TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第58話 アットホームな職場

 戦場は混沌の極みにあった。

 両陣営ともに、各所で優勢と劣勢が混在していた。意識、視線が各々あらゆる方向に進み、交錯している。

 雄叫びと悲鳴の中、誰もが均衡が破られるのを期待して奮闘していた。

 敵を屠る意思に、味方を守る意思。血飛沫の中で生命が極限まで輝き、消失する。

 舞台に立つ者の全てが勇者であり、例外はなかった。勇者同士の熾烈な拮抗は、ある種当然の帰結であり、例外はただ一つだった。

 

 血飛沫の上を滑り込むような剣閃。

 断末魔さえ置き去りに、音の先へと飛翔する。

 地上を滑空する鳥の如くひらりと揺れ、喧騒の隙間を抜け、生命の流失を伴いながら通り過ぎていく。

 

「――あいつを止めろ!」

 

 個々の命、組織としての命。

 支える者、繋ぎ合わせる者がいる。

 組織を機能させるための関節ないしはアキレス腱のような役割。

 ただそれが一人の働きによって成り立っているのであれば、失った際の損失は計り知れない。曲がらない関節、繋ぎ止められない手足。機能の崩壊。

 それらは、防がれるべきものであった。

 

「っあいつの狙いはここだ! ――固めろ!」

 

 そこは最精鋭の兵が固める場所。その堅固さは岩壁の如く、何者も通さないはずだった。

 

「っ」

 

 侵入者を追い返す、斬り伏せる、そんな動作。

 ただそれだけの隙を突かれた。

 蝶がゆらりと手からすり抜けるように、姿を捉らえられず、侵入を許した。

 

「っ様、お逃げくだ――」

 

 声よりも早く、刃が到達した。

 

「どうも」

 

 挨拶と同時に、煌めきが起こった。

 

「ねえさん、ごめんっ……」

 

 身構える間もなく、身体は力を失い倒れた。出来たのは謝罪のみ。幸運を祈る間もなかった。

 

 

 

 その影響はすぐに出た。

 自軍の異変に気付いたイザベラは、事態の把握に努めようとした。

 

 ――強敵か?

 

 状況を打開するために虎の子でも出してきたかと、そう思った。

 しかし動きの悪くなり方に違和感があった。手こずっているような動きではない。敵が強くなったというよりは、味方の動きが悪くなったよう。まるで、何かを失ったがために噛み合わせが悪くなったよう。

 

 ――まさか。

 

 イザベラはある可能性に思い浮かべたが、首を振った。

 悲観的になってはいけない時がある。このように拮抗している状況では気持ちで押せた方が勝つ。将たる自分は嘘でも強気の姿勢を見せなければならない。

 それにあり得ないことだった。この軍は全てが精強。兵の一人一人が自慢の(つわもの)だった。頭脳の役割を持つヘルマンでさえ、その戦闘力は並の兵よりは高い。さらに周りを囲む兵は精鋭中の精鋭である。もしこれに敵の矛が届くのであれば、そいつはこの戦場において何にも阻まれることがない、最も自由なやつになる。そんな理不尽な存在がいるはずがない。

 

「――なぁ、そうだろう?」

「何がですか?」

 

 虚空に向けた言葉は、しっかりと受け止められた。

 声の方に視線をやると、桃色髪の剣士がいた。その異質さは、疑念を抱くには充分だった。

 

「……お前が、やったのか?」

「さて、何のことか」

 

 イザベラは疑念を払おうとした。

 槍を持つ手の感触を確かめる。脳内でこの先の動作を確認する。

 確認し終わるやいなや、急速に殺意を――。

 

「っ」

 

 瞬間、姿が消えた。

 こわばる身体。世界を確かめ直すと、剣士が再び見えるようになった。

 見えない。分からない。それでも分かったことは、

 

 ――こいつは一歩も動いていない。

 

 殺そうと狙いを定めた瞬間、姿が意識から霧のように消えた。

 驚きで殺意が引っ込むと、再び見えるようになった。

 

 ――そうか。間違いない。

 

 イザベラはもう問う必要を失っていた。

 

 ――こいつの存在が過去最高の理不尽だ。

 

 イザベラは悟った。何も分からないまま、結果だけを知らされた。

 馬から降りると、槍を捨て、腰の剣を抜いた。

 それが一番相応しいと思った。後悔はない。悔いはここで消す。

 意思を固めた。

 

 ――それがせめてものたむけだ。

 

 弟に対しても、――自身に対しても。

 

「抗い、抗い、抗ってここまで来た。せめて最期くらいは、吠えて終わる」

「吠える、ですか?」

「ああ。戦士に残る最後の意地とは、――その生き様を示すことだ!」

 

 イザベラは己を律すると、前に踏み出し、両腕を上げ、引き絞られた弓がしなりを上げるように身体を反らした。その動作は思わず見入ってしまうような洗練された動作で、無駄を排除した上段からの振り下ろしとなった。それは空間を叩き割るほどの――、

 

「っ」

 

 いなかった。触れた感触すらない。

 遅れて、己の中を何かが通った感覚に気付いた。

 感覚の痕跡をたどると、意識が後ろにいった。視界に映った不吉の正体は、剣に付着した血を払っていた。

 理解から少し遅れて、腹部から意識の残滓のようなものを感じ、どこを斬られたのかを知覚した。

 

「っは、はは。……これはどうしようもない」

 

 ぐらつく身体。せめてもの意地で、倒れざまに上を向いた。

 厚い雲で覆われた空が見えた。

 

「ツキに見放された人生だった……」

 

 弛まぬ努力により、栄光を手にするはずだった。しがない下級貴族の子として生まれるも、剣才を見出され修練に励み、やがて王国の中央騎士に選ばれた。生まれに伴うあれこれを払うために剣に打ち込み、ついには近衛騎士にまで内定した。だが何かしらの政争により突然家が没落して、その未来はかき消えた。何とか騎士の地位は保てたものの、立ち位置は端に追いやられた。だがそれでも実力で見返せばと、あらゆるものを学び修めるも、騎士内の派閥争いに巻き込まれ、属していた派閥が負けたことで中央にいることすら出来なくなった。

 

「最期になってようやく自由になれるなんてな……」

 

 イザベラにとって生きるとは、常に他の何かの影響を受けることだった。己の努力ではどうしようもない何かに、それでも諦めないと抗ってきた。だが結局、途中で終わった。

 イザベラは、ただ見下ろしているだけの桃色髪の剣士を見ると、

 

「私の人生に名前を付けるのであれば『愚者の抗い』ってところだろう。お前のように自由に戦場を駆けたかった。全てを覆すような何かを得たかった。ああ、虚しいな……」

 

 ゆっくりと力を抜いていく。もう立ち上がる理由はない。疲労と徒労だけがある。世界への恨み言ももうない。ただ放って置いてほしかった。

 

「あの」

 

 残念なことに、目の前にいるのは空気を読まない存在だった。

 

「諦めてるところ悪いんですけど、――再就職に興味はありませんか?」

 

 イザベラには言葉の意味が分からなかった。

 

「只今、人材募集中です」

「は?」

「快適で親しみやすい職場ですよ」

「……誘ってもらって悪いが、今日はくじ運が最悪でね」

「ではもう、これ以上落ちることはないですね」

 

 訳分からないやつが訳分からないことを言っている。世界というのは最期まで優しくないらしい。

 

「あのな、私はな――」

「ほら、普通ならもう死んでると思いません?」

 

 そういえばと、イザベラは自身が中々死なないことに気付いた。

 

「直近で手加減を覚えました。協力してくれた数多くの魔物に感謝感激」

 

 なんかほくほく顔だった。

 それより『手加減』という言葉が気に掛かった。

 

「じゃあ、弟はっ」

「よく分かんないですけど、何か姉さんって言って倒れた人ならいましたよ。今頃縄でぐるぐる巻きになってるんじゃないでしょうか」

 

 縄で巻く必要があるということの意味、イザベラは笑うしかなかった。

 

「……っふ、本当にツイてないな。そもそも私に選択肢などなかったわけだ」

「よく分からないですけど、選択肢は自分で作るものですよ」

「そうか、いやその通りだな……」

 

 イザベラはそういえば戦場にしては静かなことに気付いた。

 気付くと、雨が落ちてくるのが見えた。

 

 ――どうやら完敗らしい。

 

 今までのような政争などの理由ではない、れっきとした自身の敗北。

 

「清々しいとはこういう気持ちなんだろうな」

「そうなんですか」

 

 クソ領主の次は、頭のおかしい死神らしい。

 笑うしかなかった。

 

 ――でもまあ、きっとこれより下はないだろう。

 

 遠くなる意識、その狭間で聞こえてきた。

 

「今、公務員が熱い」

 

 イザベラは転職に失敗したことを知った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 王都。

 朝早くにも関わらず、活気に溢れていた。

 

「あ! エリオット王子だ!」

「俺も見たいっ」

「凱旋記念パン売ってまーす」

「王子が輝いて見える……」

「日光じゃね?」

 

 エリオット王子の帰還は、まさしく凱旋というに相応しいものだった。

 民衆は熱狂的に噂の王子を出迎えた。誰もが英雄を一目見ようと押しかけ、声援やらなにやら巻き起こった。

 エリオットも心得たもので、手を振ってしっかり応えた。

 そのまま王城にまで赴くと、女王アデレードに拝謁した。

 さすがのアデレードも頬が緩んでいた。

 

「この度はよくやった。――しかし、これほどの功績を上げるとは思わなかった。何があったか聞かせてくれないか?」

 

 立ち並ぶ重臣も、旬の英雄見たさに朝急いで登城していた。疑心を表に出す者もいれば、期待に顔を弾ませる者もいた。

 エリオットはかしこまると、はっきりと語った。

 

「報告以上のことはありません。――しかしこの度の結果は、全ては共に戦ってくれた皆のおかげです。僕は微力を尽くしたに過ぎません」

 

 まるで英雄が語るような言葉だった。

 

「なんと……」

 

 重臣たちから感嘆の声が出た。

 エリオットはあくまで謙虚だった。

 

「また、勝負とは時の運と言います。それがたまたま味方したに過ぎません」

 

 聞いている者たちの多くは、エリオットの姿に歴史に名を残す英雄を想起させた。そして今すぐ言いふらしたくて堪らなくなった。

 とはいえ疑っている者もいる。その内の一人であるベネディクトは、エリオットの後ろの騎士を確認していった。

 

 ――いない。

 

 桃色髪を探したが見つからない。何かあった時はだいたいあいつのせいである。そう思っている。

 ともかく、ベネディクトは弱味を突こうとした。

 

「しかし民を率いて戦うとは驚かされましたな。犠牲も多く出たでしょう。――何故、正規兵ではなく民に戦わせたのかお聞かせ願えますか?」

 

 エリオットは珍しく無愛想に答えた。そこには周りへの格好もある。またそれだけではなく、被害を受けた地域を実際に見てきたばかりということもあり、丁寧に対応する気にはならなかった。

 

「……民を戦わせたのではなく、共に戦ってくれたに過ぎない」

「では民の犠牲は必要だったと?」

「必要な犠牲などない。必要なのは、出てしまった犠牲に目を背けず、その魂を背負って前に進むこと。それを今回で学べた」

 

 その問答に、アデレードは目をパチクリした。

 

(誰だこれ)

 

 あまりの変わりようにベネディクトも黙った。

 アデレードはこのまま話が続いて急にボロが出るのも怖いので、さっさと退出させようとした。

 

「とにかく疲れただろう。好きに休むといい」

「ありがとうございます。しかしこの度の件で自分の至らなさに気付かされました。学ぶべきものは多く、経験は貴重であることを知りました。これから少し訓練を行った後、仲間と振り返ろうと思います」

「そ、そうか」

 

 去っていくエリオット。

 アデレードはその背中を困惑して見送った。

 

(一応、医者を呼んどくか。……頭かな)

 

 一番信じてなかったのはアデレードだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 エリオットは城内にある訓練場に移動すると、付いてきてくれた騎士たちにお礼の言葉を投げかけた。旅の終わりということで、少し寂しさもあったが、皆充実感を感じていた。行く前と、帰って来た後、色んなことが変わった。追従した騎士たちからすると、エリオットの変容が一番の成果だった。心底誇りたい気持ちになっていた。

 

「……肝心な一人が足りない。というかどこに行ったんだろ」

「なんですか」

「わっ、いた」

 

 白い猫を抱えた桃色髪の少女が、ぬっと登場した。

 

「どこに行ってたの?」

「猫を吸いに」

 

 エリオットは深く聞かなかった。

 

「とにかく今回は――」

 

 エリオットは皆に礼を言った。

 感極まって誰も喋らないことをいいことに、アリアは次なる目標を示すことにした。

 

「じゃあ王子はここからが本番ですね」

「え? まあ、そうなのかな?」

 

 当然この先もある。エリオットも承知のことだったが、何か違和感があった。思っていることとは何か違うような。

 

「恋を成就させるには今が好機ですよ」

「えっ」

 

 予想外、しかし痛いところをつかれた。

 

「やっぱりその、じっくり……」

 

 アデレードが見たら安心するほどに、エリオットは猛烈にヘタれ始めた。英雄は活動停止した。再開の目処は立っていない。

 アリアはやれやれと、訳知り顔で言った。

 

「いいですか、女の子というのは英雄に憧れるものです」

 

 ハーヴェイが横槍を入れた。

 

「英雄に憧れるのは男の子の方じゃないか?」

「ちょっとそこうるさいです」

 

 アリアの威圧にハーヴェイは黙った。そのまま首に触れて、その存在を確かめた。

 

「とにかく今の王子は英雄補正がかかってるので、仲を深めるときなのです」

「補正?」

「太陽のように輝いて見えるってことです」

「眩しいってこと?」

「魅力が増して見えるってことです」

「でも実態とは違うし……」

「面倒くさいなぁ」

 

 アリアはもう勝手に婚約させるか悩み始めた。書類をちょちょいと改ざんするだけである。驚くことに反対する者がいない。

 

「とにかく覚悟を決めるべきです。恋に落ちたのだから、そのまま転げ落ちてってください」

「言い方」

「まあ王子は人気者になりすぎたので、街中で食事というのは難しくはなりましたが、城内で会うことは簡単なのでそこで上手いこと仲を深めましょう。仕事の相談ということで接近するのです」

「な、なるほど」

「じゃあ、私は陛下に報告しに行ってくるのでさよならします」

 

 去っていくアリア。

 エリオットは呼び止めた。

 

「あ、アリア!」

 

 振り返ったアリアに、エリオットは改めて感謝を述べた。

 

「助かったよ! 本当にありがとう!」

 

 はいはいと、アリアは手を振って応えた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 アデレードは朝の仕事を終えた後、一度自室で休息を取ろうと戻ると、室内に人がいた。思わず警戒したアデレードだったが、該当者なんて一人しかいないことに気づき、桃色を確認出来ると警戒を解いた。

 目が合う。

 

「にゃにゃん」

 

 猫の前足を振って挨拶をしたアリア。

 

「猫丸です」

「聞いてないが」

「借りてきました」

「それも聞いていない」

 

 アデレードはため息をつきつつ、近くのソファに腰掛けた。

 猫丸の横腹に顔をうずめるアリア。

 猫丸は迷惑そうな様子も見せずに、喉をごろごろ鳴らしていた。

 

「――で、何から話してくれるんだ? そのために来たのだろう?」

「はい」

「じゃあまずは初めに、――英雄の噂はどこまで本当なんだ? 真実はどのくらいだ?」

「まあさすがに大部分は……」

「だろうな」

 

 アデレードは『上手くやったとは思うが、ちょっと脚色し過ぎだな』と言うと、安堵したようにうんうんと頷いた。

 が、アリアに配慮という言葉はない。

 

「本当ですよ」

「お前が風評を操作したのだろう?」

「してませんよ?」

「ん?」

 

 アデレードは訳が分からなかった。英雄譚がまるで事実かのような話になっている。

 

「じゃあ何か? 本当にあの子が噂通りの活躍をしたとでも?」

「まあ大部分はそうです」

「そんなわけあるか」

「そんなこと言われても」

 

 我が子のことを知らぬはずがないと、アデレードは自信があった。

 

「しいて言うなら、兵の士気が高過ぎたことですかね。何か勢いで全部上手くいった的な」

「……本当に各地の魔物を討伐して回ったと?」

「はい」

「……領主間の戦いを一日で終わらせたのも?」

「はい」

 

 アデレードはまるで部下が失態を犯したかのように、難しい顔をして額を押さえた。

 

「何だか分からないが、どうせお前が何かしたのだろう」

「いえ別に、兵の一人として敵を斬っただけです」

「……本当か?」

「疑り深いですね」

 

 アデレードの頭脳の働きは楽観的に出来てはいない。

 

「じゃあ何か? 近寄っただけでオーガが倒れたなど与太話を信じろと? どれだけかかるか分からない戦をたった一日で、しかも大勝して終わらせたなど、信じられるわけがない」

「でも大体本当ですよ」

 

 アデレードは難しい顔をして考え始めた。

 猫丸のお腹の柔らかさを堪能したアリアは、今回の自身の目的の成果について聞くことにした。

 

「それより物流は回復しそうですか?」

「――ああ。あまりにも迅速だったから被害は抑えられた」

「良かったです。行きつけの店の味が落ちたことを知った後、すぐに王子を捕まえて出発した甲斐がありました」

「やっぱりお前じゃないか」

「何がですか」

 

 アリアは心外だと抗議した。

 

「まるで美食のために頑張ったみたいじゃないですか。大義のためですよ、何ですかもう」

「そうかそうか、それはすまないな。ところでオーガはどうだった?」

「それはもうズバッと」

「そうかそうか。敵将はどうだった?」

「有能そうだったので勧誘しました」

「抜けてるのかしっかりしてるのかどっちなんだ?」

「何がですか」

 

 語るに落ちていた。

 

「ん? というかオーガなんて斬れるものじゃないだろ」

「そうですよ。オーガとか斬れるわけないじゃないですか」

 

 アリアは変なことを言ってる人を見る目をした。

 訝しむアデレード。

 

「いやお前、今――」

「斬ったとは言ってません。えーっと、そう、毒ですよ」

 

 常套手段は油をかけて燃やす。毒はあまり使われない。毒を効かせるために傷をつけることがそもそも大変だった。

 

「ほら、果肉は美味しいのに種はくそ苦いやつあるじゃないですか。あの果実の種を口に放り投げたんですよ」

 

 オーガですら食べないとんでもない果実だった。

 

「まああれなら効くかもしれんが、……ん? 何かまるで食べたことあるような言い草だが」

「美食愛好家と自他ともに認められるこの私がそんなものを食べるわけないじゃないですか」

 

 早口で答えるアリアに、アデレードは怪訝な顔をした。怪しさしかなかった。

 

「美食に取り憑かれた貴族の中には魔物の肉を食ったりするやつもいるぞ。お前も同類だろ」

「まさか。魔物の定義を知らないんですか? 美味いかまずいかですよ」

「違うが」

「え、違うんですか?」

「というか食ったことあるみたいだが」

「知ってますか。オークはまずいですよ」

 

 アデレードは嫌な顔をした。

 

「知識の上では知ってる。肉は濡れねずみのようにドブ臭く、脂肪は尿臭の混じった酸味があり、色々と強烈だと聞いたことがある」

「そうなんですよね。どうにかしようとオーク肉を香草まみれにして燻してみたんですけど、それでも上手くいきませんでした。旨味ではない何かが凝縮したせいでこの世の終わりみたいな味がしました」

「聞くだけで嫌になる」

「……どうにしかして世界にこの恨みを広めたい」

「やめてくれ」

 

 アリアは珍しく負の顔をしていた。

 

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