TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第52話 魔物討伐4 覚悟

 何だか分からないけどまずいことになったと、エリオットたちが困惑している間に後ろの民兵たちから歓声が上がった。蛮勇と言うべきあの勇姿に感化されたのか、戦意が熱気のように立ち昇っている。

 

 ――このままではまずい。

 

 エリオットは制止しようとしたが、

 

「ちょっと待っ――」

 

 その声は歓声にかき消えた。

 民兵たちは、明らかに戦闘開始の号令を待ち望んでいるようだった。思えば、オーガを見て怯え混じりの驚きをあらわしていたが、戦闘を忌避するような感じではなかった。

 ともかく、このまま時間はかけられない。

 すでに都市側では、無謀に突撃した民兵に対して魔物が集まってきていた。双方ともに血を流していくが、先に力尽きる方がどちらなのかは考えるまでもなかった。

 

 ――やるしかないのか?

 

 攻撃を決断すれば後ろの兵は少なからず死ぬ。勝機は? 生存率は? あの無謀に突き合わせる必然性は? 色んなことがエリオットの頭の中で駆け回る。その逡巡の間に、民兵たちが押され始めていくのが見えた。

 近くの騎士の声が聞こえてきた。

 

「……このままだと間違いなく全滅するぞ」

 

 疑いようもない明らかな結末。あの民たちの生命は、鶏卵を壁に投げつけるが如く砕け散るだろう。今すぐにでも退却するべきだが、その際に魔物が都市内になだれ込むこともあり得る。そうなると、あの民兵たちにそのまま死んでもらうことが最善となる。エリオットは己が導き出した答えに愕然とした。

 軋む心が救われようと前に向かうも、

 

「――駄目だ」

 

 堪えた。

 「助けに行く」と、威勢よく突っ込んで解決するなら苦労はしない。しかしそれは思考を放棄して楽な方を選んだだけであり、つまりはただの無責任である。

 エリオットの中で、相反し合う意識が喉でつっかえる。前にも後ろにも、決断が出来ない。二つの選択肢のどちらもが血で舗装されていた。

 選択肢が選べないのであれば、身動きが取れなくなる。しかし今は止まることは許されない。刻々と血が流れていっている。ともなれば新しい選択肢を作ってでも動くしかない。そしてそんな芸当が得意な人間が、幸運にもエリオットの近くにいた。桃色髪の少女は、袖をちょいと引くような気軽さで声をかけた。

 

「王子、王子――」

 

 不運も幸運に斬り変えてしまえる少女アリアは、エリオットの内心を見通していた。

 

「一当てして退きましょう」

「え?」

 

 アリアが語ったのは折衷案だった。

 

「体面を保ちつつ、彼らを可能なだけ助けるにはそれが一番丸いかと」

 

 魅力的な案だった。なにより分かりやすい。

 

「王子自らが行って、退却しろと命令すればいいのです」

「……そうか」

 

 それなら都市内部に魔物がなだれ込むこともない。あの民兵たちを吸収して距離を取ればいい。この案は、蠱惑的なまでにエリオットの心に効いた。

 周囲の騎士からも異論は上がらなかった。頷き合うと、壊滅間近の民兵たちを見据えた。

 エリオットが剣を天に掲げると、ハーヴェイから突撃の号令が出た。あわせて騎士たちが叫ぶ。

 味方を救うために突撃する。これ以上に兵を勇敢にする言葉はそうそうない。恐怖が燃やされ、勇気が生成される。

 民兵たちは歓喜に叫んだ。駆けながら、最後かもしれない声を大いに上げた。

 

「うぉぉぉぉ!」

「突っ込めぇぇ!」

 

 その様は、燃える岩が転がるようだった。すぐに城壁が近くなる。そこには崩れかけている民兵と、多くの魔物。横から割って入った岩は、ぶつかると砕け、無数のつぶてとなって入り乱れ、壮絶な殺し合いが始まった。

 エリオットは、すぐさま護衛とともに都市側の民兵の方へ向かった。

 歓声が上がる。

 

「うぉぉぉぉ!! 王子だー!」

 

 都市側の民兵たちの視線が集まるのを感じると、エリオットは大きく喉を開き、

 

「退却だ! 退却するぞ!」

 

 と声を張り上げた。

 だが、

 

「王子だ! 本物だ!」

「倒れてる場合じゃねえ!」

「俺はまだやれる!」

 

 音だけが届き、意味は通らなかった。

 背を向けて逃げ始めた者も、吹き飛ばされ倒れた者も、武器を握りしめ、足を前に進めた。口々に合言葉のように叫ぶ。

 

「王子に続けぇ!」

 

 退却命令を出しているエリオットに続けと、再度突撃を敢行し始めた。

 誤算だった。彼らは、エリオットを元にした虚像を信じ、熱病のように取り憑かれていた。その熱は敵を滅するという目標しか生まなかった。

 

「そんなっ」

 

 エリオットは言葉に詰まった。今すぐにでも退かせなければいけない状況で、突撃などされたらたまったものではない。しかし、彼らを諦めてしまえば、ここに来た意味がない。生かすために来ている。だからといって無謀な攻撃に付き合えば、自分たちも巻き添えで壊滅してしまう。

 

「ま、待って――」

 

 とにかく収拾しようと、身体を止めようとするが民兵たちはどんどんと前に行った。周りの護衛も必死になって民兵を止めようとするも効果はない。

 それでもエリオットは、『見捨てるわけにはいかない』と追って付いて行くも――、

 

「――っエリオット様!」

 

 声に驚いた矢先、――気付いた。

 陣形も何もなく前に突撃していく民兵。護衛の騎士たちの注意は民兵に向いている。その間隙。大きな狼が飛びかかってきていた。

 

「っ――」

 

 身体を後ろに反らしかわしたが、馬ごと倒れた。

 馬から足を引き抜こうとしていると、狼の口内が見えた。紅々とした歯肉に、真っ白な牙。牙が向かう先は首筋。世界が遅く、時がゆっくりに。死がよぎった瞬間、――眼の前が影に覆われ、同時に肉に何かが食い込むような音がした。

 エリオットは勢い任せに立ち上がると、

 

「ハーヴェイ!」

 

 身を挺してかばった騎士の名を呼んだ。その肩口に噛みついている狼を視認すると、怒気のこもった切っ先を狼の首筋に突き立てた。

 すぐさま騎士が周りを固め、短時間の安全が作られた。

 ハーヴェイはわずかに笑ってみせた。

 

「……ご無事で?」

「もちろんだ! それより――」

「私なら問題ありません。……まあ、剣は振れないでしょうが指揮は出来ます」

「そうか……」

 

 エリオットは立ち上がると、激しく鼓動する心臓とは反対に、頭は冷静になった。

 

 ――どうして、こうなったのか。

 

 判断が間違っていたとは思えない。民兵たちを見捨てることは、風評を考えれば選べない。獲得した風評は繊細すぎた。維持するには、擬似的にも攻撃して、助けようとする姿勢を見せることが必要だった。だが結果的に無謀な突撃に付き合ったことになった。失敗があったとすれば、退却の声が届かなかった時点で退くべきだった。その代償がこれである。悔いてもどうしようもないが、悔やんでしまう。そして今はその時間すら惜しい。

 喧騒の中、アリアが寄って来た。

 

「遅れました。申し訳ないです」

「……いや、いいんだ。それに君は護衛というわけではない」

 

 直近の戦いではその役割をしていたが、本来は護衛ではない。それでもアリアは不服だった。

 

「――ちょっと荒らしてきます」

「アリア?」

 

 アリアは怒っているような様子で言った。

 

「判断を間違いました。あれがどういう兵なのかを理解していませんでした」

「それは仕方ない。あの時、誰も分からなかったことだ」

「仕方ないで済ませることは嫌いです」

 

 前方、その奥に視線を向けるアリア。

 

「荒らし回ることで、あの場を混濁に陥れてみせましょう。その後は適時適応です。勝機を拾えた側が勝つ。その辺りはお任せします」

 

 アリアは馬から降りて徒歩になると、エリオットに馬を預けて走り去った。

 見届けるエリオットに、護衛の騎士が進言した。

 

「エリオット様、ひとまず我々だけでも本隊と合流して、立て直しましょう」

「……その通りではある。――でも、どうだろう」

 

 そうすればこの場の民兵のほとんどの命はないだろう。その迷いがこの危機を生んだわけであるが、今回の迷いは少し性質が違った。それは可哀想であるとかそういうような感傷によるものではなく、勝機を拾うということ考えた時にこの場の民兵を切り捨てることが正しいのかという判断によるものだった。

 しかし騎士からすれば答えは一つだった。エリオットをここから連れ出すこと以外にない。

 

「陣形なく魔物と対峙するには、鍛えられた騎士といえども難しく――」

「……分かってる」

「難しいのであれば、自分が号令を出します。責任は全て私に――」

 

 言いにくいのであればと、気を遣う騎士。

 「それでは勝てない」と言いたかったエリオットだったが、どうすれば勝てるかなんて分からない以上それも出来なかった。ここに集う魔物はまだ一部だろう。しかしここで拗れれば、さらなる増援が来て魔物の数は増えてしまう。その前に離脱すべきなのは明白だが、これだけ入り乱れてしまえばその離脱も難しい。

 エリオットはある単語に引っ掛かった。

 

 ――増援?

 

 気付いた。

 エリオットは城壁を見た。

 

 ――そうだ。

 

 ここ以外にも兵はいる。

 己の出した答えに我ながら驚いたが、ためらいはなかった。

 善悪も正誤もない。死なば諸共。必要の二文字だけがそこにあった。

 

「前に出る」

「エリオット様っ!?」

「――引っ張り出す」

 

 そう言ったエリオットの瞳には、燃えるような覚悟が宿っていた。決めてしまえばもう迷いはない。

 

「旗をくれないか」

 

 エリオットは、己を一番効果的に使うために必要なことが何か、分かっていた。剣を持って多少の魔物を斬るよりもはるかに大きな影響を出せることを。

 

「成すべきことを成し、成すべきことを成させる」

 

 民兵たちに何があったかは分からない。けれど自分の名前を叫びながら無謀な突撃をするくらいだ。己がその存在を示し、危険なところに行けば民兵は自然と守るように動くはず。エリオットはそう考えた。

 

「行くぞ! 我に続け!」

「まっ――」

 

 制止を振り切り、馬を進めた。

 前へ、前へと、乱戦に入り込むと、己の存在を叫びまわった。

 

「王子だ!」

 

 少しずつ、民兵の意識がエリオットに向く。

 

「――危ない!」

 

 場所が場所である。当然狙われる。相手が人間の軍であれば全てが向かってきていたかもしれないが、魔物の群れであればまばらで済む。とはいえ命の重さが違う。

 

「守れぇ!」

 

 エリオットを庇う形で民兵が飛び出す。

 

「ぐぁ!」

 

 オークの棍棒に殴りつけられ、吹き飛ばされる民兵。

 エリオットは溢れそうな想いを堪えた。

 

「――僕はここにいるぞ!」

 

 代わりとばかりに、旗を天高く掲げ、繰り返し己の存在をアピールする。

 当然、隙だらけ。身代わりになる形で兵たちが傷付いていく。せめてものと、目だけは逸らさなかった。

 

 ――泣き言は後だ。

 

 声を枯らさんばかりに、張り上げた。己はここにいると。

 次第に民兵たちが集まりだし、エリオットの前面に壁を作った。左右は騎士たちが固めていく。

 

 ――何時まで持つかは分からない。

 

 暴発した民兵と、これまで一緒に戦ってきた本隊が上手くまとまれば状況はまだマシになるはず。そのためにも、まずは民兵たちを一箇所に集めさせる。それだけのために己の命を晒し、仲間の命を消費している。

 

 ――こんなやり方まるで……。

 

 エリオットは思い至った。

 

 ――あ。

 

 母親が思い浮かんだ。詳細はまるで分からない。けれど、その覚悟の一端に触れたそんな気がした。

 

「そうか。いや、そうなんだ……」

 

 抑え込んでたものが薄れていく。不安や疑い、味方への罪悪感、未来の怖気。それらが霧散した。

 

 ――己を使い切ってやる。

 

 エリオットは前方を睨むと、突撃の命令を出した。民兵は大いに歓声を叫んだ。

 

「エリオット様!」

 

 騎士は「それは違う」とばかりに制止しようとしたが、エリオットは構うことなく街の壁の上を睨みつけていた。

 

 ――救援に来た王子を見捨てたという風聞に耐えられないはずだ。

 

 エリオットはさらに前に進んだ。

 状況は良くはないが、光明がないわけではない。魔物の群れもこちら側にかなり寄って来ている。都市の守備兵が防御を捨てて攻めに転じれば、この民兵たちが生き残る可能性が出てくる。しかし失敗すればこの地域は壊滅的な被害を受けることになるだろう。そうなれば敗因は間違いなく自分のせいだ。だがそれでもやる。悪評などなにも関係ない。やるしかないからやる。それだけだった。

 

「勝機は後ろではなく、前にある! ――行くぞ!」

 

 号令に民兵たちがいきり立つ。

 エリオットは手応えを感じた。

 それでも己を守ろうと制止する騎士たちに対し、心の中で詫びつつもその物分かりの悪さを少し厭った。今は、今だけはそれでは困る。適時適応。それ以外にない。危険であっても選択しなければ壊滅する。であればやるしかない。

 民兵に声をかけた。

 

「己の名を叫べ! 絶対に忘れない!」

 

 犠牲を当然だと受け入れてはいけない。エリオットは犠牲を己に刻むために名を言わせた。そしてそれが、民兵の生への執着を薄れさせることに繋がることも理解していた。

 

「俺は――」

「自分はっ」

 

 エリオットは名を聞きながら、突撃という死の命令を出した。前は影だったが、今は色がついていた。そして赤色が着色されていく。

 その時、地鳴りのような咆哮が空間を揺らした。

 

「っ――」

 

 異変を嗅ぎつけ、奥にいたオーガが近くまで寄って来ていた。

 オーガが棍棒を振り回せばオークの比ではない被害が出る。陣形も何も吹っ飛ばしてしまう。さすがにそこだけは避けなければならない。そう思った矢先、エリオットは視界に捉えた。オーガの近くの桃色髪の少女を。

 

 ――覚悟を決めろ。いや、もう決めたはずだ。

 

 エリオットは手綱を握りしめると、オーガ目掛けて馬を走らせた。

 まずいと遅れてついてくる騎士たちが道中の魔物を対応していく。

 死を決した民兵からでさえも制止の声が上がるも、押しのけて前へと進む。

 止まらなかった。止まる必要も感じなかった。

 恐怖は斬り払われている。

 民兵すら置き去りにして、一番前を走る。

 オーガはもう間近。周囲の魔物すら追い越していく。

 

 ――大丈夫だ。

 

 さらに近寄ると、オーガの巨体がぐらりと前に傾き、地面を揺らす轟音を持って倒れた。その揺れが周囲に結果を知らせる。

 

「お、王子がやったぞ!」

 

 民兵は、後ろから見えたままの様子を口に出した。

 

「近寄っただけでオーガが倒れた!」

 

 周囲の魔物はオーガがやられた影響で、背を向け逃走を始めた。行く先は魔物の本隊の方。合流しようとしているように見えた。

 そこでようやく城門が開いた。

 都市の守備兵が飛び出していく。

 

 ――成功した。

 

 安堵したエリオットだったが、まだ勝ってはない。休むことは許されなかった。

 

「援護するぞ!」

 

 疲労困憊どころか怪我人ばかりだったが、それでも足を止めなかった。意思が身体を動かしていた。

 追撃する最中、エリオットは己を知った。己よりも指揮能力が高い者も、戦闘能力が高い者もいる。だがそれでも、この場で自分より他者に影響を及ぼせる人間はいなかった。自分は旗だった。旗には旗としての役目がある。他が出来なくても卑下することはない。

 逃げた魔物が本隊に合流するも、その際の混乱を突くことで一方的な出血を強要した。

 

「――ご無事のようで」

 

 寄って来たアリア。

 

「君も、ってことでいいんだよね?」

「もちろん」

 

 アリアは全身に血を浴びていた。どれだけ斬ったのか想像すらつかない。エリオットは今すぐ休ませるべきだと思った。だが、もう一つの最善が頭に去来した。残りのオーガを倒す装備はこちらにはない。しかし街の守備兵に任せきるのも不安である。だが目の前に、確実な方法がある。

 エリオットはオーガを指すと、

 

「もう一踏ん張りお願い出来る?」

 

 と、アリアにお願いした。

 少し驚いたアリアは、「へぇ」と少し笑った。

 

「やっぱり親子なんですねぇ」

「え?」

 

 すぐには意味が分からなかったが、答えに至ると嬉しくなった。不思議と今初めて認められたような気がした。

 

「それでは行ってきますね――」

 

 エリオットは遠ざかる背中に向かって、小さく言った。

 

「ありがとう」

 

 顔を伏せるとエリオットは頬を綻ばせた。一つ呼吸を置くと、顔を上げた。その顔は戦士のものだった。

 

「殲滅するぞ!」

 

 鬨の声が上がる。都市の守備兵とも一丸となって、魔物に向かっていった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦場の各所で、紅々とした桜が狂い咲いていた。

 散った華々が血河のように花道を作っている。

 敵を穿つ必殺の刃。

 攻撃に専念した剣は、その鋭さで己を阻む全てを斬り裂いた。周囲には敵しかない状況で、少女は薄く笑っていた。

 

 ――この感覚も久しぶりだ。

 

 森の中、山頂を目指したことを思い出した。あの時も敵だらけだった。違いは二つ。こんなに多くはなかった。そしてもう一つは、

 

 ――相手にならない。

 

 格段に弱いこと。ここが戰場であれば、弱いというのは自責だろうか。伸びた草を刈るように、命を刈り取って回った。

 少しずつ、少しずつ、気分が乗ってくる。芳しい血の匂いが心を酔わせる。抑えていた存在感が圧力に似た感じで表に出てくる。

 

 ――雑食というか、悪食かな?

 

 次々と一刀のもとに斬り伏せていく。そこには攻防が発生していなかったが、それでも少女は気分が良かった。自分の姿が魔物に埋もれて他箇所の人間からは見られていないのも良かった。抑えていた衝動が気ままに身体を動かした。血の上を血で塗り替え、恐怖をさらなる恐怖で塗り替え、死よりも恐ろしい絶望を与えた。

 

「……堪らないな」

 

 少女が足を止めると、周囲の魔物はすかさず距離を取ろうとした。だが足は動かず、へばりついたように動かなかった。上半身だけが反り、目を離せずに運命を享受させられた。少女が舌なめずりするだけで、死の予感に喉から魂が抜けそうになった。

 乱入してきたオーガの咆哮など、空気以外に揺らせなかった。周囲の魔物は硬直したまま動かない。少女は即座にオーガに詰め寄ると、散々に身体を斬り裂いた。力を失い倒れた巨体が地面を揺らし、その振動で周囲の魔物が浮く。魔物は接地するやいなや、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 魔物が強者に従うというのであれば、動けないのは自然の道理だった。

 オーガが討たれことで、魔物全体が崩れ始めた。

 魔物たちが逃げまどい、交差し、混乱を呼んだ。

 

「次は生まれ直して来るといい」

 

 慌ただしく戦況が動く中、圧を引っ込めた少女は街中を歩くような足取りで戻った。

 魔物は全面的に退却した。

 勝利の鬨の声が上がる。

 喜んでいる人々の姿を見ていると、少女に人間性が戻ってきた。

 

「お腹空いた」

 

 お肉の気分だった。

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