TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第71話 色々と早い

 快晴だった。

 青々とした空に、ふんわりとした雲が浮かんでいる。日差しは包み込むような温もりを感じさせた。

 目が覚めたアリアは幕舎を出ると、ぐぐぐっと背伸びをした。

 横から、声がした。

 

「報告が――」

 

 目を向けると、見覚えがある部下が膝をついていた。

 アリアは報告を聞き終わると、エリオットに会いに行った。

 幕舎内に顔パスで入ると、何やら指揮官たちが机上の地図を囲んで神妙な面持ちで話しているのが見えた。

 見守るエリオットはどこか緊張しているようだった。

 横にまで行くと、挨拶の前に豆知識を披露した。

 

「知ってましたか。一説によると、猫は液体として分類できるそうですよ」

「うん、……うん?」

「あ、おはようございます」

「うん、おはよう?」

 

 エリオットは当然のごとく困惑した。

 アリアは察した。

 

「いや、何か表情が固かったのでほぐそうかと」

 

 その気遣いに礼を言おうとしたエリオットだったが、追加の報告がやってきた。

 

「それと、敵の兵の配置が整理されているそうです」

「――え?」

 

 幕舎内の注意がアリアに集まった。

 

「良い感じに情報流せたみたいです」

 

 うんうんと頷くアリアに、エリオットがつっこんだ。

 

「絶対そっちが先だったよね」

「そうかもしれない」

 

 力が抜ける空気に流れたところで、同じく幕舎内にいたハーヴェイはいち早く我に返り、慌てて外の様子を確認しに行った。

 が、遠目からでは何とも言いがたかった。

 

「うーん、どうなんだ……?」

 

 敵軍に、見てわかるような変化は見られなかった。

 そのまましばらく半信半疑で眺めていると、兆候らしきものが見えた気がした。

 

「……まさか、本当にここで来るのか?」

 

 兵の配置替えにしては、妙な動きだった。何であれ見逃すわけにはいかない。攻めたくなるような情報を流したのは事実である。とはいえ、動きが早過ぎる。

 

 ――もしや何か見落としているのか?

 

 想定外の何か。

 致命的な見落とし。

 しくじれば一撃で崩される。

 

 ――いや。

 

 ハーヴェイは不安を払おうと首を振った。

 恐れ過ぎては迷いに飲まれてしまう。思考は柔軟でなければいけないが、優柔不断でもいけない。良い塩梅というものがある。

 

 ――喜ぶべきだ。

 

 実際、相手が来てくれた方が有利に戦える。動いた方が負けとはよく言ったものである。とはいえ、勝算があるから敵も攻めてくるのである。そこに見落としがあれば最悪の結末になりかねない。

 ハーヴェイは最悪を考えた。

 数の差は縮まっている。たが、敵に比べると脆い軍である。一度崩れたら復活は至難だ。職業軍人の数の差は大きい。不安要素のほとんどはそこに偏っている。

 ハーヴェイは思考を切り上げると、エリオットたちのいる幕舎に戻った。

 

「エリオット様、領都まで退くことも念頭に置いて対処する必要があります」

「……うん」

 

 辛そうに答えたエリオットの脳裏には、民の姿がよぎっていた。この期に及んでも出来るだけ民を巻き込みたくないという想いがあった。とはいえ、その甘さが敵に付け込まれる隙になることくらいは当人も理解している。

 エリオットは感情を吐露するだけにとどめた。

 

「皆からすればいい迷惑だよね」

 

 悲しい笑みを浮かべるエリオット。

 

「僕らの勝手な争いに巻き込まれて死人が出るんだ。……恨まれても仕方ない」

 

 ハーヴェイはかける言葉に迷った。発破をかけるべきか。同調すべきか。

 エリオットはその臣下の迷いに気付いた。他者の気遣いを悟れる人間である。

 

「いや、迷ってるわけじゃないんだ。覚悟はしている。僕は命を張ると同時に、僕の代わりに散る命があることを知っている。王とは屍の先にある。それをこの間学んだばかりだ」

 

 恰好だけではない実のある言葉だった。

 おかげでハーヴェイは言葉を見つけられた。

 

「屍は、敵に担ってもらいましょう」

「……うん、そうだね」

 

 エリオットは空気を深く飲み込んだ。

 やるとなればやる。それが出来なければ、仲間を失う。

 その時、幕舎の入り口が大きく開かれた。

 顔を強張らせた兵が叫ぶように言った。

 

「――敵に動きがっ!」

 

 ほぼ同時に、エリオットの耳に雄叫びが響いた。

 指揮官たちは幕舎を飛び出ると、即座に指示を飛ばした。元々待ち構えるつもりであるため、新たな指示はいらない。準備通りにやるということを確認させるための指示である。

 すぐに兵の波が間近まで迫ってきた。

 敵の雄叫びを押し返すように、味方からも雄叫びが上がる。

 

「――堪えろ!」

 

 ハーヴェイが構築した陣地は岩のように堅固で、初撃の衝撃に耐えた。敵兵の波は飛沫を上げ、弾けた。

 

「固守はするな!」

 

 硬い枝は折れやすい。折れないためにはしなやかさがいる。

 ハーヴェイにぬかりなかった。

 陣の固さはあくまで初撃用で、その後は弾力性を用いた。

 張り巡らされた木の杭や柵は、敵の移動をせき止めるものではなかった。流れを誘導するためのもので、力を分散させる狙いがあった。

 敵兵は軍人といえども、生ある人間である。どうしても行きやすい方に流れようとする。命がかかっている状況でわざわざ無理しようとはしない。

 

「悪くない」

 

 そう言ってハーヴェイは何度か頷いた。

 次は焦れた敵がどう対応するかを見る。

 

 ――押してきたか。

 

 早くも敵の動きが変わった。

 それだけよく訓練されているという証左だった。

 戦術のやり取りが始まる。

 指揮の見せどころではあったが、ハーヴェイにはそれより優先したいことがあった。

 

 ――向こうはどう対応する?

 

 こちらの手札を見せてでも、敵の対応力を見ておきたかった。

 

「伝令を頼む――」

 

 伝令兵が向かった方向はアリアのいる箇所だった。

 アリアは伝令を受け取ると、敵陣のある箇所を指した。

 

「まぁ、あっちかな」

 

 そう言うと振り返った。

 そこには戦意に燃える元リスリア領兵たちがいた。

 

「邪魔する敵は全部斬ってね」

「――承知!」

 

 さっそく出番が来たとばかりに、元リスリア領兵たちは吠えた。

 積み重なった鬱憤が勢いとなり、ぶつかった敵兵を押し飛ばした。そのまま乱戦になるも、恨みを乗せた刃が一方的に敵の血を地面に流出させていった。

 兵の意欲の差が大きく出ていた。

 しかし長くは続かなかった。

 敵は素早く対応し、踏みとどまって守るような動きに変わった。その影響で快進撃とはならず、上手く堪えられた形となった。

 

「うーん」

 

 アリアは判断に迷った。

 この場は何が何でも勝利を獲りに行くような時ではない。まだ互いの手札を探る段階である。

 思案しているアリアの下に、イザベラがやって来た。

 

「我らを行かせてほしい」

「じゃあ、よろしく」

 

 アリアは理由も聞かずにそう言った。

 代わりに注文を一つ付けた。

 

「荒してきて」

 

 それだけだった。

 イザベラは満足した。

 

「任せてくれ。良い働きをして見せよう」

 

 イザベラにとってここまで自由に動けるというのは初めての経験だった。いつもは何かしらの枷があった。能力を存分に発揮出来る機会に胸が躍った。

 率いる軍は、最精鋭の重装騎兵隊である。環境も変わり、装備も充実していた。また敗北を知れたことも糧になっていた。

 イザベラは自信があった。

 敵の動きは決してぬるくないが、その上でやれると確信していた。

 

「――蹴散らすぞ!」

 

 飛び出すついでに敵兵を跳ね飛ばすと、そのまま敵陣に突っ込んだ。

 防御的に構えていたはずの敵陣の前衛を易々と砕くと、奥へと入り込んでいった。 

 まさしく鋼鉄の槍の如き軍だった。

 イザベラは楽しかった。労働環境はともかく、やりがいはあった。感謝の気持ちが敵を貫いた。

 ある程度進むと、進撃を止めた。

 

 ――この辺だな。

 

 調子に乗って深入りするような凡将ではない。進むも止まるも必ず狙いがある。

 イザベラは敵陣の様子を見ていた。

 敵の動き。その変化。出どころ。

 見逃さないようにしていた。

 

 ――どこだ。

 

 馬上から見える敵の様子は入り乱れている。及び腰の兵、叱咤する兵。

 怒声が飛び交う中、比率としては踏ん張っている兵が多いことに気づいた。

 

 ――よく訓練されている。長居は出来ないな。

 

 限られた時間の中、視界に映る全てを観察した。指揮官らしき兵の視線。動きの変わり目。その中心。

 掴めた。

 

「――あそこだ! 行くぞ!」

 

 矛先が斜めを向いた。

 イザベラは、敵の指揮の出どころに肉薄することで組織的な動きを鈍らせようとした。噛みつくところを間違えなければ、後ろが何とかすると信じていた。

 効果は充分に出た。

 

「変な桃色がいなければ負けはしない!」

 

 嬉しくなって、変なことも口走った。

 やがて敵陣から銅鑼が鳴り響き、敵が一斉に退いていった。

 勝利の音だった。

 

「しかし早いな――」

 

 敵兵の背中を見送るのは惜しかったが、深追いは避けた。

 両軍、元の位置に戻った。

 

 落ち着いた後、アリアは幕舎内にいたハーヴェイに聞いた。

 

「結局、敵の狙いは何だったんですか?」

「うーん」

「うーん、ではなく」

「……敵情視察とかか?」

「本当ですか? 正直に答えてください」

「いや何で俺は詰められてるんだ?」

 

 幕舎内で笑いが起きた。勝者の特権である。

 大きな利益があった。

 

「ともかく、しばらくは攻めて来ないだろう」

 

 ここまで酷く負ければ、色々と内情を見直したり情報を整理したりするものである。引き際の早さにもそれが現れていた。攻め切るつもりであれば、まだ粘ったはずである。それを一箇所崩れかけた段階で早々に引き上げるということは、今回の戦闘が偵察の意図が大きいものだったと推測出来た。一応、イザベラの軍に臆した可能性がなくはないが、それならそれで問題はない。

 

「今回手に入れた手札は活かせるな」

 

 局所的とはいえ、イザベラの活躍は圧倒的だった。

 当初はやり過ぎだと詰めようかと思ったハーヴェイだったが、あそこまで強いならそれはそれでいいかと切り替えた。

 それほどの活躍だった。これから敵はイザベラの軍を注意するだろう。目立てば目立つほど、隠せるものもある。

 良い感じに和んだところで、アリアは幕舎にやって来た用向きを口にした。

 

「少し、この場を離れようと思います」

「……何かあったのか?」

 

 何となくで行動することが多いアリアだが、状況によってはちゃんと理由があることをハーヴェイは分かっている。それが戦場であれば、理由を聞かざるを得ない。

 

「人の移動が大きくあると、どさくさに紛れるやからがいるということです」

 

 理由は明らかだった。是非とも頼みたい事柄でもある。

 

「――分かった。だが斬り過ぎるなよ。悪評が立たないようにな」

「何か良い感じにやります」

 

 アリアは戦場を後にした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ソルグレン陣。

 日は沈み、夜が訪れていた。

 かがり火だけがその場を照らしている。

 幕舎内は人払いがされており、極小数の人間しかいなかった。

 叫ぶような怒声が上がる。

 

「何故退いた!? あのまま押し通せば良かったというのに!」

 

 荒れる皇子ルキウス。

 怒りをぶつけられるレンドルは、真面目くさった表情で答えた。

 

「必要な判断です」

「――臆病を晒す気か!」

 

 食って掛かる皇子。

 それでもレンドルは冷静だった。

 

「そもそもまだ決戦の時ではありません。今回の戦闘におきましても、相手の情報を取れたこともあり無駄な戦闘ではありませんでした」

「何をっ――」

 

 ルキウスは己一人で喚き散らしている状況に気付くと、どかりと椅子に腰かけ、ひとまず語気を抑えようとした。

 

「……何が無駄ではなかっただ。『負けた』と、各地で言われていることを知らんのか?」

「いえそもそも、情報を得るための戦闘であると、初めに申し上げ――」

「情報? ただ逃げただけだろう」

「最終的に勝てば良いのです。過程での敗北は形式的なものでしかありません」

 

 ルキウスは立ち上がった。

 

「愚か者! 真の勝者とは常に勝つ者のことを言うのだ!」

 

 我慢は短かった。

 ルキウスの言葉には一つ真実があった。この度の戦いの風評が盛んに流れたことである。

 己の名を冠する戦いで敗北の数が増えることに、ルキウスの自尊心は耐えられなかった。過去の挽回どころか、汚名が重なってしまった。本国の評価がさらに下がることは明らかだった。

 

「――もう一度攻めるべきだ! 明日にでもだ!」

「敵は、想像以上に兵を鍛えていたようです。力攻めは避けるべきかと」

 

 レンドルはこの度の戦闘を失敗だとは思っていなかった。攻めたという事実を作っておくことで、後々本国から追及された際の言い訳になる。上手い言い訳をするためには、相応の事実がいる。レンドルは手を尽くしているという客観性を欲していた。

 それは諜報に関しても同じである。

 

「敵は正面から打ち負かすより、内部から崩す方が安上がりなのです。持久戦で有利な状況を作った後は、諜報に力を入れます。敵の内側は決して強固ではないのです」

「その諜報とやらが失敗したからこうなっているのを忘れたのか? なあ、俺は間違ったことを言っているか?」

 

 ルキウスのその言葉は、気に食わない気持ちから出たものであることは明らかだった。だが、レンドルは痛いところをつかれた形となった。

 

「……あの地には間者を多く潜ませたままとなっております。いくらでも手は打てます」

「さてどうだかな」

 

 ルキウスは吐き捨てるように言った。

 

「お前の手の者は先んじることが出来るのか? もう本国の影も入っているというのに」

「その、『もう入っている』というのは?」

 

 レンドルは嫌な予感しかしなかった。

 

「俺が前線に来た時に一緒に来ている」

「何故それを伝えてくれなかったのですか」

 

 思わず咎めるような言い方になったレンドルだったが、さすがのルキウスもばつが悪かったのか責めなかった。

 レンドルはこめかみを押さえた。

 

「知っていれば、何かしらの連携も……」

「ふん、知ってどうする。俺の指示すら聞かないやつらだというのに」

「……は? 皇子の指示を聞かない部隊、ですか?」

 

 ルキウスは短く答えた。

 

「餓狼だ」

「それは――」

 

 レンドルは息を呑んだ。

 餓狼。それは他国にも知られる影の部隊の名だった。小国であれば、その部隊だけで揺るがしてしまえるとすら言われていた。狡猾で残忍。任務は必ず遂行する。工作能力、戦闘能力共に恐れられている脅威の部隊である。

 

「さっきの戦闘の時にでも敵に紛れこんでいるだろう。このままでは手柄を取られかねない。いっそ失敗してしまえばいいが……、それはないだろう」

「それで焦ってらしたのですか」

「……本来はこんなとこに来る部隊じゃない。きっと兄上が手を回したんだ。くそっ」

 

 数日後、リスリア領では早くも血が流れた。

 無垢な民が斬殺されたり、誠実な官吏が暗殺されたりと荒れた。

 王国側もやられてばかりではないと、その都度犯人を捕らえ処刑した。

 なお、死者に『王国人』はいなかった。

 

「やったぜ」

「おっかな」

「失敬な」

 

 全滅だった。

 

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