TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第68話 再会

 夜。

 とある家。

 蝋燭の明かりだけの暗がりの中、アリアたちは地図を前に話していた。

 

「――ここに収監されているはずだ」

 

 フェザーが地図の一点を指した。

 監獄だった。その監獄は、今回の件で急遽監獄として扱われることになったもので、領都から少し離れた街にある。危ないものは目の届くところに置いておきたいが、近いとそれはそれで怖い。そんな理由だった。

 新しく捕縛された者はそこに連れてこられ、収監される。公開処刑にするため、捕まってすぐに刑が執行されることはあまりない。

 フェザーはアリアに確認した。

 

「だがいいのか? これをやれば決定的になりかねない」

 

 アリアは淡々と返した。

 

「正直、良いか悪いかは分からない。でもやるからには上手くやる」

 

 勝算は低くはない。監獄と言っても、急ごしらえということもあって、元々は学び舎として使われていた施設を流用しており、防御力はさほど高くはない。

 とはいえ不安は大きい。成功したとしても、先の展開の予測がつかない。

 

「最優先は正義を持って帰ること。後はおまけ」

 

 フェザーは合点がいった。

 正義に必要なものは一つしかない。

 

「向こうさんには、決定的に悪役になってもらうってわけだ」

 

 横暴を働くソルグレンと、民を守ろうとする英雄エリオット。――という既成事実を作る。危険をかえりみずに民の救出に向かい交戦する。民の間では、善悪が勝手に出来上がるだろう。

 

「そんな訳で、捕らわれてる人を出来るだけ解放する。喧伝役は多い方がいい」

「分かった。――そちらさんも、それでいいか?」

 

 フェザーは視線を横にやった。

 そこには家の所有者がいた。

 現状に強い不満を持つ住民は多く、家主の男もその類である。

 

「……俺たちはずっと耐えてきた。我慢することが最善だと思っていたからだ。――不満を口にしただけで友が捕まるまでは」

 

 声には悲しみと怒りが交じっていた。

 

「正直、俺はあんたらに良い印象を抱いてるわけじゃない。あいつらよりもマシだとしか思っていない」

「それを口に出来るくらいは、ってわけだ」

「……為政者が代わるだけ、それだけだと思っていた。だが結果はそうじゃなかった。自分たちで選ぼうとする意思を放棄して良いわけがなかったんだ」

 

 軽んじられれば軽く扱われる。人ではなく、道具のように。その先の未来が明るいわけがない。

 生き残るために耐え忍ぶも、いざ生き残れないとなると行動する。人にとって生存本能というのは強力な原動力となる。

 

「決断するのが遅かった。悔いはそれだけだ」

 

 そしてもう一つ。時には生存よりも優先されるものがあった。

 家主には命を懸けてでも取り戻したいものがあった。

 

「偉いやつには俺たちが盤上の駒か何かに見えてやがるんだろう。座れと言われたら座り、立てと言われたら立つ。そんな生き物じゃねえってことを分からせてやる」

 

 強く吐き捨てるように言った。

 フェザーは同調してみせた。

 

「俺も似たようなものだ。クソ野郎にクソ喰わせるために日陰を歩くことを決めた。ジメジメとして過ごしやすいとは言えねえが、気に入らねえものを気に入らねえと言えるとこは快適だ」

 

 家主の男は共感を覚えたのか、少し緊張が緩んだように見えた。話が進む。

 

「それで、数は足りるのか? 俺のようなやつはいくらかいるだろうが、しょせんは素人だ。どうやって警備を破るつもりなのか聞かせてほしい」

 

 その問いは、アリアが答えた。

 

「いい感じに侵入して、捕まってる人たちを連れて、上手いこと帰る」

「――は?」

 

 家主の男は困惑した。

 事情を知っているかどうかの有無だった。

 アリアが進むだけで道が出来るため、出入り自体は簡単である。だが、捕らわれてる人間を連れて帰るとなると難易度が変わる。救出者を途中で死なせ過ぎるのは外聞的に避けたい。兵が集まりすぎる前に脱出したいのが本音である。

 事情を知らない者たちからは、無謀な策だと思われた。

 

「……友のためであればマシか」

 

 死地に赴くような悲壮な想いが声に乗っていた。

 フェザーたちはその様子を不思議そうに見ていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 月光を受け、監獄は淡く照らされていた。

 外周には、侵入者を発見するためにかがり火が並べられている。

 火が揺らめくと、施設に映る影も揺らめき不穏さを醸し出した。

 周辺は静かだった。互いを警戒しあう緊張感が静寂が生んでいた。

 恐怖は一方向ではなく、施設の警備にあたる兵たちの顔にも緊張の色が浮かんでいた。いつどこで自分たちが襲われることになるか分からない。末端の兵からすれば、標的になりやすい施設の警備は不安が(まさ)る。退路はよく頭に入れてあった。

 命令されたか、我が事とするか。そこが覚悟を分けた。

 捕縛された者たちは、この先の情勢がどうなるのかと考える者がほとんどだった。この状況が一時的なものであるということは皆分かっている。この領がどうあってほしいのか。己はどう生きて、どう死ぬか。明日に処刑されるかもしれない身でも、未来について想いを巡らせた。

 

 ――行動しないことこそ恐れないといけない。

 

 一室に監禁されているメイドのマリは、そんなことを思った。

 エリオットたちが現れたことを好機だと思い、何が出来るかを模索しようとしたところで、疑われ捕らわれた。収監されて考えたのは、この状況での自分が何をすれば役に立てるか。

 答えは出た。

 

 ――偽りを喋ろう。

 

 動いた事態をもっと動そうと思った。周りを巻き込むことも厭わない。他の人たちに申し訳ない気持ちはあるが、安寧を望むのであれば、この地の住民であっても、領から出ていってもらうしかない。

 不参加の人たちは正義や倫理を持ち出して非難するだろう。しかしそれは、ただ我慢しろと言っているのと変わらない。

 マリはある時期から嫌いになった言葉があった。

 黙って規則を守れ。俯いて黙っていろ。幸せはきっとどこかにある。

 それは他人を己の都合の良いように扱いたい人間の言説である。そこには人の顔がない。

 人を従わせるには、暴力と規則以外に、道徳も使えるのだと知った。

 マリは手をぐっと握りしめる。

 

 ――尊厳を取り戻す。かつてのお嬢様のように。

 

 そう思うだけで力が湧いてくる。恐怖も薄れる。己を超え、世界と対峙しているような気すらしてくる。

 足音が聞こえた。

 近づいてくるのが分かった。

 足音は部屋の前で止まり、扉が開かれた。

 何事かは分からない。だが、毅然と言い放った。

 

「こんな夜中に何の用ですか?」

「問うのはこちらだ」

 

 入ってきたのは尋問官だった。

 マリの後悔は、偽りを用意する準備が出来なかったことだけだった。

 

「……特別に答えてやる。尋問は今日から昼夜共にすることになった。この先、ぐっすり寝れると思わないことだ」

「別に吐くことなどありませんが」

「それはこの後でじっくり聞く。――立て。移動する」

 

 ここで逆らっても良いことはないと、マリは素直に立ち上がった。

 尋問官一人と警備兵二人に囲まれ、連れていかれる。

 その間、何を言えば一番効果があるかを考えた。だが答え方次第では明日に処刑もあり得るかもしれない。受け答えは慎重にしなければならない。

 

 ――いや、違う。

 

 マリは気付いた。己が処刑されるとなると、己が仕えていた人間にその様子を見せるか、伝えるかはするだろう。もしくは首だけ送られることになるか。

 

 ――そうなればあの方も気付くだろう。

 

 耐え忍ぶだけでは、奪われていく様を見せられるだけであると。

 マリは、アリアの弟のディルが動かないことが耐えられない。

 

「……発言一つで旗になれるのに」

 

 マリの発言に、警備兵と尋問官の足が止まる。

 

「今、何か言ったか?」

「――ええ、言いましたとも」

 

 マリが思い切って発言を続けようとした時、にわかに周囲が騒がしくなった。

 尋問官の男は、動こうとした警備兵をとどめた。

 

「――待て」

 

 警笛はなっていない。だが、争う音が聞こえる。脱走かそれとも襲撃か。

 尋問官の男は、どう対応すべきか迷った。

 通常なら再度収監して警備に加わるべきである。だが何か情報を得られそうな状況でもある。これを聞いて上に伝えれば功績となるのは間違いない。もしこの存在を取り返されるなり、戦闘になって命を落とすことになれば、みすみす昇進の機会を損じてしまうことになる。

 また最悪なのは他の尋問官に情報が渡ってしまうことであり、最善なのは自分だけが昇進することである。

 

「――我々は尋問を行う」

 

 付き添いの警備兵は居心地が悪そうにした。

 内の一人が、戸惑いを声にして出した。

 

「しかし、それでは――」

「突破されるようであれば、我らにどうにか出来る問題ではない。我々は味方を信じて職務を遂行するべきだ。――それとも敵前逃亡だと報告されたいか?」

「……承知しました」

 

 頭を下げた警備兵を連れ、尋問官の男は歩みを再開した。

 

「まったく、この程度のことで……」

 

 言葉とは裏腹に、表情は硬い。敵前逃亡がどちらかくらいは分かっていた。

 尋問官の男は生唾を飲んだ。

 静かになった周囲が、恐怖を湧き立てる。鎮圧されたのか、それとも味方がやられたのか。己の足音がやけに大きく聞こえる。心臓の鼓動すら感じてくる。

 また、争うような音が起こった。

 音が近い。

 怯えが喉を震わせた。

 

「や、夜警は、一体何を――」

 

 後ろを振り返ると、人影が見えた。

 

「敵だっ!」

 

 指で指し、正体が分からないままそう言った。

 警備の二人が剣を抜く。

 人影は二つ。

 影から、短い響きが出る。

 

「右」

「了解」

 

 寄って来た影。警備兵の二人が即座に沈む。

 尋問官の男は、己の未来を知らされた。

 だが、抗った。

 

「ま、待て! ――近づくな!」

 

 マリを引き寄せ、所持していたナイフの切っ先を首に当てる。

 

「お前たちは何者だ! 何をしに来た! 答えろ!」

 

 声を大きく張り上げる。

 周囲に敵の存在を知らせることで、助かる未来を掴み取ろうとした。

 影の一つが声を出した。

 

「安心しろ。俺たちはすぐに帰る」

「じゃあ今すぐ去れ!」

「だったらそいつを離すんだな」

「何だと!? やはり俺を殺す気だな!?」

 

 マリを掴む手が強くなる。

 マリは動じなかった。

 

「――私が邪魔になるのであれば、どうぞ構わず」

 

 言うやいなや、自らナイフに向かうような動作を行った。

 

「なっ」

 

 男はナイフを引こうとした。命綱を失うわけにはいかない。その際、全ての意識がマリに集まった。

 意識の切り替わり、途切れた注意。

 絶対的な隙となった。

 

「っ」

 

 尋問官の男の口から空気が漏れる。

 身体の衝撃、違和感。

 肩口から極度の痛みが走り、腕の機能を麻痺させる。

 自分がナイフを落としたことを、音によって知った。

 同時に、己の運命が達したことを知らされる。

 

「ま、待――」

 

 発しようとした言葉は宙をぐるりと舞い、

 

「てっ」

 

 落下した後に出た。

 マリは顔を下げると、高まった胸の内を空気として出した。

 

「は、はぁ……。生きた……」

 

 何度か呼吸してから顔を上げると、影に感謝を述べた。

 

「――助かりました」

 

 その顔からはもう安堵は消えていた。次にやるべき行動に移ろうとする覚悟の顔だった。

 緩むことはそうない。

 もしあるとするなら、あらゆる全てを塗り替えてしまうような感情の動きだけ。

 

「――久しぶり」

「え?」

 

 懐かしい声。その響きは心を揺らした。

 窓から差し込む月明かりを頼りに、目を凝らして影を見る。

 

「……嘘」

 

 せっかく見えた影が涙でぼやけ、分からなくなる。万感の想いが身の内の全てを満たした。

 

「希望は持つものではなく、叶えるもの。――違う?」

 

 諦めていたものが、現実に。覚悟で立たせていた足が、力を失って床に沈む。嗚咽がこらえられない。俯いた首が上がらない。床しか見れない。

 それでも想いは声に出した。

 

「はいっ」

 

 優し気なアリアの声が、身に沁みた。

 

「また会えたね。間に合って良かった」

 

 幸福の実感が追いついた。

 

「マリはっ、マリはっ」

 

 言葉が纏まらない。想いが言葉にならない。嬉しいのかすら分からないほどに、心が揺れる。

 

「死ぬ覚悟とは言うけれど、本当に死んだらこういうこともなくなってしまう。生き残るのは大事ってわけだね」

 

 アリアはマリの肩に手を置いた。

 

「過去ごと斬り払うために来た。――手を貸してくれるよね?」

「もちろんです!」

 

 マリは立ち上がった。

 

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