TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第54話 甘くない甘味みたいな

 エリオットたちは、都市ブリーズウッドで休息を取っていた。

 この度の件で魔物は退けたが次があった。今度は人の来襲だった。敵ではない。

 民衆が『英雄を見たい』と、押しかけている。

 エリオットは無下には出来ないと、笑顔を装備してその手の戦いに臨んでいた。

 本心でいえば、そろそろ帰りたかった。領主軍の動向も好転したようで、魔物を追い返したとの報も届いている。正直、これ以上ここにいる理由がない。

 しかし、エリオットは動けなかった。それどころか、もうしばらく滞在する必要がありそうだった。『是非、直接お礼を』と伝えてきた領主のせいだった。これで政治的にも去るわけにはいかなくなった。

 そんなわけで、エリオットにとっては半ば公務のような休息だったが、――身体は休まった。

 

 

 

 翌々日。

 領主率いる軍が、ブリーズウッドに到着した。

 領主の名はジョーランといって、真面目そうな中年の男だった。そのジョーランはすぐにエリオットに謁見すると、

 

「この度はエルムス領を救って頂き、誠に――」

 

 などと、頭を垂れ感謝を述べた後、遅れたことを陳謝した。申し訳無さそうな表情をしながらも、瞳が輝いていた。頬もわずかに紅色し、興奮しているようだった。声色も徐々に力が増していく。

 

「もちろん、ご勇名は聞き及んでおります。私も是非この目で見たかったのですが――」

 

 エリオット伝説と言ってもいい風評は、領内全域に広がっている。熱狂したのは民衆だけではなく、身分が高い者も例外ではなかった。その代表とも言えるのが、目の前にいる少年のような目をした中年のおじさんもとい、領主である。

 その熱弁は、エリオットが引きつった笑みを浮かべ始めても止まらなかった。やがて言葉を吐き切ったのか、満足そうに息を吐いてからようやく落ち着いた。そのまま何事もなかったかのように真面目な話に移った。

 一転して、深刻な話になった。

 

「実はこの度の魔物の侵攻について、お知らせするべきことがございます」

 

 語られた内容は、魔物の侵攻の原因についてだった。

 ジョーランは魔物の対処だけをしていたのではなかった。魔物の動きを不審に思い、領外にまで斥候を出して調べさせていた。

 

「僥倖とも言えましょう。まさか事情を知った人間を捕まえることが出来るとは思いもしませんでした。我々は『隣領のアルダー領の領主が森に火を点けた』という情報を得られました」

 

 つまり、この度の魔物の侵攻は、人為的に起こされたということになる。

 エリオットたちは驚き、そして憤った。

 ジョーランは声を硬くして言った。

 

「――断固として抗議し、補償させます」

 

 深く頷くエリオット。

 続けてジョーランは、はっきりと軍を動かすと言った。

 その意図はただ使者を送るのではなく、直接向かって回答を迫ること。

 ジョーランは、エリオットが反対していなさそうな様子を確認すると、おずおずと切りだした。

 

「それでその、出来れば、ご同行いただければ……」

 

 控えめな言葉のわりに、期待が漏れ出ていた。いい歳した中年のおじさんから、母親にお菓子をねだる子どものようないじらしさが醸し出されている。エリオットはちょっと引いていた。ジョーランも自分で気付いたのか、はっとすると、もっともらしい雰囲気を作り直した。

 ともかくエリオットに異論はなかった。個人の感情としても、立場上の思惑としても、人為的で起こったとなれば無罪放免はあり得ない。

 

「僕も抗議はもっともだと思います。この名が役に立つのであれば、この領で戦った仲間として同行しましょう」

「――ありがとうございます!」

 

 感謝を述べたジョーランの顔は、実に晴れやかだった。

 その様子に、エリオットは気掛かりになった。ジョーランの熱気の帯び方が、何か同行以上のものを期待してるように見えた。

 

「その、同行するだけですからね? ……戦うつもりはありませんよ?」

 

 釘を刺すエリオットに、ジョーランは大きく手を振って答えた。

 

「戦うだなんて、とんでもございません! それはもちろん、噂に聞くご勇姿を拝見できたらどれだけ良かったことかと思ってはいますが、そのために血を流すわけにはいきません! ――まあ、相手から仕掛けてくるようなことがない限りは……」

「あの?」

 

 ジョーランは冷静ではあったが冷静ではなかった。願望が漏れ出ていた。

 

「あ、いえ。戦闘は私も望んでおりません。何と言っても、向こうには強力な騎士がいます。揉め事を作ったり、もしくは盛んに介入したりと、領主の持つ軍の中では最も戦闘経験を積んだ軍です。そんな軍とやり合うことはこちらとしても避けたいところです。――まあ、歴史に名を残すような英雄でもいれば話が変わるかもしれませんが……」

「あの?」

 

 ジョーランは色々と怪しかった。

 エリオットからの疑いの目線に気付いたジョーランは、誤魔化すように手を打った。

 

「――と、ともかく、まずは食事にいたしましょう! 是非とも我が領の特産品をご賞味ください。これらの多くを守れたのも、エリオット様のおかげでございます故」

「でもご飯ならさっき――、ぁいや、やっぱり頂こうかな……」

 

 断ろうとしたエリオットだったが――、後ろからの刺すような視線に意見を変えた。

 その視線の主が前に出てきた。

 

「おすすめは何ですか」

「ええ、この辺りは酪農が盛んでしてね、チーズなんかが有名ですよ。もっちりとして、味わい深く、そして伸びます」

「期待大」

 

 実際、農地だけではなく家畜の被害まで抑えられたのは、各地を回ったエリオットたちのおかげだった。生活に直結する功績に、民衆からのエリオットの評価は上がりに上がった。

 

 

 

 準備が終わるまで自由時間となった。

 エリオットたちは城内に引っ込んで、身体を休めた。

 準備完了の知らせを受けたのは夕方頃で、外にはすでに多くの人がいた。都市の中央通りを使っての、屋外の立食パーティーだった。祭りのような雰囲気で、人々の表情は皆明るい。

 この計らいは、『英雄の姿を独り占めするわけにはいかない』と考えた領主という名のファンによるもので、周りに反対する者はいなかった。

 その様子から、人目を避けられないことを悟ったエリオットは、『英雄には人権がないらしい』なんてことを思った。同時に、自分では『仮初の英雄』だと思っていることもあって、多少の義務を果たすと、逃げるように少し離れた位置に移動した。

 エリオットにとって『英雄』という世評は、必要とあらば使い潰すつもりではあったが、こういう場ではどこか気が引けた。

 そんなエリオットに気を遣ってか、護衛の兵以外は寄らなくなった。

 

「……ふぅ」

 

 エリオットは、楽しそうに飲み食いしている人々を見ていると、感傷的になった。戦いで逝った人間も、未来が違えばあそこにいたのだろう。そんなことを思った。

 

(良くないな)

 

 死者の弔いの在り方は一つではない。静かにおくることもあれば、騒がしくおくることもある。もちろん知っていることではあったが、心が付いてこなかった。

 

(早く気持ちの整理をつけないと)

 

 出来るなら皆の中に戻って笑顔を振りまくべきである。答えも持っている。ただ足を前にやると心が軋みをあげそうだった。

 そんなエリオットをよそに、アリアはチーズを存分に堪能していた。

 

「んまい」

 

 歯切れ良く、もっちり。そしてミルクの芳醇な香り。あと、にょいーんと伸びた。

 

「おかわりを」

 

 近くにはもうチーズ系の料理はない。周りをきょろきょろと見回したアリアは、人だかりから離れているエリオットを見つけた。

 

「む」

 

 美味しいものを堪能している時に、何か負の感じで考え込んでる顔見知りの人間がいると楽しみが削がれてしまう。アリアは引っ張り出そうと近寄った。

 

「ほら、王子も楽しみましょう。このチーズの伸びは中々ですよ」

「……う、うん。でも、亡くなった人たちのことを思うとね」

「何言ってるんですか。その分まで食べるんですよ。天にだって届くくらいに。寿命もチーズも伸ばしましょう」

「そっか――」

 

 言ってること自体はよく分からなかったエリオットだったが、言わんとすることは分かった。

 エリオットは前に出ると、アリアから渡されたチーズを口にした。たしかに、にょいーんと伸びて美味しかった。

 気を使って声をかけないでいた騎士たちも、あれこれ勧めてきた。エリオットは食べられなかった人の分まで食べようと、お腹がいっぱいになるまで食べた。

 日が沈むと、あちこちでかがり火が焚かれ、まだまだ終わらないとばかりに、笑い合い、声を出し合った。夜の静けさに負けないように、陽気を表に、天まで届くようにと。

 暗がりもあり注目も薄れた頃、エリオットはアリアに声をかけた。

 

「――ちょっといいかな?」

「はぁ」

 

 エリオットはアリアを連れると城内に戻り、バルコニーのようなところまで移動した。そこは中央通りが見える場所で、眼下にはかがり火とその周囲の人がよく見えた。

 

「今回の件について、感謝を言いたくて」

「はいどうも」

 

 アリアは感謝を必要としない人間だった。行動理由が自己満足に非常に寄っているために、他者からの見返りというものに頓着しない。

 エリオットはアリアの功績を取ったような展開になったことに対して、謝罪するべきか感謝するべきか迷っていたが、アリアが好むのはわざわざ言及しないことだと理解して話題を変えることにした。

 

「……あの光景を上から見たくてさ」

 

 眼下では、民と騎士が肩を組んで、歌ったり踊ったり囃し立てたりしている。

 

「さっきようやく気付いたんだ。今までは地位を受け継ぐということだけを考えてたけど、意思も一緒に受け継いでいくんだなって」

「はぁ」

「そう思うとね、自分はどうしたいんだろう? って思ったんだ。受け継ぐだけでいいのかなって。何か変えたり足したりすることはないのかなって。――それで僕なりに答えを出してみたんだ」

 

 人々を見るエリオットの眼差しは、宝物を見ているかのようだった。

 

「いつか、国中の人々がこうやって、お腹がいっぱいになるまで食べられて、笑い合えるようになる。そんな国を目指そうと思うんだ」

「なるほど」

 

 国中がこうなれと思った。でも現実は困難ばかりで、理想は理想でしかない。けれども、その理想こそが現実に抗う力になることを願った。

 

「同じことを孫の代になっても思ってほしい。そんなことが出来たらとても素晴らしいと思わない? ……でも王の目標としては、やっぱり子ども染みてるかな?」

 

 返答に迷ったアリアは、少し逸れたことを言った。

 

「――話してみたらどうですか?」

「え?」

「今言ったことをリリアナちゃんに」

「でも、子どもっぽすぎるって思われないかな」

「大人というのは、そういう子どもっぽいことを臆面もなく言えるものなんですよ。それがどれだけ大事かってことがよく分かっていますからね」

 

 自己評価が高くないからこそ、想い人の前ではカッコいい姿を見せたくなる。

 

「その大事なことが分かる人こそ、王の隣に立つに相応しいと思いませんか?」

「……君と話していると同世代と話している気にならないな」

「師が良かったのでしょう。過去の経験を新しい知識に結びつけて教えられる優れた人でした」

「それは凄い人だね。機会があったら僕も教わってみたいな」

「それは、……そうですね。またそういう日があればと思うことがあります」

 

 珍しく寂しそうな目をしたアリアに、エリオットは理由を悟った。

 

「……生きないとね」

 

 それこそが生命の至上命題である。

 エリオットは本題に入った。

 

「ところで一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「どうぞ」

 

 聞きにくいことを聞くというのは緊張するものである。エリオットは勇気を出した。

 

「――アリアって、どこか民兵の皆に対してちょっと情が薄いなって感じるんだけど、気のせい?」

「気のせいではありませんね」

「……どうして?」

「こう見えても昔はお嬢様してたんです」

「別に驚きはしないけど」

「やはり気品があふれ出てしまっていましたか」

 

 胸に手を当てて謎のアピールをするアリア。名状しがたい変なのがあふれ出していた。

 エリオットは話を急かした。

 

「えっと、それで?」

「――他人に勝手に期待して、その期待を願望に変えて押し付けてくる人間が嫌いだったんです。その名残でしょう」

「……そっか。好き嫌いじゃあ、仕方ないか」

 

 エリオットは気を緩めた。

 王としてあるために、必要に応じて対処しなければいけないこともある。その覚悟を戦いの中で身に付けた。それでもやっぱり、友人としてあり続けることに優ることはない。それに敵対すれば感情抜きで色々とまずい。恐怖を感じる前に事が終わりそうである。エリオットは国内の食関係の強化の必要性を感じた。

 

「――これからもよろしく頼むよ」

「私はリリアナちゃんの味方ですからね」

「そっちも頑張らないとなぁ」

「いや本当に頑張ってください」

 

 アリアの胃袋はリリアナにもぎ取られていた。王子には勝ってもらわないと困る。

 

「ところで、最上の勝利とは何か知っていますか?」

「……被害を出さずに勝つ?」

「では、そのためにはどうするべきでしょう」

「戦わずに勝つ? つまり交渉で有利な条件を引き出すってことかな?」

「まぁ、相手に損をさせるのも一つですね」

 

 アリアの考えは別にあった。

 

「我々が欲するのは土地でも金品でもないはずです」

「じゃあ名声?」

 

 アリアは首を振った。

 

「人です」

 

 アリアは人差し指を立てると、にやりと笑った。

 

「案外敵とは仲良くなれるものですよ。私の部下は敵として出会ったものばかりです」

「軍を引き抜くってこと?」

「有能な人材を狙って」

 

 戦う前より、戦った後の方が強くなればいい。兵はある程度替えがきくが、将となればそうはいかない。ハーヴェイが怪我を押してでも戦う理由もそこにある。

 

「目立つ者がいたら殺さずに捕らえましょう」

「なるほど」

 

 頷いたエリオットだった。が、

 

「でも何かアリアが殺さないって言うと違和感あるな……」

「あの?」

 

 甘くない甘味みたいな話だった。

 

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