TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
祭りの警備により、兵士が出払った王城は
場内の静けさは、外の賑わいの様子が音で分かる程だった。
そんな中、王の間にてアデレードに面会を求めた者がいた。以前の発言通り、また相見えることになった老騎士。王国の盾という二つ名を得るほどの騎士である。
片膝をついて、要求を口にした老騎士に、アデレードは顔を強張らせた。
「……それは、本気で言っているのか?」
老騎士は、落ち着いた様子で答えた。
「エリオット様の名声が高まった今こそが絶好の機会かと」
「お前の要求とそれが、何の関係があると言うのか」
警戒をあらわにするアデレードの側には、護衛の騎士が五人。対する老騎士の後ろにも五人の騎士。老騎士の連れている騎士は、どれもが国の中でも名のしれた騎士だった。
老騎士は立ち上がると、重々しく口を開いた。
「城内にいても分かるほどに、今の王都は活気に溢れております。それだけエリオット様が受け入れられているということの証左です。――今貴方が王位を退けば、民衆の支持は回復するでしょう」
あまりにも短絡的な提案に、アデレードは思わず目を丸くした。飲まれてはいけないと、すぐに気を取り直すと頭を働かせた。
――真意は何だ?
探る前に、護衛の一人から耳打ちされた。
アデレードの方針が決まった。
一度腰を浮かせて座り直すと、質問を口にした。
「しかし疑問なんだが、お前は民衆の支持が回復することで喜ぶ人間なのか?」
「……王国の騎士とは、王国のために存在しております。その長となれば」
アデレードはさえぎった。
「――それで、お前はどちらを選んだんだ?」
「国を」
そう言う老騎士の目に揺らぎはなかった。
「お前の言う国とは何だ? この国のことか?」
「当然です」
「では国とは何だ? 王座か? 構造か? 民か?」
「所属だと思っております。たとえこの世から消えようとも、心に国がある限り、国民足り得る」
「まるでこの国が消えると言っているような発言だが」
アデレードは少し楽しくなってきた。誰の影響か、皮肉が自然と口に出てくる。
「なるほど、面白い発言だ。しかし、とても騎士から出る言葉とは思えんが、もしや転職でもしたのか?」
「……騎士とは国を守るものです。ひいてはか弱き民を守ることです。国の民を一人でも多く残す。その術を模索したに過ぎません」
老騎士はあくまで重苦しい雰囲気を保っていた。周りの騎士たちも同様に重苦しい。
アデレードは、そこに覚悟があることを悟った。何かしらの事を起こすつもりであると。
「その術とやらを模索した結果が、この物騒さか? とてもなごやかな面会とは言えん。――実のところ、お前は何の要求をしているんだ?」
「貴方の命は必ずお守りします」
「ここまで噛み合わない話もそうないぞ」
「思想の違いが濃く出た結果でしょう」
分かり合える気がしない。アデレードはそう考えるも、何か見落としているような気もした。少なくともこの場においては、聞いておいた方が良い。
アデレードは気掛かりを口にした。
「……あの子が、王足り得ると?」
老騎士はすぐに首を振った。
「その問いに意味はありません。どうであれ関係がないのです」
「何が言いたい?」
「たとえ民を切り捨てても国を守ろうとする貴方と、国民そのものを守ろうとする我々の違い。そこが決定的であると」
「それで反逆か? 失敗すれば名誉は失墜するぞ」
老騎士はようやく笑みを見せた。
「名誉など、とうの昔に歯牙にもかけておりません」
「それが何故、国を売り渡す行為に手を貸すことになる?」
「国の全てが、潰れるより良いではありませんか。我々は負け方を考えなけれなりません。国を守る騎士が減り、民は傷つき、荒廃する。荒廃すれば買い叩かれますが、無事のまま売り渡せば高値で売れます。値の影響を受けるのは国民に他なりません」
アデレードは老騎士の言いたいことを理解してきた。
理屈は分かる。それを実行するために覚悟がいることも分かる。
だが、受け入れられることではなかった。
「……それがお前の愛国心の発露か。たとえ国を売り渡してでも民を守るというのはそういう意味か」
「はい。戦って勝てないのであれば、失う前に負けることで残します」
「その時には国民ではなくなるがな」
「私の考えは違います。所属とは心が決めることです。この国を愛する気持ちさえあれば、それを懐かしむ心さえあれば、その者はこの国の国民でいられます。私が守ろうとする国民とは、その意識を持てる人間を多く残すということなのです。もちろん私もこの国の国民として死ぬつもりでございます」
守るものの違いが、ここまでのすれ違いを起こしていた。
「――ですから、貴方を守るという言葉に虚偽はありません。貴方の存在は充分に象徴足り得る。いや、貴方以上はいないと言ってもいい」
嘘は言っていないと思ったアデレードではあったが、腑に落ちないこともあった。どうしても『何故、今になってなのか?』という想いが拭えない。
「それで、あの子はどうなる? お前の論理では、王座は空であるべきだろう」
「……内側を食い荒らされ過ぎましたな。これでは戦争などロクに出来たものではありません。我々の目標は守り切ることです。つまり、長期戦になっても戦い続けることが出来る基盤が必要なのです。しかしそれはもうない。どこかの領で反乱が起こり、同調する領が現れればどうなるでしょう。国の騎士が帝国と争うために出払っている最中に、どうやって反乱を抑えると言うのでしょう。我々はもう負けているのです。……前王の時にですが」
老騎士は敬意を表に出した。
「貴方はこの国を延命させてみせた。奇跡的といえる行いだと思います。しかし、これ以上の延命は逆効果となってしまいます。この国が一番強く見える時は、今この時です。――ご理解いただけないでしょうか」
アデレードは自身の答えを口にした。
「国よりも大事なものがあると言ったらどうだ?」
その言葉を受け、老騎士は少し考えた。
答えにはすぐに辿り着いた。
「……王である前に、母親であったということですか?」
「ああ、その通りだ」
老騎士は、深く息を吐いた。
「……であれば、実力行使といきましょう。悪名も何もかも我々が背負います。全てに殉ずる覚悟も、全てを捨てる覚悟もございます。――その上で、貴方の命だけは守ってみせます。この国の民にはそれが必要なのです」
強い瞳だった。本気であることに、今更疑いようはない。
――ここまでか。
アデレードが言葉を諦めた時、横の護衛が咳払いをした。一見すれば無作法。だがそれは合図であった。
アデレードの笑みを浮かべた。
「しかし、あれだけ会話自体を避けてきたというのに、今ここに来て随分と長話したとは思わないか?」
「最後だと思いましたので」
「そうか。その鈍感さに感謝するぞ」
「何を――」
玉座の付近の天井から、複数の人間が降りてきた。仮面を被った黒装束の者たち。兵数が逆転した。
「さて、これで数は倍にはなったな」
「……優秀な協力者を手に入れたのですね。それをもっと数年早くやれるようになっていれば、まだやりようがあったでしょうに」
老騎士に動じた様子はない。
戦闘になれば勝てるという自信が明らかに見て取れた。
当然、アデレードも察している。
「まあ、最後にお前の考えが分かって良かったよ。――正直、悪くはなかった。だが我は意地で生き、意地で動いている。この身、この魂全て、あの人の忘れ形見のために全てを賭けられる」
「……一応聞きますが、この場を切り抜けられると? ここにいる騎士を知らないわけでもないでしょう」
「ああ、知っているとも。だがそもそもの話、この状況になった以上は他に選択肢はない。対策だって事前に用意していないわけもない。後は上手くいく方に全てを賭けるだけさ」
アデレードは自嘲気味に笑った。
「いつだって時間が欲しかったからな。手に入れ方はよく考えたものさ」
「それは難儀でしたな」
あれほど不愉快に思っていた相手がここに来て旧友のように感じられる。互いにそんな感覚になった。
「一応言っておきますが、我々が受けた注文は貴方の命を害すことです。――もちろん、依頼主はあの売国奴です」
「まあそれ以外にはないだろうな」
「我々は国という入れ物を手放す代わりに、国の中身を守ってみせます。――では、よろしいでしょうか?」
「許可などいらんだろう」
「そうでしたな」
「それに、とっておきも来たようだ」
天井から、さらに一人降りてきた。
桃色髪が跳ねる。
「ふう、食べてすぐ走ると横腹が」
横腹を押さえたアリアは、老騎士を見ると笑みを浮かべた。
「久しぶり」
「……お前か」
「いやあ、急いだ甲斐があった。実は斬り合いなんてものに大して興味はないんだけど、相手によるんだよね」
余裕を表に出すアリア。同時に不穏な気配もあり、特異な緊張が場に走った。
「加減しないとすぐに終わる相手だと、作業感が強くていけない。煽るくらいにしか楽しみがないと途中でダレちゃう」
軽いアリアに、重苦しい老騎士。
空気が張り詰める。
「……見抜けていないとでも? 実力を隠しているつもりだろうが、所作の機微に出ている。奇襲の手は、もう通じることはない」
「いいね、その感じ。――前もそうだったら良かったのに」
アリアが顎で合図をすると周囲の黒装束の者たちが散り、老騎士の周りの騎士に襲いかかった。老騎士と騎士との距離が離れると、黒装束の者たちが襲うのを止めた。
意図することは明らかだった。
老騎士は、騎士たちをちらりと見た。
「なるほど。――乗ってやろう」
その言葉により、さらなる空間が生まれる。
一対一の真剣勝負。
アデレードはその背に声を掛けた。
「――アリア、死ぬなよ」
「ええ、まだ食べてない名物料理があるので」
アリアは剣を抜いた。
老騎士は背中の大剣を抜き、構えた。
「へえ――」
アリアは老騎士の構えを見て、少し嬉しそうにした。
「……どうした?」
「――中々やる。今までで一番か、二番か。そのくらい」
「分かるのか」
「さてね」
老騎士に、剣先を突きつけるアリア。
剣がゆらりと揺れると、アリアの気配も揺らいだ。
探るような、見定めるような揺らぎ。止まると、揺らぎが収束し、甲高い音が鳴った。
「っ――」
アデレードから見たその一瞬は、まるで両者の間の空間が収縮したかのようだった。
アデレードがアリアの戦闘を見るのは、これが初めてだった。色々と腕が立つことは知ってはいたものの、自分の認識が正しくなかったことを知った。周りの人間を上手く使ったり、環境を利用したり、相手の癖などを上手く見抜けるからなどと考えていた。その考えは半分だけ正しかった。残りの半分はただの力押しだった。
しかしその動きは洗練されており、軽やかで鋭かった。
「ここまでとは――」
一突きが、針のように鋭く、素早い。引きの動作に隙が無く、反撃を許さない。
老騎士は手を出せず、アリアが一方的に攻め立てる形になった。
とはいえ、老騎士も危なげなくその突きを捌き続けていた。
アリアは動きを止めると、相手を褒めた。
「うん、動きがよく練られている」
受けに次の動作が用意されているために、崩す隙が見つからなかった。
老騎士の装備は重装備といえた。文字通りの重たい鎧を着ているというよりは、多少は動きやすさも考えられたものだったが、年齢を加味すると充分に重いものとなる。また手にするのは大剣であり、細かな連続の突きを捌くのは相当な練度が必要だった。
そういった弱点を鑑みて突きを選んだアリアだったが、それだけでは不足があることを理解した。
「訓練だけではその体捌きは身に付かない。――余程、実戦を踏んだらしい」
その言葉に、老騎士が反応した。
「……とことん奇妙なやつだ。いや異質と言うべきか? その年で分かるはずがないことを分かっている。一体どういうわけだ?」
「気になるなら聞いてみるといい。聞き方が良ければ、答えられる」
つまるところ、剣で聞いてみろとアリアは言った。
老騎士は、床を大きく踏み鳴らした。
床から振動が広がる。
「――参る」
鈍く細かい音が鎧から鳴り、同時に空気が擦れる音がする。
踏み込みに合わせて、大剣が浮き上がる。
空間を割るような振り下ろし。
間合いから出るように退がって避けたアリア、――を老騎士は想定通りと、更に大きく踏み込み、身体を捻じ曲げ、下から斜めに薙ぎ払う。
「っぉと――」
薙ぎ払いを避けたアリアは、動きかけていた身体を急停止させた。
「あぶな」
アリアは作られた隙を察知した。
空振りに仕込まれた罠に飛び込むところだった。
だがアリアも経験を積んでおり、相手の心理が分かっていた。
罠にかからなかったと、老騎士が知覚したその時。一度思考が止まる瞬間を狙って、アリアは一気に距離を縮めた。そのまま細かく突き払うような斬撃を繰り出し、動きを封じ込める。老騎士の鎧からすると、さほど脅威ではない引っ掻く程度の斬撃。しかし、その剣には死がまとわりついていた。
老騎士は、鬱陶しいと思うも、迂闊に手を出せば罠にかかることを察した。だが罠にかかることを厭わなかった。老騎士は後ろに下がると、大剣を力強く横に払った。大剣が荒い風音を立てると、アリアの細い剣は風に押しのけられたように後ろに揺らいだ。
アリアはすぐに狙いを悟った。
――痛み分け狙いか。
アリアは相手の装備が理想的であることを知った。素早い剣だとあの鎧を突破出来ないが、素早さを捨てて突破しようとすると大剣の大振りを合わせられる。割に合わない取引である。
どうしようかと考えたアリアに、余裕を与えないとばかりに老騎士の一振りが迫った。
その振りは、大剣の先を上手く利用した細かな振りだった。大剣の先で小さく斬ったかと思えば、身体を前進させることで、小さく突く。
模範的な動きではない、実戦的な動き。
急な動きの変化に目が慣れず、アリアは反応が遅れた。
遅れの分、不利な攻防になった。
いつどこで大振りの動作が起こるか分からないと、アリアは注意を散らしながら受けた。普段であれば、身体の動かし方や位置取り等で誤魔化せるところが、その誤魔化しを潰すように老騎士が動くために、アリアは不利を覆せなかった。
前に行こうとする動作も、下がろうとする動作にも、弾く動作にも、虚実を交ぜてみるが、老騎士は引っかからなかった。
――にゃろ。
アリアは危険を冒すことを迫られた。
決めるやいなや、即座に行動に移した。
力任せに老騎士の剣を流し、前に出る。当然待ち受けているであろう罠を、相手の身体の動きの起こりを見て推測しようとした。
老騎士の上半身は衝撃を受けて揺らいでいるが、下半身はしっかりとしていた。
アリアの予測は、体当たり。
老騎士の肩が前面に出るのが見え、アリアは予測を確信に変えた。
――途中で下がって、迎え撃つ。
必殺の一振り。身を前に出すという愚行を咎める――と、剣を振り始めたアリアだったが、老騎士の前進は途中で止まった。
剣が空振る。
「っ」
アリアは、読み違えに気付いた。
自身と同程度の相手と、駆け引きを積んできたかどうかの経験の差だった。
老騎士の罠は、相手が読み切ることを念頭に置いたものだった。通常なら隙だらけでも、駆け引きで上回れば、必殺の罠になった。
アリアは読み違えたことに気付くやいなや、避け切ることを諦め、姿勢を低くした。同時に剣を盾のように横にすることで、被害を抑えようとした。
すぐに強い斬撃がアリアを襲い、身体ごと吹っ飛んだ。最中、アリアは接地時に地面を手で押すことで、素早く立ち上がった。即座に体勢を整えることで、追撃を許さなかった。
アリアは、衝撃を直に受けた右手を振って、状態を確認した。
手には異常はなかった。
そのまま、空いた手を目の下の辺りにやると、親指で拭った。
「――血を流したのは随分と久しぶりな気がする」
その親指には赤々とした血が付着していた。
人差し指で擦り合わせると、口元に持っていき、砂糖のように舐め取った。
「楽しくなってきた」
妖気交じりの愉悦。
老騎士は息を呑んだ。