TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第59話 水面下

 アデレードは頬杖を突いて、何やら考えていた。

 

 ――もっと動きがあると思ったが。

 

 ここまで情勢が動けば、当然ながら大きな反動もあるものだと危惧していたが、今のところ空気は穏やかだ。

 英雄効果は凄まじい。

 民衆の支持はもちろん、中立だった貴族たちの態度が明らかに良くなった。時勢がこちらに優勢なら味方するだろうと算段がつくくらいには良い。むしろ敵対派閥の一部では造反が出ているという。

 前までとは逆に、今では時間が味方となった。

 時を経るごとに王子の英雄譚が各地に広まり、何もせずとも人気が増していく。人事も随分と楽になり、有能な人材が次々と要職に就いた。欠点は何か頭が変なやつが多いことくらいだった。

 

 ――似たもの同士は引き合うらしい。

 

 あの桃色髪が現れてから、事態の好転具合は目覚ましい。内容も好みだった。天変地異的な奇跡ではなく、人の力で少しずつ変えられていく形。結局は人次第、ということらしい。

 その最たる例がリリアナだった。奇抜で新鮮であるのに不思議と異物感のない施策を考え出し、実行していく。たとえ効果的な施策であっても、理想や理屈ばかりが先行してしまったために、民には理解されずに受け入れられなかったなんて政策も珍しくない。だがリリアナはそこの調整が上手いのか、やろうとすることに押し付けがましさがなく、民衆の心に染み入るように受け入れさせてしまう。

 とはいえ、上手く行き過ぎるときほど怖さを感じる。

 アデレードは自制心を思い出そうとした。

 

 ――恐らく、何か起こる。

 

 不意をつかれて逆転されては敵わない。

 

「負けないさ」

 

 通すべき意地は一つだけ。命に代えてでも通してみせる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 夜。王都のとある酒場。

 その酒場の奥には、関係者でも立ち入ることに許可が必要な部屋があった。

 そこに、幹部が集められていた。

 集めた張本人である桃色髪の少女アリアは、淡々とした声色で、

 

「皆仲良く」

 

 と、言った。

 翡翠色の瞳からは感情は読み取れない。

 幹部の面々は『あ、また面倒事だ』と、色々と察していた。

 ヴァイトが先陣を切った。

 

「……何をやるつもりだ?」

「何か皆カッコつけすぎダサいなって」

 

 アリアはうんうんと頷いた。

 

「『ククク……俺は闇の世界の住人だ』みたいな感じの人、多くない?」

「そりゃまあ、昔は俺も……」

「別にそれはいいんだけど」

「いいのかよ」

 

 アリアも、羞恥心が許せば無意味に右腕とかに包帯とか巻きたかった。

 

「でもそんな幻想に影響されて、変に薄情になろうとするのは良くないかなって思ってる」

 

 アリアは、格好の付け方の話がしたかった。格好良さの内容を変えたい。

 

「分からなくはないが、この世界はそういうもんだろ」

「そこをもっとこう、親しみやすくて温もりがある感じにしたい」

「こういうのは格好ってのがあんだよ」

「そこを上手いこと両立しつつ」

「……何かあんのか?」

 

 ヴァイトは眉を寄せた。こういう時は何か裏があることが多い。

 いつも適当なことばかり言うし、行き当たりばったりなところも多いが、肝心なところは外さないこと知っている。

 

「情報を集めるんじゃなくて、向こうから来てもらう方が良くない? お悩み相談所みたいな感じで」

「……やるとしても時間はかかるぞ」

「元々似たようなのあったんだし、それを流用すれば時間はかからないと思う」

「そっちはそうかもしれないが、やって来る方に浸透させるのはどうすんだ」

「そりゃもう国家権力によって。あといい感じに噂を流す」

「……敵が事を起こすことを睨んで、事前に察知しやすくするためって感じか?」

「何かそんな感じ」

 

 ヴァイトは現実のものとして考えはじめた。しかし障害がある。

 

「だが恐怖ってのは大事だぜ。舐められちゃ仕事に差し支える」

「本当に怖いやつは直前まで強さを出さないやつなんですよ、ええ」

「そりゃ、まぁ……」

 

 ヴァイトはアリアを見ると反論出来なかった。目の前の実例その一はあまりにも強烈だった。

 

(……だが、わざわざ油断させるような言動をしがちなこいつの性格そのものに、問題があるよな)

 

 ヴァイトは確信した。

 人をからかうために生きている。生まれ持った業ってやつに違いない。

 

「む、何か悪く思われてる気がする」

「気のせいだろ」

 

 ヴァイトはため息をついた。

 言われたままとはいかずとも、恐怖を段階的に操作することの意義は感じた。

 

「まぁ、やるか……」

 

 こうして友好的な闇ギルド的なものが誕生した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 謎の闇ギルドを始動して、少し経った頃。

 夜の王都で、硬い表情をした二人の男女が、裏路地で迷っていた。

 

「くそっ、迷ってしまった」

「……主様、一度この路地から出たほうが良いかと」

「だが、一刻も早くっ――」

「この場所は危険過ぎます。石畳の下には、いくつもの首が埋まっているという噂もありますし」

「安全だとも聞くじゃないか」

「相反する噂が両立するわけありません。一番危ない場所というのはそういう場所です。命を亡くしては元も子もありません」

「くっ――」

 

 焦燥、使命、責務。そういったものが、楽な手段を取らせない。感情に流されて剣を振るえば楽だが、そこには無駄死にしか待っていない。

 使命が己を律するも、責務が心を焦らせる。

 そんな中、路地の曲がり角の先から、複数の猫の鳴き声がした。続いて、人の声も。

 

「にゃーん」

 

 抑揚がない、若い女の声。察するに、猫と戯れているらしい。

 危険はなさそうだと二人は近寄ると、木箱に座って猫と戯れている少女が見えた。

 

「そこのお嬢さん。ちょっといいかな――」

「はい?」

 

 どう見ても危険が少ない光景に安堵して、素直に道を聞くことにした。

 

「――という酒場を探している。知らないだろうか?」

「それなら、この先を少し進んだ後、いい感じに何回か曲がったとこにありますよ」

「そうか、ありがとう」

 

 幸運とは思いがけないところにあるものである。男はそんなことを思った。

 

「――主様、お待ち下さい」

「どうした?」

「曲がる方向を聞いておりませんよ」

「たしかに」

 

 うっかりとは、うっかりした時に起こるものである。男はそんなことを思った。

 

「すまないがお嬢さん、曲がる方向を――」

「勘に頼るべし」

「勘か。なるほどな。よし行こうか――」

「よし、じゃありません。土地勘もないのに無理がありますよ」

「そう言われればそうか」

 

 男は進みかけた足を止めた。

 

「すまないが、――案内を頼むことは出来ないだろうか」

「えー」

 

 少女は嫌そうというよりは面倒くさそうで、でも同時に退屈そうでもあった。

 

「……その、悪いが、我々には持ち合わせがない。だが礼は必ずするから、何とかならんだろうか」

「えー」

 

 男は懐から干し肉を取り出した。

 

「……今は本当にこれくらいしか」

 

 本当に簡素な干し肉だった。香辛料すらほとんど使われていない。さすがに苦しいかもしれない。そう思った男が少女の顔を見れなくなって視線を下げると、複数の猫が足元に寄ってきているのが分かった。

 

「ちょっと拝借」

 

 少女に干し肉を取られた。

 

「なるほど。この猫たちが食べたのなら、案内しますよ」

「ほ、本当か!?」

 

 猫たちはすぴすぴと匂いを嗅ぐと、問題ないと判断したのか「にゃん」と鳴いた。そのまま干し肉を咥えて少し離れると、むしゃむしゃし食べ始めた。

 男はその幸運に喜んだ。

 

「じゃあ、案内を――」

「しょうがない」

 

 そう言って歩き出した少女の後ろを付いていき、そのまま路地をいい感じに何回か曲がると、その先にある酒場の前で止まった。

 

「ここか……」

「看板の名前も間違いないですね」

「あとは何とかして話を聞いてもらおう」

 

 男は、緊張した面持ちで扉に手をかけようしたが、動きを止めた。そのまま振り返ると、軽く頭を下げた。

 

「――お嬢さん、助かったよ。ありがとう」

「私からもお礼を――」

 

 感謝を受け取った少女の表情は薄いままだった。どことなく周りの猫と同じ雰囲気だった。きょとんとした感じで、冷たい印象ではない。

 少女の口が開く。

 

「いつも奥の席が空いてるんで、そこに座るといいですよ。おすすめはフルーツミックスジュースです」

「――入ったことあるのか?」

「ご飯屋さんですよ。店主の顔が怖いのが一番の売りです」

「ええ……?」

「それではさようなら」

 

 少女が去っていくと、二人は困惑した顔を見合わせた。しかし、『ここまで来た以上は入るしかない』と扉を開いた。

 

 中は一見、普通の酒場に見えた。

 ただ意外と広く、席も多い。

 客も多くいたが、少女が言っていた通り、奥のカウンターの席は空いていた。

 カウンター席に座ると、近くにいた酒場の店主らしき強面の男に声をかけた。

 

「すまない。注文を――」

 

 ちらりと値踏みするような視線を向けられた。

 命に軽く触れられたような、不可解な感覚がした。

 

「――悪いがそこは特等席でな。他に座ってもらえねえかな」

「そ、そうなのか。……だが、他に空いている席はないのだが」

「……あんた、ここがどこか分かって来てるんだろ? この店の席には、いくつか特別な席がある。その席に座れるやつは、その特別に応じた条件を達成出来たやつだけなんだよ。そんでお前さんが座ってるその席は、その中でもさらに特別ってわけだ」

「だ、だが……」

「――あん?」

 

 強面の店主から『まだ何かあるのか』と言わんばかりの視線。だが引くわけにはいかなかった。

 

「その、案内してくれた女の子が、ここはいつも空いてるから座るといいと」

 

 途端、強面の男の雰囲気が変わった。

 柔らかくなったというか、拒絶感が減ったような感覚。

 

「……その女ってのは、どういうやつだった?」

「は? いや普通の」

「普通、だと?」

「猫と遊んでただけの子だ。あの子に悪意などは」

「そうじゃねえ。そりゃいらん心配だ。それよりお前は普通の定義について考え直したほうがいい」

「どういうことだ?」

「俺がそんなに親切そうに見えるか?」

 

 確かにそうは見えないと思ったが、勇気を振り絞った。

 

「そ、そういえばフルーツジュースがおすすめって言っていた」

「……ここにはそんなメニューねえぞ」

「ということは店を間違えたのか?」

「さぁな」

「そういえば独特な雰囲気な子だったな。思い返せば、妙に可愛かったような気がする。あと何か背中に猫が付いてた」

「……一度頭を冷やしたほうがいいな。奥に従業員用のトイレがある。そこを貸してやるから、行って来い。――二人ともな」

「へ?」

「そら行った行った。こちとら仕事が多くて大変なんだよ」

 

 二人が最上の招待状を貰っていたことに気付いたのは、全てが終わった後のことだった。

 その物語は、次期領主の息子が家臣に命を狙われたところを何とか逃げ延び、その先で助けを得たとかいうものだった。あまりにもすんなり事が終わったせいで、明るみには出ることはなかった。結果として、そこの領では急に騎士団が一つ追加されることがあったとかなんとか。

 少女は、うんうんと自身の功績を確かめるように頷いた。

 

「色々と幸運だったなぁ」

「何でこんなに上手くいくんだ。不可解すぎて腹が立ってきた」

「えー」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 オフィーリアが屋敷に帰ってくると、さっそく報告を受けた。

 

「アリアが来てるんですの?」

「はい。今はお嬢様の部屋で寝ています」

「絶対に何かがおかしいですわね」

「ちなみに案内したのは私です」

「クビ」

「そんなご無体な」

 

 自室に入ると、ソファに寝そべったアリアが猫丸を吸っていたのが見えた。

 

「想像以上にくつろいでてびっくりですわ」

「ふもふも」

「……猫丸から顔を離しなさい」

「にゃんですか」

 

 名残惜しそうに猫丸が前足を伸ばす。オフィーリアは面倒になってきた。

 

「……例の話なら既に手配していますわ。――つまり、事が事ですから何か確認に来たのでしょう?」

「違いますけど」

「違いますのね」

 

 ここ数年でオフィーリアの感情の制御力は格段に上がっていた。筋トレのようなもので、毎日の鍛錬の積み重ねの効果である。なお、その鍛錬は自発的なものではなかった。しかしその結果、父親さえも完璧に騙し切る演技力を手に入れることが出来た。良いことづくめだった。無性に何かを殴りたくなる衝動が起こることを除けば。

 

「猫丸を吸いに来ただけですよ。野良にはやれないんで」

 

 猫丸はずっとされるがままだった。

 クビ宣告されたばかりのメイドがお茶を用意した。

 お茶をしばき回しながら何気ない雑談などを交わしていくと、何かどうでも良くなった。

 

「そう言えば、幽霊騒動があったことは知っていまして?」

「幽霊? そんなのいるわけないじゃないですか」

「それが、この屋敷で出たのですわ」

「何か急に用事を思い出した気がするので――」

「あら、怖いんですの?」

「怖いわけないじゃないですか」

 

 オフィーリアは興が乗ってきた。

 

「初めは猫丸かと思っていたのですが、眼の前に猫丸がいるのに、人がいない場所から音がすることが多くありましたのよ。それも複数の人間が聞いてましたの」

 

 アリアはきょろきょろした。

 

「まぁ調べてみたら、別の猫だったのですけど」

「にゃんですかもう」

「しかしあなたが幽霊を怖がるとは思いませんでしたけど」

「怖くないです。でも襲ってきたらどうしますか。斬れないですよ」

「何かの伝記に幽霊を斬った者がいるというのがありましたわ。何でも心の目で見定め、心で斬るとかなんとか」

「ほう」

 

 アリアは急に落ち着いた。

 

「じゃあどうでもいいですね。斬れるなら何でもいいです」

「……ええ?」

「唯一斬れないかもって思ってたんですけど、その線が消えたのなら安心です」

「安心?」

「あ、いえ。お嬢様が幽霊に襲われてても助けることが出来るからって意味ですよ」

「どうなのかしら?」

 

 その時、あまり鳴かない猫丸が「にゃん」と短く鳴いた。

 視線の先には、ロールパンみたいな猫がいた。

 

「ああ、その子ですわ。小麦感ある猫でしょう」

「よく分からないですけどそうですね」

「ひとまず『焼き立て』と呼んでいますわ」

「もうちょっと何かなかったんですか」

「一匹も二匹も変わらないということで、飼うことにしましたわ」

 

 焼き立てと呼ばれる猫はアリアの足元までてとてと歩くと、そのまま膝に飛び乗った。

 

「どこもかしこも猫ばかり」

 

 その後も適当な雑談に花を咲かせた。

 日が落ち始めた頃で、アリアは立ち上がった。

 神妙な顔をしている。

 

「ではお嬢様、最後に言うことが」

「――何ですの?」

 

 やはり何か重要なことがと構えたオフィーリアに対し、アリアは振り返って背を見せた。

 そこには、焼き立てがぶら下がっていた。

 

「取ってもらえますか?」

「……ええ」

 

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