TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第63話 何かその場のノリで順番待ちになったアリア

 アリアの纏う雰囲気が変わる。

 身が引き締まるような寒々とした夜の冷気。

 霜がゆっくりと降りていく。

 

「しかし、よく似た剣。仕込んでるものが特にそう。――いや、戦術というべきか」

 

 と、薄笑いのアリア。

 老騎士は否定しなかった。

 

「……その歳でたどり着けるはずがない領域だが」

「誰もが同じ速さで同じ道を歩くならそうなる。でも、魂を刀に打ち付けるような毎日を過ごせば、鍛えられ方も変わってくる」

 

 極まった生存競争。大自然の中で剥き出しになった生命が勝ち残る。そんな経験をすれば、並の修練をはるかに超えた結果も出る。

 

「やっぱり言葉だけじゃ説明しきれない領域ってのは、実際に体験でもって伝えるしかない」

 

 アリアの剣戟の属性が変わる。

 空間を縫い止めるような突きが、ぬっと入り込んでくるような突きに。

 規則正しく鳴り響いた音も、不規則で鈍い音に変わった。

 引っ掻くような剣かと思えば、次は撫でるような剣に変わり、身体に纏わりつく。何とか対応しようとした老騎士だったが、その機微を悟られ、元の規則的な鋭い突きに戻る。

 

「ぐっ」

 

 その変化と緩急に、老騎士は少しずつ後退させられた。

 老騎士の基本戦術は後の先にあった。長年掛けて練り上げた戦術で、相手の攻撃を意図した箇所に誘うことにより、不可避に近い反撃を実現させた。その誘導技術は、身体の向きや間まで計算されており、初見で対応するのは極めて困難だった。

 が、今はその起点自体が作れていない。

 アリアの変則的な攻撃は、老騎士の罠を発動すらさせなかった。

 虚実入り交じり、起伏激しい緩急。老騎士は挽回のための切り口を掴めないまま、受け続ける羽目になった。このままでは息が持たない。思いが、口から出た。

 

「何故今頃になってっ」

 

 その言葉にアリアは動きを止めた。

 

「その腕、頭のキレ、――もしこの国に天運があったのであれば、お前は十年早く現れていたはずだ。喰われていく国の侵食を抑え、攻勢に移ることだって叶っただろう。儂では、国が倒れないためにすることだけで精一杯だった。政治はどうにもならなかったが、敵から警戒され続けるくらいには騎士団の力を保つことは出来た。だが、そこまでが限界だった」

 

 剣を持つ老騎士の手がぐっと強くなる。

 

「政治では敵わんと、権力闘争に巻き込まれないために、騎士は民のために存在すると大義をすり替えた。だが、そのために身動きが取れなくなってしまった」

 

 急な話にアリアは困惑した。

 

「ええっと、何が言いたいわけ……?」

 

 老騎士はもう一度同じことを言った。

 

「――何故、今頃になって現れた」

「そう言われても」

「夢を見せ、希望を抱かせて、民を巻き添えにして国を滅亡させるのか?」

 

 老騎士は、険しく苦しい顔をした。

 

「……この状況下で、帝国と防衛戦など、どうやってする? 各地の領主の半数以上は、既に宰相側についているのだぞ。国境に向かうことすら出来ん。それとも王都に張り付き続ける以外に、王を守る術があるとでも言うのか?」

 

 アリアの発想は自由だった。

 

「単純に、守るもの全部連れていけばいいんじゃない? 空になった場所に価値なんてないし。後は、長期戦にならないように、短期決戦で相手を壊滅させればいい。何度だってね」

 

 老騎士の表情は芳しくない。

 

「理想が過ぎるとは思わんのか」

「理想が過ぎれば、空想になるかもしれない。でも現実を見てるだけじゃ、理想は現実にならない」

 

 アリアは、老騎士に剣先を向けた。

 

「理想的な現実に、引きずりこんであげよう」

「儂に勝ったところで何になる。勝負は全体でやるものだ。……その際の敗北を考えないのか?」

「考えるも考えないも、負けた時はこの国から戦士がごっそり消えるだけだよ。正直、他人の人生まで背負うつもりなんてまるでない。どれだけ非難されようが知ったことじゃない。責任を他人に背負わせるやつなんて、守ろうとはとても思えないね。――究極的には、自分の人生の責任は自分で負わなければならない。――そうだろ?」

 

 老騎士は深く息を吐いた。

 

「……背負い過ぎたと言いたいわけか」

「身動きが取れなくなるほどにね」

「なるほど、そうか。……いや、そんなものか」

 

 老騎士から柔らかい笑みが出た。

 

「己が何者であるかを忘れていたよ。ただの戦士、役職が騎士であるだけだった」

 

 老騎士は構えを取った。しなやかな構えだった。

 

「礼を言おう」

「どうも」

 

 言葉とは反対に、両者とも戦意を強めた。

 

「……歳とはいえ、少しの間だけならば、破邪の盾としてあり続けられる」

「短い時間なら、動けるってわけね」

 

 老騎士は、戦士としての獰猛な笑みで答えた。

 重責が抜け、ただの一人の戦士となった。肩書も何もない。鍛えた肉体に、磨いた技術。その奥にある戦士としての魂。それらをただぶつけ合うだけ。

 剣を向け合えば、それ以外はもういらない。

 

「気が軽くなれば、身も軽くなるらしい――」

 

 老騎士は、いつの頃からか、自分の名前を使うことが少なくなっていた。歳を重ねるに連れ、肩書や役職で呼ばれるようになり、自身でもそれを当然のものだと受け入れた。それが青年アラスターの動きを固くさせ、皺を刻んだ。だが、見返りとして、『盾』の名を冠するほどの騎士にはなった。 

 だが、若い頃の彼の剣は、非常に攻撃的な剣だった。

 昔にかえったアラスターは、当然のように前に駆けて、大剣を振るった。

 大剣から、空気を巻き取るような音が鳴る。

 受け流すことは出来ない。そう思って避けたアリアだったが、気掛かりがあった。

 

 ――何か変。

 

 答えを探る前に、次の一振りがやってくる。

 避けられない速さではなかった。

 アリアは後ろに退いて避けた。

 手は出せない。相手は究極的な後の先。手を出せばやられる。が、手を出さなければ引き分けにはなる。

 

「――まだまだいくぞ!」

 

 後の先を警戒しているアリアをいいことに、アラスターは剣を存分に振り回した。危険を恐れない剣。振るうアラスターに恐れはなく、代わりに高揚感があった。そして自身で驚いた。完成したと思っていた剣術が、今また進化した。

 

「まだまだ!」

 

 アリアはわずかに眉を寄せた。

 一見、隙だらけのめちゃくちゃな振り回しに見えても、手を出せば痛い目を見る。

 

 ――滅茶苦茶なんだけど。

 

 並の戦士ならば、そもそも打ち合いで勝負が決まる。優れた戦士であれば、隙に手を出して罠にはまる。傑出した戦士であれば、罠を予期するがゆえに手が出せなくなる。罠の有無はもはや関係がなくなる。もし見抜けなければ、致命傷に繋がるために攻撃に移れない。

 全てを分かった上で、アラスターは打ち込んで来いとばかりに、さらに大きく振ってみせた。

 隙だらけの前進、隙だらけの大振り。

 それらを何とか我慢したアリアに、挑発が飛ぶ。

 

「どうした!? 守ってばかりでは勝てんぞ!」

 

 その類に対して三下のチンピラより耐性がないアリアだったが、頑張って手を出さなかった。

 

「あー、しんど。年甲斐もなくはしゃいでさ」

 

 でも口は出した。

 実際、アリアは言葉通りにしんどい状況にあった。

 作られたのかそうじゃないのか分からない隙に対して、思わず反応する身体を押し留めている。おかげで危険を避けられているが、代償として中々手が出せない。

 

「攻撃は最大の防御って言うけど、逆もあるとは」

 

 とはいえ、焦りはなかった。

 手を決めると、アリアは浅く斬り込んだ。

 とても届かない離れた距離で、剣が空振る。

 アラスターが反応をしたの確かめて、もう一度行った。

 

「えいっ」

 

 何にも繋がらないような振り。

 避ける。弾く。受け流す。これらの度に繰り返した。

 その内、アラスターの動きが止まった。

 

「中々耐えるな……」

 

 アラスターは息を整えようとした。肩が上下し、荒い息を吐いている。

 その様子に、アリアは確信した。

 

 ――勝った。 

 

 人の体力は無尽蔵ではない。気力で動かすといっても、限界はある。若い頃を思い出したからって、現実、身体が若くなるわけではない。

 アリアの浅く斬り込む無意味な動作も、相手を反応させるためだけのもので、疲労度の確認が目的だった。

 そして、もう必要ない。

 

「――体力は戻りそう?」

 

 その言葉を受け、アラスターの時が止まった。すぐに悟った。

 

「……そういうこと、か」

「息を整えたら再開しようか。――続けられなくなるまでね」

 

 残酷な言葉だった。

 けれどもアラスターは勝利を諦めなかった。勝ち筋を探った。答えはすぐに出た。『体力が一番残っている今に、何とか攻めきってしまう』それ以外になかった。

 アラスターは、無理に踏み込んだ。

 全てを振り払うかのような大振り。――に対して、アリアは避けずに真っ向から打ち合った。

 驚愕するアラスター。

 高い音が鳴り、大きく力負けした大剣が宙を泳ぐ。

 アラスターは、体力以上に膂力が落ちていたことに気付かされた。またそれを気付かせないように、相手が調整していたことも。

 アラスターは膝をついた。

 

「……歳か」

「まさか」

 

 アリアは肩をすくめた。

 

「この対応に対する対応を、用意していなかったからじゃない?」

 

 アラスターは、苦笑して肯定した。

 失った戦意に沿って、腰を床に降ろした。

 

「その通りだ。負け自体は何度かは経験してきたが、まさかこの歳になって、ここまで清々しく負けることになるとは思わなかった」

「伸びしろ?」

「とすれば、お主はどこまで伸びるのやら」

「もう伸びないと思ってる。知らないことや面白そうなことを補完することは出来ても、肝心の芯の部分はもう変わらないかな」

「達観し過ぎだ。その歳でそれだけの腕ならば、たとえ壁に当たっても数十年続ければ殻を破れるのではないか?」

「自分のようにって?」

「ああ。儂は三十歳で一度止まり、そこから二十年かかって殻を破った。破った時は、今更かとも思いはしたが、これが中々どうして悪い気分にはならなかった。まさかそれが、今ここでもあるとは思いもしなかったがな。……しかし、やはりお前は、後十年早く出てくるべきだったな」

 

 アラスターは諦めの混じった声色で続けた。

 

「……今から立て直せると仮定しても、どうしても数年はかかる。これがどうしても変わらない。各地は権力を餌に争わされてバラバラだ。前王の時に中央が持つべき権益を流し過ぎている。……まあ、地方を見捨ててでも中央に居座らねばならなかった騎士団の長が何を言うかと思うかもしれんが、我々は中央を武力でもって監視することでベネディクトを動きづらくさせることが目的だった」

 

 アデレードは、今こそが好機であるとばかりに口を挟んだ。

 

「今からでも遅くない。――協力しろ」

 

 アラスターは目を伏せた。少し間を置くと立ち上がり、佇まいを正した。

 

「戦士として負けた以上は、そのつもりです。しかし、負け戦になるでしょう」

「何故、そう思う?」

 

 アデレードは軍事の専門家の意見を聞きたかった。

 

「……不思議な質問ですな。陛下が一番分かっておられるでしょうに」

「いいから言ってみろ」

「まず、我々に入ってくる情報は意図的に操作されております。これは対策を立てるかどうか以前の問題です。まずは裏から膿を出していく必要がありますが、この手の仕事をやれる駒をこの短期間に用意するのは不可能に近いかと」

「まぁ、普通はそうだな」

 

 ちょっと言いよどむアデレードに気掛かりを覚えつつも、アラスターは続けた。

 

「もちろん、それだけではありません。単純な武力としても、本格的に帝国とやるとなれば我々の騎士団だけでは不足があります。一時的に徴兵して数は誤魔化せても、戦闘経験の有無や、即席の練兵では限界があります。なにより、指揮官だけは急ごしらえというわけにはいきません」

「まぁ、普通はそうだな」

 

 どこかの領に豊富な戦闘経験がある民がいたり、戦闘経験豊富な騎士たちが既に手駒にあるなんてことはそうそうない。

 勝つ負けるではなく、どうやって戦い続けることが出来るか。アラスターの思考の基盤はそこにある。

 

「兵糧、輸送路。それは各地の協力が必要です。しかし、陛下は貴族たちを信用出来ますか? また、派閥争いで互いを信用出来なくなった貴族たちの仲を、どう取り持とうというのでしょうか? 実のところ、この折衝が一番難しいと思っております。中央には釣れる餌すら残っておらず、武力で従わせるには不足があります」

「まぁ、普通はそうかもしれんな」

 

 神妙な顔をする二人だったが、方向性は真逆だった。

 

「負けたからには従います。しかしながら、諸問題に対してどうするつもりなのか、そのお考えをお聞かせ頂きたい」

 

 覚悟を決めたようなアラスターに、アデレードは言い淀んだ。

 

「……たしかに、情報の入り方には格差があるようだな」

「ええ」

 

 アラスターは当然とばかりに肯定した。

 アデレードはなんか不憫になってきた。

 

「……その、例えばの話だが、それらの問題が何かよく分からないが急に解決したとすればどうだ?」

「悲しい妄想です。その慰めに意味があるとは思えません」

「じゃあこう言おう。私は今、お前を不憫に思っている」

「……はて?」

「お前たちが協力するとあれば、話そう――」

 

 アデレードは現在の実情を語った。

 アラスターは何も理解出来なかったように固まった。まるで他言語を聞いたような様子だった。周りの騎士たちも、同様だった。

 アデレードは手を組むと、深く腰をかけた。

 

「最後に必要だったのが、お前たちだった。――そう言えば分かりやすいか?」

「……現実逃避は、止めるべきでしょう」

「今でも朝起きると、もしかしたら妄想だったんじゃないかと思う時があるが、今話したことこそが現実だ。理想を超えた現実というのは、かえって怖く感じるらしい」

「いや、しかしそのような……」

 

 にわかには信じがたいことに、戸惑いの声が出た。

 人間というのは信じたいものを信じるが、悲観的なものばかりを信じようとする。都合が良過ぎると警戒し、都合が悪いといつも通りだと安心する。

 おおよそ、リリアナ神が降臨したせいだった。

 

「まあとにかく、これからは協力しようじゃないか」

 

 事も終わり、空気が弛緩し始めた頃、外が騒がしくなった。

 ざわめきの後、アラスターが開かないように厳命したはずの王の間の扉が開いた。

 入って来た人物を見て、アラスターは息を呑んだ。

 

「お前は、ヴェイルモント……。何故ここに――」

 

 中に足を踏み入れたヴェイルモントは、辺りを見回した後、アラスターに視線をやった。

 

「どうやら想定とは違うようだが」

「……我々が、腹の中を明かしたとでも?」

「ああ、そういうことか。しかし、それはお互い様だ。求める結果は一つ。この状況でも何も変わらない」

 

 察したアラスターは、ヴェイルモントに向けて剣を構えた。

 敵意を向けられたヴェイルモントは、少し嬉しそうにした。

 

「伝わったようで何よりだ。だが、周りの察しの悪い連中にも教えてやらねばなるまい。我らの目的は、生き残った方を斬ることだ。双方生き残ったのであれば、どちらも斬る。――簡単だろう?」

「そう上手くいくとでも?」

 

 アラスターから気迫があふれる。

 

「ほう、さすがは『王国の盾』だ。しかし十年以上前にやりたかった」

 

 アラスターはわずかに振り返った。アデレードを見るようだったが、視線はアリアに向いていた。

 すぐに向き直ると、重々しく言った。

 

「……お前の評判は聞いている。しかし、ここには複数の優れた戦士がいる。剣筋が見られることくらいは覚悟するといい」

「ほう、複数で囲まずに周りに観察させるのか。馬鹿らしいほどの騎士道精神だな。――だが、それでこそだ。やはり惜しい。全盛期にやりたかった」

 

 言い終わると、ヴェイルモントは背中の長剣を抜いた。

 

「俺が世界最強を名乗った時、敗北が許されないという重圧よりも、数多くの強者が自分に向かってくることに心を躍らせた。老衰する前には負けたいと願いつつ、その輝かしい瞬間のために鍛錬を積み重ねる。これほど楽しい遊びはないぞ」

 

 ヴェイルモントは言葉通り、楽しそうな笑みを浮かべた。

 構えを見ただけで、アラスターは悟った。

 

 ――ここが死に場所か。

 

 アラスターは覚悟を決めた。

 協力すると決まってすぐに退場することになるとは思わなかったが、可能性がある以上はそこに全てを懸けることが出来た。後の勝率を上げるために、命を対価に支払ってでも情報を引き出してみせる。身体を動かす原動力は、献身だった。

 

「――参る」

 

 アラスターは踏み込んだ。

 これが最期。悔いなきように。

 邪を払わんと。

 全てを懸けて。

 

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