた。まだまだ走るぞという意思を馬から感じた。実に楽しそうに見えた。
アリアは、そんな馬の様子を横から見ていた。
(どうやって飲んでんだろこれ)
そうしていると、騎士の一人が教えてくれた。
「馬は吸うようにして飲むんですよ」
「はえー」
飲み終わった馬は、少し離れると草をもしゃもしゃ食べ始めた。すぐ近くには、立ったままゆったりしている馬もいた。
「馬は立ったまま寝れるそうです」
「器用」
アリアは馬の所作が可愛く見えてきた。
(馬も良いかも知れない)
戦士が馬を愛する理由が少し分かった気がした。
それから二日目、三日目と何事もなく進んだ。途中に通りかかった町では補給、そして王子の人気取りをしたりと、多少の時間を費やした。
待機中、斥候が戻ってきた。
「この先にゴブリンの群れが――」
敵と聞いて緊張が走ったが、三十体程度と聞いて少し弛緩した。とはいえ見逃すわけもなく、殲滅のためにこちらから接敵した。すると勝ち目のなさを悟ったのか、ゴブリンの群れは交戦する間もなく逃げた。エリオットたちは、その小さな背中を追った。
前哨戦としては、ちょうど良かった。
「相手が魔物だと影武者とかいらないのがいいですね」
「そうかもしれない」と、エリオットは笑った。
「魔物と戦うことにそんな利点があるとは思ってもみなかった」
野営の準備を終えると、村で提供された保存食を口に入れた。美味いというほどではないが、雰囲気という味付けが中々良い味を出していた。
陽が昇り始めた頃には出発となった。
アリアも早起きに順応し始めた。元々は早く寝て早く起きる生活をしていたわけで慣れていた。
馬上。ハーヴェイが寄ってきた。
「恐らくそろそろかと思われます」
と、報告を受けた。ハーヴェイはそつがなかった。アリアは王子の友人であり、過去に命も救ってることもあって隊内での扱いが良い。ハーヴェイからは配慮しておくと得だと思われていた。
「そう言えば、何か陣形とかあるんですか?」
「いえ、何分急造だったので。しかし皆訓練はしてますので、基本的なものであればこなせますよ」
もう少し進むと、丘の向こうから、音が聞こえてきた。
吠えるような声に、金属が打ちつけられるような高い音。
丘を越えると、遠目に見えてきた。
村と、魔物群れ、そして抵抗している人たち。
戦闘を主としないであろう人々が武器を取って、粗末な装備で必死に魔物を追い払おうとしていた。
――急がねば。
皆がそう思った。
先頭を行くハーヴェイは、剣を抜くと上に掲げた。意思を込めた剣を前に振り下ろすと、号令をかけた。
馬の足が速くなる。大きく声を発する。魔物への威嚇と、味方への鼓舞。
こちらに気付いた村人たちから、歓声が上がる。魔物からは敵意の雄叫び。
魔物の構成は、ゴブリンやオークが混成した群れのようだった。人語ではない野太い声が戦場から響いてくる。
馬の足が地面をさらに強く蹴るようになり、揺れと速度が増す。その勢いに、圧が出る。
「当たるぞ! ――続けぇ!」
騎士は魔物の側面に強襲した。
魔物のほとんどは防具らしい防具を装備しておらず、衝撃をそのまま受け入れることになった。
ゴブリンは馬に撥ね飛ばされ、オークは槍で貫かれた。肉体が障害になることでしか衝撃を殺すことができなかった。
その突撃によって魔物の統制が大きく崩れ、戦況が動いた。
人間は決してか弱いだけの存在ではない。暴力的かつ、高い知性を有していた。今の今まで必死に抵抗するだけだった村人は、借りを返さんとばかりに前に出て魔物に武器を振るった。
形勢が傾き、血が一方的に流れていく。
「エリオット様!」
「――ああ!」
エリオットも負けずに魔物を倒していく。訓練は真面目に積んでいて、この程度であれば充分に活躍も出来た。周りを見る余裕もあった。
「しかし、凄いね――」
エリオットはある一点を指して言った。
「ですね……」
同意する騎士。
視線の先は、騒がしい戦場の中で異質な場所だった。生命が次々と刈り取られていく狩り場。音をなくした物体が、草花のように地面を彩っている。
その中心に、絵筆のように槍を振るうアリアがいた。まさしく人馬一体。前後は馬が蹴り飛ばし、左右は槍が切り払うか、貫いた。
槍の刃圏に収まった魔物が力を失ったように倒れていく。そこには攻防が発生していなかった。どこにどう刃を差し入れたら効果的であるかをアリアは分かっていた。倒すまでの時間の圧倒的な短さが、奇妙な静けさを生んでいた。
魔物の瞳には恐怖が映っていた。一騎当千の騎馬武者の圧を受けた雑兵のように、身体が縮こまっていた。
アリアの馬が己を阻むものは居ないとばかりに嘶く。上半身を跳ね上げて勢いをつけると、前に駆けた。
進路上のゴブリンを撥ね飛ばし、オークの群れへと進む。その奥に一回り大きな図体のオークがいた。
――あいつだ。
アリアは目的のものを目に捉えた。
魔物が他種族と協力することはない。だが、強者に隷属する形でなら起こる。つまりこの手の群れは、強者を倒せば崩壊する。
迎撃のために前に出てきたオークたち――を、アリアは即座に無力化させ、目的のオークと向き合った。
「ブモモォ!」
「お前の断末魔は耳障りだろうね」
そのオークは大柄な上、鎧の一部を重ね合わせて巻き付けるようにして装着していた。武器も鉄製で、斧槍を持っていた。オークが持っているには不自然な装備で、人から奪ったことは明白だった。
――一撃じゃ無理か。
アリアの槍先が少し迷うように揺らめいたが、諦めるやいなや槍の穂先を突き入れた。狙うは二撃必殺。穂先は、鉄製の兜、その視界を確保している部分に鋭く入り込んだ。
短い悲鳴。痛みにのけぞる頭、むき出しになった喉元。後ろに傾く身体。
アリアはその喉元に差し込んだ。が、想像以上に肉が硬く途中で止まった。致命傷ではあったが。
――まずい。
槍を持つ手に力を入れると、ぐっと押し込んだ。押し出されるように槍先が首を貫通し、柄の部分まで埋まった。オークの口から、断末魔の代わりに血が溢れた。身体が地面を揺らすと、周囲の魔物たちが一斉に逃げ出した。
断末魔を聞かずに済んだアリアがほっとしていると、人々から勝利の雄叫びが上がった。
村人の歓声を背に、騎士が魔物を追撃していき、散々に追い散らした。
やがて村に戻った騎士たちは、それはもう歓迎された。
「――よくぞ来てくださいました! まさか救援がこんなに早く来るとは思ってもみませんでした」
ハーヴェイは代表として謝意を受け取ると、振り返って促した。それを合図に奥からエリオットが出て来ると、村人たちは身分が高そうな人間が出てきたと少しざわめいた。
エリオットは言うべきことを分かっていた。
「困っているとの知らせを聞きましたので、救援要請よりも早くやって来ました」
言い終わると同時に、エリオットは王族にしか許されない証を見せた。
「こ、これはっ――」
一斉に平伏しようとする村人たちを、エリオットは手で制止した。
「共に戦った戦友には相応しくない態度です。そうではありませんか?」
などと、少し色を付けて言った。
己の評判のために必要な言葉でもあり、それなりに本心でもあった。
村民たちは感極まった。
「勿体ないお言葉です」
エリオットは笑ってみせた。そのまま表情を深刻そうなものに変えると、本題に入った。
「他の村でも同じように?」
「は、はい。――各地で魔物の襲撃にあっていると聞いております」
「領主の救援は?」
「それが大きな街などに兵が集中しているので、期待は出来ません。このような村では自分たちで追い返すしかない状況です。このままでは農作物に大きな被害が出ることに」
「……それは」
その被害は無視出来るものではない。農地が荒れる。農夫も倒れる。食料危機ほど人々の不満を生むものも少ない。それどころか、戦いが続けば土地そのものが死にかねない。再生させる人間も、土地の安全も、何もかもが不足する。
エリオットは想像した仮の未来に、底冷えするような恐怖を覚えた。急いで良かったと心から思った。
考え込むことで黙ってしまったエリオットにより、場の空気が滞った。身分が高すぎる人間が黙り込むと、周りの人間は発言が難しくなる。周りの騎士たちも気を使って口を開いていない。自然と騎士たちの視線がアリアに集まった。役目を理解したアリアは口を開いた。
「王子、王子、お腹空きませんか。ご飯が我々を待っている気がしますよ」
「へ?」
「ほら、村々を回る必要がありそうですし、活力をつけないと」
「あ、ああ、そうだね。じゃあ休息を取ってから、出発ということでいいのかな?」
エリオットは、頷いたハーヴェイを確認すると気を緩めた。同時に、自分が気を張っていたことに気付いた。少し前まで戦闘していたことからすれば無理もなかった。
今が好機とばかりに、村民は声を大きくして言った。
「――どうか私どもをお加えください!」
村人たちは、自分たちのために駆けつけたエリオットに感動していた。それに同じ苦境にある仲間を助けたい気持ちもあった。
エリオットたちからしても、兵数に不安があったので助かった。
「その申し出に感謝します。共に戦いましょう」
村人の目が輝いた。
食事を取っている間に、さらに五十騎遅れて到着した。戦果を聞いて興奮していた。騎士という生き物は、『誰かを守るために戦う』という大義を好む。主や友、そして民。一番人気はやはり民だった。子どもが憧れる騎士像でもある。
村人の準備が整うと、次の村へと発った。
次の村も似たような状況だった。
急造の部隊ではあったが、実戦に勝る訓練もなかった。騎士も村人も、どんどん動きが良くなっていき、一方的な勝利を収めた。
さらに村を回る毎に兵も増えていき、大隊といって差し支えない規模になった。
結果を元に、風評が広がっていく。
村々や街では、『王子が兵を率いて魔物を蹴散らしていってる』との噂で持ちきりだった。苦難の中において、希望を含んだ英雄譚は民衆にたいへん好まれた。率いている兵の数が少ないことも良かった。寡兵で魔物に立ち向かい、少しずつ兵が増えていくという経過が物語的だった。暗い話題ばかりだった世の中に忽然と湧いて出た英雄譚は、誰も予想しなかったほどの大きな熱狂を呼んだ。