TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
エリオットたちが滞在するエルムス領の隣には、アルダーという領があった。
正直なところ、仲は良くない。そもそもアルダー領と仲が良いところ自体が少ない。領主は利に聡く、活力に溢れている。別の言い方をすると、金の臭いには敏感で、争いには積極的に首をつっこむ。利害の一致でもない限りは味方はいない。
そんなアルダー領の領主の館、その大きな一室で大きな声が空間を響かせた。
「――どうしてこうなった!」
その空間は、王城にある謁見の間にも似た場所で、領主の気位の高さの顕れであった。
領主の後ろの壁には大きな肖像画があり、彼の憧れの人物が描かれてあった。他者の意見を拾い上げ、果敢な決断を下す。そんな偉大な人物。しかし憧れは憧れでしかなかった。
領主の男は、恰幅の良い肉体を震わせ思いを叫んでいる。
「何故、我が領が攻められることになる!?」
広々とした空間の割には、人が少ない。癇癖のある領主に関わりたくないと、護衛以外の臣下はさっさと大広間から逃げ出していた。残ったのは騎士一人だけ。二十半ばを過ぎた女の騎士である。彼女は自分が貧乏をくじを引いたことも、そのくじを引かなければいけなかったことも自覚していた。
「……我々は上の言う通りに動いただけです。責任はないと思われます。――それより、まずは落ち着かれては」
と、慰める言葉を発したが、領主の感情は収まらなかった。
領主は手に持っていたワイングラスを床に叩きつけると、再度叫んだ。
「馬鹿者! 何故わからん! 責任の有無など関係ない。失態があれば責任など幾らでも作り出せるのだ!」
「しかしそれでは」
「しかしも何もないわ! ――とにかく方針を聞かねばならん!」
大きく息を吐き少し落ち着いた様子を見せる領主だが、眉間にはシワが寄っており不機嫌そうな様子は変わらなかった。
「ああ、イザベラ、お前には働いてもらうぞ。何でもいいから時間を稼ぐのだ。対応が決まるまで何としてでも持ち堪えろ」
「……承知しました」
「失敗は許さんからな。何故お前のような何の後ろ盾もないやつをここまでの地位に引き上げてやったか、――分かるな? 仕事をやってのけろ。それがお前の存在意義だ」
騎士イザベラは無言で頭を下げた。了承はした。せざるを得なかった。
しかし気がかりを口にした。
「仕事の前に、一つお聞かせ願えますか?」
「何だ。短くしろ」
「何故、向こうは攻めて来ているのでしょうか? それと、向こうの言い分は本当なのでしょうか?」
「一つと言わなかったか?」
「……では後者を」
「――言い分は本当だ。森に火をつけて魔物を向こうに追いやったのは事実だ」
「何故そのような――」
「農地を増やすためだ。そういう命令だからな」
「命令? それはどのような……」
「――これ以上はお前には知る必要のないことだ。理解したのなら仕事を始めろ」
ここで引き下がった方が心象が良いとは分かってはいても、イザベラは聞かなければいけなかった。
「始めるにいたって、万全を期す必要があります。何故、その情報が向こうに漏れたかを教えてはいただけませんか」
「――そんなこと私が分かるものか。おおかた伝令でも捕らえて聞き出したのだろうよ」
「伝令から? まさか伝令に全てを伝えたのですか?」
「そんなわけないだろう。方針を聞く旨だけを宰相様に聞こうとしたに過ぎん」
領主はこれ以上は答えないぞと、忌々しげな目を横に逸らした。
それでもイザベラは引き下がれなかった。
自分のことを賢いと思っている者はボロが出やすい。己の知性に信頼を置きすぎているために、省みることがない。イザベラは領主の癖を知っていた。
「その伝令の選定は、どのように」
「くどい! いい加減にしろ! お前が考えることではない!」
「……はっ」
失態をどう扱うかは人によって変わる。この領主は怒りで誤魔化す傾向があった。
――そういうことか。
イザベラの中で答えが出た。大方事情を知っているものを伝令として使ったのだろう。そもそも領主とはいえ勝手に伝令など出されては困るのだが、この領主は前々からこういう気があった。自分が目立ちたいし、自分の能力をひけらかしたい。その結果、自分の手駒がロクにおらず同じ人間を使い回すことになる。秘事を伝えずとも、既に知っている者を使ったのだ。白けそうになる心を抑えてイザベラは心を起こした。
「それでは軍の準備をしてまいります」
「急げ。それとあいつらはもう既に領境沿いに布陣しているそうだ。この遅れはお前が取り返せ。――いいな?」
「はっ」
イザベラは軍宿舎に戻ると、大いにため息をついた。
「――姉さん!」
「ああ、お前か」
「その、だいぶ疲れてるみたいだけど……」
「気にするな。いつものことだ」
副官のヘルマンが寄ってきた。彼はイザベラに残されたたった一人の家族だった。
「しかし天運というのを考えたくなるな。我々は何のために剣を振ってきたのだろうか。……まさかあんな豚のためにではあるまいに」
「姉さん、――いえ、将軍。口が過ぎますよ。どこに耳があるか分かりません」
改まってみせたヘルマンを、イザベラは鼻で笑った。
「嘘も本当もなく、とっくに何かしらの報告はいってるさ。猜疑心の強いやつの下には、そういう部下が集まりやすい。周りを蹴落とすことでのし上がろうとするやつらばかりだ」
「だったら、なおさらだと思うけど……」
イザベラという騎士はやっかみを常に買っていると言ってもよかった。一軍をまとめる職に就く者は他にもいるが、領主の評価はイザベラに大きく偏っていた。彼女には無理難題をどうにかしてみせる才覚があった。とはいっても火消し役のような役回りばかりだった。しかしそれが一番求められていた。
「何を言われても構わないさ。それに、足の引っ張り合いに明け暮れているやつらがまともに動けると思うか? 有事の際に仕事を任せられるか? それは領主も分かっている。だから私たちは結果を出し続けなければいならない。士官先を変えようにも、コネがないとロクな地位にはいけない。そう思えば、地位だけは貰える分ここはマシだ」
「……どうであれ、頑張るしかないってわけだね」
「ああ、伝え忘れていた。相手には民兵が多く混じっているそうだ。徴兵されたというより自発的に参加したような感じらしい」
「……民を相手に戦えと?」
「本当にやってられないな」
「姉さん……」
騎士とは民を守るものではなかったのか。幼い頃に聞いた騎士譚はまやかしだったのか。
――いや、もはや関係ない。
それでも必要なことがあり、その必要をこなせるから今がある。不要となればすぐにでも捨てられるだろう。他領との摩擦が多いから場所だからこそ居場所がある。
「今回の命令はただの時間稼ぎだ。敵を打破しろと言われるよりはるかに良い。――やり方は分かるな?」
ヘルマンは佇まいを正した。
「はい。負けない戦いをしろとのことですね」
「そうだ。固く閉じこもっているだけでいい。自領地での防衛だから兵糧の心配もない」
「承知しました。すぐに作戦を立案します」
「到着するまでに間に合えばいい。どうせ閉じこもるだけだ。大したことはしない」
姉は実践派で、弟は作戦担当だった。弟の立案した作戦のもと、姉が適時適応で兵を動かす。どこにどう攻めればいいか、また守ればいいか。それを空気感から何となく理解出来た。そういう才能があった。
準備を急いで終わらせると、すぐに出立した。
「天気が少し不安だな」
空は曇っていた。雨が降る前には到着したい。
気が進まないがやるしかない。そんな行軍中、どこでどう聞きつけたのか、それとも事前に準備していたのか、ぞろぞろと合流してくる者たちがいた。同じ職業ではありつつも、同僚というか、競い相手というか、
「今回は我らも力を貸しましょう」
「まさか戦功を独り占めするわけではあるまい?」
「敵は民兵だと聞く。女では心が痛むだろうからな」
どちらかというと敵だった。
「……ご協力感謝します。しかしながら指揮権は――」
「ああ、心配なく。何も奪ったりしませんとも。我らは我らで動かせていただきますよ」
指揮権に入るかどうかではなく、取られるかどうかからだった。イザベラは、この場でこいつらを殺してやれたらどれだけ楽になるだろうかと思いつつも、
「では、各々の裁量で動き、各々で責任を持つということでよろしいですね?」
と、冷静に釘を刺した。
その釘は驚きをもって返された。
「――これはこれは異なことを。これは貴方が命じられたことですよ? もし失敗すればそれは貴方がその責を負うべきでしょう」
「責任には権利も付属します。つまり我らが処断することも出来るということお忘れなきよう」
「おお、それは怖い。まあその時はその時ということで」
目配せ。同僚もどきたちは、それぞれが同意した。
「場合によっては、抵抗するくらいはするかもしれませんがな」
気を良くして笑いながら去っていく同僚に、イザベラは憤りを覚えながらも切り替えねばならなかった。
「……姉さん、大丈夫?」
「慣れている。今更折れたりしないさ」
雲の様子を注視しながら進軍していき、到着すると相手の陣容が見えてきた。
向こうは馬が走りやすい草原地帯に布陣していた。編成としては歩兵に偏っている。歩兵と騎兵の数を比較すれば、騎兵が多いこちらが地形的に有利だった。
扱いづらい同僚を何とか邪魔にならなさそうな位置に揉めながらも布陣させている間、ふと前を見たイザベラは羨んでしまった。
対陣する軍が理想だと感じた。
士気、結束感、どれもが高く一体感がある。
一つの目的のために力を合わせている姿。こちらとはあまりにも違う様子。
――ああ、どうしていつもこうなんだ。
思わず諦観の念が出た。いつもいつも貧乏くじ。努力して持ち直したかと思いきや、次の貧乏くじを引かされる。他人の嘲笑なんかでは心は揺れないが、この天運だけは嘆きたかった。
「……勝つ。それだけだ」
それ以外に己を表現する舞台などない。イザベラは己を鼓舞した。
「だが――」
つちかった勘が、今までの敵とは何かが違っていることを告げている。
――英雄の軍とはこういうものか。
正義とでも言うべき空気をまとっている。士気は容易に見て取れるほどに高く、兵の顔など見えはしないが誰しもが上を向いているように感じた。
――くそっ。
貧乏くじは貧乏くじでも、とんだハズレくじだった。聞いていたものとも、予想していたものとも、まるで違う軍容。翻ってこちらの味方はひどい有様で、妨害を受けていないのに満足な布陣すらままならない。
敵も味方もなく、自分だけが独りであるかのような感覚になった。やつ当たりのような感情を相手に向ける。報いを受けろとは思わないが、想いを知れ。そう思うくらいは許されていいはずだ。もたもたと、何もないのに問題が起きているらしい。
傍らにいたヘルマンは、そんなイザベラの様子に気付いたのか声をかけた。
「聞いていた通り、民の姿が多いね」
鎧を見ればすぐに分かった。正規のものではない。
イザベラは渋い顔をした。
「まるで英雄譚に出てくる敵役のような役回りだ。仕事とはいえ、正直気が進まないな」
イザベラは横を向いた。
「やる気に溢れてるやつもいるのにな」
そこには、不格好な陣のまま、まだ得ぬ戦果に心踊らせている軍がいた。
「……あれらの汚名を被せられるのも僕たちってことになるんだろうね」
「受け止められ次第だな。武勇伝となるか、それとも悲惨な出来事となるかで変わる」
「つまりどうあっても僕たちが得することはないと」
「……我々は命令を遂行するだけさ。しかし、いざ戦闘となれば相手には後悔してもらう」
「でも待機するんでしょ?」
「来れば迎え撃つ」
「来るかな」
「戦場では何が起こるかは分からない。それが分からないやつは味方を死なせる。特にかの英雄様には注意が必要だ。まぐれだろうが何だろうが、聞く話によると相当な活躍をしたらしい」
「さすがに誇張されてると思うけど」
「噂というのは事実無根だと広まらない。何か一因くらいはあると考えるべきだ」
「……そうだね」
両軍の布陣が終わると、しばらく静かな時間が起こった。
定説として先に動いたほうが不利になると言われてることもあり、どちらも目立った動きを見せなかった。
「このまま何も起こらないといいのだが」
イザベラは横を睨み見た。
――動くなよ。
あのボンクラの素人に荒らされては堪らない。この場、戦場だけは自分の場所である。
イザベラは最悪は後ろから斬り捨てることも考えた。
そんな中、少しすると敵の使者がやってきた。対応したヘルマンは、釈然としない感じで伝えた。
「向こうは、事態の説明を求めてきた」
「それだけか?」
「うん」
イザベラは首をひねった。
――行動の早さと見合わない。
強行軍だったはずだ。イザベラは敵の様相から確信していた。装備には傷が目立ち、まだ戦闘の臭いを残している。
(何を企んでいる? まさか時間をかけることに利があるとでも?)
最悪を考えるが、これといったものは思い浮かばない。しいて言うならば、王都から中央軍でも呼び寄せているくらいだが、中央に動きがないのは確認済みだった。しかし本当に中央軍を待っていた場合、時間をただ経たせることが得策といえるかどうか。そもそも中央軍が向こうに一方的に味方するとも思えない。判断するには情報が不足していた。
(一体何を……)