TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第53話 報告と動揺

 王城にある執務室にて。

 執務室では、職員らが書類仕事に励んでいた。静かな空間だったが会話がないわけではなく、空気にメリハリがあった。

 その部屋の奥にリリアナはいる。

 その位置は、周りの職員とは物理的に距離があった。孤立しているわけではない。しかし、気軽に声をかけるのをためらわれている存在だった。それもそうで、職員たちはリリアナの未来を薄っすらと聞かされている。

 何も知らないのは当のリリアナだけである。一応上司ということになっているため、当人はそのせいかなとか思っていた。

 そんなリリアナはちょっと上機嫌だった。

 紅茶をカップに注ぐと、香りを堪能した。張っていた気が緩むのを感じた。

 

(根を詰めるとアリアちゃんに怒られちゃうからね)

 

 やり始めたらとことん続けてしまう癖があったが、アリアに注意されて矯正された。

 

(アリアちゃんは可愛いだけじゃなくて、幸運までよんでくるんだもん。さすがすぎる)

 

 世の中には能力だけでは打破出来ないこともある。時には運が必要なこともある。強力な後ろ盾を得ることが出来た幸運に、リリアナは感謝した。

 

(でも、――何でこんなに女王様からよくして貰えるんだろう?)

 

 まるで家族経営の会社の身内贔屓行為のような助力具合。はじめの方こそ上手くいかないこともあったが、ある時期を境に人員が一斉に切り替わってからは随分と仕事がやりやすくなった。

 

(やっぱりアリアちゃん効果だよね。可愛いし)

 

 素晴らしきはヒロイン。そう思った。理屈を超越して結果をもたらす天に愛された存在。その御利益に違いない。

 

「もっと頑張らないと」

 

 と、呟いたと同時に、部屋の扉が開いた。

 この部屋に入室出来る人間は限られており、知らない顔であればすぐに退去させられる。

 

 ――あ。

 

 リリアナは知った顔を見た。

 そのまま一直線に歩いてきた。

 

「――よう、順調か?」

「これはキアンさん」

 

 リリアナは親しみを込めて返答した。

 リリアナにとっては、打算的な意味合いも込めて良好な関係を築いておきたい人物だった。また互いに同じなのか、お茶や茶菓子やお茶などを差し入れとして持ってくる。

 

(正体は物語の鍵となる人。……多分、味方として相応しいか、もしくはスパイではないかを探りに来てる)

 

 ただ、記憶とは違う部分もあった。

 

(何かもっとシリアス感が強かったていうか、背負ってたものを誰かに渡しちゃったような、そんな感じが……)

 

 軽い雰囲気の中に見え隠れするはずの陰の気配がない。代わりに、振り切れたような清々しさがあった。

 

「……ん? どうかしたか?」

「あ、いえ、何でもありません。皆さんのおかげもあって順調にやれてます」

「そうかそうか、順調なら良いんだ。――あ、それとこれは今日の差し入れ」

「あ、いつもありがとうございます」

 

 受け取りつつも、リリアナは腑に落ちないものを無視出来なかった。せめて目的は知っておきたかった。

 

「その、気になってたんですけど、お仕事とかは……?」

「おいおい、俺のことを無職だと思ってたのか?」

「いえ、そんなわけではないんですけど、どんなお仕事をされてるのかなー? って、思いまして。ここに来れるくらいなので、お城に勤められてたりするのかなって」

「まあそんなもんだ。護衛とかそんなとこかな」

「ああ、そうなんですね。ではお強いんですか?」

「多少は、ってくらいだ。昔はもうちょっと自信あったんだけど、あるやつのせいで粉々になっちまった」

 

 何故か推しの存在が思い浮かんだリリアナだったが、そんなわけがないと疑惑を払った。それより話を進めることにした。

 

「それは酷い人もいるものですね」

「いやあ本当に酷い人間もいたもんだ。――って、そんなこと言ってると不吉なことが起きそうだ。おっかない」

 

 言い終わるやいなや、キアンは周囲をきょろきょろと見回し始めた。やがて安心したのか一息ついて向き直ると、どこか真面目くさった様子で、

 

「これからも、友だちのお嬢様と仲良く頼むぜ」

 

 と、言った。

 『友達のお嬢様』と聞いてリリアナが脳裏に浮かべたのは、

 

「オフィーリア様のことですか?」

 

 おもしろツッコミ枠にしたい一人のお嬢様だった。そのためにもシリアスを粉々にする必要がある。そしてそのお嬢様こそが、彼が王子に協力する絶対的な理由だ。行動の選択によっては裏切りのパターンだって存在する。

 

「――君の働き具合で生死が左右される存在がいる。万が一の時は、あのおっかないのを含めて俺一人で戦わなきゃいけなくなる。……とにかく君には本当に期待してる。不足があれば言ってくれ。何でもやってみせるからさ」

「……では、その時はお願いしますね」

 

 リリアナは安心させるように笑みを作った。

 そのまま、キアンから視線を切ると、机の上の書類に目を落とした。望む未来を手繰り寄せるための大事なもの。想いが溢れてくる。

 目を閉じると、記憶という名の知識が思い浮かんできた。

 

(この世界には物語がある)

 

 ストーリーないしは、未来。けれど、物語は未来ではなく、運命に似た何かだった。

 そしてその運命もどきは、親しい人間の死を予言していた。

 

(でも――)

 

 大枠ではストーリーに沿って進んでいるけれど、細部は歪みまくっている。原因は、多分、恐らく、ヒロインのせい。でもその歪みこそが、運命を変えられるかもしれない光明でもあった。

 

(人の生死を操ろうなんて、そんな大それたことは思ってないけど、救える命は救いたい。あれだけ良くしてくれてる女王様を何とかしたい)

 

 物語では女王の死によってストーリーが一気に進む。失意に沈む王子を、どうやって立ち直らせるか。そこでヒロインの覚悟が問われる。恋愛物語として王子と仲良くやっていくだけではなく、しっかりと支え合えるような精神力を持った存在に成長するイベント。王子はヒロインの覚悟に感化され、王として相応しい度量を持つことになる。しかしその代償である母の死はあまりにも大きい。

 

(話の都合のために犠牲にされるなんて)

 

 家族のように良くしてくれる存在が、物語の要請により切り捨てられてしまう。

 

 ――そんなの嫌だ。

 

 手に力が入る。

 自分の出来うる限りの力を以て、何とかして止められないだろうか。そんなことを思う。

 

(やらなきゃいけないことは――)

 

 まずは暗殺の阻止。一国の王を暗殺するなんて簡単ではない。単純に兵を差し向けるのとはまるで違う。秘密裏に事を行わなければいけない。そのための手筈は緻密かつ繊細なはず。

 何か綻びはないか。リリアナは記憶を探った。

 

(経緯は、確か――)

 

 ある領地に魔物が侵攻してきて、その対処をしようとするところから始まる。騎士を差し向けようとするも、肝心の騎士は王都を気軽に動けないと言って、事態は難航する。それでも何とか説得を続けることで、一ヶ月以上経ってからようやく王子が軍を率いて出発する。何とか魔物だけは追い返すも、救援が遅かったために領地は大いに荒れてしまう。その影響で食料の不足や高騰が発生することに。

 被害を受けた領民たちからの不平不満は凄まじかった。

 

(でもそれどころじゃなくて――)

 

 騎士の大部分が王都から消えたことを突かれて、女王の命が狙われる。騎士も一枚岩ではなくて、王子と行動を共にした騎士は民寄りの騎士で、王都に残ったのは宰相の手のかかった騎士たちだった。

 宰相の目的は、まさしく暗殺に邪魔な中立の騎士を移動させることにあった。

 結果、王子は救援に失敗したどころか、母を失うことになる。

 

(でもゲームなら失敗してもやり直せるし、間違った選択をしなければ正解に必ずたどり着ける。でも現実は、適切な選択が出来ても失敗することがある。恋愛ゲームだと、恋愛が上手くいくと事態が好転していくけど、肝心のヒロインのアリアちゃんは、その何というか、うん……。可愛いけど)

 

 困難に立ち向かっていくと、いずれ協力者から情報がもたらされ、魔物の侵攻そのものが意図的だったことを知る。原因は、魔物が侵攻してきた森の向こう側の領地で、意図的に森に火を点けたことによるものだった。

 

(この情報は宰相を攻めるための重要な鍵になるんだけど)

 

 その情報の対価は、多くの命だ。払う気にはなれない。

 

(まずは魔物が侵攻してくる領の特定から始めよう。出来るだけ早期に発見して対処するまでの時間を前倒ししてしまえば、経過くらいは変えられるかもしれない)

 

 経過を変えれば、結果を変えられる可能性が高まる。やる価値は充分だ。

 

「――考え込んでるとこ悪いが、いいか?」

「あ」

 

 リリアナは、客人のことを忘れて考え込んでいたことに気付いた。

 

「ごめんなさい。つい――」

「いいさ。大事なことなんだろう? そういう顔をしていた」

「まあ……」

「それより伝え忘れてたことがあったんだ。というか、こっちが本題なんだけどな」

 

 真面目くさった顔でキアンは語りだした。

 

「まず、王子が魔物討伐に出かけた話だが――」

「え?」

「ああ、話してなかったか?」

 

 リリアナは何度かまばたきをした。

 知らないうちに物語が進んでいる。部屋にこもって仕事しすぎた弊害かもしれない。もう暗殺が起こる時期になっていると、リリアナは焦った。

 

「……じゃあ、騎士たちはもう王都にはいないんですか?」

「いやいるぞ? ちょっと気まずそうにしてるがな」

「へ?」

「ん? ほら、王子が上手くいってるからな。なんたって民兵率いて活躍中だ。民のための騎士を称するあいつらは気まずくなるだろ?」

「えっと、つまりどういうことなんですか?」

「そのままだぞ。王子が民兵率いて魔物を追い回してるだけだ」

「ええ?」

 

 リリアナは、右に左にと、交互に首を傾げた。

 思考がついていかない。というか理解が出来ない。でも何だか分からないけれど、とんでもなく都合が良いことが起きていた。まるで運命の女神がノリで賽を転がしたような改変具合だった。

 

「ま、とにかく、そのうち戻って来ると思うぜ。戦勝祝いの贈り物とか用意しといてくれよ。きっと喜ぶからさ」

「あ、はい」

 

 キアンは去っていった。

 

(でも一体何が……?)

 

 数日経っても、頭の中の『?』は取れなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 城。謁見の間。

 その知らせは、立ち並ぶ重臣の誰もを驚かせた。

 伝令が大きな声で言う。

 

「――援軍はひとまず不要とのことです!」

 

 突飛な報告にアデレードは困惑した。

 

「何の話をしている?」

「はい! エリオット王子が魔物を討伐し回っていることについてです」

 

 皆がぎょっとした。

 

「待て、何のことだ?」

 

 アデレードは、再度困惑した。

 

「その、森から魔物が大量に出てきた件ですが……」

「何? いや――」

 

 初耳ではなかった。アリアから先に聞かされていた。

 だが聞いていた話と決定的に違うところがあった。アリアは『先に行って救援を待つ感じでいきます』とか何とか言っていたはずだった。だが記憶をよく掘り起こしてみると『その場の空気的に戦うこともあるかもしれません』とも言っていた。

 

(あいつ、初めからノリで行動するつもりだったな……)

 

 アデレードは額を押さえた。

 報告に来た兵は、アデレードの困惑を感じ取ったのか、語気が小さくなった。

 

「それでその、エリオット王子が、民兵を率いて……」

「今、何と――?」

 

 割り込むように、ベネディクトが聞いた。

 

「エリオット王子が民兵を率いて戦っていると?」

「は、はい」

「間違いないのか?」

「私も途中まで同行しておりましたので間違いありません」

 

 ベネディクトは、アデレードの横の空間に視線をやると目を鋭くした。そこには、最近いつもいた忌々しい存在がいなかった。

 

「もしや――」

 

 ベネディクトは、念の為と、アデレードにカマをかけた。

 

「……御子息は随分と迅速に動かれましたな」

「民の危機と聞いて急いだのだろうよ」

 

 そっけなく答えたアデレードは、表情にこそ出さなかったが困惑を極めていた。

 

(あの子に、その手の才があるとは思えんが……)

 

 アデレードはこれを吉報とは思えなかった。勘でしかないが罠だと思った。

 

(もしや、戦功を立てさせることで、調子に乗せて、危険に追い込んで葬るつもりか?)

 

 魔物討伐に行くとなると、いつ訃報が届いてもおかしくはない。魔物のせいにして闇に葬れる絶好の機会だ。また騎士の中に刺客を混ぜることだって難しくない。

 このまま戦いが長引けば、どこかで中央からの援軍を必要とするはず。その時が危ない。

 

「それで最新の状況は?」

「はい。村々の魔物を討伐し、さらには魔物の拠点を壊滅させたとのことです!」

 

 アデレードはまばたきを繰り返した。

 

(ん?)

 

 言ってる意味が分からない。というか言葉が頭に入ってこない。

 

「お前の言うエリオット王子というのは、私の息子のことだよな?」

「はい、そうですが……?」

 

 一体何を企んでるのかとベネディクトの方を見たが、ベネディクトも困惑した様子を隠せないでいた。

 

「……戦果の報告というのは、えてして誇大になるものでしょう。実際の様子が知りたいところですな」

 

 その日はそれでお開きとなった。

 それから数日後、また知らせがやってきた。

 

「都市に襲撃をかけていた魔物の軍団に対し、エリオット王子が果敢に攻撃をしかけ、――これを壊滅させました!」

「は?」

 

 ざわめきが起こる。

 伝令兵はそのざわめきを嬉しそうに受け止め、嬉々として声を上げた。

 

「現地では王子の名声は凄まじく、戦場伝説も語られているほどです!」

「……一応聞くが、どんなものだ?」

「はい。近づくだけでオーガが前のめりに倒れたというのが今の一番人気です」

「伝説がすぎるな」

「しかし実際に目撃したと証言する兵が多くいます」

「まさか」

「少しすれば王都でも噂が広まることでしょう! 歴史に名を残す王となられるに違いありません!」

 

 興奮した様子の伝令兵をよそに、聴衆の面々は固まった。

 

 ――やはり。

 

 ベネディクトには憶えがあった。運命が強引にねじ曲げられたかのように己の計画が頓挫する時、必ずあの小娘が暗躍していることを。今回もそうだろうと思った。

 現状、幾重もの罠が破られ、まったくの逆効果となっている。

 

「……それで王子は今王都に帰還されていると?」

「申し訳ありません。その先のことは……」

「ああ、それもそうだな。いや結構」

 

 さらに後日、続きの知らせが来た。

 

「領主間で揉め事が発生し、両者とも軍を動かす状況に――」

 

 場の空気が張り詰めた。

 現場で話が進みすぎている。領主間の問題とはいえ、ここまで事が大きくなれば国が介入しないわけにもいかない。

 

 ――ここだ。

 

 ベネディクトは光明を見た。

 

(長引かせてしまおう。騎士を動員させて女王を葬るもよし、動員させずに王子を葬るもよし。もしくは動員した騎士に王子を狙わせるか)

 

 選択肢は多いほどいい。

 ベネディクトはほくそ笑んだ。あの憎き小娘にようやく土をつけられると思うと、気分が良くなった。

 

(今回はツメが甘かったな。領主間のいがみあいとなれば、魔物とは話が違う。そこには政治がある)

 

 政治であれば十二分に分がある。

 森に火を点けた領主は、その罪が露わになれば後はない。つまり少し脅すだけで、必ず指示に従う。周囲の領主も巻き込んで揉め事を大きくしてしまえば、この件はそう簡単に解決しない。そうなれば本来の罠が続行出来る。

 計画が綻んだのならば修繕すればいい。それだけのことだった。

 懸念があるとすれば、元凶が現場にいること。

 

 ――だがこれは政治だ。

 

 最後は自分が勝つと、ベネディクトは己を鼓舞した。すぐに決着がつくようなことでもない限りは大丈夫であると。

 

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