TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
ソルグレンという領地に、ルキウスという男が滞在していた。
彼は領主の城の一番豪奢な客間で、ふんぞり返るようにしてソファに腰掛けている。
眉間にはシワが寄っており、憤りを発散するように机を叩いた。
「何故、この俺がっ――」
室内にいたメイドがびくりと反応した。しかし、視線をやらずに無言を保っている。
腫れ物の扱いである。
無理もなかった。
彼の地位は帝国第三王子。次期皇帝の継承権を持つ男である。あまりにも身分が高過ぎた。加えてその性格は短気であった。
金糸の髪に、鋭利な目。猛禽類のような印象だが、全体的には整った容姿。なれど人気はあまりない。
代わりに、媚びを売る者は多くいた。しかし彼には、近付いてくる人間の区別がつかなかった。生まれてこの方そういう人間しか周りにいなかったために、他人とはそういうものであると思っている。
ということもあり、おべっかばかりを受けた結果、性格は尊大になり、他人には不寛容になった。元々の性質もあるが、状況や環境の影響も大きい。
そんな彼は焦っていた。
皇帝になる権利とは、その功績によって勝ち取ることが出来る。それが帝国のルールだった。
『貴方は皇帝の器である』と、幼い頃から母に聞かされてきたルキウスは、己の資質を疑うことはなかった。
また、彼の競争相手には兄二人がいた。
競争する三人の兄弟は、皇帝になるという野望を持ったがために、血を流しながらも競って功績を上げようとした。
そんな血を血で洗うような争いに対し、一番初めに行動に移したのがルキウスだった。困難だとされていた戦地におもむき解決を図った。だがその性格が邪魔をして、あれやこれやと口を出した影響で戦況を悪化させてしまった。結果、戦費を増大させた不手際で中央に戻されることになった。
また、評判の悪化も懸念だった。しかし懸念よりも状況は悪く、ルキウスの後釜として長兄が座り、すぐに戦況を好転させて良い条件で戦争を終わらせてしまった。これにより長兄の評価は大きく上がり、比較されたルキウスの評価は大きく落ちた。
彼は、強い意志をもって挽回を図っている。何としてもこの地で功績を得て、評判を盛り返そうとしていた。
「くそっ! こんな僻地であんな国に手を拱いているようでは、また先を越されてしまう!」
ルキウスはまた机を叩いた。その衝撃に、ティーカップが跳ね上がり床に落ちる。
ルキウスの中で、焦りが積もり続けている。力攻めだけで何とかなると思っていたら上手くいかなかった。これが前回の失敗経験だった。だから今回は謀略を使って功を得ようとしたが、最近どうにも上手くいかない。何故こうも上手くいかないのか。その想いが日に日に心を蝕み、神経質になっていた。
ふと、床に放置されたティーカップが目に入った。
「――何をしてる! 早く片付けろ!」
「は、はい!」
怖気づいて近づけなかったメイドが急いで片付けを始めた。メイドは、顔をあわさないように懸命に下を向いている。
ルキウスにも、メイドが何故そうしているのかくらい分かっていた。だがその上で、その臆病さが気に入らなかった。まるで、己が短慮で理由なく人を罰すると思われているようではないかと、腹立たしかった。
「どうして俺の周りにはこう使えんやつばかりが集まるのだ!」
己は公正であり、理由なく罰することはしない。そう思っている。
今まで罰した人間がそれなりにいたのも、そいつらが桁外れに無能であったがためであり、またその上で失態を犯したからである。
なお、ルキウスが滞在しているソルグレンという領というのは、アリアの故郷に攻め入った領である。そこは帝国から見ると最東に位置する場所で、当人からすれば僻地であり田舎であった。
部屋の扉が開き、ソルグレンの領主がやってくる。
「ルキウス様、実はその――」
気まずそうな様子。ルキウスは察した。己に失敗を告げるやつの雰囲気を知り尽くしている。
「早く言え」
「はい。ベネディクトがリスリア領までやってきております」
「ベネディクト? 誰だそいつは?」
「総督にする予定だった男です」
「ああ、そういうやつか。そいつがどうした」
「……計画失敗とのことで、身柄を早くソルグレンまで送ってほしいとのことですが」
「――待て、意味が分からん。それは命乞いか?」
「いえ、その、政治的利用価値がありますので、命乞いというよりは……」
「御託はいらん。死にたくないやつの言い訳はいつもそうだ。己の利用価値を述べた後は、失態の理由が他人にあると主張する。聞いてられん」
ルキウスは顔を背けた。
領主は、いっそうばつが悪そうに言葉を出した。
「その、放置すれば、今回の件は失敗に終わる可能性も……」
「――何?」
ルキウスの目が鋭くなる。
「何故失敗する? それよりも、分かっているのならば何故早く手を打たない? その男の身柄をさっさと確保すればいいではないか。そんなことにすら俺の判断を仰ぐ必要があるのか?」
「……事は重大です。リスリアに敵兵が湧いて出ました」
リスリアとはアリアの故郷の地。帝国からすれば、半ば占領したはずの地である。兵が湧いて出るような要素はないはずである。
ルキウスの眉間の皺がさらに濃くなった。吐き出す言葉には、抑えきれていない怒りが乗った。
「……ふざけているのであれば、罰が必要だな」
「とんでもありません。本当に観測していなかった所から兵が現れたのです。そしてその兵たちはリスリア領の残党どもと協調しようとしております。ベネディクトの身柄は敵に渡らせていませんが、いつ戦闘になるか分からないような状態です」
「では戦えばいいではないか。普段から己の兵の屈強さを誇っていたのはお前だろう。戦えば必ず勝つのではなかったのか?」
「……その、純粋な戦闘ではないのです。ベネディクトの身がどこにあるか露呈すれば、そこに敵兵が殺到します。向こうの勝利条件は身柄を奪うことだけなのです」
「杜撰な言い訳だな。奪わせなければいいことを、どうしてそんな言い訳をする?」
領主は難しい顔をした。
内心では色々言ってしまいたいことがあるが、それを言うと間違いなく罰せられることが分かっているために、我慢するしかない。必ず勝つなんて発言は、事実ではなく意思表示であることくらい知っておいて欲しかった。
他人の意見を聞けることが優れた人間だと、取り入ろうとした誰かが教えたために、ルキウスという男は人の意見を聞こうとする。だがそれは形式だけであって、結局のところは、自身が気に入った意見しか通さない。人の意見を聞けない王子であると噂されるのを嫌っているだけである。
動機は己にしかない。
寛容であると思われたいがために、聞こえの良いことを言う。さらには聞こえの悪いことを批判し、是正させようとする。しかしそれは口だけであり、実際の行動は非寛容的であり身勝手な正義を他人に押し付ける。
ソルグレンの領主は、己の将来がこの皇子にかかっていることに不運を感じずにはいられなかった。
「……失礼ながら、王子が何をお求めなのかをお聞かせくださいませんか?」
「何を言っている? ――成功、それ以外にあるのか? よもやお前はこの件を道楽でやっているのか? だから失態を犯すのか? 俺がどこまで見逃し続けるのかと、試しているのではあるまいな?」
「とんでもございません! 私がお聞きしたいのは、どのような成功を、いえ成功とは何を指しているのかを我々の間で今一度共有したいだけなのです。王子が実際にこう言っていたと伝えるだけで、指示の言葉の重みが増すのです」
「……まぁ、いいだろう。必要だと言うのなら、俺も協力しよう」
ルキウスは歩み寄った。
「それでその、成功といいますと……?」
「そんなのは王国を併合すること以外にはない。そのためにお前たちの計略の成就を待ってやったのだ。だがそれも失敗だった。そういうことになったが、お前はどうするつもりだ?」
「……申し訳ございません。正直にお話しますと、謀略の類いは終盤になってからことごとく失敗してしまい、今ではもはや謀略を行うことすら不可能になりました」
「続けろ」
無機質な声色。
「こうなれば兵で以て解決するしかありません」
「ふん、結局はそうか。俺は初めからそれしかないと思っていたがな」
「気付けずに申し訳ありません」
「いやいい。お前が理解したのであればそれでいいのだ。大体、これだけ国力に差があるのだから、さっさと攻めてしまえばいいのだ。それを本国のやつらが過去を持ち出してごちゃごちゃ言うからこうなるのだ」
保身を図る領主は心にもないことを言った。
「……それは、皇子の失敗を望んでいたからかもしれません」
「何?」
嫌悪を表に出したルキウスだったが、すぐに明るくなった。
「――いや、分かったぞ。なるほど考えてみれば、そうに違いない。あいつらは兄たちの手先だったということか」
生きる道を探る領主は、感情ではなく理屈で口を動かした。
「……もしや前回の失敗というのも、ご兄弟様の手がかかっていたのではないでしょうか」
ルキウスは大きく目を見開いた。
手ごたえを感じた領主は続ける。
「皇子が中央に戻された後、戦地ではすぐに事態が好転するなど、おかしな話ではありませんか。戦場にいる兵が全て取り換えられたわけでもないのに、そんなことがあり得るでしょうか?」
「……俺の時はわざと手を抜いていたというわけか」
「可能性としては大きいかと」
ルキウスの息が、興奮で荒くなってきた。
「だからかっ、――そうだったのか! 俺を無能であるとそしったやつらは、周りにそう思わせるために工作したやつらの仲間だったわけか!」
ルキウスは立ち上がった。
「その慧眼、褒めてやる! 人は適材適所だと言う。お前には計略の才はなかったが、分析の才はある! 俺がその才を評価してやるぞ。いずれ皇帝となったあかつきには重く使ってやろう!」
「――ありがたき幸せでございます」
領主は安堵を感じ、深々と頭を下げた。
◇◆◇
王城。
リリアナは執務室にこもって、黙々と仕事をこなしていた。
――何としてもアリアちゃんと遊ぶ!
頑張っている理由と原動力の大半はそこにある。旅行とか行きたかった。連休を作るため、とんでもない勢いで仕事をしばき回している。
――あとちょっと。
終わりが見えたと、リリアナはフライング気味に溢れてくる達成感を抑えながら、手を動かしていた。
そこにアデレードが入ってきた。
「邪魔するぞ」
「女王様!」
慌てて立ち上がろうとするリリアナを、不必要だとアデレードは手で抑えた。
「頼みたいことがあってな」
「分かりました。どのようなことでしょうか?」
二つ返事で了承したリリアナだったが、話を聞いていく内に大事であることを知って、顔色を変えた。知らないうちに色々起こってた。
「……それってつまり、アリアちゃんは王都にはいないってことですか?」
「まあそうだな」
「えぇっ、そんなぁ……」
リリアナから活力が流れ出ていった。へなへなになった。
「無理をさせているのは分かっているが、今この時だけはその無理をやってもらわねばならん」
うつむいたリリアナは、足元にいた猫を抱き上げると頭を撫でた。喉を鳴らす猫に、しょんぼりとした気持ちが戻ってきた。おかげで早く終わらせることが最善であると気付けた。
「それで物流の手配をだな――」
アリアニウムを補給するため、リリアナの脳が回転し始める。自分の尻尾を追う猫くらい回った。