TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第70話 準備

 日差しが強い。

 細めそうになる目を堪え、ディルは歓声に応えるように片手を振った。

 募兵のために街を巡っている。

 それには見栄えというものが必要だった。

 領都の大通りを、屋根のない馬車に乗ってゆっくりと進んでいる。左右には観衆が詰めかけ、喜びと勇ましさが混じった歓声を上げている。熱気は日差しだけではなく、人からも発されていた。

 そんな中、ディルは熱に乗れていなかった。それどころか冷めていた。

 

 ――後悔することは得意だ。

 

 もう何度目になるか分からない後悔だった。

 

 ――結局、僕の願いは何一つとして叶わなかった。

 

 心情に反して、大通りの観衆は大いに盛り上がっている。活力に溢れ、やる気に満ちている。さらには、「ようやく」「ついに」といったような声まで聞こえてくるほどたった。

 民衆からすれば待望の時だった。

 

「――しっかりしてください」

 

 横にいるマリには、ディルの乗り切れていない様子が見えていた。

 

「偽りであってもやる気を見せてもらわないと困ります」

 

 声には、わずかに咎めるような色があった。

 

「……やってはいるけれど」

「ご冗談を」

 

 マリは不満気な様子で続けた。

 

「ご理解されたはずです。ここまできたのなら勝つしかないと」

「言われなくても分かってるよ」

「本当でしょうか? マリにはそう見えません」

 

 マリは憤りを少し表に出した。

 口には出さないまでも、屈辱を我慢して生きることの辛さが分からないのだろうと、マリは思った。

 人が感情や尊厳を持つ限り、理屈だけでは生きられない。

 

「この声援が答えではありませんか」

「……分からないんだ。これが正しいことなのか」

 

 ディルは周りからは見えないように、衣服の裾を握った。

 

 ――いっそ目を閉じてしまえたら。

 

 どこに目を向けても熱狂する人々が映る。皆が望むことをやっているはずなのに、どうにも気が進まない。心が晴れる気がしない。

 ここで募兵するということは、守るべき民を死地に連れていくことになる。間違っているとしか思えなかった。とはいえ、他の答えを持ってはいない。このまま見つけ出せなければ、最後まで進展するのは明らかである。焦りは答えを出してはくれず、焦燥感を増させただけになった。

 

「――悪いけど、一度休ませてほしい」

 

 要望は通り、休息を挟むことになった。

 屋内に引っ込むと、簡素な椅子に座った。一人になれた。

 

 ――思えば、幼いころからこうだったような気がする。

 

 自分で答えを見つけることはせず、他者の答えをそのまま採用した。だからか、人と違う意見を持っている人に嫌悪に似た感情があった。その意見や行動が、あえて和を乱すような身勝手な行為に映った。

 

「あれは、こういうことだったのか……」

 

 気付いてみれば単純なことだった。答えは他人の口からも聞いたことでもあったし、自分の中でも問いとしてあったものだった。それがようやく腑に落ちるほどに、感覚的な理解となった。

 要は、己が環境に適合しているかどうかの違いでしかなかった。適合していればそのままでいいけれど、適合していなければ抗うか諦めるかを選択しなければいけない。多数派ではないというのはこういうことらしい。

 ディルの脳裏に昔のアリアが浮かんだ。

 己だけが他と違う思考を持ち、同時に他者の思考が受け入れられない。

 周囲には人がいるのに、自分だけが浮いている。

 

 ――これが孤独か。

 

 ディルはアリアに初めて共感を覚えた。

 一口、水を飲んだ。

 

 ――抗えるか? だとしても何が出来るだろうか?

 

 そう考えてみると、己の願いがここにないことを悟った。早く至るべきだった結論だと思った。やることは単純だった。

 

 ――でも間に合った。

 

 手遅れではない。

 ディルは今日初めて心から出る笑みを浮かべた。諦めたような微笑であっても、そこに偽りはない。

 マリが部屋に入ってきた。

 

「ねえ、マリ。今この場に僕はいないんだよ」

「……おっしゃっていることが分かりませんが」

 

 困惑するマリの様子に、ディルは少し気持ち良さを感じた。

 

「だろうね。でもそうなんだよ。本当に単純な話だった。もし昔に戻れても、僕は行動を変えないと思う。きっと誰かに言われたことを採用して生きていくだろうね」

「……一体何を?」

「ああ、いいんだ。その反応こそが僕の正しさの証明になる。役に適した役割を充てる必要があるってことさ。僕は平時の人間だ。皆の安寧を望み、皆の意見を聞き、皆と似た思考を持つ。反省しなければいけない点は、己の逆の存在を認められなかったこと。悔しさから姉さんに勝とうとしてしまった。補い合えたはずなのに対峙してしまった。幸運にも、向き不向きが逆だったのに」

 

 ディルの吐露に対し、マリは言葉に迷うように何度か口を開け閉めして、ようやく言葉を出した。

 

「……今がその協力の時だと思います。嘆く必要はないかと」

「そうだね。そうかもしれない。これが間違っていないことを祈るよ」

 

 マリはディルの変容に付いていけていない。

 だが会話が必要だと感じ、己の内心を語ることにした。

 

「……何に迷われているか分かりかねます。ですが、迷うことこそが正しいのだと思います。為政者にはそうあってほしいと思っております」

「そうあってほしい?」

「はい。貴方は昔、他者から優秀だと評価されていました。私はお嬢様びいきでしたので認めないようにしていましたが、その評価は正しかったようです」

 

 マリは、どうしてディルを褒めるような言葉を発しているのか自分でも不思議がりながらも、偽りなく語った。

 

「己の答えにこだわらない。意固地にならない。状況に合わせて考えを変える。これらは私には出来ないことです」

 

 良くも悪くも、強い意志や行動力は偏りから生まれる。偏りは原動力になり得る。

 ディルは急に褒められ、居心地悪そうに首を振って誤魔化した。

 

「……考えを変えられたとまでは思えない」

「そうでしょうか? 愚か者は己の正しさにこだわるために、自分を省みることが出来ないものです。自尊心を抑えられませんから」

「……自尊心は叩き折られただけさ。誇りを持って生きるなんてこの身にはおこがましいことだと思ってる」

「それが賢さではありませんか」

 

 マリはそこまで言うと、少し表情を和らげた。

 

「でも私は愚か者でありたい。賢くなんて生きたくないのです」

「マリ……」

 

 マリは何かを諦めてしまえる賢さを欲していない。憧れもない。可能な限り意思に沿って生きていたい。

 

「……ああ、きっとそうなんですね。お嬢様が貴方を活かしたい理由が分かったような気がします」

 

 マリは腑に落ちた。

 どう活用するかまでは分からない。目標がある程度同じなら、思想が違っていた方が補えることは多くなる。

 

「きっとこれも、そうなのでしょうね」

 

 身分も役職もない。ただ目的を共有出来るかどうか。今ここでは、それが必要だった。

 

「互いの目的のために」

 

 ディルはそう言うと、手を前に出した。

 温もりを交わすと、孤独感が薄れて元気が出てきた。

 

 ――まだ、これからだ。

 

 願いは、願っているだけでは何もならなかった。叶えようとしてようやく近づけた。

 

 ――やれることをやる。

 

 それが未来を創るはずだと。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ソルグレン領主のレンドルは、ようやく前線に来れたと胸をなでおろした。

 戦場に立つことより、皇子の機嫌を取りながら保身する方が大変だった。現地を任せていた将に会うと、これから本番だと言うのに、安堵と疲労の感覚がやってきた。

 さすがにまずいと、咳払いをして気を引き締めた。

 

「状況を聞かせてほしい」

 

 まずは、現場の報告を聞くことにした。

 何をするにしても現場の状況を把握しなければならない。レンドルは最善を尽くそうと試みた。

 問われた将の男は、重々しく口を開いた。

 

「……向こうは静観の構えです。恐らく援軍を待っているものかと思われます」

「うむ、それは予想通りだな。で、こちらも援軍を頼みたいところだが、正直なところ不安しかない」

「その、援軍に何かあるのでしょうか……?」

 

 責務として気まずくても聞かなければいけないことはある。将の男は踏み込んだ。

 

「援軍が来ないとなれば、少々厳しいところが……」

 

 レンドルは言いづらいことを口に出来る部下に安堵しつつも、横に首を振った。

 

「援軍はある。だが、質、量ともに怪しい。期待するのは危ういだろう」

「それは一体――」

 

 レンドルは嫌そうに答えた。

 

「あの皇子が引っ張って来れる程度の軍ということだ」

 

 強烈な示唆だった。

 はっきり言ったわけではないが、抑えきれないものがレンドルにそう言わせた。

 援軍の質など、皇子の様子から推測出来た。

 

「恐らく敵ではない。協調してくれるかは怪しいがな」

 

 功名心が強過ぎる類か、まるで使えない数合わせのような類か。

 

「……となりますと、我らはひたすら守り続けるということになりますか?」

「そうだ。こちらから攻める理由はない。危険は向こうに冒してもらう」

 

 ベネディクトの身柄はすでに確保している。奪取するために無理をしなければいけない敵に対し、こちらは地形や陣地を使って籠っていればいい。消耗戦になれば有利である。敵から離反者が出ることも期待出来る。

 

「待とう」

 

 そんな訳で、膠着が続いた。

 六日経った頃、内から伝令がやってきた。

 

「その、皇子が早く攻めろとお怒りに……」

 

 レンドルは、額を押さえた。

 やはりかと思いつつも、苦々しい想いをしまい込む。表に出せば士気に影響してしまう。レンドルは、己の不機嫌が部下にどう作用するかを分かっていた。

 

「悪いが、何とかなだめてくれ。金は使っていい」

「いえそれが、今にも前線に来ようと」

「――何だと?」

 

 レンドルは外面の装いを忘れ、驚きを表に出した。

 悪夢のような知らせだった。

 もし本当に来てしまえば、どうなるか。現場で直接口を出される程度で済めば、まだマシである。最悪なのは、ここで命を落とされること。そうなれば領地の未来が途絶える。死ぬのなら死ぬで、ここではないどこかでないと困る。

 

 ――だが今、戻るわけには。

 

 レンドルはこの場を離れられない。ここで失敗すれば全てが終わりかねない。堅守しろと命じていても、何かの拍子で暴発することもある。万が一を避けるためにも、ここにいたい。

 後日、そんなレンドルに、顔面を蒼白にした兵がやってきた。

 

「その、――っお越しです!」

「は?」

 

 要領を得ない伝令に、悪寒がした。

 

 ――まさか。

 

 現れた姿を見て絶望を覚えた。

 

「俺が直々に来てやったぞ! お前はどうやら兵事には疎いようだからな!」

 

 皇子ルキウスの姿を見たレンドルは、表情を見せないように顔を伏せた。拳をぐっと握り、怒りを耐える。そして静かに長く、息を吐いた。肺の中の空気を吐き切ると、言葉を発した。

 

「……ここは危険ですので、後方にまで」

 

 それは皇子が一番聞きたくない言葉だった。

 

「――何を馬鹿なことを言っている! 貴様はこの事態が分からんのか! 敵にここまで迫られて悠長なことを言っている場合ではないぞ」

「いや、それは……」

「言い訳はいい! 現に、戦わずして逃げ、陣地に引きこもり守っているではないか! これでどうやって勝つというのだ?」

「皇子もおっしゃっていた、本国からの援軍を待っておりまして……」

「何を消極的なことを言っている!? 援軍頼りなど、よもや臆病者になり下がったのか? だいたい援軍なぞ、頼まれたから要請したまでであって、俺の望みではない。それよりも今すぐにこの軍で敵を撃滅し、勝報を中央にまで届けるのだ。援軍なぞに頼れば、他のやつの功績となってしまう! ――それにお前は戦えば勝つと言っていたではないか!!」

 

 まくしたてられたレンドルは、歯を食いしばった。いっそ横っ面を殴り飛ばしてやりたい気持ちにすらなった。

 生まれながらにして誰かに何かをやってもらえる立場というのは、こういう人間を育ててしまう。実務者の労苦は当然のものだと軽んじられる。

 

 ――戦うのは我々だというのに。

 

 戦闘で欠ける人員の不足も、領内の出費も、何もかもを後始末をするのはこの地の人間である。

 同じ場所にいて同じ空気を吸っているのに、視点はまるで違う。口から出る正論のような言説は稚拙な功名心から来ていて、望みを叶えるのは他人である。

 

 ――その自己顕示欲の犠牲になる一兵卒が、あまりにも哀れではないか。

 

 望んでいない他者のために死ぬ。そこに人生の意味を探してしまい、レンドルは虚しさを感じてしまった。

 帰ってこない息子も平時ではないからと心を静めたが、最近はどうにも後悔の念が浮かんできている。だがリスリア領を侵略する話を受けた時、乗らなければ自領が巻き添えになるのは明らかだった。選択肢などなかった。そのはずなのに、何かを間違った気がしてならない。

 新たな伝令がきた。

 

「報告です!」

「……何だ」

 

 レンドルは、皇子がいる場で報告を聞くという下手を打った。

 

「敵に与していた民衆が続々と帰っているようです」

 

 思わぬ朗報だった。

 

「本当か! ――長くは持たないと思ってはいたが、早かったな」

 

 胸が少し軽くなるのを感じた。

 

「他にはあるか?」

「はい。それに伴ってか、前領主の息子が各地で募兵を行っているとのことです」

「……場合によっては増えるかもしれんな」

 

 レンドルは楽観視しそうになった心を引き締めた。

 民衆の帰還は一時的なものだと考えた方がいいと判断した。この度の突発的な追撃になったことによる帰還だろうと。

 兵はともかく、民は帰る必要がある。そうなれば、家に帰るという安心感から、もう一度戦場に来ようとする人間は減る。敵はその対処をしている。そう考えた。

 だがルキウスはそうは考えなかった。

 

「敵が減ったのなら、攻めるべきだ! ――今攻めずしていつ攻める!?」

 

 目的の違いが明確に出た。

 戦功が欲しいルキウスは攻めたくて仕方がなかった。領主のレンドルからすれば、戦って減るのは自領の兵である。戦功も別に求めていない。本国からの増援を待って持久戦になれば、それだけで有利になるのである。そしてそれこそが、得たい戦功だった。

 なだめていると、運の悪いことに続報が届いてしまった。

 

「急報です! 隣領から敵の増援が近くにまで来ています!」

「――何?」

 

 予想よりも随分と早い援軍の報告に、レンドルはいくらかの可能性をたどった。

 

「それは敵の本軍か?」

 

 聞かれた兵は気まずそうに述べた。

 

「いえ、敵の姿を確認して引き上げましたので、規模までは……」

 

 これでは情報の質として低すぎる。レンドルは叱責しそうになる心を必死に抑えた。

 対照に、ルキウスは舞台役者のように手を広げ、想いを叫んだ。

 

「――ほら見ろ! 合流する前に叩くべきだ! 今からでも遅くはない!」

「いえ、その……」

 

 レンドルはそれでも攻める気にはならなかった。敵が増大する前に叩ければ事態は一気に好転するが、待っていれば有利になる状況で危険を冒す気にはやはりなれない。この厄介な皇子さえいなければと思っている。

 とはいえ、敵の詳細な情報が欲しいのも事実だった。偵察や間者から得る情報より、この目で確認した情報が欲しい。

 レンドルはあまり乗り気ではないまでも、唯一の機会だと思った。

 

「――分かりました。一度、攻めましょう」

「よし! ようやく決断したか!」

 

 攻める理由は、ルキウスをなだめるためのものに付加価値を付けたもの。戦略的にいえば愚策どころではなかったが、今攻めるのが一番危険が低いのも確かである。上手くいけば敵が増強される前に撃滅してしまえる。そうなれば領都にまで押し込めるかもしれない。その風評一つで敵の募兵行為は大きく妨げられる。効果は大きい。

 また増援の部隊が本軍ではないことを確認したい狙いもある。距離的に到着するにはまだかかるはずだが、エリオットの軍はいきなり現れた。決めつけてしまうのは怖い。

 

 ――望みすぎないようにしなければ。引き分けくらいでいい。

 

 求め過ぎれば怪我をする。慎重を忘れてはいけない。

 

 ――とはいえ、兵の質では上、戦えば有利だろう。

 

 やり過ぎないようにしなければいけないと、レンドルは己に言い聞かせた。

 

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