TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる   作:さえぐさ

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第72話 郷愁

 両軍ともしばらく動かない、――というのが共通見解だった。来たる日に向けて準備し合っている。

 この空白期間を幸いと、アリアは街でゆっくりしていた。

 店の外に席がある喫茶店で、菓子をお供に紅茶を飲んでいる。茶葉の香りが気を安らげた。周囲には現地猫たちが集まっている。餌をあげたわけでもないのに、構えとばかりに椅子の周りをぐるぐる回ったり、すぐ近くで猫同士で遊んでいた。道行く人はちらりと見た後、妙なものを見たとばかりに顔を逸らして去って行った。

 戦地近くでお茶を楽しめるのも理由がある。

各地からの援軍が到着し始めたのに伴って、物資も集まってきていた。対陣中は緊張感を切らさないのも重要だが、精神をすり減らさないことも重要で、物資の中には嗜好品の類いも多く含まれていた。それが支持のために、民衆に配られている。

 そんなまったり中のアリアの対面の席に、一人の女が座った。

 

「報告が――」

 

 アリアはちょっと嫌そうにした。

 お仕事の話だった。

 アリアは生粋のめんどくさがりである。楽にやれるものは楽にやる主義である。早く終わるなら早く終わらせたい。

 

「聞きたくない寄り」

「そうですか、では説明しますね。懸念が一つあります」

 

 女はざっと説明した。

 敵軍はめっきり動きを見せなくなっている。援軍待ちであることは間違いないだろうが、それだけであると決めつけるのは早計である。何かしら手を施していると考えられた。ちょうどそれらしい情報を掴んだとのこと。

 

「かなり手練れの影を投入したとの噂が流れてきてます。ただ、この噂は意図的に流されたものでしょう」

 

 アリアはちょっと考えた。

 

「もし本当に紛れ込んでいたとしたら相当やるね。あのワンちゃんが全く捕えれないとなると、面倒なことになるかもしれない」

 

 フェザーが事前に張り巡らせていた情報網に、ヴァイトの嗅覚とでも言うべき追尾能力が合わせれば大抵のことは察知出来た。仲が悪い二人だが、組むと実に良い仕事をした。フェザーは別任務でもうこの場にはいないが、後を引き継いだのはヴァイトである。その働きはぬるくない。なのに足取りすら捕まえられていないとなると、さすがのアリアも警戒を強めた。

 

「影の名前は?」

「――餓狼です」

「知らない」

 

 アリアは記憶を辿ったが何も出てこなかった。

 試しに焼き菓子をひとかじりしても変わらなかった。さらに追加でかじってみても小麦の風味以外は何も出てこなかった。紅茶をおかわりした。

 

「有名なのですが」

「そうなんだ。まあ、気付かれずに潜入出来たのならかなりの手練れか」

 

 残念なことに優秀な敵は厄介である。

 アリアはちゃんと面倒臭くなってきた。

 

「この前の人たちみたいに、集まっててくれないかな。まとめて斬って終わりたい」

「あの時は斬りすぎだと怒られてましたよね」

「何か結構強かったから思わず」

「初耳なのですが」

 

 部下の女は驚きを見せた。

 アリアの結構強いは、結構まずかった。生きていたらではあるが。

 

「もういっそ、あの人たちをその餓狼? っていうことにして解決しよう。よし」

「『よし』じゃありません。そもそもあんな有名な部隊がそんな簡単に滅ぶわけないじゃないですか」

「えー」

 

 後日、辛うじて死んでなかった餓狼? の生き残りが意識を取り戻した。

 まずは尋問する流れになった。幸か不幸かアリアが近くにいたので、アリアが尋問することになった。

 暗く狭い室内に、机が一つ、椅子二つ。

 向かい合わせに座った。

 生き残りの男は、蔑むような目でアリアを見た。

 

「ふんっ、何だ? 夜の世話でもしてくれるってのか?」

「聞きたいことがあって」

「笑えるな。話すと思うのか?」

「逃走時に集まる場所とかあるでしょ。何人か逃がしちゃったから教えて欲しいなって」

「くくく、残念だったな。俺たち餓狼は数人だけでも事を起こせる。もう、まぐれは起きないぜ。精々日常の全てを疑って生きていくんだな」

 

 アリアはまばたきをすると、横にいたヴァイトを見た。数瞬の間。アリアは席を立った。そのまま別室に移動すると、付いてきたヴァイトに言った。

 

「何かもう終わってしまった件について感想をどうぞ」

「あまりにも自然に嘘つくお前が怖い」

「失礼な」

 

 もちろん逃がした敵など存在しない。所属する部隊名を聞き出そうと適当にカマかけたら、いきなり教えてくれた形である。

 ヴァイトも何か微妙そうな感じだった。

 

「……まあ後は知ってること適当に吐かせてみるか」

「でも恐らく何も吐かないと思うよ。あれはもう覚悟しきってる感じする。話すのは当て付けになるようなことだけかな」

「……そうか」

 

 ヴァイトはちょっと引いた。

 アリアはその当て付けを誘導することで、欲しい情報を引き出した。即座に相手の心を見抜いて対応して見せる能力にヴァイトは驚きつつも、本当に性格が終わってるんだなあと憐憫の情を抱いた。その能力は相手を騙したり煽ったり斬ったりと、ロクな使い方がされていない。能力を得る際に性格が犠牲になったらしい。本当に可哀想だった。天は二物を与えずというか何というか、やっぱり可哀想だった。

 アリアは何かを察知した。

 

「そこはかとなく悪口を言われてる気がする」

 

 勘も良かった。

 でもわりとどうでも良かったので切り替えた。

 

「――ちょっと出かけてくる」

「出かけてくるって、……この状況でか?」

「遅くはならない」

「人はいるか?」

 

 アリアは首を振った。

 

「私事だから」

 

 ヴァイトは、この地がアリアの故郷であることを思いだした。何かあるのだと思った。少なくとも仕事は充分にこなしている以上、止める理由は乏しい。

 

「遅くはなるなよ。先行してるフェザーの野郎もいるんだ」

「信用がなくて悲しい」

「今まで思い付きと気まぐれで、どれだけ作戦の修正が必要だったと思ってんだ」

 

 その言葉にはちょっと怨念が籠もっていた。なお結果的には上手くいくせいで文句らしい文句が言えていない。

 

「まぁ、今回はそういうのじゃないから大丈夫。もう終わると思うと、寄りたい所が出来ただけ」

 

 アリアは懐かしむような笑みを浮かべた

 珍しさもあって、ヴァイトは何も言わなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 翌日。

 少し雨が降っていた。

 アリアは外套を羽織ると、街を出た。

 目的地は森にある。向かおうとするだけで郷愁のようなものを感じた。次第に足早になり、日が暮れる前に森に着いた。

 

「ふぅ」

 

 中に踏み入れると、濡れた森の香りがした。

 ふと外套から雨音が立たないことに気付いた。雨は葉に当たり、枝から幹へと伝っている。

 アリアは外套のフードを外すと、大きく息を吸った。湿気が多く混じった森の空気が肺に入ってくる。

 足を進めると、地面から音が鳴った。

 小枝を踏み折る音は湿り気で鈍く、濡れた地面はくぐもったような音だった。

 近付くにつれ、安心するような少し恥ずかしいような感覚が強くなった。

 見えてきた。

 

 ――変わってない。

 

 記憶のままの簡素な小さな小屋。

 不思議と劣化は見られなかった。

 まるで何かに守られているようだった。

 修行の記憶か、身が引き締まるような感覚がした。

 直視せずに横目に見た墓石も、ほとんど変わっておらず、草花が生えているだけだった。

 小屋に入ろうと扉を横に引くと、途中で引っ掛かった。

 

 ――そういえば立て付けが悪かった。

 

 傾きを調整してやると、すっと開いた。

 小屋の中も変わっていなかった。荒らされた形跡どころか、何者も入っていないようだった。

 中央には暖を取るための囲炉裏があり、隅にある薪の残りまでそのままだった。

 明かりを得るために薪を取ると、囲炉裏に組み直した。そして別の薪を手に取り、刃物で細かく削って、木切れを作った。火打石を打ち付け、火を起こす。小屋の中が橙色に染まった。

 少し暖を取ると、囲炉裏の横に仰向けになった。

 そこが定位置だった。

 目を閉じ、腕を当てる。

 視界が塞がったこともあり、音がよく聞こえてきた。

 囲炉裏の薪がパチパチと静かに爆ぜる音。雨粒が屋根を叩く音。自分の呼吸音。

 

 ――帰ってきた。

 

 そんな感覚になった。

 別に気を張っていたつもりはなかったものの、緊張のような強張りが(ほど)けていくような感じがした。

 火の温もりが意識を包み、心身を和らげていく。

 首を横に向けると、囲炉裏の向こうを見た。薄目でぼやけた視界には、ゆらゆらと揺らめく炎だけが映った。温もりは一つだった。すきま風を感じると、身体をわずかに囲炉裏に寄せた。

 次第に意識が薄くなり、まどろみに任せた。

 夢は形にならず、温かい何かが漂っているようで、そこに自己が溶け混じっているような感覚だった。

 やがて鳥の鳴き声で、己を知覚した。

 

 ――朝か。

 

 目を開けると、簡素な格子窓から、くぐもった光が確認出来た。

 夜は明けたばかりらしい。鳥の音からも、雨が上がっていることが分かった。正直、名残惜しい夜明けだった。

 外の空気を浴びようと起き上がり、出入口の扉に向かうと、ふと後ろに存在を感じて振り返る。

 己の寝ていた対面、そこには誰もいない。想いだけがあった。感じた存在は己が生み出した名残り惜しさだった。

 アリアは苦笑した。

 

 ――まあ悪くない。

 

 寂しさを理解した上でそう想った。

 ここから始まったのだと改めて想った。

 あの時、この世界に自分の居場所はなかった。あの時、自分の未来を切り開く力はなかった。

 師に授けられたものは大きかった。

 軽い会釈をした。

 

 ――仰々しいのも嫌いだろうし。

 

 自分もそうであるように。これは師匠譲りなのだと言い訳した。

 前を向き直ると、小屋を出た。

 外の空気は、雨上がりで瑞々しかった。深く吸って深く吐き、手を空に向かって緩やかに伸ばす。空は夜が明けたばかりでさほど明るくなかったが、丁度良かった。雲一つない晴天なんて似つかわしくない。

 

 ――これが終わったら弟子でも作ってみようか。

 

 己が師にしてもらったように。

 誰かの居場所、未来を左右するような切っ掛けを与える。

 弟子の候補は世界を旅して入ればいつか勝手に見つかるかもしれない。

 そのためにも、後顧の憂いは断たなければいけない。

 斬り開いた未来は既に一つある。閉じてしまわないように、もう一太刀入れる必要がある。

 最後にもう一仕事。

 斬れぬものはそんなにない。

 

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