TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
夜。
とある家。
蝋燭の明かりだけの暗がりの中、アリアたちは地図を前に話していた。
「――ここに収監されているはずだ」
フェザーが地図の一点を指した。
監獄だった。その監獄は、今回の件で急遽監獄として扱われることになったもので、領都から少し離れた街にある。危ないものは目の届くところに置いておきたいが、近いとそれはそれで怖い。そんな理由だった。
新しく捕縛された者はそこに連れてこられ、収監される。公開処刑にするため、捕まってすぐに刑が執行されることはあまりない。
フェザーはアリアに確認した。
「だがいいのか? これをやれば決定的になりかねない」
アリアは淡々と返した。
「正直、良いか悪いかは分からない。でもやるからには上手くやる」
勝算は低くはない。監獄と言っても、急ごしらえということもあって、元々は学び舎として使われていた施設を流用しており、防御力はさほど高くはない。
とはいえ不安は大きい。成功したとしても、先の展開の予測がつかない。
「最優先は正義を持って帰ること。後はおまけ」
フェザーは合点がいった。
正義に必要なものは一つしかない。
「向こうさんには、決定的に悪役になってもらうってわけだ」
横暴を働くソルグレンと、民を守ろうとする英雄エリオット。――という既成事実を作る。危険をかえりみずに民の救出に向かい交戦する。民の間では、善悪が勝手に出来上がるだろう。
「そんな訳で、捕らわれてる人を出来るだけ解放する。喧伝役は多い方がいい」
「分かった。――そちらさんも、それでいいか?」
フェザーは視線を横にやった。
そこには家の所有者がいた。
現状に強い不満を持つ住民は多く、家主の男もその類である。
「……俺たちはずっと耐えてきた。我慢することが最善だと思っていたからだ。――不満を口にしただけで友が捕まるまでは」
声には悲しみと怒りが交じっていた。
「正直、俺はあんたらに良い印象を抱いてるわけじゃない。あいつらよりもマシだとしか思っていない」
「それを口に出来るくらいは、ってわけだ」
「……為政者が代わるだけ、それだけだと思っていた。だが結果はそうじゃなかった。自分たちで選ぼうとする意思を放棄して良いわけがなかったんだ」
軽んじられれば軽く扱われる。人ではなく、道具のように。その先の未来が明るいわけがない。
生き残るために耐え忍ぶも、いざ生き残れないとなると行動する。人にとって生存本能というのは強力な原動力となる。
「決断するのが遅かった。悔いはそれだけだ」
そしてもう一つ。時には生存よりも優先されるものがあった。
家主には命を懸けてでも取り戻したいものがあった。
「偉いやつには俺たちが盤上の駒か何かに見えてやがるんだろう。座れと言われたら座り、立てと言われたら立つ。そんな生き物じゃねえってことを分からせてやる」
強く吐き捨てるように言った。
フェザーは同調してみせた。
「俺も似たようなものだ。クソ野郎にクソ喰わせるために日陰を歩くことを決めた。ジメジメとして過ごしやすいとは言えねえが、気に入らねえものを気に入らねえと言えるとこは快適だ」
家主の男は共感を覚えたのか、少し緊張が緩んだように見えた。話が進む。
「それで、数は足りるのか? 俺のようなやつはいくらかいるだろうが、しょせんは素人だ。どうやって警備を破るつもりなのか聞かせてほしい」
その問いは、アリアが答えた。
「いい感じに侵入して、捕まってる人たちを連れて、上手いこと帰る」
「――は?」
家主の男は困惑した。
事情を知っているかどうかの有無だった。
アリアが進むだけで道が出来るため、出入り自体は簡単である。だが、捕らわれてる人間を連れて帰るとなると難易度が変わる。救出者を途中で死なせ過ぎるのは外聞的に避けたい。兵が集まりすぎる前に脱出したいのが本音である。
事情を知らない者たちからは、無謀な策だと思われた。
「……友のためであればマシか」
死地に赴くような悲壮な想いが声に乗っていた。
フェザーたちはその様子を不思議そうに見ていた。
◇◆◇
月光を受け、監獄は淡く照らされていた。
外周には、侵入者を発見するためにかがり火が並べられている。
火が揺らめくと、施設に映る影も揺らめき不穏さを醸し出した。
周辺は静かだった。互いを警戒しあう緊張感が静寂が生んでいた。
恐怖は一方向ではなく、施設の警備にあたる兵たちの顔にも緊張の色が浮かんでいた。いつどこで自分たちが襲われることになるか分からない。末端の兵からすれば、標的になりやすい施設の警備は不安が
命令されたか、我が事とするか。そこが覚悟を分けた。
捕縛された者たちは、この先の情勢がどうなるのかと考える者がほとんどだった。この状況が一時的なものであるということは皆分かっている。この領がどうあってほしいのか。己はどう生きて、どう死ぬか。明日に処刑されるかもしれない身でも、未来について想いを巡らせた。
――行動しないことこそ恐れないといけない。
一室に監禁されているメイドのマリは、そんなことを思った。
エリオットたちが現れたことを好機だと思い、何が出来るかを模索しようとしたところで、疑われ捕らわれた。収監されて考えたのは、この状況での自分が何をすれば役に立てるか。
答えは出た。
――偽りを喋ろう。
動いた事態をもっと動そうと思った。周りを巻き込むことも厭わない。他の人たちに申し訳ない気持ちはあるが、安寧を望むのであれば、この地の住民であっても、領から出ていってもらうしかない。
不参加の人たちは正義や倫理を持ち出して非難するだろう。しかしそれは、ただ我慢しろと言っているのと変わらない。
マリはある時期から嫌いになった言葉があった。
黙って規則を守れ。俯いて黙っていろ。幸せはきっとどこかにある。
それは他人を己の都合の良いように扱いたい人間の言説である。そこには人の顔がない。
人を従わせるには、暴力と規則以外に、道徳も使えるのだと知った。
マリは手をぐっと握りしめる。
――尊厳を取り戻す。かつてのお嬢様のように。
そう思うだけで力が湧いてくる。恐怖も薄れる。己を超え、世界と対峙しているような気すらしてくる。
足音が聞こえた。
近づいてくるのが分かった。
足音は部屋の前で止まり、扉が開かれた。
何事かは分からない。だが、毅然と言い放った。
「こんな夜中に何の用ですか?」
「問うのはこちらだ」
入ってきたのは尋問官だった。
マリの後悔は、偽りを用意する準備が出来なかったことだけだった。
「……特別に答えてやる。尋問は今日から昼夜共にすることになった。この先、ぐっすり寝れると思わないことだ」
「別に吐くことなどありませんが」
「それはこの後でじっくり聞く。――立て。移動する」
ここで逆らっても良いことはないと、マリは素直に立ち上がった。
尋問官一人と警備兵二人に囲まれ、連れていかれる。
その間、何を言えば一番効果があるかを考えた。だが答え方次第では明日に処刑もあり得るかもしれない。受け答えは慎重にしなければならない。
――いや、違う。
マリは気付いた。己が処刑されるとなると、己が仕えていた人間にその様子を見せるか、伝えるかはするだろう。もしくは首だけ送られることになるか。
――そうなればあの方も気付くだろう。
耐え忍ぶだけでは、奪われていく様を見せられるだけであると。
マリは、アリアの弟のディルが動かないことが耐えられない。
「……発言一つで旗になれるのに」
マリの発言に、警備兵と尋問官の足が止まる。
「今、何か言ったか?」
「――ええ、言いましたとも」
マリが思い切って発言を続けようとした時、にわかに周囲が騒がしくなった。
尋問官の男は、動こうとした警備兵をとどめた。
「――待て」
警笛はなっていない。だが、争う音が聞こえる。脱走かそれとも襲撃か。
尋問官の男は、どう対応すべきか迷った。
通常なら再度収監して警備に加わるべきである。だが何か情報を得られそうな状況でもある。これを聞いて上に伝えれば功績となるのは間違いない。もしこの存在を取り返されるなり、戦闘になって命を落とすことになれば、みすみす昇進の機会を損じてしまうことになる。
また最悪なのは他の尋問官に情報が渡ってしまうことであり、最善なのは自分だけが昇進することである。
「――我々は尋問を行う」
付き添いの警備兵は居心地が悪そうにした。
内の一人が、戸惑いを声にして出した。
「しかし、それでは――」
「突破されるようであれば、我らにどうにか出来る問題ではない。我々は味方を信じて職務を遂行するべきだ。――それとも敵前逃亡だと報告されたいか?」
「……承知しました」
頭を下げた警備兵を連れ、尋問官の男は歩みを再開した。
「まったく、この程度のことで……」
言葉とは裏腹に、表情は硬い。敵前逃亡がどちらかくらいは分かっていた。
尋問官の男は生唾を飲んだ。
静かになった周囲が、恐怖を湧き立てる。鎮圧されたのか、それとも味方がやられたのか。己の足音がやけに大きく聞こえる。心臓の鼓動すら感じてくる。
また、争うような音が起こった。
音が近い。
怯えが喉を震わせた。
「や、夜警は、一体何を――」
後ろを振り返ると、人影が見えた。
「敵だっ!」
指で指し、正体が分からないままそう言った。
警備の二人が剣を抜く。
人影は二つ。
影から、短い響きが出る。
「右」
「了解」
寄って来た影。警備兵の二人が即座に沈む。
尋問官の男は、己の未来を知らされた。
だが、抗った。
「ま、待て! ――近づくな!」
マリを引き寄せ、所持していたナイフの切っ先を首に当てる。
「お前たちは何者だ! 何をしに来た! 答えろ!」
声を大きく張り上げる。
周囲に敵の存在を知らせることで、助かる未来を掴み取ろうとした。
影の一つが声を出した。
「安心しろ。俺たちはすぐに帰る」
「じゃあ今すぐ去れ!」
「だったらそいつを離すんだな」
「何だと!? やはり俺を殺す気だな!?」
マリを掴む手が強くなる。
マリは動じなかった。
「――私が邪魔になるのであれば、どうぞ構わず」
言うやいなや、自らナイフに向かうような動作を行った。
「なっ」
男はナイフを引こうとした。命綱を失うわけにはいかない。その際、全ての意識がマリに集まった。
意識の切り替わり、途切れた注意。
絶対的な隙となった。
「っ」
尋問官の男の口から空気が漏れる。
身体の衝撃、違和感。
肩口から極度の痛みが走り、腕の機能を麻痺させる。
自分がナイフを落としたことを、音によって知った。
同時に、己の運命が達したことを知らされる。
「ま、待――」
発しようとした言葉は宙をぐるりと舞い、
「てっ」
落下した後に出た。
マリは顔を下げると、高まった胸の内を空気として出した。
「は、はぁ……。生きた……」
何度か呼吸してから顔を上げると、影に感謝を述べた。
「――助かりました」
その顔からはもう安堵は消えていた。次にやるべき行動に移ろうとする覚悟の顔だった。
緩むことはそうない。
もしあるとするなら、あらゆる全てを塗り替えてしまうような感情の動きだけ。
「――久しぶり」
「え?」
懐かしい声。その響きは心を揺らした。
窓から差し込む月明かりを頼りに、目を凝らして影を見る。
「……嘘」
せっかく見えた影が涙でぼやけ、分からなくなる。万感の想いが身の内の全てを満たした。
「希望は持つものではなく、叶えるもの。――違う?」
諦めていたものが、現実に。覚悟で立たせていた足が、力を失って床に沈む。嗚咽がこらえられない。俯いた首が上がらない。床しか見れない。
それでも想いは声に出した。
「はいっ」
優し気なアリアの声が、身に沁みた。
「また会えたね。間に合って良かった」
幸福の実感が追いついた。
「マリはっ、マリはっ」
言葉が纏まらない。想いが言葉にならない。嬉しいのかすら分からないほどに、心が揺れる。
「死ぬ覚悟とは言うけれど、本当に死んだらこういうこともなくなってしまう。生き残るのは大事ってわけだね」
アリアはマリの肩に手を置いた。
「過去ごと斬り払うために来た。――手を貸してくれるよね?」
「もちろんです!」
マリは立ち上がった。