TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第69話 退いた敵

 危険を選択したからには見返りを求める。利益を得るならば、可能な限り最大化する。

 作戦は捕まった人たちを解放して終わりではなかった。

 アリアは静かに言った。

 

「急ごう――」

 

 闇夜に身を溶け込ませ、街中を駆けた。

 混乱に乗じて事を終える。速度重視の行動だった。目的は前領主の息子の確保。旗を手に入れようとしていた。

 フェザーはしばらく諜報活動の中で得た情報から、ソルグレン側の対応は鈍いと見ていた。良くも悪くも組織化されており、責任というのが各役割に割り振られているために行動が遅い。行動しないことそのものが責任問題になる状況にならないと動き出せない。

 また、夜の出来事ということもあり事態の把握に手間取るとも考えていた。事態の収拾や挽回を図るより、起きた出来事の責任者を探すところから始めると読んでいた。そうなれば時間の損失は大きくなる。糾弾するための情報も、責任から逃れるための情報も、闇の中から探し出さなければならない。

 予想は当たっていた。

 実際にソルグレン側の指揮官たちは、現状維持のための方策を考えた。傷を広げずに、事態を収める。真っ当なことではあるものの、現状ではあまりにも後手を踏み過ぎていた。侵入者がいなくなった頃になってようやく監獄に兵を送ることを決めた。

 しかしその遅れは分かっていることだった。兵を送らなかったという非難を避けるためであり、間に合わせようとは思ってはいなかった。また変に敵と交戦することになれば、事が大きくなる可能性もある。失敗すれば叱責では済まない。降格より恐ろしいものはなかった。緊張が続く状況に疲弊した結果、組織としての機能が鈍くなっていた。

 一兵卒だけではなく指揮官も命令を欲していた。

 一番上から命令を下せる存在、すなわち領主の到着を待っていた。

 その領主は焦っていた。

 当人はリスリア領に入れてすらいない。現場に行けば厄介な皇子を放っておくことになってしまう。不在の間に勝手に命令でも出されようものなら悪夢である。だからといって皇子を前線に連れて行くのも怖い。結果、大きく後手を踏むことになった。

 反面、アリアたちの行動は迅速そのものだった。

 目的の屋敷の近くにまでたどり着くと、物陰に潜んで周辺の様子を伺った。 

 屋敷周りはさすがに警備が厚く、気付かれずに侵入するのは難しそうだった。無理やり押し通ることは可能だが、奪取すべき身柄を人質として使われてしまう可能性がある。

 マリは自分の使いどころを悟った。

 

「――私が行きます」

 

 決意のもと、マリは一人で屋敷の門前まで近寄った。警備兵に武器を向けられるも、マリは動じない。

 

「いきなり物騒ではありませんか? 私は疑いが晴れたので戻ってこれたのです」

「は? そんなわけが――」

 

 言葉の途中、門衛は判断することを止めた。

 危機感に近い。もし、何かしらの作戦が絡んでいた場合、一兵士に判断出来ることではない。マリの言うことが嘘であれば敵の策略となるが、その策略自体が味方の作戦である可能性もある。邪魔をしたとなれば、責を問われる。

 

「……少し待て」

 

 どうであれ上に判断してもらうしかない、と考えた。周囲の警備兵からも異論は出なかった。

 門衛が後ろを向いたところで、マリは大きな声を出した。

 

「――私は無実だと言っているではありませんか!」

 

 マリに大きな注目が集まった。同時に緊張が走る。警備兵たちは何か事が起こることを恐れ、マリをなだめようとした。

 その隙は影にとって充分過ぎた。

 忍び寄った影が、警備兵の意識を刈り取った。

 マリは屋敷の一点を指をさした。

 

「あそこです」

 

 上階。目的の人物がいる部屋である。

 窓はさすがに塞がれていて、どこか別の箇所から侵入する必要があった。

 

「俺たちは外から引き付ける。――時間をかけ過ぎるなよ」

 

 フェザーたちは注目を集める役目を負った。

 アリアは外壁の縁などを使って猫のように軽快に登っていくと、吹きさらしになっている渡り廊下まで到達した。

 視界の範囲に兵がいないことを確かめると、近くの柱に縄を引っ掛け、下に垂らす。

 マリは縄を掴んで登り切ると、アリアを先導した。

 すぐに目的の部屋が見えた。

 扉の前には衛兵が二体。身構える衛兵に、アリアは言葉を発した。

 

「逃げるのであれば、追わない」

 

 初め衛兵は戸惑いを見せたが、やがて侮るような顔になり、剣を抜いた。

 

「まぁ、だよね」

 

 アリアはすたすたと歩いて近づくと、何か動こうとした衛兵の側頭部に拳を打ち込んだ。あまりにも自然な出来事に、残った一人が固まる。

 

「ほら、行った行った」

 

 その言葉で、残った一人は慌てて逃げた。

 

 ――これで何人か連れてくるだろう。

 

 邪魔者もいなくなり、アリアは部屋に入った。暗い部屋、机の上に小さな火が灯してある。

 目的の人間は寝床ではなく、机につっぷして寝ていた。

 

 ――心労か。

 

 久しぶりに見た弟ディルの姿はやつれて見えた。アリアは肩を揺すった。

 

「――誰だっ!?」

 

 野生動物のように驚きながら起きたディルは、やがて信じられないものを見たようにして目を大きくした。

 

「ぇ、うそ、いやでも……」

 

 その心中を察せられないアリアではなかったが、構ってはいられなかった。

 

「説明は後。今はここから逃げることを優先する」

 

 進むべく、アリアは背を向けた。

 

「――いやちょっと待って、一体何がどうなって」

 

 制止しようとするディルに、マリは言葉を用いた。

 

「心配いりません。打ち合わせ済みのことです」

「そうじゃない。僕が外に出るということの意味が分かってない」

「いいえ、分かっております。我らはそのために動いています」

「分かってない。人の命を何だと――」

 

 進まない状況に、アリアは振り返った。

 

「旗として使うだけだから座ってるだけでいい。文句も後で聞くから、今は動いてくれない?」

 

 ディルから大きな声が出た。

 

「――違う! 領民が死ぬことになるって言ってるんだ! 戦意がある人もそうじゃない人も関わらず人命が失われてしまう。それが分かってない!」

 

 アリアは近づいてくる複数の気配を感じ取った。

 数秒後、鎧のこすれる音として部屋の中にまで伝わった。

 緊張が走る。

 

「マリ、いざという時は身代わりになれる?」

「はい。――覚悟は出来ております」

 

 アリアは覚悟を言葉として吐かせた。温度感の差を見せつけようとした。

 

「そもそもお前の思想なんて知ったことじゃない。状況や環境ってのは、一個人の内面に配慮なんてしてくれない。――それを知らないわけじゃないだろうに」

 

 この領地が何故このような状況になったのか。敗北した側が一番分かっていることである。

 納得がいかないディルは反論を口にした。

 

「だからって、なんでこちらからわざわざ――」

「初めは向こうからじゃない?」

 

 ディルが返す言葉を吐く前に、「いたぞ!」との声が聞こえた。

 速度を上げて部屋に突入する構え。

 マリはナイフをぐっと握り締めた。

 アリアはマリの前に出ると、そのまま来た順に斬り捨てた。最後尾の一人が背を向けて逃げたが、追わなかった。

 

「こうなれば、お前が部屋に引っ込んでも計画に加担したマリは死ぬことになる。これでも動かないつもり?」

「……動いたらもっと大勢死ぬことになる」

 

 感情を殺した声色で答えるディル。

 対し、アリアはおどけて見せた。

 

「ああ、なるほど。人命は数ってわけだ」

「違う! 本当に大勢死ぬことになるって言ってるんだ」

 

 アリアの笑みが嘲笑に変わった。

 

「分かってないな。どうせ戦いにはなるからそれなりに死ぬことになるんだよ。であれば、どちらの被害が大きい方が良いかで決めればいい」

「何をっ」

 

 未だ動こうとしないディルに、アリアはうんざりとしてきた。

 

「あーもう面倒くさい。これ以上ぐだぐだ言うなら、その硬い頭の乗った首だけ使おうか? 敵兵の鎧を着せた偽装の兵士に、お前の首を掲げて各地を回らせよう。そうすれば戦う気がなかった民衆も憤って参加する。その場合はより大勢死ぬことになるけど、死人のお前の気にすることじゃない。せいぜい今のうちに、周りの非道さでも非難しながら己の善性に気持ち良くなるといい」

 

 そこまで言うと、アリアは腹が立っている自分に気付いた。

 感情に流された己を恥じると、言い直した。

 

「……少しでも命を救おうと思うなら、必要とされているうちに己の利用価値を示せ。何もせずに願いが叶うなんてあり得ない」

 

 願いを訴えるのでなく、交渉にしてみせろ。そういう意図だった。

 理解したディルは奥歯を噛み締めた。やがて堪えたものを飲み込むようにしてから、口を開いた。

 

「……分かった」

 

 その間、さらなる敵兵の増援がたどり着いた。

 

「――よくも!」

 

 敵兵は味方の死体を見て、激高した。

 アリアはせせら笑った。

 

「いや、人の領地に勝手に入り込んどいてキレるなよ」

 

 アリアはさっと寄ると、次々と斬って捨てていく。

 奥に一人、笛を咥えている兵が見えた。

 アリアは片手を広げて見せた。

 

「マリ、ナイフ――」

「はいっ」

 

 アリアは投げ渡されたナイフを投擲したかのように腕を振った。

 とっさに回避行動を取った兵、――をアリアは確認すると、喉笛めがけてナイフを放った。欺瞞に引っ掛かった兵は、鈍い声を上げて床に沈んだ。

 

「……生き方が違いすぎる」

 

 ディルは、アリアがいかにその手の行動に慣れているかを見せられた。

 

「非常時に常時の価値判断を用いてはいけない。でないと自分じゃなく周りが死ぬ。平時であれば良い領主になれたんだろうけど、今はそれじゃ困る」

 

 得意不得意の問題であり、資質がないわけではない。平時であれば、領地のあれこれを押し付けても十分にこなせるとアリアも思っていた。となれば首として使うのも避けたい。

 

 ――よくないな。

 

 アリアは、弟と話すとどうにも辛辣になる自分を嫌がった。

 ディルが物分かりが悪いというよりは、物事に対して己の物差しを採用し過ぎてしまうところが相性が悪いのだろうかと思った。思想も逆である。

 それでも協力は可能なはずであり、必要であればやるべきである。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ディルの身柄奪取をした翌日。

 昼前のこと。

 事態は一変した。

 ソルグレン側は、後ろに向かって一気に動いた。

 

「――今だ! 追い払え!!」

 

 背を見せる敵兵に、ハーヴェイは追撃の指示を出した。

 逃げているといっても、撃滅して逃走させたわけではない。敵が勝手に崩れて逃げ始めたのを追ってるに過ぎない。

 ハーヴェイは逃げた理由を考えるより先に、追撃させた。

 追われるソルグレン兵は、必死になって走っていた。

 

「急げ!」

「捕まったら殺されるぞ!」

 

 追撃の軍には民衆も交じっている。

 ソルグレン兵たちは恐怖した。捕虜になれば必ず復讐されると思った。昨日まで公開処刑までやっていたのである。どんな目に遭うかは考えるまでもなかった。

 この恐怖こそが崩れた原因だった。

 監獄が襲撃され、さらには前領主の息子が解放されたことにより、ソルグレン兵たちはそこら中から敵兵が湧いてくるかもしれないと想像した。兵数では勝っているのにも関わらず、この地の民が全て敵兵になるかのような恐怖を感じた。

 その恐怖が言葉に変じ、伝搬、反響して大きくなった。実体のない噂に苛まれた末端の兵士が逃げ始め、それを見た者たちは浮足立った。逃亡を止めるために動いた部隊は、周りから逃亡のように見えてしまい恐怖を増幅させた。やがて『逃げたやつが悪い』を正義の御旗にして、取り残されないように続々と逃げ出すことになった。

 砂糖菓子が雨に打たれて崩れるように、一帯の兵がまとめて後に下がった。

 基幹部分は動揺を抑えられてはいたが、この状況で踏みとどまったところで孤立するだけであると、合流するために退却することになった。状況的に責任を擦り付けれる余地は充分だった。即座にベネディクトの身を連れ出して、後方と合流を図った。

 事態の変化に土煙が立ち、吠えるような声が各地で響く。

 互いの首脳陣が、突如として起こった変化に間に合わせようとしていく。

 追撃の最中、エリオットは疑念を口にした。

 

「ハーヴェイ、罠の可能性は?」

 

 ハーヴェイは肯定も否定も出来なかった。

 

「分かりません。しかし、追うべきではあります」

 

 エリオットたちからすれば、急に敵が慌てて逃げ始めたように見えていた。

 兵数で劣るこちらを引き出す罠ではないかと危ぶむ意見もあった。意見が分かれる中、少なくとも末端の兵士の逃げっぷりが偽証ではないとの報告を受けたハーヴェイは、追撃をさせた。罠であっても敵が混乱していれば一定の成果がある。何より初戦を勝利として宣伝出来るのは大きい。

 

「領外まで追い散らせ!」

 

 緻密な作戦よりも、勢いの方が大事なことはある。

 民衆まで一緒になって追いかけた。武器すら持っていない者もいた。これまでの鬱憤を晴らす絶好の機会だった。

 その民衆の様子に、ハーヴェイは騎馬兵を先行させて保険をかけた。現状、敵が背を見せているから追っているだけである。つまり敵が反転すれば、そこで追撃は終わりになる。その場合、止まりそうにない民衆に騎馬兵を使って物理的に止める。ブリーズウッドの時は民兵の予想外の活躍で勝利を得られたが、あんな不安定なものに頼るつもりはなかった。

 領境が近づいてきた。

 

「エリオット様、これより先は――」

「無理はしないってことだよね?」

「はい。本軍を待ちましょう」

 

 領外まで追うことも出来たが、それをする理由は薄かった。

 先行させた騎馬兵を壁のように見せ、民兵の足を止めさせた。

 ハーヴェイは陣地構築を急いだ。今、敵が反転すれば、逃げなければならない。そうなれば、せっかく得た勝利の感覚が薄れてしまう。民衆には幻想に酔ってもらわなければならなかった。本軍が到着するまでの間をどう耐えるか。それが課題だった。

 

「正直なところ、この状況が良かったのかどうかの判断が出来ません」

「え、そうなの?」

 

 エリオットは不思議に思った。敵を大きく退かせたのならば勝利ではないのかと。

 

「我々の主目的は時間稼ぎに過ぎません。結局ベネディクトの身柄も逃していますし、軍も平地に陣を張ることにもなりました。現地の兵と民衆の支持を得ることが出来た反面、壊滅の危機も高くなってしまっています」

 

 ハーヴェイは戦えば不利であるという状況を憂いていた。せっかくの風評も、敵が来たらすぐに逃げたとなればすぐに吹き飛んでしまう。

 

 ――工夫がいる。

 

 負けを負けと感じさせないような退却。罠にかけようとするような動きで退がる。そこに本当に罠を仕込めれば、誤魔化しも利く。

 敵が反撃するか、それとも援軍を待つか。どちらにしても敵の動きに対応しなければいけない難しい状況。

 ハーヴェイはあれこれと考えるあまり忘れていた。

 

「あの」

 

 敵に嫌がらせをさせれば右に出るものはいない桃色髪が味方にいたことを。

 桃色は最後の展望まで語った。

 

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