TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第56話 開戦 1/2

 曇り空の下、エリオットは落ち着かないでいた。

 天幕の前でそわそわと、アルダー領の軍が布陣していく様子を眺めている。攻撃する絶好の機会だが、ここには交渉に来ている。さらに言えば、その判断はエリオットではなく、領主のジョーランが行う。

 隣に立つハーヴェイも、さすがにもどかしそうにしていた。

 

「この傍観が、のちに後悔することにならなければいいのですが…」

「向こうはどういうつもりなのかな?」

「正直、狙いが読めません。何かあるとは思うのですが」

 

 軍の動きから、統一された意思を感じなかった。巧妙に隠しているのか、それともただ本当にバラついているだけなのか。

 戦場において、想定外は起こるものであるが、避けられるに越したことはない。

 

「送った使者の返事も来てないようです」

 

 判断材料はほとんどなかった。

 

「……このまま引き延ばすつもりなのかな?」

 

 ハーヴェイに異論はなかったが、素直に肯定も出来なかった。

 

「たしかに時間稼ぎをするというのは、向こうの戦略として自然だと考えられます。――しかし、相手の布陣の様子が不自然だったことが気になります。まるでこちらの攻撃を誘うかのような緩慢さでした」

「罠ってこと?」

 

 ハーヴェイは首を横にも縦にも振らず、声を低くした。

 

「あの中央の軍、あれはおそらく主軍でしょう。見てすぐに分かるほどに手練れです。しかし、左右に付随する軍は動きはかなり悪い。――このちぐはぐさが気になります」

「それって普通に主軍は強くて、他は弱いってことじゃないの?」

「楽観的に考えるのであればそうでしょうが、意図的であれば我々の多くが大地に還ることになります」

「そっか……」

 

 楽観的ではなく、最悪を考えるべきであると、エリオットは己を戒めた。

 敵のほころびは突くものだが、そのほころびが意図的であれば罠である。不利な状況で、中央の精強そうな軍とやり合うのは避けたい。

 兵数では領主軍と民兵も合わせれば上回っていたが、数に頼ってしまうのも怖い。何より、領主軍の戦歴を考慮すると、頼りにするのは危険だった。魔物の襲撃にも、かなり苦労していたとのことだった。

 

「じゃあ、我慢比べになる?」

「今のところそうなるかなと思ってます」

「……でも、あまり時間をかけすぎるのは」

「はい。――向こうはそれを望んでいるのかもしれません。我々は遠くない内に帰らなければいけません。王党派の兵士を引っ張ってきている以上、長居すると陛下に危険がありますし」

「もどかしいね」

「あの領主が上手くやってくれることを祈るしかなさそうですね」

 

 実際のところ、ジョーランがどういう交渉をするつもりなのかも見えない。交渉を長引かせることが利する相手に対して、どのような交渉が出来るのか。少なくともハーヴェイやエリオットは思い付かないでいた。

 そこで、干し肉をもっちゃもっちゃしていたアリアが口を挟んだ。

 

「皆さん難しく考えすぎだと思いますよ」

「え?」

 

 思考には視点がある。視点を変えれば思考も変わる。アリアのそれは柔軟で自由だった。

 

「正義というのは期限があるものです。こんなものは時間経過によって上がったり下がったりします。抗議している我々に対して、何とか時間を延ばそうとしてる向こう。この図は世論的に、正義を上げることになります。『交渉を長引かせる行為そのものが不利益になる状況を作り上げる』こと、それがあの領主の目的かもしれません。初めから、我々が帰還するまで長引く前提で考えているのかもしれませんよ」

「……まさか、あの領主がそこまで考えていたとは」

「勘ですよ」

 

 身分が高い者は、腹の中を明かしすぎると不利益を被ることになる。何も明かさないとそれはそれで信頼されないが、明かしすぎると利用されてしまう。

 アリアはジョーランという領主の様子を見て、視点が平民よりであると思った。領主というよりは、仕事だからと役割をこなす役人のように感じた。平時の内政は得意かもしれないが、争い事は不得意なようだった。

 だからこそ、上手く交渉してしまえる可能性がある。アリアはそう考えた。不得意を認識していればこその戦いというのが出来るかも知れないと。

 

「あの領主が王子に熱心なのも、自分に持っていないところを持っているという憧れがあるのかもしれません」

「……なんか腑に落ちるな」

 

 その推測が合っているかはさておき、ハーヴェイは納得した。

 アリアはその前提の上で話を進めた。

 

「それにもし、アルダー領側がこれを読んでいたのだとしたら、あの両翼の雑魚そうな軍も納得がいきます」

「たしかにな。思わず攻めに行きたくなる絶妙な軍なんだよな、あれ」

 

 自分のことでもないのに、エリオットは何か気まずくなった。

 

「そ、そんなに?」

 

 加え、エリオットには二人が楽観視しているのではないかという不安もあった。確かに、話に上がっている軍の動きは良くないとは思うも、それほどまでとは思わなかった。

 それに対し、アリアとハーヴェイは淡々と答えた。

 

「何か格好だけ揃えましたみたいな」

「軍の真似事してるような」

「食あたりでも起こしてるような」

「新兵の勇み足みたいな」

 

 エリオットは相手が不憫になってきた。

 

「そこまで言わなくても」

「いえ――」

 

 ハーヴェイは緊張感を出してみせた。

 

「これは相手を褒めてます。実際、あそこまで上手く偽装するのは容易くない。中央の軍がアレじゃなかったら騙されるところです」

「でもアレすぎて、結果的に偽装が上手いのか下手なのか分からないことにはなってますけどね」

「まあ、並の奴には見抜けないだろう」

 

 二人はエリオットを置いて、うんうんと頷いた。

 

「危なかったな」

 

 軍全体の動きが悪ければ攻撃を仕掛けていたかもしれない。布陣している相手に対して、あんなに隙だらけの陣を敷かれれば攻撃しないのも根気がいる。だが中央の軍だけは褒めたくなるほどの動きだったことで、罠であるとの判断が出来た。

 心のもやが消えたところで、湿り気のある風が吹いた。

 アリアは空を見上げた。

 

「――戦いの前に降るかもしれませんね」

 

 曇り空ということもあり、天幕の中に戻ることにした。

 ハーヴェイは決めなければいけないことを口にした。

 

「さて、我々は何日付き合うか。もしくは付き合えるか――」

 

 本当であれば、すでに帰路についている頃である。本心では今からでもそうしたい。

 

「どこかで見切りをつける必要がある」

 

 そんなことを話し始めた頃だった。

 天幕の外。

 

「――来たぞ!」

 

 雄叫び。銅鑼の音。

 テントから飛び出ると、敵が迫って来ているのが見えた。

 あれこれ考える前に身体を動かさなければいけない。必要なことは多い。

 急いで号令を放ち、迎撃態勢に入る。

 混乱を表には出してはいけないと、ただただ部下を急かした。

 その甲斐もあり間に合いはしたが、武器を握って敵を待つ民兵の表情はいつもと違って冴えなかった。

 敵の速度が思ったより遅いこともあり、恐怖に耐える時間が長くなった。

 民兵たちからすれば、初めての対人だった。鎧で固めた兵たちが襲ってくるという、魔物とは違った圧力に身体が震えた。今まで頼もしい味方だった騎士という生き物が、今度は敵としてやってくる。恐ろしさの根幹はそこにあった。

 恐怖の理由には気付けなかったが、騎士たちは民兵たちを励まそうと檄を飛ばした。

 

「魔物にも勝ったんだ! いけるぞ!」

 

 そう叫ぶも、効果はなかった。

 直近で民兵たちが見てきた騎士の活躍を鑑みれば、仕方がなかった。とはいえ、

 

「来るぞ! ――押し返せ!!」

 

 心の準備が出来ようが出来なかろうが、敵は来る。その時が人の形をして目前にまで迫った。

 死なないためには武器を振るうしかなかった。

 民兵たちは、もはややけくそだった。

 

「ちくしょう!」

「やってやらぁ!」

 

 最初の一当たり。

 やぶれかぶれで民兵たちが武器を振るうと、突っ込んできた騎士たちが急に怖気付いた。その怖気が前進を妨げ、その場で停止することになった。結果、騎馬の統制が崩れ、にわかに混乱が起こった。そのまま後続と混ざり、周りを巻き込んで次々と落馬していった。

 馬から脱出した兵はすでに怯え腰で、向かい撃った民兵に対して恐怖の声を上げていた。

 何だか分からないが好機が訪れた民兵は即座に攻撃に移った。経験が身体を動かしていた。

 脱出が遅れた兵は地面に縫い付けられ、怯え腰の兵は槍で貫かれた。遅れてやってきた歩兵もすでに浮足立っており、血に塗れた民兵が迫ってきただけで背を見せて逃げ出した。

 民兵は事態を正確に理解した。

 

「うおぉぉぉ」

「逃げるなぁぁぁ」

「待ちやがれぇぇ」

 

 攻めてきた軍は、兵列もなにもなく瓦解した。

 その様子を、エリオットたちもアリアも含めて驚いていた。

 

「なにあれ」

「あまりにも弱すぎる。……いや、あいつらが強すぎなのか?」

「……どっちもとか?」

 

 何だかよく分からないけれど、敵が弱すぎた。そして民兵は強かった。

 ハーヴェイはあわてて首を横に振ると、気を引き締めた。

 

「いや待て、よく考えるべきだ。あんなに弱いわけがない」

「何ですかその変な疑い」

「いや罠だ。敵は罠をかけにきている。そうに決まっている」

 

 ハーヴェイの言葉は自分に向かっていた。そうでもないと追撃の命令を出しそうだった。

 だが指揮系統は一つではない。

 ジョーランの方から追撃の銅鑼が鳴った。

 

「追えぇぇ!」

「逃がすなぁぁ!」

 

 予想外の圧勝だった。

 

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